刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回はとじともの綾小路のサポートメンバーの中で、本作でもちょこちょこ登場している刀使の話となります。
時系列はアニメ本編1話より遡ること約二年前、七月頃となります。

それでは、どうぞ。


奈緒編 真夏のリバーサイド

 ー兵庫県豊岡市 円山川ー

 

 兵庫県北部にある豊岡市は日本海に面した位置にあり、地域の特産品は松葉ガニや但馬牛、出石そばである。平成の大合併により城崎町とも合併したことで、市内に城崎温泉郷も立地することになったが、今回はその観光のメインルートからは離れる。それもそうで観光が目的ではなく、荒魂討伐の依頼が舞い込んできたからだ。

 

 

 

 

 現在彼が運転する車は、時折やってくる対向車の風圧で揺れる。すっかり日の照り様が夏本番であることを、耳元から熱くなっているサングラスによって感じさせられる。視界確保の目的で掛けたのだが、車に備え付けのサンバイザーすら強い日差しに角度的には意味をなさない状況であれば、安全運転を続けるには非常に心強いアイテムである。

 その彼の隣で助手席に座っているのは、綾小路武芸学舎の刀使である浦賀(うらが)奈緒(なお)だ。御刀は後部座席に載せて、少しでも暑い車内で快適に過ごそうとしていた。

 

「なあ浦賀。なんで今回、俺も一緒に派遣される羽目になったんだ?別に綾小路に常駐している人間のなかにも手空きのヤツくらいいるだろうが。」

「その理由は相楽学長に聞いてほしいかなぁ。私だって、急に呼ばれたくらいなんだからねえ~。…ああ~、部屋のコタツが恋しくなるなあ。」

「おい、今は夏だろうが。」

「クーラーの効いた部屋で入るコタツも、悪くないでしょ?―ほら、冬場に暖房の効いた部屋でアイスを食べるのと同じ理論よ。」

「…気付かず熱中症になりそうなんだが、それ。浦賀が言わんとしていることはまあ、何となくは分かるけどな。」

 

 半袖の綾小路の夏服を纏う奈緒と、夏向けの服を着た彼は、刀剣類管理局の公用車を使って川沿いを南下しながら、目撃情報の寄せられた荒魂の痕跡を探していた。

 荒魂のサイズはそんなに大きくないとの情報であった事情もあり、刀使派遣の最小単位である一人と、運転手兼雑務係として綾小路での仕事を終わらせた人間が豊岡市へと差し向けられる運びとなった。それがすなわち、ドライブ中の奈緒と彼である。

 

「そういや、浦賀。お前さん、鎌倉の作戦参謀本部に一定期間居ることが決まったんだってな。おめでとう。言える間に先に祝っておくわな。」

「これもひとえに、綾小路で地道に刀使としての実績を積んできた結果だよ~。ただ、綾小路の他の刀使との交流が減るのは残念だけれどね~。」

「ま、確かに本部に来たところで必ずしもいいことばかり、なんてことはないだろうしな。俺も時々、何とも言えない目線を向けられることだってあるし。」

「そうは言うけど鎌倉に来れば貴方と話す機会も増えるから、本部に行くこと自体に対しては、私はそれでいいと思っているわよ?」

「どうだかなあ…。俺自身が年の四分の一は本部の外で過ごしているもんだから、行った時に必ずしも俺がいるとは限らないだろう?―というか、その時間は鍛練とか戦術訓練とかに費やしたほうがいいぞ。俺の話って、結構つまらないものばかりだし。」

「え、『秩父会戦』*1の指揮を執ったような人の話がつまらないって、そんなわけないと思うけれど?……遠く離れた綾小路でさえ噂程度に聞くくらいには、ねえ?」

「……ともかく、基本的に作戦関係は参謀本部の方で聞いて回ったほうが身につくと思うぞ。何なら、鎌倉に戻った時に水科*2へ話を通しておくぞ。」

「…まあ、考えておくわね~。」

 

 

 こんな感じの会話ではあるが、意外と二人の仲は良好である。公私混同を避ける傾向にあるとはいえ、彼は彼女のことを信頼のおける刀使であると思っている。

 奈緒と彼の付き合い自体は意外と長く、彼が美濃関学院から本部に飛ばされて以降、現場での経験を積む際に知り合ったのが、その最初の出会いだった。それから『秩父会戦』や各治安組織への出向など色々あって、かれこれ二年近くになる。年齢としては奈緒の方が年上であるのだが、当の本人が砕けた仲のほうが色々と突っ込んで話せるとのことだったため、彼も彼女にならってあまり遠慮せずに話している。時たま、彼女に対して辛辣な言葉をぶつけてしまうところがあるのは、彼も悪癖だなと思っている節があるようだが。

 

 

「そうそう、○○君。」

「なんだ?」

「……私と一緒の任務って、もしかして嫌だった?」

「……何でそんな話になったのかは分からないが、聞くだけ聞こうか。」

「いやねぇ、さっきの感じだとあんまり乗り気ではなさそうに聞こえたから。この任務に対して。」

「…まあ、仕事が終わった途端にいきなり行ってこいって言われたら、そら気分的にはいいものではないよな。」

 

 と答えた一方、

 

「でもな。浦賀と話すのが嫌いだとかは、俺は一度も考えたことないぞ。」

「えっ?」

「一見おっとりしているようにも見えるが、後輩の面倒見もいいし、何よりやる時はきちんと職務をこなしているじゃねえか。任務の時には小隊長として指揮しつつ、確実な方法を用いて荒魂を斬り祓っていることもまた。…それに、雰囲気で示しているそののんびりさが、俺自身も色々雑念を忘れて話しやすくしてくれている、ってのもあるな。」

「…ふぅ~ん?」

「……そう、疑いの目を向けないでくれよ。少なくとも俺はそう感じているんだからさ。」

「実際のところは、他の女の子にも同じようなことを言っているんじゃないの?」

「まさか。俺に話しかけてくる人間って、だいたい好奇心からのものか、碌でもないことを聞いてくるかのどちらかが主だぞ。ありがたいことに、浦賀はそのどっちでも無いときもあるけどな。」

「……じゃ、その言葉を信じてあげる。」

(―ちょっとは、他の人よりも優位に立てているってことかな?…それはそれで得をしているのかもね。)

 

 奈緒に対する彼の見方を聞いて、少し優越感に浸る彼女。

 ただ、彼の場合は公私の切り替えが非常に下手くそであるため、奈緒が少しばかりでもそこの男へ寄せる想いには気付かない公算が高いのは、言わぬが花というものであろう。

 

 

 

 

 河川敷の幅が徐々に狭まっていき、木々や石が比較的無造作に乱立してきだしたところで、彼は公用車を停めた。

 

「浦賀、代えの靴かサンダルを持っているか?」

「あ~、サンダルならあるわよ。」

「じゃ、それに履き替えてくれ。少し川の中に入る必要があるからな。」

「…つまりは、川底に荒魂の痕跡があるかもしれない、ってこと?」

「その通り。俺は長靴に履き替えるから、ちょっと待っていてくれ。」

「はいはーい。……まさか、このタイミングで履くことになるなんてね…。」

 

 彼女は、後部座席に置いていた荷物から黒いサンダルを取り出した。持ってきたサンダルはレジャー向きのものだが、動きにくさはない。

 

「…何か言ってくれるといいけれど、期待はしないほうがいっか。」

 

 いつもの安定の鈍感ぶりならば、恐らくサンダルは話題にすら上がらないだろうと彼女は読んでいた。

 奈緒の方が早く履き替え終えていたのだが、彼の方は少し遅れて灰色の作業用長靴に履き替えているようだった。

 

「すまない、今履き替え終わった。」

「もう、レディを待たせるなんてね~。……冗談よ。―さ、早いところ用件を済ませちゃいましょう!」

「……あ、浦賀。そういや、一個言い忘れていたことがあってだな。」

「―?何を言い忘れたの?」

「実は……」

 

 

 

 

「まさか、夏服の姿を写真で撮らせて、って言われるとは思わなかったわよ。」

「俺もだよ。しかも依頼されたのが出発直前とか、何を言っているんだと返したくもなったわな。運転していてすっかり忘れていたが。」

 

 河川内でまさかの写真撮影である。綾小路の広報の人間からの依頼で、プロポーションとしての素材が完成されている奈緒と、夏の川を背景にした写真を撮ってきてほしいと半ば押し付けられたものであった。

 

(……しかしまあ、今まであまり意識してこなかったが、よくよく考えたら浦賀の身体的な魅力ってあるもんなあ。所謂わがままボディ、ってやつなのか。)

「こんなものでいいの?」

「ああうん。特にポーズとかは言われなかったしなあ。」

「ふ~ん?―りょーかいっ。」

 

 一瞬何か企むような表情を見せるも、彼はそれに気付くことはない。

 彼女が川ではしゃいでいるような風に魅せながら、連写と一枚撮りを重ねつつ、十数枚ほどの撮影を行う。

 

「…こんなもんでいいだろう。浦賀ー、川底に荒魂の痕跡はありそうか?」

「う~ん、この辺りは見当たらないわね~。」

「そっか。…冷える前に川から上がるか。」

 

 そう言って、彼が川から上がろうとした時だった。

 

「―隙ありっ!」

「ちょ、浦賀っ!?」

 

 奈緒に腰のあたりをタックルされるような形で、彼は背面から川面に落ちる。

 

 

 

 

 バシャッ

 

 

 

 

 一瞬のことで呆気に取られていたが、気付けば彼は背中から身体を水に晒していた。

 適度に冷やされた川の水が、照りつける夏の陽と対照的な温度を感じさせる。

 

「…冷てぇ。」

「うふふっ、ごめんねぇ~。いきなり押し倒して。」

 

 ふと頭を起こすと、彼の腹部あたりに彼女の顔が見えた。いたずらげのある笑みを含んた、小悪魔じみた表情を見せてくる。普段のおっとりさとはうって変わった、思い切った行動であった。

 

「……カメラは。確か、防水じゃないと思うんだが。」

「意地でも守っているわよ。ほら、右手。」

 

 奈緒にそう言われて右手を見ると、天に向けてカメラを突き出していた。濡れさせまいと彼は反射的に手を上げていたようだ。

 

「まったく、驚かせて…。言ってくれりゃ、別にこんなことするのはやぶさかじゃないんだがなあ。」

「そうかしら?多分だけど、自然な流れではやってくれなさそうな気がしてね~。貴方、頑固だし。」

「うっ。…そ、それはなあ…。」

「それに、ね。」

 

 彼の上に身体を乗せていることを利用して、彼女は這い寄るように顔を彼の首元あたりまで近づける。彼女も川に倒れたのか、髪や顔、制服からは水が滴っており、年相応の色香を感じさせる。加えて、水気によって強調された彼女の胸部が、彼の胸板に押し当てられる。彼も異性愛者なので、普段から欲求を強制的に抑制しているとはいえ、心臓も下半身もそれぞれ高まりが止まらなかった。

 

(…っておい、浦賀!今更気付いたがこの姿勢、結構ヤバいんだがぁ!り、理性がマジでヤバい!)

「―こういう時じゃなきゃ、貴方との距離を詰められないでしょ?」

「そっ、そういうもんかぁ?」

 

 平静さを装うが、そんな彼の内心は理性の溶ける一歩手前であった。カメラを持っていなければ、逆に立場を入れ替えたくなりそうなほどに。

 

「そういうものだと、私は思うわよ。」

 

 だが彼の想像とは裏腹に、奈緒は彼の体から離れ、装着していたガーターベルトをチラ見せしながら立ち上がる。それに従って、彼の心拍数は少しだけ下がっていった。

 

「さっ、上がろっか。」

「おっ、おう。」

(…………結局、浦賀は何がしたかったんだ?)

 

 その気になれば、彼の口を彼女自身の唇でそのまま封じることだってできた。しかし、気の迷いがあったのかは分からないが魅惑的な身体を当ててきたのみで、それ以上の踏み込みはなかった。…まあ、彼としては精神的にかなりの揺さぶりを掛けられたわけなのだが。

 

 

 

 

(……いっそ、口づけでもした方がよかったのかしらね。…でもま、仕方ないっか。先に奪い取るつもりなら、もっと人に周知されるような場所がいいしね。)

 

 奈緒の内心としては彼との一線を踏み込んでも良かったのだろうが、今はその時ではないと考え、敢えてスキンシップのその先には進まなかった。…ただ、彼女はすっかり忘れていたのだが、彼の場合は相手にかける気遣いが災いして不用意な接触機会を減少させる傾向にある。任務中ならともかく、プライベートでは尚更の話だ。結果として今回踏み込めなかったことが、彼と密着できるほどの機会をしばらく逃すことに繋がってしまったのだが。

 

(鎌倉に行った時は、もっと振り向いてもらえるようにしなくちゃね。)

 

 その時が来るのはまだ先になってしまったことに、残念ながらこの時点では気付くことはない。若干の優越感が、むしろ関係を好転させない状況に進んでいくことになろうとは、一体誰が考えられようか。

 ともあれその当分の間、彼から見た奈緒との関係は、仲の良い友達程度から何でも話せる親友の中間くらいの位置に収まっている。…まあ、どちらともつかず離れずな関係性を好んだともとれるわけだ。優柔不断とも言えるだろうが、彼が舞草の諜報員であったことも踏まえれば、彼女を面倒事に巻き込みたくないという思惑も見えてはくる。

 

 

 

 

 彼が死守したカメラを除き、すっかり身体を濡らした二人が川から離れようとした時、河口側からコウノトリが飛来してくる。

 

「あれ?浦賀、アレってコウノトリじゃないか?」

「あっ、本当ね。このあたりまで上がってくるのは珍しいかも。」

「そうなのか?」

「基本的には下流の方が餌も多いだろうから、そんなに見かけないのよね~。…と言っても、私も以前地元の人に教えてもらったから知っているんだけれどね。」

「ああ、なるほど。…でもまあ、コウノトリって縁起のいい鳥でもあったよな。幸福を運ぶ鳥であったり、確か―」

 

 と、彼が言葉を続けようとしたところで、

 

「あっ、ちょっとストップ!」

 

 奈緒から止められる。若干慌てたような様子だったが。

 

「…まさかとは思うが、コウノトリは人間の赤ん坊を運んでくる、とか思ってないだろうな?」

「……そ、そんなことは思ってないわよ~。お姉さんがそんなこと考えていると思う~?」

「…おい、なんでじゃあ目線を逸らすんだ?」

「き、気のせいだよ~。」

「…ま、そうでなくともコウノトリは子どもを授かる家に福をもたらす、っていう民俗的伝承もドイツにはあるらしいしな。日本じゃそれが、伝言ゲームのように何かと混じったんだろ、多分。」

「…結構スパスパと言ってくれるのねぇ…。」

「ま、子どもを授かることができるまで俺が生きているかなんて、結局分かりはしないがなあ。それに、俺と一緒に居たいと考えているような物好きな人間も、そういないだろうしな……。」

 

 若干のため息と愚痴ともとれる独り言を呟くと、一人車に戻っていく。

 

(……私って、そんなに変わった人間だったのかしら?)

 

 少なくとも現状、彼に多少なりとも好意を抱いていることがおかしなものかと聞かれれば、奈緒はノーと即答できる。単に彼の意識の問題であろうことは、付き合いとして理解は及んでいた。

 

(……今年の年越しは、○○君と一緒に過ごそうかな。…なんてね。)

 

 ともあれ、彼女は先に車に戻った彼を追うように、堤防を上がる。

 

 

 

 

 その後、車に戻ると用意周到に準備されていたのか、バスタオルを持って奈緒を待ち構える彼の姿があった。彼の異性へと向ける姿勢はともかく、無意識的に彼女の心を掴みにいっていることは、紛れもない客観的事実であった。

 

 ある程度体を拭き終えた二人は、荒魂討伐のための巡回に戻っていった。

 その車中の空気は、非常に穏やかなものであった。

*1
詳しくは主人公編『死線を越えて』参照。

*2
綾小路武芸学舎の水科絹香(とじともサポメン)のこと。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

諸メンバー編では、今話が過去一番長くなった話となりました。
ちなみにですが、諸メンバー編と調査隊編に関しては、将来的に各個人の編として綴っていくことができるよう、その導入の話として各話組んでおります。
…あまり手広くやり過ぎないよう、程度を見極める必要はありますが。(筆者の覚えていないフラグとか話の中で組んでいたら目も当てられないので…。)

あと二話ほどこうした流れの話が続きます。
アンケート結果の反映はその後にする予定です。

感想等ございましたら、感想欄などへご投稿いただければと思っております。

それでは、また。
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