今回は、波瀾編で最も刀使達の情勢に関与することとなった人の話になります。この話は結芽編などとリンクする部分がございますので、事前にそちらをお読みいただければ本話の内容が分かりやすいのではないかとは考えております。
(なお、それらを読まなくとも分かるようには執筆しております。)
時系列は波瀾編の『年の瀬の大災厄』後、二月頃を想定して執筆しております。
補足として、本話はアニメ本編の流れを汲む話となっておりますのでご注意ください。
それでは、どうぞ。
管理局が舞草中心の新体制に完全移行して以降、首都圏の荒魂出現頻度の増加に全然歯止めが掛からない状況が続いていた。単純に隠世との境界が非常に近接した結果、隠世から沁みだした多量のノロが首都圏全体に降り注いだ影響も勿論あるが、最大の要因としては発生件数に対するマンパワー、つまり刀使の人数がかなり不足していたのだ。
特に、
世間の批判が集中しているなかでそんな事実を公表すれば、最悪、特別刀剣類管理局の組織機構そのものが解体の憂き目に遭いかねない。このため本部としては泣く泣く黙らざるを得ず、他の四校からの刀使の派遣者数を増やすことで、どうにか持ちこたえているのが実情であった。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部 某室ー
コンコンコン
「失礼します。相楽学長。」
「うむ、来たか。」
そんな昨年の騒動の渦中にいた結月と面会を果たした彼。主な目的としては、現在の半壊状態の綾小路武芸学舎の刀使部隊の再編成・再建計画、本部からの支援要員リストを突き合わせたうえでの派遣要請の承認が中心であった。
「事前に作成しておいた、綾小路の現在の状況と再建速度の推移、それと刀使達の完全復帰までのロードマップがこちらです。こちらも含めて確認をお願いします。」
「頂こう。…ふむ。……。」
静かに黙り込み、資料を読み解いていく結月。
一通り目を通したところで、口を開いた。
「…この案なら、恐らく大丈夫だろう。後はミルヤに任せてもいいだろう。」
彼女は自身の腹心であり、騒動の際にはどうにか難を逃れたミルヤならば、刀使達の復帰に際しても持ち前の頭脳を活用して最善策を導き出せるであろうと考えた。
「分かりました。後日、彼女が綾小路へ一度戻る時に俺も同伴して説明に赴きましょう。」
「頼んだ。……さて、お前がココに来たということは、まだ聞きたいことでもあるのだろう?」
「ええ、まあ。…葉菜*1の容体は、どうですか。」
「洗脳は解けた以上、いつもの鈴本であることは間違いない。…ただ、な。」
「…近衛隊の時の記憶は、そのまま残っているんでしたっけ。」
「その時の自身の行動に対して、酷く落ち込んでいたようだ。…その行動に至らしめたことを謝るべきは、アレを完成させた私なのだがな。」
少し俯きがちになった結月。そんな中でも、彼は発言を止めなかった。
「……相楽学長。確かに、あのアンプルを作り出さなければ、葉菜を含めた近衛隊の人間はノロ投与の副作用に悩まされることも無かったでしょう。あんな狂気染みた行動も取らなかったかもしれない。…ですが、貴女は結芽を…、彼女を助けようとしていたじゃありませんか。」
「…短い生涯で苦しみを与えて、生きる希望を無理に見せてしまったのではないかと、時折考えることもある。それが果たして、あの娘にとっての幸せだったのか、ともな。…皐月には結芽は本望だったとも言われたが、どうだったんだろうな。今となっては、それを知る術もない。」
残念ながら、二人とも既にこの世からは去っており、彼女達からの本当の言葉を聞くことは永遠に叶わない。
しかし、少なくとも結芽に関しては、死の直前まで行動を共にしていた人間が目の前に腰掛けている。その男は、静かに言葉を紡いだ。
「………相楽学長。俺はいつも結芽に付き添っていた時、結芽が貴女のことを褒めたり感謝していたりする言葉を聞いてきましたが、貴女を恨んだりした言葉を発していたことは一度だってありませんでしたよ。それも、公私ともにです。」
「…そうか。」
「……渡す機会が全然無かったので俺が持ち歩いたままだったのですが、結芽が別れる前に託した、貴女宛ての最後の言葉です。」
こう告げると、来ていたスーツのジャケットの内ポケットから、薄い長方形型の電子機器を取り出した。
そう、この電子機器こそ、結芽が最後に言葉を吹き込んだICレコーダーだ。
「ちなみに、俺がそのレコーダーを再生したことは一度もありません。もし自分に何かあった時には、貴女に聞かせてくれと頼まれていたものでしたから。…ですので、きちんと録音されているのかまでは、俺も知りません。」
「……せめて、動作確認くらいはしても良かったんじゃないのか。」
「俺は、『結芽が貴女に宛てたモノ』だからこそ、敢えて何もしなかったんです。…渡すのがかなり遅くなったことは、お詫びさせていただきます。」
「…いや、詫びの言葉はいい。…お前も聞いていくか?」
「いえ。俺は俺で、大事なものを既に貰っていますから。そのレコーダーのデータごと、貴女が貰ってください。」
「分かった。」
「では、俺はここで失礼いたします。…表の表札は不在表記にしておきましょうか?」
「…気を遣わせてすまないな。頼む。」
「はい。…それでは。」
部屋の扉が閉じられた後に、表札を弄る音が聞こえた。言葉通り、一人きりにしてくれたようである。
既に人払いが済んでいるため、室内に持ち込んでいたイヤホンを取り出しICレコーダーに接続する。
「…電源は入るみたいだな。…5分か。遺言とは、結芽らしくもないとは思うがな…。」
レコーダーに表示された時間数を見ながら、彼女は終活を見据えていたのか、とも感じた結月。
そして、再生ボタンを押した。
『もうこれ、声入ってるのかな?…おっとっと。―んんっ。改めまして、相楽学長。燕結芽だよ。多分、この声が再生されているってことは、お兄さん*2からもう貰ったってことになるんだよね。…良かったぁ、ちゃんと録音されてるみたいで。』
「…せっかちな癖して、案外心配性だな。結芽は。」
懐かしい声を聞きながら、耳を更に研ぎ澄ます。
『さ~て、…何から話そっか。あっ、まずは。…今までありがとうございました、相楽学長。パパもママも、皆私の前からいなくなって、…でも、相楽学長だけはずっと私の見舞いに来てくれた。…嬉しかったなぁ。そんな中で、紫様からあの注射器を見せられた時には、まだ刀使としてみんなからいっぱい見てもらえる、強い私を見てもらえる、そう思えたんだ。そのノロを注射する技術を、相楽学長が生み出したって聞いたときには、凄い人だな、もしかしたらお医者さん?っていうことも感じたよ。』
「…アレは私一人で生み出したワケではないのだがな。…ただ、そうか。結芽はそう思っていたんだな。」
ノロの民間利用方法の一つが医療目的ではあったが、これも大荒魂・タギツヒメによる隠世からもたらされた技術であったことを思うと、結月としてはかなり複雑な心境であった。
『親衛隊に選ばれてから、順番こそ不満はあったけど、真希お姉さんや寿々花お姉さん、それに夜見お姉さんは私に優しく接してくれたよ。…それに、お兄さんも。相楽学長がどう思っているかは分かんないけど、お兄さんは私の過去を知らないなかでも、時には無茶なことをお願いしても嫌な顔をせずに助けてくれたよ。…だからなのかな、私が初めてその、…男の人が好きになったっていうのがね。幸せだなって、そう思えたんだ。』
「…そうか。」
(……声からして、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。…本当に幸せな環境だったのだろう。)
結芽に長いこと付き添ってきたからこそ分かる、彼女の声の変化。結月がずっと思い悩んでいた部分は、紫の言葉に加えてより晴れようとしていた。
『……それでも、ね。幸せな時間って、長いようであっという間だったなぁ~。…折角、紫様や相楽学長が手を差し伸べてくれたのに、刀使としても長生きできないことが悔しいなあ。…それまでに、私の強いところをもっと多くの人に見せつけてやりたいと思っているよ。それが、私に残された時間でできる、相楽学長への最後の恩返しだもん。』
「……結芽…。」
この録音時には、既に自身の死期を悟っていたということが、彼女のその後の行動に繋がっていることを思うと、刀使として、剣士として最期を迎えることを決めていたように思えた。
『…そうそう、お兄さんにはもう話したんだけどね。―相楽学長、私はノロを投与したことに対して、恨んだりとかしてないよ。むしろ、感謝しかしてないし。…だからね。相楽学長は、私のように病気で苦しんでいる人達を、これからもいっぱい、い~っぱい、助けてあげてね。結芽からの約束だよ?』
「………。」
最早、結月は言葉を発することができなくなっていた。代わりに、彼女の瞳には大粒の涙が溜め込まれていた。
『……それと最後に、お願いがあるんだ。』
「…何だ、結芽。」
『…お兄さんや他の親衛隊の皆に、改めてありがとうって伝えておいてほしいな。もう、私はこの世にいないから、私の代わりに伝えてあげてね。…相楽学長と同じくらい、迷惑を掛けたり、お世話になったから。』
「……必ず、伝える。伝えるからっ…。」
潤んでそれどころでは無かったが、彼女の言葉をしっかり受け止めた。
『それじゃあ、バイバイ。相楽学長。またいつの日か、会えるといいな。』
結芽が残した最後のメッセージは、録音を終了する時のブツリという機械音とともに、流れることを止めた。
イヤホン端子をICレコーダーから外すと、イヤホンそのものも耳から外す。ソファーに腰掛けていた結月は静かに頭を下に向け、両手で顔を覆いながらも激しく涙をこぼした。
「…結芽、結芽っ、…結芽ぇぇぇーーっ!!」
不治の病に侵されてもなお、彼女は結月への感謝の言葉を贈り続けた。本質的には優しく素直な娘であるからこそ、その最後の言葉はより深く彼女の心に刺さった。
しかし同時に、純粋な彼女の気持ちを知ったことにより、自分の中で縛り続けていた感情から解放されようとしていた。
そして、鬼の結月と呼ばれた彼女の胸中で降り続いていた悲しみの雨は、これ以降晴れていった。それは彼女の死を乗り越え、その遺言を果たすべくノロの医療研究への決意を新たに、一層の研究を重ねていくことに繋がっていった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
アニメ本編では散々な目に遭った印象が強い人でもありますが、あの大災厄を経験してから自分が何をするべきかを考え、実際に行動し続けたことを思えば、一つの信念の抱え続ける人だったように感じます。
次回は、伍箇伝の学長の中で最も変貌ぶりが激しい方の話となります。…かなり執筆が難しい気がしますが、頑張ります。
それでは、また。