刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は暁編の後編になります。
駆け足気味な感じにはなっておりますが、その辺りはご容赦いただければと思っております。

それでは、どうぞ。


ミッドナイト・ツーリング 後編

 ー神奈川県箱根町 箱根新道ー

 

 夜道を往く二台の普通二輪。

 もうすぐ夜十一時を回ろうかという時間に、暁と彼は芦ノ湖を目指していた。二人はツーリングをするにあたり、目的地は設定しておかなければ余計な燃料を使うことにもなり兼ねないため、出発時の段階で行き先を決めておいたのである。

 

 

 

 

 赤いフルフェイスヘルメットを被り運転する暁。背中には御刀を入れた竹刀袋を背負っており、荒魂に遭遇した時に備えていた。走行時の風圧により、この竹刀袋ははためいていた。

 

(んあ~っ、やっぱりイイぜ。ツーリングはこうでなくちゃな。)

 

 ライダースーツを着込んでいるとはいえ、風が身体を通り抜ける感覚は一種の快感に近い。この寒空のなかで、その感覚はより一層強まっているようにも思えた。

 

(…そういや、ちゃんと付いて来てんのか?―アイツは。)

 

 一瞬、後方を走っているであろうはずの彼のことが気になった彼女。

 サイドミラーを確認して見ると、一灯の明かりが反射していた。

 

(遅れずに付いて来れるか?…いっちょ、試してみっか。)

 

 車間を少し開きにかかった暁。彼のバイク技術がどれ程のものか、彼女自身は興味があったのだ。

 

 

 

 

(あれ?稲河のバイク、何かふらついてないか?)

 

 一方その頃、後方で追走する彼は暁のバイクの異変に気が付いていた。彼女が車間を広げていたことよりも、バイクの左右の振れ幅が酷くなり始めていたことに対して、意識が向いていたのだ。

 

(…どうも前か後ろのどっちかの車輪のタイヤが、異常を起こしているみたいだな。この道は元々有料道路規格だ。早いところ稲河を安全なところに停めなければ…。)

 

 自動車専用道路では、基本的に一定の距離ごとに非常駐車帯*1の設置が義務付けられている。この非常駐車帯への故障やパンクなどの緊急事態の時の停車は罪には問われない。(逆に言えばそれ以外で止まるのは違法)

 暁の身に何か起こってからでは遅いため、彼は法定速度違反を承知で彼女のバイクの傍まで加速した。

 

 

 

 

(…?―何か、妙だな。)

 

 暁の方も、バイクのグリップを操作するたびに接地感覚に違和感を覚え始めていた。日頃乗り回しているからこそ、相棒の異常にも敏感であったとも言えるが。

 

 

 ピピッ ピピッ

 

 

 突如、彼女の後方からクラクションが響いた。

 

「ああ゛っ!?―うっせえぞ!」

 

 まさか最近*2話題となっているあおり運転なのか、そう思って不意に後ろを振り向いた暁。

 

 

 

 

 だが振り向いた先に、車両は無かった。

 

 

 

 

「なっ――!?」

 

 

 

 

 そんな馬鹿な。さっきクラクションを鳴らされたはずなのに。幽霊にでも追われたのか。

 

 その答えは、その直後だった。

 

 

 

 

「いなごーーっ!聞こえるか!?」

 

 

 

 

 声のした方向に首を向けると、なんと彼女のバイクとほぼ並走するように、彼のバイクが隣にあるではないか。

 つい先ほど、自分が後ろを向いた時には居なかったのに。

 

「おっ、おい!お前、どこ走ってんだよ!」

「抗議や罵倒は後で幾らでも受けるから!ともかく一度安全な場所に停まってくれ!そのバイク、挙動が何かおかしい!」

「あっ、んだとぉ……?」

 

 喧嘩腰になりそうだったのだが、先程感じたバイクからの違和感もあり、一旦彼女は彼の言葉に従うことにした。

 追い抜き禁止ではあったが、緊急事態につき前後が入れ替わった上で彼が暁の方を先導していった。

 

 

 

 

 最寄りの非常駐車帯に辿り着いた二人は、彼のバイクに積んでいた簡易な三角表示板と発煙筒を設置し、後続の車両に注意を促していた。

 ある程度周囲の安全が確保されたうえで、彼は暁のバイクの確認に入っていった。

 

「…うわ…、危なかったなこれ。後輪のタイヤとホイールが外れかかっているじゃねえか。」

「…!本当じゃねえか。」

 

 

 このバイク、実は日頃のパンク修理の影響もあってか、後輪を駆動部から外して作業を行うことも間々あるのだ。当然、タイヤに空いた穴を点検する為にホイールを外した上で穴の補修に入ることだってある。だが、どうもその時の組み立て方が悪かったのか、箱根新道で高速走行をするにつれてタイヤがほんの少しずつズレていたようだ。

 暁も気付いていたとはいえ、彼が停めに動かなければ走行中にホイールとタイヤは分離していたであろう。高速でタイヤがロックしたことにより、急停止の反動で暁が道路から投げ出され、箱根の山中へと転落死していた可能性もあった。御刀を抜けない状況ならば、生身である以上は余計に危険だった。

 

 

 その事実に気付いた時、いつも威勢のよい彼女ですら身震いを覚えた。

 

「…ア、アタシ、まさか死ぬ一歩手前だったってことか?」

「その可能性は高かっただろうな。…安心しろ。ここには工具も一通りあるし、バイクに乗っているということは保険にも入っているだろうから、修理工場で一度ちゃんとバイクを視てもらった方がいい。…事故を起こす前で良かったな。」

 

 血の気が引いていた彼女に、安心させるような笑顔を向けた彼。それを見て暁も落ち着き、こう口にする。

 

「……○○、感謝するぜ。お前のおかげで、アタシの命は救われたってことなんだからな。……この恩は必ず返す。」

「恩て、そんな大げさな。単なる異常だったんだから、別にそんな気にする必要はないぞ。」

「……これは、アタシなりのケジメって奴だ。絶対にいつか返す。」

「…無事だったんだから、そんなのいいのになあ。」

 

 不良には不良なりの流儀でもあるんだろうか、などと思った彼であった。

 

 

 

 

 それから約五十分後、暁のバイクは彼の連絡のもと駆け付けたJAFのバイク運搬車により、鎌倉近くのバイク修理工場へと搬送されることになった。彼の手回しのおかげか、荒魂の哨戒活動中に伴う損傷という形で修理代の方はどうにか賄えるとのことだった。

 

「…何から何まで、世話になって済まねえ。」

「そんなしょんぼりするなって。…折角の可愛らしい顔が台無しになっちまうじゃねえか。」

「―!?」

 

 つい驚いた表情を見せた暁。だが彼は、たまたま彼女から目を離していた。そのため、その顔を見てはいなかった。

 

「ま、取り敢えず、芦ノ湖までは向かうか。一応、このバイクに二人は乗れそうだし。…帰りは、ちょっと考えるか。」

「…じゃあ、運転ヨロシク。」

「え?」

「当たり前だろ?アタシはこのバイク、運転し慣れていないんだし。お前の腕に任せるしかねえ。」

「…マジですかい。」

 

 彼的には彼女に運転してもらう算段だったのだが、慣れていない車両で無謀な運転をするような人間ではない以上、やむを得なかった。

 

「…稲河、俺の体にしっかりと掴まっておいてくれよ。一応、命綱は繋いでおくけど振り落とされでもしたら大変だし。」

「…おう。」

 

 どこか頬を赤らめた様子の彼女に気付かぬまま、彼は後方の確認を行った後で非常駐車帯から本線へ合流した。

 

 

 

 

 運転中、バイクから生じる音を除き、静かな時間が流れていた。

 

(…かなり集中して走ってんな、コイツ。その証拠に、風の流れがほとんど変わってねえ。)

 

 暁はそう分析しながら、彼の身体にしっかりと腕を回していた。その際、豊満な胸部が彼の背中に押し当られる。体勢的にはこうした方が安全なので、不可抗力なところもあったが。

 

(………何だろうな。こう、どこか安心するな。コイツの背中は。…言葉にしにくいが、コイツにだけは色々と許せそうな気はする。……不味いマズい。一体、何を考えてるんだ。アタシは。)

 

 そんな風に乙女心が揺らめいていた彼女だったが、その対象として挙げられた彼の精神の方は、かなりガチガチであった。

 

(…背中に押し当てられている感覚は分かるんだが、それ以上に運転へ集中しないと危険だ。……一説には男が羨むシチュエーションとはよく言ったもんだが、実際にこれを体験する側になってみろ。…注意力散漫になりかねんわ、こんなの。)

 

 男としての意識も当然湧く。しかし残念ながら、彼の場合はそれに勝るように危機管理能力が発動するため、むしろ暁をいかに安全に帰すかを考えてしまうのだ。もはや、それは一種の職業病だとも言えるであろう。まあ、それが間違っているとはとても言えない状況であることは事実なのだが。

 

(ともかく、法定速度内で芦ノ湖を目指さねば…。…レンタカーにしておいた方が良かったのかねぇ。)

 

 今更そんなことを思ったところで何か変わるわけでもない。

 彼は暁に抱きつかれるような形で、箱根新道を突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ー神奈川県箱根町 芦ノ湖 箱根町港ー

 

 箱根駅伝の往路終点、及び復路起点の場所でもあるこの一帯。

 観光船の船着き場なので、日頃は箱根に訪れた多くの観光客らで賑わっている。

 

 

 

 

 湖畔近くの駐車場にバイクを停めると、暁は一足先に湖の側にある欄干に体を預けて、景色を眺めていた。

 

「……静かだな、ここは。」

「稲河っ。」

 

 彼の声が聞こえたので振り向くと、銀色に光るモノが彼女の近くに飛んでくる。ジャイロ効果により横回転するそれを、つい反射的に受け取った。それは、自販機で売られていたホットの飲料缶だった。

 

「…ミルクココア?」

「それは俺の奢りだ。体も冷えてただろうし、…もしかして、コーヒーの方が良かったか?」

「いいや、頂くぜ。…甘いな。やっぱり。」

「あ、苦い方が良かったか?」

「…味は甘い方が、生きている実感が湧くってもんだ。てか、アタシは甘いもの好きだし…。

(コイツ、アタシの好みを分かってて買ってきたのか?…まさかな。)

 

 だいたい、会ってそんなに経たない人間が自分の好みを知っているわけがない、とこう思った彼女。

 

「ココアで良かったのか。……しかしまあ、稲河のその姿、結構様になるな。」

「はっ!?」

「え?…何かおかしな事を言ったか、俺?…稲河の雰囲気が、ツーリング中の一休憩って感じがしたし。」

「…んまあ、間違ってもいねえけどな。…というか、お前。女に対して普通にそんなことを言ってんのか?」

「あー、琴線に触れた部分があったのなら謝る。…悪かった。」

「…別に怒ってはねぇよ。ただ、気を付けろって話なだけだ。」

(…素直に状況説明するんじゃねえよ。あんまり褒められるのは慣れてねえんだからな。)

 

 ただ、意外でもあったのは、彼はあまり外見上では人を分別するわけではないことだった。自身の『不良』という社会的なレッテルはあるにせよ、自分に関わってくる人間の多くは劣情を抱いていたりだの、勘違いした警察官だったりだの、いいことは数えた方が早いレベルの他人との関わりだった。その点、彼は特に気にするような素振りを見せもしなかった。むしろ平身低頭だったりする。

 

 

 

 

 そう思った彼女は、彼に問い質してみた。

 

「……なあ、○○。」

「ん?どうした、稲河。」

「お前はどうして、刀剣類管理局に勤めていこうと思ったんだ?」

「何だ、いきなり?」

「あや、勘違いするなよ。別にお前のことが気になったワケじゃねえ。…どうして、アタシみたいな刀使に優しくしているのか、ってな。」

 

 彼は『刀使』という言い回しに若干首を捻ったが、少し悩んだ後で彼女にこう返した。

 

 

 

 

「……そうだな。端的には無事に帰したいから、か。荒魂討伐に関わった人全てを。」

「帰したい?」

「…稲河は、俺のことは大して知らないんだよな。」

「―ああ、そうだな。」

「ちょっと過去の話になるんだが、俺は美濃関に入った年の頃、本部に頼んで現場での経験を積ませてほしいと言って、ある現場*3に派遣されたんだ。………その時、部隊が壊滅する惨事に出くわした。」

「………はっ?」

 

 流石の暁も、『壊滅』という不穏な言葉に耳を疑った。だが、彼は続ける。

 

「荒魂の突発的な奇襲でな。…俺へ親切に色々教えてきてくれた先輩も、命を落とした。そこから指揮系統を立て直そうとした時に、たまたま上の役職の人間が軒並みいないと判って、俺が刀使や生き残っていた特祭隊員を指揮したんだ。荒魂は討伐できたが、結局先輩達が殉職されていたのを知ったのは後になってからだった。……俺は、生き残っちまった。」

 

 この討伐時には彼自身も瀕死の重傷を負っていたのだが、そんな重要な部分を端折って話す。

 

「それ以降、俺が生かされた意味を考えていた。…その答えが、刀使やそれを支える人間に何ができるのか、ってことだった。だから、稲河を含めた刀使達やサポートをする人間が無事に帰ってこられるように動こう、って決めたんだよ。………稲河?」

「…ハッ、ズッ…。お前っ、そんなっ、大変な経験をしたんだなぁっ…。悪いっ、涙が止まんねえ…。」

 

 こういうしんみりした話などには涙脆い彼女。

 

「…ハンカチ、要るか?」

「サンキュー…。…なんて奴だったんだよ、お前っ。人のために、そんなに尽くしてんのかよ…。」

「…当たり前のことだと思うんだけどなぁ…。」

 

 ともあれ、暁が泣き止むまでの間、彼は動かずずっと傍に立っていた。

 

 

 

 

「悪い。みっともねえ姿を見せちまった。」

「むしろ、信憑性皆無なあんな話で泣かれるとは、俺も思わなかったんだが。…感受性が強いんかね、稲河は。」

 

 公文書に載っている案件を信憑性皆無と言うあたり、彼も大概な感覚でいるが、泣き止んだ暁もまた彼のその感覚には違和感を覚えた。

 

「なあ、もしお前に困った事があったら、アタシでよければ力になりてぇんだが、どうだ?」

「気持ちは有難いんだが、それが原因で稲河に迷惑を掛けて、疲労や心労を増やすようなことになっても嫌なんで、遠慮させてもらうよ。嬉しくはあるんだが。まあ、逆に稲河も困ったことがあったらいつでも相談に来い。俺よりもはるかに頼りになる人間が多いからな。大概のことは解決できると思うぞ。」

「そうか…。…そうなった時は、そうさせてもらうわ。」

 

 彼の口ぶりからして、拒絶ではないことはすぐに分かった。それにしても、どうしてそこまで彼は自分をこき下ろすのか、と思った。

 

「なあ、一々稲河って呼ぶの面倒だろ?…今から暁って、名前で呼んでくれよ。」

「えっ?怒らないか?」

「アタシが良いって言ってんのに、どうして怒らなきゃならないんだよ。」

「わ、分かった。暁。」

「ん、それで良いってコトよ。」

(……会って間もない男から名前で呼ばれるって、何か変な感じだな。まあ、夜見と話していんのと変わらないはずだし、そのうち平気になるか。)

 

 と、彼の名前呼びに対して、そこまで忌避感を抱いているわけでは無かった。…最も、既にかなり彼に対して、自身の心を許している部分が表れてきているのは、無意識下の事実だったりするわけなのだが。

 

 

 

 

 

 

 結局、暁のバイク故障によりツーリングどころではなくなったものの、芦ノ湖で談笑した二人は彼の運転のもとホテルへ戻る。箱根新道に入る前、信号待ちの時に記憶から抜け落ちていたことを思い出す彼。

 

「……あ。そう言えばすっかり忘れてたが、ホテルは相部屋だったよな。風呂は大浴場を利用すればいいからまだ良いにせよ、寝る時はどうする?」

「ベッドはツインなんだし、大丈夫だろ。…それとも何か。アタシが一緒だとマズいことでもあんのか?」

「全く。…強いて言えば、情操上の問題が無いのかという一点だけだな。男と一緒の部屋とか、普通は嫌だろ?」

「…何もしなけりゃ、アタシは別に気にする必要もないけどな。…それに、お前なら…」

「暁悪い。発進するぞ。」

「えっ、ちょっ」

 

 彼からの返し言葉がある前に、信号が青になる。その時には、彼の言葉を聞くことは無かった。

 

 

 

 

 無事に到着した、宿泊先のホテルでの出来事も二人にとって一波乱あるものではあったが、それはまた別の機会に書き綴らせてもらおう。

*1
高速道路などの路肩にたまにある、道路からはみ出た空間のこと。

*2
本話は2017年時点を想定して執筆。(2017年当時、東名高速でのあおり運転を引き金にした死亡事故が起きていた。)

*3
『秩父会戦』の際の出来事。詳細は主人公編『死線を越えて』参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

招集後に彼女のストーリーを読みながら、不良と本人は主張しておりますが人としての大事な感情は持っているところからして、比較的真っ当な人間なのではと思っております。

今後のとじとものメインストーリー次第ではありますが、彼女がどのように動いていくのかは注視していこうかと思っております。
…仮にアニメ本編での流れだったならば、夜見の死を知った時に彼女は一体どう向き合ったのだろうか、という考察は尽きませんが。
暁は、ポニーテールとかシニヨン(お団子ヘアのこと)とかの髪型も似合いそうな気が。(筆者個人の意見です。)

次回以降は学長編の残りの方々の話を綴っていこうかと思っております。…中途半端に残したままになっていますし、サクサクと書いていければなあと考えてはいますが。(…なお、個人的に執筆が難しく感じるのは高津学長という…。)

それでは、また。

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