今回から再び学長編を進めます。
今話は主人公との関わりも深い、あの人との話です。…なぜだか、今後は薫も同じような道を歩みそうな予感がするのは気のせいか。
それでは、どうぞ。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部 作戦指揮室ー
維新派との衝突の末、タギツヒメの行動により引き起こされた『年の瀬の大災厄』。首都圏消滅の危機に対し、数多くの刀使や特祭隊員のほか、自衛隊や警察・消防など、治安に関わる人間が死力を尽くした。
少なくない犠牲や被害を出しながらも、世界滅亡などという大それた事態へ至ることなく、東京は復興特需に湧いていた。
世間の多くの人間はそんな危機が迫っていたとは露知らず、普段通りの日常を送る。それは、ここでも変わりないことだった。
そんな折、室内でグデーンとしていた薫を、本部長である紗南が咎める。
「薫、サボってないで仕事に取り組め。」
「やなことだ。だいたい、人を日頃からこき使いやがって…。…決めた。俺は今日一日、自主休養に入る。」
「…ほ~う?そんな寝言を私の前で言うとは、いい度胸じゃないか。」
「だいたい、沙耶香があちこちで頑張っているのに、俺が頑張る必要性はないだろ?…これは労働の再分配だ、俺の行動はな。」
「ほほう、そうかそうか。…では、その再分配といこうか。」
「あ?」
再分配の意味を考えれば分かるが、別に労働量がゼロになるわけではないのだ。その点で薫は墓穴を掘った。
「エレン、薫を練馬まで連行して行ってくれ。…なに、心配するな。沙耶香よりも楽勝に任務をこなせる場所のはずだからな。」
「ササ。行きまショウか、薫?」
「えっ、おいエレン。…ちょ、ちょっと待て、ホールドは止めろおいぃぃーーっ!?」
両腕と体をがっちりエレンにロックされた薫は、後ろを追うねねの顔を見ながら、作戦指揮室から引き摺り出されていった。結局、薫が移動する車に乗り込むまで、エレンの拘束が解かれることは無かった。
それとは入れ替わりに、彼が書類を持って入ってくる。
「……薫は、またゴネていたのですか。」
「まあな。それで、その書類は。」
「ああ、本部長から依頼されていたものです。」
「うむ、貰おうか。」
「…しかし、本部長も大変ですね。長船と鎌府の学長も兼任状態というのもまた。」
「こればかりは仕方ないさ。…後始末をするのは、まあ、そうだな…。」
「……改めて、心中お察しします。」
彼自身もまさか、彼女が出会った当初より過酷(物理)な立場にクラスチェンジするとは思ってもみない話であった。
「本部長、休みちゃんと取ってますか?」
「ああ?…取れるならいいがねえ…。東京の一件といい、未だに増えたままの荒魂討伐といい、休まる時が無い。あ、言っておくが、お前は休め。ただでさえ、動き出したら過労気味になる人間なんだからな。」
「…俺はどうってこと、ないのですがねえ…。」
頭を少しかく彼。心配されていることは分かっていても、この性分はどうも変え難いようだ。
「しかしまあ、あれだけ動いたなら、その働きに見合ってお前も昇進するなりすればいいだろうに。」
「確かにそれもアリでしょうが、個人的には今の部署に不満もありませんし、何より俺以外にも昇進させるべき人間は多いはずです。こんな若造一人を昇進させるよりも、その道のプロを優遇する方が組織的にはもっと円滑になります。」
「…ま、それも一つの考えか。」
紗南は先程彼から預かった書類に目を通しながら、会話を続ける。
「ところで、薫やエレンからも聞かれたんだが。」
「はい?一体何をでしょうか。」
「お前には好きな女でもいるのか?とな。」
「いいえ、全く。何だったら、俺のプライベート用の連絡先、見ます?…殆ど、知り合いしか登録してませんよ。」
念押しと言わんばかりに、私用携帯の電話帳を開く。
「それに、着信履歴も基本的に家族だけですし。」
「……お前、あれだけ刀使達からの信用を勝ち取っているのにか。」
「え?そんなこと無いですよ。…だいたい、俺のような得体の知れない人間よりも、はるかに誠実で優しい男は多いでしょうし。むしろ、俺を信用するのは危ない気しかしませんが?」
「……はあ。お前が元諜報員でなければ、即座に否定できたのだがなあ。まあ、その道に誘い込んだ原因を作ったのも私らだからな。その辺りは諦めるほかないようだな。」
とはいえ、紗南も彼の言っていること自体は本当なのだろうと思っていた。悪い意味で精神的に達観してしまっているのだ。死に直面するような状況や経験もかなり経てしまっている以上、それを崩せというのも無理な話である。
「そもそも、俺に女性の影があるように見えますか?……え、ちょっと、真庭本部長?黙り込まないでくださいよ。…な、何ですか!?その目で訴えかけてくる表情は!?」
「…いやな、お前はもう少し周囲の感情というものに気を配った方がいいと思うぞ。お前の同僚達からの話を聞いていると、異常に鈍いということなんだろうがな。」
「またまたご冗談を。…ただまあ、独り身の方がかなり動きやすいのは間違いありませんし、誰かからの恨み辛みは幾らでも引き受けますよ。こういう役回りは、絶対必要なことですし。こういう仕事なら、尚更に。」
「……去年末の装備の一件の事か。」
そう、彼は刀使向けの制圧装備開発*1の事実を、自身をそれの責任者として伍箇伝などへ公表したのだ。その公表は年明けの早い段階であったことから、一時期刀使達の間、特に彼のことをあまり知らない娘からは、猛烈な批判や、時には刃傷沙汰一歩手前の事態も起きた。
開発公表に前後して、彼を知る人間からも批判や疑問の声が上がったのも確かではあったが、恭一*2や綾奈*3などの装備開発陣が説明に奔走し、彼ら彼女らからはある程度の理解が得られた。その公表前に、朱音は勿論、紗南も交えて、その件で了解を得るために話し合いを行っている。
「…こう、許可を出した私が言うのもどうかとは思うが、お前は本当にあれで良かったのか?」
「はい。」
即答だった。
「理由は、あまりに隠しすぎると、いずれそれが隠蔽体質へと変貌して前と同じ轍を踏むことに繋がりますから。…ただ、隠さねばならない情報は当然伏せますが。真希や寿々花のことはその一例です。」
「まあな…。あの二人に投与されている荒魂のデータは、予めスペクトラムファインダーから外してあるからな。荒魂は祓わねばならないが、混乱も避けねばならない。……二律背反とはこういうことを指すのだろうが。」
頷く彼。雪那が主導的に行っていた紫派の人体実験の話が、もしも外部に漏れ出たら、現在の朱音の体制でも知らぬ存ぜぬは通用しなくなる。頭痛の種の一つが無くなるには、残念ながら人体とノロとの分離技術が劇的に進歩しない限り、まだまだ難しいだろう。
そして、紗南から書類に関して幾つか質問や提案を受けた後、彼は自身の部署に戻る準備をする。
「◯◯(彼の苗字)。」
「はい。」
「…衛藤と十条の捜索、お前も無理はするなよ。」
「……お気遣い、感謝します。真庭本部長。ですが、俺よりも二人の帰りを待ち望んでいるのは、きっと
「…そうだな。お前にとっては、それが最善だと信じて動くんだな。」
「はい。真庭本部長も、無理はなさらないでくださいね。たまには、羽島学長や五條学長に愚痴を言ったって罰も当たりませんよ。」
「…それもそうか。ただ、それを言うのはウチの学校の怠け者をどうにか指導してから、だな。」
「…あまり、薫を怒らないでやってくださいね。彼女もサンドバッグではありませんから。」
「分かっているさ。それに、そんなことをしたらお前が怒るだろう?」
「…俺が怒ったこと、ありましたっけ?」
「口では無かったがな。…大丈夫だ、私もそこまで鬼じゃない。いつか、薫には今までの働きに見合った報奨くらいは出してやるつもりだ。」
「なら、本人には内緒にしておきますね。その方がサプライズらしくなりますし。」
「ふっ、分かっているじゃないか。」
「それでは、失礼致します。真庭本部長。」
そうして、彼は部屋を後にしていった。
「…まさか、本当に鈍感だとは思わなかった。仕事以外にももう少し、目を配ればよいものを…。」
彼が去ったあと、紗南は女子に対しての彼の関心の無さに呆れるしか無かった。
彼女がなぜあのように、彼の恋愛事情を気に掛けたのか。
答えは簡単だ。彼と刀使達や周囲の士気度合いに関わっているからである。今までのやらかしてきた実績と、助けてきた人間の数を考えれば、無理もない事ではあるのだが。
ただ結果として、彼絡みの話では妙にピリピリした空気が漂うことも、人伝ながらあるという。加えて、彼自身があんな感じなので、態度を全く明確にしないところも更なる混乱に拍車をかけている。
一つ彼にフォローを入れるならば、本人は想いなどをはっきり伝えられた場合にのみ感情が動かない。しかし、はっきり伝えてもなお、彼には伝わっていないこともあるのだが。
紗南自身も、彼が会ってきた男子、いや男性の中でも相当な堅物か捻くれ者であることは、長い付き合いなので理解はしていた。していたのだが…。
「……アイツ、まさか女性に興味が無いのか?…いやいや、本人はあるとは言っていたはずだが…。」
彼女の知る中で最も積極性が高いであろう、自校の生徒であるエレンですら彼は全くなびく様子が無い点を見るに、その本人の言葉ですら疑いを持ちたくなってくる。
「……薫が真面目にずっと働き続けるのと同じレベルで、解決の難易度が難しいだろうな。この問題は。」
はっきり匙を投げると言えないところが、彼女の役職の辛さでもある。
それから彼が過労で再び倒れたという報告が紗南の耳に届いたのは、この日から一週間と経たない昼の出来事であった。
彼女が報告を聞いた後の開口一番は、
『ああ、またか。』
と、天を仰ぐような姿であった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
本編は今話で150話目になります。…気付けばそんなところまで来ていたのか。(筆者も驚き)
板挟みな役職というのはどこも大変だろうな、というような気も致しますが、責任ある立場で組織を回していくというのにやりがいを感じる方もおられるのもまた、事実ではあります。
朱音様を支える立場としても、まだまだ胃が痛くなりそうな予感がしておりますが。
次回は綾小路の学長の話となります。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へご投稿いただければと思っております。
それでは、また。