刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

日本でもついに緊急事態宣言が出ましたが、いよいよ有事の状況(しかも長期)を帯びてきたことが新型コロナウイルスの脅威を物語っているように思います。とはいえ、業種によっては出勤しなければならない方もおられるので、完全な外出自粛が難しい面もございますが。
過去には想定されたことのない状況下ですので、就活も先を見通せないのが辛いところです。

導入が長文となりましたが、今回は前回に引き続き早苗編の後編となります。

それでは、どうぞ。


碓氷の嶺へ 後編

 ー群馬県安中市 旧丸山変電所ー

 

 横川駅を離れてしばらく。

 多くの電気機関車などが保存されている碓氷峠文化むらを横目に、旧信越本線上に整備された遊歩道を歩く二人。

 彼が早苗の同伴を依頼したのは、彼女が山道に慣れているであろうと考えたこと、荒魂討伐が激化する中で自然の空気を吸ってリフレッシュしてもらいたかったこと、という部分が大きかった。休みの時まで刀使のことを考えているのは相も変わらずなのだが、隣を歩く彼女が周囲の風景に関心を寄せているところを見ながら、彼は来てくれて良かったと思ったという。

 

 

 

 

 二人が今歩いているこの旧信越本線。現在は北陸新幹線の一部となった長野新幹線の開業に伴い、1997年に群馬県の横川駅と長野県の軽井沢駅間が廃線となった。遊歩道整備に至ったのは、廃線跡を活用して碓氷峠の急峻さや、過去にここを鉄道が通っていたという事実を後世の人々に知ってもらおうという、当時の地元自治体の意向と努力が注がれている。なお、信越本線自体は現在では各地で分断状態*1であるため、往時のような動脈路線であった姿は見る影もない。

 

 

 

 

 

 赤レンガ造りの変電所跡を通過し、遊歩道として整備された廃線跡を進む二人。

 

「◯◯さんが服装は軽装で来い、と仰っていた理由がこれなら分かります。確かに大変ですね、この坂は。」

「碓氷峠の何がキツいかって、ずっと登りなんだよ。長野側は標高が高いから殆ど下らないし。…流石に今日は長野までは行かないけどな。」

「よくこんなところに鉄道を通そうとしましたね。昔の人は。」

「今は上越線…いや、上越新幹線の方が分かりやすいか。明治の頃は、今の上越新幹線のように長距離トンネルを掘る技術が無かったからな。特に上越国境とまで言われたほどの、あの険しい越後山脈だ。日本海側へは、簡単に鉄道を通すことなどできるわけがなかった。そこで、中山道ルートだった信越本線を使って、人やモノを運ぼうとしたわけだ。」

「でも、明治の頃って、今ほど発展していたわけではないですよね?」

「きちんと歴史を学んでいるようで良かった。そう、まだまだ当時は蒸気機関車の時代だ。だから、わざわざ海外から電気機関車と、これほどの坂を登るための設備を輸入して開業に漕ぎ着けたんだ。その設備は、さっき通った保存施設や山向こうの軽井沢駅に置いてあるが、…岩倉ってそういうのに興味あるか?」

「そうですね…、知識を深めるためならいいとは思いますが、実家からならまた来れる距離なので、次の機会にさせてもらいますね。」

「ま、今回はトレッキング…というかハイキング目的だしな。分かった。取り敢えず、遊歩道の終点までは行くか。」

「はい!」

 

 そして、黙々と二人は山へと進んでいく。

 

 

 

 

 途中から近年の廃線まで使われていた新線から離れ、明治から昭和まで使用されていた旧線の遊歩道へと進む。

 

「そうそう、岩倉。」

「どうかしましたか?」

「いや、御刀を持ってこなくて良かったのか?と思ってな。今更ながら。」

「本当は持っていこうとも思ったんですけれど、家に持ち込んだ時に親が不安に思わないとも限りませんから。それなら、鎌府に預けて点検してもらった方がいいかな、って考えたんです。」

「ああ、なるほど…。」

 

 幸いにして、早苗の両親は彼女が刀使の職務をこなしていることに対して、特段反対しているわけではないようだった。

 だが、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題以降、刀剣類管理局や刀使達への風当たりが一層強くなっていることを鑑みれば、持ち帰らなかった早苗の判断も間違っていないように思えた。

 

(…少なくとも、岩倉は真面目に刀使として荒魂を斬り祓うことへ向き合い続けている。……そんな彼女達の心無い声への反論がし難い自分自身が、腹立たしくも思う。)

 

 インターネット工作という手段も一時考えたことはあった。だが、情報技術に強い姫乃*2に相談したところ、発覚時のデメリットを考えると逆効果になる恐れを指摘されたため、世論と時の流れに任せようと考えた次第だ。

 

(……せめて、俺だけでも彼女達の盾になれればいいんだがな…。周りからは止められるだろうが。)

 

 はあ、とため息を吐いた彼。

 日頃の動きに対して、彼の同僚達はお前が倒れられると困ると言わんばかりに、彼へ自制を求めてくることも多い。心配してくれていることは理解していても、刀使達の大変さに比べれば自分の無茶くらいどうってことはない、という意識が働いていることも影響しているのだろう。

 

 

 

 

「…?○○さん、どうかされましたか?」

 

 自分の事で意識を若干手放していたものの、早苗の声が聞こえたことで彼女の方へと顔を向けた。

 

「いや、ちょっと考え事をな。…どうしたら、岩倉達を助けられるのか、とかな。結局、俺の立場は後方支援や書類関係のやり繰りが中心だし。要らないお世話だと言われたら、それまでの話ではあるんだが。」

「…○○さん、覚えていますか?―私が、十条さんが御当主様を襲ったことを受けて、拘束されていた時のことを。」

「……あー、思い出した。寿々花にかなりの圧が込められた尋問をされていた時のことか。…あれは泣いていいと思うぞ。俺ですら、あん時は近づきたくなかったくらいなのに。」

「はい。…そんな時に、○○さんが私を気に掛けて来てくださいましたよね。」

「でもあれって、食事の差し入れをしに行った時だし、何よりあの時は中島*3も同伴だったじゃないか。」

「その後ですよ。私が言っているのは。平城に帰る前に、○○さんのところへ寄った時のお話しです。」

「……ん?…あっ、ああーっ!あの時の話か!悪い、あの頃は仕事に忙殺されていたことしか記憶にないくらい追われていたから、記憶からすっかり抜け落ちてた。」

「……私って、影が薄かったんですね。」

「いや、そういうわけでは…。…ゴメン。」

「…ふふっ、大丈夫です。あの時は、物凄く慌ただしそうに動かれていましたから。お礼の言葉と一緒に見送りまでしていただいたのは、忘れられませんよ。」

「……何か言ったっけな、俺。」

 

 無理矢理思い出そうと頭を押さえながら、唸る彼。流石に早苗も慌てて、彼に寄る。

 

「―あ、無理して思い出そうとしなくていいですから。○○さんがわざわざ思い出すほどのことでもありませんから。」

「本当にか?」

「はい。」

(…ちょっと残念だけど、私は覚えていたいな。すごく気に掛けてくださったあの時のことを。)

 

 そう感じながらも、早苗は以前の彼との別れ際を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 ー御前試合からしばらく 刀剣類管理局本部ー

 

 続々と拘束を解かれ、各校へと帰還する伍箇伝の刀使や生徒。早苗もまた、その一行に混ざって平城に戻ることを決めた。行きは一緒に来たもう一人の平城代表、いや今は御当主様(折神紫)の命を狙った犯罪者として追われる身となった姫和のことを想いつつ、もしも平城に帰った時に彼女を迎えられる人間が必要だと考え、前向きに考えていこうと思った。

 

「しかし、岩倉も難儀だったな。あれだけピリピリした寿々花達の尋問から、無事に解放されて。」

「本当は、十条さんと一緒に帰りたかったんですけれどね。…十条さん、どうしてあんなことを…。」

「起こしたのか、か。……岩倉、君は彼女が理由も無く紫様に刃を向けるような人間だと思っているのかい?」

「―そんなことは、ありません!十条さんは、そんな人じゃありません!」

 

 はっきり、彼の前で言い切った彼女。彼女自身も気付いていなかったのか、大声で放っていたことに驚いていたようだ。

 

「…ご、ごめんなさい。急に大声を出してしまって。」

「いや、気にするな。…そっか、岩倉は十条に何かしらの理由があって、あんな行動を起こしたと思っているんだな。少し、参考になった。」

 

 彼女の言葉を聞いて、彼自身の立ち位置(舞草の諜報員)としての私見と分析により、彼は姫和の行動論理の一端を垣間見たように思えた。

 

「……なら、岩倉。十条のことを信じてやってくれないか?」

「…えっ?」

「さっきの言葉に反論するってことは、彼女のことを少なくとも近くから見てきたってことなんだろう?―だったら、十条が戻ってくるその時まで、君だけでも彼女を信じてあげてくれ。…残念ながら、俺の立場としては十条を擁護する側には回れないからな。」

 

 後々、舞草の人間として姫和と会った時には驚かされることも間々あった彼だが、この当時は単なる一人の刀使としてしかまだ見ていなかったこともあり、助言のつもりで早苗にアドバイスを施していたのだ。

 だが、当の彼女の受け取り方は異なっていた。

 

 

(…この人は、私の言葉を信じようとしてくれている。十条さんのことも…。)

 

 孤立無縁な状況で、共犯の疑いが晴れてもそれはまた別の感情である。心の中に本部の人間に対してしこりを残したまま、鎌倉を離れるところであった。だが、彼の言葉を聞いて、本部の中にも早苗や姫和のことを考えている人がいるということを、自分の頭の中で理解する事ができた。

 

(…この人や、中島さんは信用できる人だと思う。もし、何かあった時はこの人達を信じて動いてみたいな。)

 

 早苗は、本部や折神家で何か起きた時には彼の側に付いて動こう、とこの時に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ー現在 群馬県安中市 碓氷第三橋梁ー

 

 一般にはめがね橋の名称として知られ、碓氷峠の建造物を代表する赤煉瓦造りの四連アーチ橋である。以前はここまでが遊歩道の終点だったのだが、現在では旧熊ノ平駅までの線路跡が整備され、遊歩道も延伸が図られている。順調に登ってきた二人も、橋からの景色に息を呑む。

 

「うわーっ!すごく高いですね!景色も綺麗です。」

「俺も来れて良かった。天気も晴れたし、…何より岩倉の笑顔も見られた。」

「えっ。」

 

 彼の一瞬漏らした言葉に早苗は驚くも、続く言葉によって別の驚きが飛び出した。

 

「それに、この橋は国の重要文化財なんだ。こうして橋の上を歩ける文化財もそうは無いぞ。」

「―!?そんな貴重なものなんですか!?」

「日本の近代化に貢献した、いわば影の立役者…いや縁の下の力持ちといったところか。」

「…でも、今では大切に維持されているんですね。荒魂の被害を受けることなく。」

「人だけでなくこうした文化財を守ることもまた、俺達や岩倉のような刀使の役割なんだろうけどな。」

 

 彼のその言葉に首肯する早苗。ただ、彼は同時に刀使やそれを支える面々に対して、自分の行動はどうなのかと振り返る。美麗字句を並べ立てたところで行動が伴わなければ、それはただの自己満足に過ぎないのだ。

 

「さて、トイレに寄ったら俺達はここで折り返すか。ここから先はトイレも無いし、往復の時間を考えるとここで戻ったほうが良さそうだ。」

「そうですね。」

 

 と、同意したうえで、彼女はとある提案をする。

 

「…◯◯さん、下の道路に降りたら、ここの写真を一枚お願いできますか?」

「一枚でなくともいいとは思うぞ。ここに来ることはそう多くないだろうし。」

「…じゃあ、一枚は一緒になって他の人に撮ってもらいましょう!」

「え、ちょ、」

「すみませ~ん!―そこの男性と私とで一枚お願いできますか。」

 

 彼が反対する前に、彼女は同じように橋を撮影していた人に声を掛け、下りて行った。

 

「……まあ、いいか。」

 

 早苗が楽しんでいるのならそれでいいか、そんなことを思った彼だった。

 この後、めがね橋をバックに一人ずつの写真とツーショット写真を撮った二人は、遊歩道を再び横川駅方面に下っていった。

 

 

 

 

 ー群馬県安中市 峠の湯ー

 

 碓氷湖を遠巻きに見ながら下った、ハイキングの帰り道。遊歩道脇に建てられている温泉施設に立ち寄った二人は、山登りで疲労した足や体を温泉に浸ることで労わっていた。それぞれ温泉を満喫した二人は、施設内の休憩スペースで遅めの昼食を摂ることにした。

 

「やっぱ、風呂はさっぱりするからいいわな。」

「○○さん、結構あちこち行かれてますからね。…先程悩まれて、釜飯セットを頼まれたのはやっぱり美味しそうだったからですか?」

「いや、釜飯を食べるのは決めていたんだが、それ以外をどうするかな、と。元々そんなに入る方ではないからな、俺。結局、味噌汁付きにしたけど。」

「私はけんちんうどんにしました。…水沢うどんはありませんでしたけれど、これも美味しいです。」

「…ほんと、この釜飯が食べられる場所が限られているのが残念でならない。お茶にも合うのに…。」

「まあまあ。ご当地グルメってそういうものですから。」

 

 ぼやく彼に諭すような言葉を投げる彼女。ただ、次の言葉は少し勇気を持って話したようだったと、後から彼が振り返ってみるとそう思えてならなかった。

 

「…あの、○○さん。もしよろしかったら、また時間が取れる時に一緒にここまで来ませんか?」

「…?―俺は別に構わないが、岩倉はそれでもいいのか?」

「はいっ!今度来た時は、めがね橋よりももっと奥のところまで行きましょうか。それまで、刀使としての仕事も頑張ります!」

「頑張り過ぎないようにな。……一緒に、か。」

 

 彼自身、早苗の言葉に半信半疑なところがあったものの、社交辞令だろうと踏んであまり深く突っ込むことは無かった。

 

 

 

 

 そして高崎へ帰る電車の中で、彼女から名前で呼んでいいと言われた時には、彼は驚きこそすれど少し変わっているな、と思う程度に留まっていた。後にここでの出来事が、早苗との関係の転機になったことを理解するまでには、ある程度長い時間を要した。二人は高崎到着後に別れ、それぞれ実家と職場へと戻っていった。双方とも、お持ち帰りなど起こる展開すら無かった。

 

 残念なことに彼女の願望が成就するかは、この年の秋以降の大混乱が収束してからの話となった。恋愛面に関して非常に鈍く重い彼の感情が揺れ動くかどうかなど、真っ直ぐな彼女には正直分からなかっただろう。

 一歩進んだ関係となるには、まだ時間を要することとなる。

*1
主に長野県側での分断が激しい。元々は新潟から直江津・長野を経由し高崎へ至る路線だったのだが…。

*2
彼の同僚である水沢姫乃のこと。詳細は『設定集・時系列まとめ』参照。

*3
彼の同僚の中島里奈のこと。元は平城の生徒であったことから、早苗との面会を許可された経緯がある。詳細は『設定集・時系列まとめ』参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

本日(投稿当時)は由依の誕生日です。とじともではノロを抱え込むなど色々ありましたが、OVAでは元気に動く姿を見られればいいな、と思いつつ待ちます。

タイムリーにも碓氷峠を含めた番組が放送されていましたが、筆者としても新型コロナの猛威が収まった際にはいずれ訪れたいエリアです。軽井沢からもそう遠い距離ではありませんので。(約20㎞ほど)
本文中に登場した釜飯は、おぎのやの『峠の釜めし』をイメージして執筆しております。これも駅弁の一つなんですよね。(入れ物は紙製のほか益子焼の陶器という。)

ちなみに今回は取り上げませんでしたが、横川駅近くの碓氷峠文化むらには『電気機関車の博物館』と言われるほどに多数の電気機関車が保存されています。この施設の特徴として、碓氷峠専用で使われた電気機関車が実際に動態保存されており、講習を受ければ自分の手で動かすこともできます。(ただしお値段は掛かりますが…。)
…各地の鉄道車両保存施設同様に、こちらの施設も保存車両の維持管理に苦心しておられる場所ではありますが、全国でも電気機関車を動かせるところはここだけという点は希少価値の高いところだと考えております。

後書きが長くなりましたが、次回はとじともで新規に登場したあの刀使の話となります。…美炎や調査隊とどういう感じで関わってくるのでしょうか?

感想等ございましたら、感想欄・活動報告へご投稿いただければと思っております。
それでは、また。

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