今回は姫和編その4 前編です。
流れとしては『ゼロ距離と遠距離』のフラグ回収です。
今回はアニメで登場したあるキャラクターも登場します。
さて、一体誰なんでしょうか?
答えは本編中にございます。
それでは、どうぞ。
ー新横浜駅ー
白い車体に青帯のラインが印象的な、東海道新幹線の車両が静かにホームへと滑り込む。
今日もいつものように書類と一部御刀の輸送のため、平城学館に立ち寄る予定の彼。
書類はともかく、御刀に関しては運送業者においそれと頼んで運べる代物でもないため、何本かを御刀用のジュラルミン製ケースに入れて新幹線に乗り込む。
今回は、一度平城に戻る二人の人間と共に席を同じにする。
三列と二列のシートのうち、三人と御刀を入れているジュラルミン製ケースを置きやすい二列側のシートへと進む。
青い座席を回転させた二人の刀使が、彼の前に座る。
開口一番、彼は今回の輸送任務に愚痴をこぼす。
「しかし、こうもあちこち回らされる身にもなって欲しいもんだ。今回は一緒に同乗する人間も居てくれるから、淋しさも無くて済むけどな。」
「そうは言うが、お前はだいたい仕事を引き受け過ぎだ。もう少し自重ってものを考えろ。」
「まあまあ。十条さん、この方のお蔭で私達も一度平城に戻れるのですから、そんなにキツく言わないであげてください。」
「…岩倉さんがそう言うのであれば、仕方ないですね。…もうちょっと、身体のことも考えろよ。」
「姫和、それは薄々感じてる。」
今回一度平城に戻るのは、姫和と
彼女は御前試合前から姫和を気にかけたり、姫和が折神紫目掛けて突撃したその後に、親衛隊から共犯の疑いを向けられて事情聴取をされたり、燃え尽き症候群を拗らせていた頃も彼女の将来を心配したり、東京都心がタギツヒメや近衛隊によって荒魂達の巣窟に変貌した際には、警察官や自衛隊員達の撤退に全力を挙げて、数多くの人々を死地から救いだしたりした。
そんな彼女には頭が上がらない姫和。
彼も平城を訪問していた際には、彩矢*1と共に度々お世話になっていた。
彼女もまた、姫和が可奈美と共に隠世から帰還を果たしたことを聞いた際には嬉し涙を溢していた。
早苗は、近頃の姫和の変わりようを口にする。
「でも十条さん、だいぶ変わったよ。衛藤さんや柳瀬さん、他にも多くの人と関わったからなのか、穏やかな表情が増えた気がする。」
「そうなのか?」
「はい。平城に居た頃は何か思い詰めたようで、誰も近寄らせない雰囲気がありましたから。」
「…まあ、姫和の当時の目的を考えればそりゃそうか。」
「それは仕方なかっただろ!…それに岩倉さんを巻き込む訳にはいかなかったからな。」
「…まあ、姫和の計画を聞いたら普通の人間は止めるわな。例え俺でもだが。」
「そうなんですか?」
「結果オーライだったとは言え、下手すればあの場で斬り殺されていてもおかしくはなかったんだ。…あの時可奈美が動いていなかったら、恐らくこんな風に三人で話すこともなかっただろうしな。」
「…あの時から、もう一年以上経つのか。」
「実感、ありませんよね。私もです。」
御前試合以降のことが、まるで昨日のことのように思い出せる三人。
彼も早苗に対しお礼の言葉を述べる。
「岩倉も、東京の件以降の五條学長からの追加派遣要請に協力してくれて、ありがとう。」
「私は刀使としてやるべきことをやっただけですから。十条さんも無事に戻ってきましたから、もっと頑張れますよ。」
「…岩倉さん。…ありがとうございます。」
姫和は小さな声で、彼女にお礼の言葉を漏らした。
三人は新幹線に揺られつつ、奈良を目指す。
ー平城学館ー
無事書類と御刀入りケースを五條学長の下に届け終え、学長を交えた四人で少々話した後、学長室を去る。
「それじゃあ、私はここで失礼させて頂きます。」
「また今度も頼む、岩倉。」
「またお世話になります。岩倉さん。」
「いいんです、十条さん。お二人とも、後日鎌倉でお会いしましょう。」
学長室前で、早苗と別れる二人。
今日の任務はこれにて終了。…という訳で、彼は姫和にあることを思い出させようとする。
「…さて、姫和。今日、何の日か知っているか?」
「今日か?今日は……!?もうそんな時期か!」
季節は夏。そう、この日は海水浴と並んで風物詩ともいえるあのイベントだ。
「駅でレンタカーを借りてくるつもりではいるが、まだ昼間だし一旦姫和の実家に戻るか?」
「そうだな。…朱音様が、舞草の人間が手入れを行うように手を回してくれているようだしな。この機会に一度見てこよう。…着替えもしたいしな。」
「賛成だ。さて、それなら直ぐに行動に移すか。」
「ああ。」
二人は近鉄奈良駅近くのレンタカー店で車を借り、姫和の実家を目指す。
ー奈良県某所 十条家ー
姫和の実家に入るレンタカー。先に姫和が車から降り、出やすいように車を転回しやすいところへと誘導する。
ピッ
彼が車から離れると、自動的に車にロックが掛かる。
真っ先に二人は、家と周囲の状態を確認する。
「前来た時よりちょっと雑草が蔓延った程度か。これくらいなら、姫和が着替えている間に何とかなりそうな量だな。」
「分かった。なら、私は先に着替える。…絶対に覗くんじゃないぞ。絶対にだ。」
「フリか?」
「バカ言うな。…暑いから熱中症には気をつけろよ。」
「了解。姫和、着替え終わったら言ってくれ。」
その後、彼は雑草を刈る準備を早々と済ませ、作業に着手する。
「…タオル持ってきておいて正解だったな。この暑さじゃ、すぐ汗まみれだ。」
スポーツ飲料や塩タブレットを持参していたので、そこまで動けなくなるほどではなかったのだが、やはり夏の昼間で行う屋外の作業は危険を伴うものだと、改めて感じさせられる。
「刀使達はこんな中でも荒魂討伐にあたっているんだよな…。これくらいでへばる訳にもいかんわな。」
思わず鎌を振る手に力が籠もる。
「…さてどうするか、浴衣は。」
その頃姫和は、夏の一大イベントである花火大会に着ていく浴衣をどうするか悩んでいた。
基本何を着ていても服装に言及することがあまり無い彼に、たまには一泡吹かせてやりたいと考えていたからだ。
「…これか?」
昨年舞草の里で着ていた浴衣とは異なり、今回は青地の花柄模様の入るものを選んだ。
「よし、あとは着付けか。」
鏡を見ながら、帯などを固定していく。
「よし、こんなもんだろう。」
雑草を一通り刈り終えた彼。所々で休憩を挟みながら数枚のゴミ袋が草で満杯になる。
「…汗の臭いがヤバいな。水で流すなりしたいところだが…。」
夏場なので替えの下着などは準備してきたのだが、家主である姫和の許可無くして汗を流すことは出来ない。
「そろそろだろうか?」
経過時間を考えるともう間もなくではないか、そう考えていた時だった。
「今着替え終わった。…どうだ?おかしなところは無いか?」
玄関から浴衣姿の姫和が出てくる。
(…やっぱ和服が似合うな、姫和は。)
「全然。むしろ、よく似合っているよ。」
「そっ、そうか。」
若干照れくさそうにする彼女。
「靴は…、会場は雪駄の方が良いか。途中まで運動靴で行こう。《小烏丸》も持って行くんだろ?」
「ああ。折角のお祭りを荒魂に台無しにされたら、腹立たしくて仕方なくなるからな。そうならないように、私達は居るのだから。」
「…そうだな。俺は、荒魂を祓うことは出来ないけれどな…。」
こうした時に浮つこうにも、そのことが時々彼自身に目の前の現実を突きつけてくる。
嫌な思考に向く前に、彼は姫和に頼み込む。
「姫和、一つお願いがあるんだが…。」
「ん?何だ?」
「ちょっと、水浴びしてもいいか?草刈りやってたら、汗だくになっちまったからな…。」
「はあ…。全く、お前って奴は…。」
少し呆れる彼女。
「十分だけくれ。すぐ終える。」
「…まあ、そのままで行くのも難だ。こっちも少し支度をするから早めにな。」
「助かる。」
そのまま十条家の浴室へと駆け込んでいった彼。
「忙しない奴だな、相変わらず。」
そう口にすると同時に、綺麗に草が取り除かれた庭の状態を見る。
「…ホントにアイツは。他人の世話を焼きすぎなんだよ。」
自身も大概真面目なところがあるが、彼はそれに加えて人のために頑張ろうとする節がある。
…自身の知らない四ヶ月の間に何があったのか、まだ彼女は訊くことが出来ていない。
十分後、私服へと着替え終えていた*2彼は、どこにでも居るような青年の姿で玄関から出てきた。
「待たせたな、姫和。よし行くか!」
「ちなみにどこへ行くんだ?」
彼女の問いに答える彼。
「…大阪だ。」
ー近鉄奈良駅ー
レンタカーを返却した二人は、通勤客もごった返す近鉄の快速急行電車に乗り込む。
「…思ったより混んでるな。」
「当たり前だ。大阪と奈良を結ぶ大動脈だぞ。…特急の方が良かったんじゃないか?」
姫和は彼が珍しくミスしたことに驚いていた。曲がりなりにも鉄道をよく使う人間であったがためだ。
「まあ、特急に乗ったところで御刀はどうにもならないし、三十分程度なら立ちっぱなしでもどうにかなるだろう。」
「…それにしても多いな。」
『お待たせ致しました。大阪上本町行き快速急行です。発車致します。閉まるドアにご注意ください。』
車掌のアナウンスと共に、扉が閉じられる。
電車はゆっくりと動きだし、大阪に向けて出発する。
ー電車内ー
今回は交通費をなるべく抑える目的もあり、鶴橋と京橋を経由するルートを取っていた。
特急以外での最速達列車が快速急行であったため、これに乗ったのだが…。
「姫和、キツくないか?」
「大丈夫だ。…それより、まさかここまで寿司詰め状態になるとはな。」
花火大会に向かう人と大阪に戻る通勤客とで混みごみしていた車内は、吊り革に捕まらずとも身動きが取れないほどまで人々で膨れ上がっていた。
「姫和、鶴橋に着くまでの間は抱き寄せようと思うんだが、問題無いか?」
「…私は構わないが、お前はキツいんじゃないのか?」
吊り革を掴んでいるとはいえ、手提げ荷物を持つ彼の方が大変そうに見えた。
「この人混みだと《小烏丸》も他の人に当たってしまうだろうし、降りる人に紛れて離ればなれになってしまうかもしれないだろ?」
これだけ密集した空間なら、何が起こるか予想出来ない。彼もそれを気にしていた。
「…分かった。…優しく頼む。」
「?そりゃ、当たり前じゃないのか?」
姫和の言葉に首を傾げる彼をよそに、彼女は続ける。
「…そのまま、もたれかかってもいいか?」
「…どうしたんだ、姫和。何かいつもと違う感じなんだが…。」
「たまにはいいだろう。…今は可奈美達も居ないし、お前以外迷惑をかける奴もいない。」
頭を彼の肩と胸に立てかける彼女。
(…普通なら嬉しい筈なんだが、周囲の人の目線が痛い。)
言い出した自分がこう思うのも何だが、殺伐としたこの空間で甘い雰囲気を見せつけられる通勤客や他のカップルのことを考えたら、何とも言い難い気持ちになった。
「なあ、姫和。やっぱり、さっきの提案は無しに……。姫和?」
「……すーっ。……すーっ。」
「…マジでかよ。」
安心しきったように、立ったまま寝てしまった彼女。
(…鶴橋に着くまで、このままでもいいか。)
結局彼は、目的地への乗り換え駅である鶴橋駅まで自身の言ったことを守った。
ーJR西日本 大阪天満宮駅ー
花火大会会場にほど近いこの駅で降りた二人。
「やっと着いたな。」
「そうだな。」
「露店はあっちの方か。…花火が上がるまでは、まだ少し時間があるな。」
彼は腕時計の現在時刻を確認する。午後七時を少し回ったところだった。
「なら、食べ歩きでもいいんじゃないか?これだけ人も多いんだ。何か口に含みながらの方がいいだろ、お前も。」
「…姫和の言う通りだな。じゃ、突っ込むか。」
そのまま、彼女の手を取る彼。
「!?おっ、おい!」
思わず彼女は声を上げ、一回彼と手を離す。
「ん?…あっ、スマン!嫌だったか?」
「いや…。……寧ろ、私の手を繋いでくれないか?」
単に驚いただけだったらしく、姫和は再度彼に手を差し出す。
「…良いんだな?分かった。」
ギュッと彼女の手と自身の手を噛み合わせる彼。
「…やっとだな。お前と一緒に回るのは…。」
「ん?何か言ったか、姫和?」
「……いや、ただの独り言だ。」
彼女は少し悲しそうな顔を浮かべたが、すぐ彼に優しく笑顔を向けた。
彼もそれに応えるかのように、彼女の手を優しく握り人混みへと紛れていった。
夜空に華々しく咲き誇る花々たちも、その時を今か今かと待ち焦がれているようであった。
ご拝読頂きありがとうございました。
岩倉さん、アニメでの出番そのものはそう多くありませんでしたが、刺さる人には刺さるキャラクターだったと思います。
さて、後編は花火大会での二人の様子になります。
…ハードルを上げていないか不安。
それでは、また。