刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。
エイプリルフールだというのにシャレの一つも浮かびませんでした。…世間的にかなり重い空気なのが辛い。

今回は早苗編をお送り致します。
彼女が個別の話として登場するのは初めてとなります。
前後編形式ですので、今話は前編となります。
…姫和に振り回されることも多かった彼女を、こうして単発の話で出すことになるとは…。ちょっと感慨深いですが。

それでは、どうぞ。


早苗編
碓氷の嶺へ 前編


 ー群馬県高崎市 高崎駅ー

 

 北関東三県の中で、最も西にある群馬県。北側には越後山脈、西側には浅間山を中心とした活火山帯がそびえたっている。冬はフェーン現象により日本海側から風が強く吹き下ろし、山頂や山腹は白く雪に染められることもしばしばだ。時には、越後山脈を越えて雪が平地でも降り積もる。

 

 冬に関してはそんな環境だが、埼玉にもほど近いここ高崎は、上越新幹線と北陸新幹線の分岐点という交通の要衝である。対照的に、夏場は滅茶苦茶暑い。日本で最も気温の高い街である熊谷市は新幹線で二駅の距離でもあり、気候は其方とあまり変わりがない点からも、夏場の気温は想像いただけるだろう。…最も、異常気象が常態化しつつある昨今では、本土よりもむしろ沖縄の方が夏は過ごしやすいという事実がより一層際立ってくる。

 

 

 

 

 蒸気機関車とその後ろに連結された青色の客車が停車中である、高崎駅の信越本線ホームでは、彼と平城の岩倉(いわくら)早苗(さなえ)が共に私服姿で歩いていた。既に世間ではお盆休みを過ぎたものの、残暑が未だに強く照りつける時期ではあった。

 

「…あっつい。完全に俺のミスだこれ。」

「仕方ありませんよ。…でも、帰省ついでに群馬の案内をしてくれって頼まれた時には驚きました。私、○○(彼の苗字)さんとの接点は多くありませんから。」

「……御前試合の時の対応へのお詫びもあるが、俺も群馬の土地勘があるわけではないから、岩倉がもしよければという話だったんだがねえ。…二つ返事で、了解をもらえるとは全く思っていなかったぞ。」

「まあ、十条さんから貴方が悪い人ではないことを伺っていましたから。それに、私も◯◯さんとちゃんとお話しがしたかったというのもありましたから。」

「もっと砕けた感じで話してもいいんだぞ。今は俺と岩倉しかいないわけだし。」

「いえいえ。目上の方にはちゃんとしないといけませんから。このままでお願いします。」

「そうかい?まあ、そう言うのならば。……ただ、この構図ってその…、デートってことでは無いよな?」

「え?違うんですか?」

「…いや、何でもない。先に写真だけは撮ってしまおう。」

 

 奈良にある平城学館で刀使として腕を振るっている早苗が、なぜ遠く離れた群馬の地に居るのか。答えは簡単で、彼女の実家が所在しているのが群馬なのだ。今回彼女は平城からの帰省ついでに、本部に勤めていた彼からそのうちの二日間、自身の我が儘に付き合ってもらいたいと持ち掛けられた次第だ。

 

「でも○○さん、こういう蒸気機関車って、お好きなんですか?」

「全国に飛ばされていたこともあってか、各地の鉄道とかに興味も湧いてな。それに群馬って、近場なのに鎌倉からだとなかなか行きにくい場所だし。…岩倉が着いた先のトレッキングにも付き合ってくれると聞いて、驚きもしたけどな。」

「普段私達の乗る新幹線とかと違って、こういう武骨な感じなのもたまには良いと思いますよ。それに、新幹線に乗る時と違って遊園地のアトラクションのような感覚で乗れるのも、素敵じゃないですか。」

 

 黒煙を垂直に上らせる蒸気機関車。時々、腹に響くような汽笛が鳴らされるのだが、早苗の方もその存在に対して少し興味津々ではあった。

 SLと彼、そして早苗の分の写真を撮り終えた二人は、後ろに繋がれた客車内の指定された席へと向かった。そして、汽笛を高々と鳴らした蒸気機関車は、ドラフト音を轟かせて高崎駅を出発した。

 

 

 

 

 車内での席は隣り合っていたため、必然的に二人の物理的な距離は近いものとなった。

 

「高崎駅で色々と買っておいて良かったな。今から終点までは、だいたい一時間くらいかかるし。」

「そうですね。…あっ、そう言えば、群馬といえば美味しいものがいっぱいあるんですよ。例えば、この下仁田ネギやこんにゃくを使ったすき焼き鍋弁当とかどうですか?」

 

 二人とも車内で食事を摂ろうと考えていただけあり、その食べ物も彩り豊かではあった。下仁田ネギやこんにゃくは、いずれも群馬での名産品である。

 

「岩倉、悪いな。高崎駅って言ったらこれだろ、てなモノを俺は買っちまったもんでな…。これなんだが。」

 

 そう言って彼が早苗の前に出したのは、丸く真っ赤な容器だった。

 

「これって…、だるまさんですか?」

「正解。高崎駅のだるま駅弁って、知らなかったか?」

「いえ、初めて聞きました。水沢うどんとかは知っていたんですけれど…。」

「案外駅弁って、興味が無かったらそれまでだしなあ。たまにはいいぞ、駅弁も。今度、新幹線で行き来する時に買って食べてみるといい。」

「分かりました。…そうだ!お互いのお弁当、ちょっとずつ食べ比べてみませんか?」

「俺は構わないが…。分けられるのか?」

「蓋を使えば大丈夫です。…このだるまさん、口の部分が空けられてますね。」

「貯金箱にも出来るってことじゃないか?まあ、捨てるにはもったいないしなあ。この容器。」

「私も、そう思います。―じゃあ、分けてしまいましょうか。」

「そうだな。」

 

 意外ではあるが、彼の場合これだけ女子との距離が近いと、ついついあちこちの風景や車内の方を見回すことが多くなる。その理由を彼は言いたがらないだろうが、相手との目線を外そうとしたがるからだ。これは無意識によるものなので、彼の深層心理にあるものが影響を及ぼしているとも言える。

 ただ、今回の早苗に関しては、車窓は眺めるにしても、真面目に言葉を返してくる早苗の顔を見ることがそこまで苦にはなっていなかった。これが春に起きた出来事からの負い目から来ていたのかどうかまでは、彼にも分からなかったが。

 

「…!―このお弁当、美味しいです!」

「こっちのすき焼き鍋の弁当もな。…流石、食に肥えた目を持つ娘なだけあるな。姫和も褒めてたぞ、岩倉の食のセンスの良さには。」

「そんなことは無いですよ。…でもそっか。十条さんが。」

 

 ちょっと嬉しそうな表情を浮かべる彼女。二人とも箸の動きは進んでいた。

 

 

 

 ここで話題は、早苗と姫和のことにそのまま移ろいでいく。

 

「そういえば、姫和が平城に来て以降、岩倉に散々迷惑や心配を掛けた、って話してたんだが。あの姫和にそこまで言わせる君は、一体何をしたんだ?」

「…あの、私って、そんな凄いことをしていましたか?…あ、いえ。そんな風に言われたのが意外だったもので。」

「だって、彼女と会った当初はかなり警戒されたし。今でこそ可奈美達と仲良く信用を置いている仲にはなったが、その彼女達ですら普通に警戒される対象だったぞ。そう思うと、な。」

「そんな、私も大したことはしていませんよ。…転校当初の十条さん、凄く才色兼備に溢れているような雰囲気で、憧れてました。でも、人をこう、寄せ付けない感じがあって、ちょっと気になったんです。」

「ああ、それは……。」

 

 その理由を知っている彼からすれば、容易にその状況の想像がつき苦笑した。彼女は言葉を続ける。

 

「他の人は十条さんのことを避けるようになってきたんですけど、私はどうしても放っておけなくて。声を掛け続けたんです。」

「…それで仲良くなっていった、というわけか。」

「クールビューティーな感じですけど、私はあの時の十条さんのこと、本当に心配してましたから。戻って来てくれて良かったです。」

「そこはまあ、そうだな。」

 

 とはいえ、彼としては親衛隊や紫のことを考えると結構複雑な気持ちにはなるのだ。かと言って、姫和が無事に戻ってこられたことを考えると、どんな方法が最善だったのかなど、結局自分ごときには分かりはしないのだろう。

 

「…たまには、こんな風に男性の方と一緒にお出かけするのも悪くないですね。しかも、こういう感じに揺られながら行くのも。」

「…そういや岩倉、高崎駅で弁当とは別に何か買っていなかったか?」

「ああ、それならこの袋の中にありますよ。ただ、お弁当を食べ終えてからですね。」

「ん?分かった。…と言っても、あと半分くらいだしな。ちゃっちゃと食べ進めてしまおう。」

「ふふっ、そうですね。」

 

 彼女が買ったものが何なのかは気になるが、ニコニコしながら箸を進める少女の姿を見て、ほっこりしない男もそういないであろう。…彼の場合だと、色々な女子の人の良さに付け込もうとはせず、『恋愛?何それおいしいの?』というような感じの人間でもあるため、その鈍さに苦労する人間は後を絶たないのである。早苗は彼のことをどう思っているのかは、この時点ではハッキリしていないのだが。

 なお、現時点での彼はと言うと、此方は彼女の優しげな雰囲気にだいぶ感化されつつあった。同じように折神家で拘束されていた舞衣同様、芯がしっかりしており、正義感の強さでは彼が見てきた刀使のなかでも突出している方だとも感じてはいた。だが、それ故の危機感も彼の心の中にはあった。

 

 

 

 

 

 

 高崎を出発して一時間強。

 二人の乗ったSL列車は、終点である横川駅に到着した。

 

「結局、岩倉の買ったものが分からないまま、先に列車が着いちまった。」

「意外とスローペースでお食事をされるんですね。もうちょっとこう、男らしくガツガツ食べるものかと私の中では思っていたんですが。」

「本来食事ってのは、ゆっくり噛んでその料理や食材をじっくり味わうのが正しいもんなんだがなあ。…せっかちな世の中だよな…。」

「…過労気味の方と十条さんから伺っていたのですが、風情を好まれる方だったんですね。」

「姫和ぃ…。…まあ、間違ってもないか。それに、こんな可愛らしい娘と一緒なら食をじっくり楽しめるもんだ。」

「か、可愛らしいですか?そんな、私なんて…。十条さんや六角さんとかに比べたら、そこまで言われるほどの人間ではありませんよ。」

「…そう卑下することもないだろうに。分かる人には君の良さは理解されていると思うぞ。」

「そういうものでしょうか。」

「そういうもんだ。…お客さん、ぞろぞろ降りて行ってるな。皆、SLを撮りたがるもんなんだな。」

 

 二人の目線の先には、蒸気機関車の顔とも言える先頭部分への人だかりの山があった。

 

「その前に…。岩倉が買ったものをここで食べてしまうか。今からはしばらく歩きっぱなしだし。…というか、食品で間違ってないよな?」

「はい。でも、○○さん、お腹のほうは大丈夫ですか?結構膨れるものだと思うので。」

「まあ、大丈夫だ。どうせ動くし。」

 

 どこか楽観していた彼だったが、早苗の買ったものを見た時、少し目が点になってしまった。

 

「じゃ~ん!群馬で有名なおやつ、焼きまんじゅうです!」

「…やべ、胃に入るのかなコレ…。」

「どうかされましたか?」

「いっ、いや。……頂こうか。」

 

 たまには胃袋に無理をさせるのもアリかと、無理矢理自分自身を納得させる彼。

 早苗をガッカリさせないためなら、今ここで無茶することもやぶさかではないと考え、焼きまんじゅうを口にする。

 

「美味ひぃ…、美味しいよ。」

「良かった!お口に合いましたか。―まだ何個かあるので、よろしければ食べてみてください!」

「ああ、うん。…分かったよ。」

(そんなに期待した笑顔を向けられると、余計に断りにくい…。しかもまんじゅうそのものが美味いのだから、尚更彼女のセレクトが良い事実を裏付けているというわけで…。辛い。)

 

 そんなことを思いながら、育ち盛りの美少女との一時を過ごす。どこかの駅では見られそうな青春の一コマが、現にここでは見られた。

 

 

 

 

 そして、腹ごしらえを済ませた二人は、横川駅からいよいよ中山道の難所である碓氷峠を目指すのであった。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

後編に続きます。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告にご投稿いただければと思っております。

新型コロナウイルスとの闘いは個々人の意識を高めていく以外に、感染拡大を防ぐ術が無いことを常々思わされます。…正常性バイアスに気を付けて過ごしていくというのは、今が異常時であることの現れでもありますし。
ただ、自分や他者の命を守るための行動と、感染症拡大時の経済活動との兼ね合いは難しいというのもまた、考えさせられます。

変な愚痴がこぼれましたが、ここで失礼致します。
それでは、また。

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