先日、刀使関連のグッズが届きまして、タオルや手ぬぐいの大きさに少し驚いた筆者であります。
今回は姫和編 その10です。
時系列は姫和編『捜索禁止命令』、閑話編『特殊装備開発』よりも後の話となります。
それでは、どうぞ。
ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー
姫和の
普段の、綾小路以外の伍箇伝各校から寄せられ積み上がった仕事を消化しながら、彼は作戦立案を進めていた。
姫和の最期を目撃した可奈美達もまた、黙々と日々の任務に向き合っていた。それぞれが内に抱える悲しみを、荒魂討伐で覆い隠すかのように。
彼は、非常に険しい表情を浮かべながら、装備品の発注を依頼していた。しかもそれは、ただの装備品ではない。
「…本当に完成が間に合うとはな。できることなら、絶対に使いたくはなかった代物なんだが。」
彼が目を落としていた資料。それは、対刀使用制圧装備の一覧であった。つい数日前、長船に出向していた恭介*1と綾奈*2の手により、完成した起死回生の一手。…最も、その設計依頼者たる彼自身が、これの存在そのものを嫌がるのも無理はない。
「……今更及び腰になっても仕方ない。やると決めた以上、やり切るまでだ。」
もちろん、彼にも感情はある。血も涙もない、冷酷非情で冷徹なまでの判断力を持ち得ているわけではない。それでも、迷ったら最後、此方が戦略的に勝利を得ることは不可能となる。
そんななかでも前向きな吉報が届いた。自衛隊が此方の味方に付いたことである。防衛省からすれば、本来強固に守られているはずの本庁舎を、一度ならず二度も襲撃された。政府から面子を丸潰れにされただけでなく、維新派への怒りが内部にかなり溜め込まれていたのだ。加えて、仲間が多数負傷した原因になったタギツヒメを神輿に担いでいる、政府への不信感や嫌悪感を隠せないでいた。
舞草は米軍を通じて、防衛省側にクーデターの動きが無いかを調査していた。結論から言えば、決行寸前、一触即発の危機的段階まで進んでいた。流石にそれはマズいということで、米軍と朱音ら刀剣類管理局側が粘り強く彼らの説得にあたった。
そして、どうにかクーデターの危機を押さえ込むことに成功したのだ。その代わり、暗に防衛大臣も決裁を通していたのだが、皇居東側、つまり東京駅周辺から永田町、霞ヶ関などの官公庁街一帯に、事実上の戒厳令を敷いたのである。
無論、かなりの無茶な理屈立てで押し通した行動ではあったが、『荒魂災害による不測の事態に備えるため』と言われてしまえば、野党も、まして政府与党も徹底的なまでの反論材料を持っていなかった。舞草側の必死の調査と、日米防衛当局者同士での連携が上手くいったが故の、紙一重なギリギリの攻防であった。
最も、その対象とされたタギツヒメは、特に気に留めているような感じではなかったという。その気になればこの世を吹き飛ばせるという、ハッタリ無しの力を有していたことも大きいだろう。加えて、人間同士の諍いを雪那に全てぶん投げていた事情もある。洗脳なしでもタギツヒメへの忠誠心が高かった彼女は、見事な時間稼ぎに成功したわけだが。
少し話が脱線したので、彼のほうの視点に戻る。
彼が、遅過ぎた姫和への恋心を自覚してからというもの、彼自身の心境にも変化があった。
(…ホント、俺って馬鹿な男だよな。なんで、いつも大切な人やモノを失ってから気付くんだろうな。)
一種の達観とも諦念ともいえる情念が支配してくるのだが、彼を動かす原動力はそれだけではない。姫和を喪った悔しさと、ここまで事態を極大化させたうえに放置してきた、自分自身への情けなさだ。
ただ、彼も履き違えないでいたのは、復讐と義務感は全く異なるということだった。姫和を奪ったタギツヒメは、確かに憎い。だが、それは葉菜達近衛隊には関係のない話である。まして、大事な後輩は無理矢理あちら側に付かされたことを思えば、彼女達は完全に被害者の立場だ。八つ当たりすればいい、という短絡的な問題でもないのだ。
「……姫和は、なんて言うんだろうな。今から下す俺の決断を。」
作戦案はある程度固まっていた。だが、これを確定し実行するとき、彼はずっと後悔するだろう。本来守るべき対象であるはずの刀使達を、明確に意図をもって傷つけるであろうことを。それでも、それは自分のなかに感情を仕舞っておく。彼女達からの恨み辛みは、全て一身で受け止めると決めたのだから。
「……姫和は凄いよ。自分一人だけで覚悟を決めて、死ぬことまで考えて行動したことが。」
復讐が良いか悪いかという二元論に対して、彼は明言を避ける。二十年前のあの日、フリードマンが後悔と贖罪の念を抱いたように、彼女は彼女で、日々弱りつつある篝の姿に悲壮感と義憤の感情を抱いていたことだろう。
結局のところ、あの時の姫和の行動に関して、彼は完全に部外者の立場である。だが、それでもあの娘に対して、復讐を成してからはどうするのか、ということをずっと問い掛け続けてきた。今度は、その彼女の経験してきたことを、彼がいきなり体験させられる立場になったわけだが。
「……とはいえ、立案内容がまさか非対称戦になるとはなあ…。これで『復讐じゃない、救済だ』とか言ったところで、どの口が言うかって非難轟々に言われるだけだろうけどなぁ……。」
そうは言っても全く関係のない一般人からすれば、こんなどうでもいいお家騒動よりも目前の荒魂をどうにかしてくれ、となる心理は理解できる。ただし、その目前の荒魂を祓うにしても、出現原因が分かっているならそれを取り除かない理由はない。
分かりやすい例として、もし医師から悪性の腫瘍が自分の体内にあり除去しないと助からない、言われたとする。それでもその提案を拒むとすれば、どうにもならない身体的事情を抱えているか、あまりにも病に対して無理解である人と同じことである。前者は仕方がないにせよ、後者に関しては救いようがないと言えるだろう。
身内でも非難する人間が現れるので、そこはさもありなんといったところだ。
たまたま部屋に戻ってきた里奈が、彼のこぼした言葉を拾う。
「……せめて、由依のように近衛隊の刀使の洗脳が解除できればなぁ…。」
「それが出来ればこっちも苦労しないわよ。―で、結局、アンタはアレを使うのかしら?」
「…ああ。……はぁ…、刀使制圧の切り札として依頼したものを、まさかこんなに早く実戦投入する羽目になるなんて…。」
里奈からの言葉に、彼は悩みながらもこう返す。
朱音に発射権限を回した対刀使用制圧装備の一つである、クラスターバーユニット搭載型誘導弾。沖縄・久米島での試射実験以降、現在はS装備の発射設備を擁する横須賀基地に保管している。これを、海上自衛隊の護衛艦「てるづき」に二発分載せる算段を取り付けた。作戦発動後、朱音から許可を得たうえで発射可能状態になるのだが、彼にとってもこれを使うことは避けたかった。死人を出しかねないというのが、一番の理由だったからだ。
なお、恭一と綾奈には対刀使用制圧装備の量産化指示を以前から出しており、一部は鉄路により武蔵野線沿線の越谷貨物ターミナル駅(埼玉県越谷市内)へとそれら装備を満載したコンテナ列車を送り込んだ。東京都と千葉県の都県境付近に広がる比較的大きな空き地にも、海上コンテナに入れた対荒魂用拘束ユニットを核とした荒魂対策装備、あるいは対刀使用制圧装備を続々と置いている。着実に手は打っていた。
このように気分が晴れない彼に対して、里奈は少し溜め息を吐く。
「…春日井さんから聞いたわよ、アンタがそこまで悩んでる理由。彼、アンタのことをずっと心配してたわよ。…刀使を傷つけたくないってアンタの本心、私はその…、…何というか、今でもモヤモヤと悩んでる。うん、怒りとも悲しみといえないような、そんな気持ちがね。」
「…普通はそうだろうよ。むしろ、糸崎や水沢は何も言ってこなかったことのほうが、俺は少し恐ろしかったぞ。正直、責めてくれるほうがよっぽどいい。……胸ぐら掴まれたっていい、激情をぶつけてくれてよかったんだ。」
「そうは言うけど、あの二人はあの二人で、アンタにどう声をかけたらいいか悩んでいたわよ。特に姫乃はね。」
「……まあ、白い目で見られても仕方ないさ。今まで口うるさいほどに言ってきた信条に、真っ向から反するものを作るよう依頼したんだからな。そこで軽蔑されることは、…分かってはいた。むしろ、他の人間のもとの方が、もっとのびのびと水沢のやりたいことをやれるだろうし。」
「…一つ言っておくけど、私も姫乃も、恐らく糸崎も、アンタのことが嫌いだとか今すぐここを離れたいとか、思ったことは無いわよ。相談して欲しかったのは、正直そう思ってるわ。」
「中島…。」
言葉が続かなくなった彼に、里奈は淡々と語りかける。
「……アンタは、十条さんを救えなかった。確かにそうよ。でもね、それはきっと捜していた皆が思っていたことよ。アンタが衛藤さんに話を聞いて、静かに涙を流したのも知ってる。動けなかった自分を責めてたのだって。……それを理由に、私怨で近衛隊の刀使達を攻撃するつもりなら、私はアンタの作戦に賛成はできないけど。」
「……いいや。もう、これ以上、大切な人を失いたくはない。葉菜や他の綾小路の刀使、今からぶつかるだろう可奈美達やそれを支える後方の人間。そして、生活を営む一般の人たち。全てを救うなんてできないかもしれない。だが、その可能性を投げ捨てることはしたくない。だからこそ、近衛隊の無力化作戦は全てを救うための手始めでしかないんだ。」
一度失ったものを取り戻すことは、とても容易なことではない。それでも、その苦しみの感情をまた経験することは、もっと嫌なことだ。
刀使を救い、その周囲の人間を救う、守る。その原点に立ち返る時、彼は成さねばならないことを再確認する。
それが一層強くもたらされたのは、皮肉にも姫和を喪ったことである。より深く、そして意固地なほどにまで考えの方向性が固められていったこの意識は、彼がまだ経なければならない試練とでもいうのだろうか。
百人救えても、たった一人の少女を救えなかったことは、いつまでも晴れることのない彼の心の曇りとして、残り続けることだろう。
「だから、『私怨よりも大局を』、『復讐でなく救済を』と言いたいんだよ。感情的になり過ぎて、無思考状態に陥ったら、それこそ俺は立ったらマズい立場だろうし。」
「……よかった。取り敢えず、早まるような動きじゃなくて。」
里奈は、彼が近衛隊の刀使達を纏めて挽き潰すつもりであれば、即座に止めるか脅してでも作戦から引き剥がしただろうが、そうでないことを確信し、警戒を解いた。
「…それと言い忘れてたけど、アンタだけで刀使を傷つける業を背負う必要は無いことは、忘れないでおきなさい。存在を知ってる私らも、アンタのその重荷、肩代わりするから。」
「ははは…、…ま、覚えておくな。」
彼はちょっとだけ肩の力が抜けるように思えた。しかし、それでもこの業は誰かに背負ってもらうべきものではない。曖昧なまま返事を返したのは、彼なりの優しさでもあった。里奈達にまで、負い目を持たせたくないという、彼なりの強い意志で。
この日、彼は首都封鎖を含めたいくつかの作戦案を、朱音や紗南、そして作戦参謀本部に上申した。近衛隊、そしてタギツヒメと維新派の暴走を止めるべく、彼は下準備や押さえ込むための訓練を加速させる。
ー鎌府女学院 学生寮内休憩スペースー
それから二日ほど後、姫和の親友である早苗が彼のもとを訪ねてきた。てっきり怒られるものかと思っていた彼だが、実際に彼女と会ってみたら、普段の彼女では考えられないほど生気のない顔をしていた。
「どうしたんだ岩倉、わざわざ俺を呼び出すなんて。」
「……ごめんなさい。どうしても、話しておきたかったんです。」
「…姫和のことか?」
静かにコクリと頷いた彼女。
どう見ても大丈夫ではない姿を見て、彼は近場の席に早苗を座らせる。自販機でホットココア入りの缶を買うと、一つを彼女に差し出す。
「取り敢えず、飲んでくれ。お代はいらない。」
「…ありがとうございます。」
ゴク ゴクッ
「……温かいですね。ちょっと、落ち着きました。」
「姫和…、いや十条から聞いていたよ。君がずっと彼女と向き合い続けていたことを。……今回の責任の一端は俺にもある。すまなかった。」
「……いいんです。◯◯さんのせいじゃないことくらい、分かってますから。…それでも、十条さんを、私は助けたかった…。」
ポロポロと、涙をこぼす早苗。
彼は知らなかったのだが、姫和が平城に転校してきて以降、彼女をずっと気遣い、時には姫和との距離を縮めようとしてきた。
復讐のみに執着していた彼女の心を、早苗が少しばかり溶かしていたのだが、残念ながら当の本人は既に現世から姿を消してしまった。早苗のなかで、十条姫和という同級生を放っておけず、ずっと仲良くしていたかった、という未来はタギツヒメにより絶たれたのだ。
「……岩倉、姫和と親しかった君だけには、明かしておきたいと思っていることがある。…………俺は、十条のことが、異性の女の子として好きだった。」
「えっ…。」
困惑する早苗。彼はそのまま続ける。
「でも、それを自覚したのは、十条が居なくなった後だった。…もちろん、岩倉のように学校生活が一緒だったわけでもないし、長い付き合いだったわけでもない。」
でも、と一度言葉を区切って、彼は寂しげな表情を浮かべた。
「……あの娘の真っ直ぐな信念や、女の子らしい一面を見て、この娘と一緒に居たいなって、おぼろげながらもそう感じたんだよ。……亡くしてから気づくって、酷い男だとは思う。でも、岩倉は姫和のことで泣いてくれた。それでいて、俺は結局……。」
何もできなかった。少なくとも、彼女の助けになる行動を、取ることだってできたはずなのに取らなかった。
波のように襲いかかる後悔が、彼の心を再び揺さぶる。
「……でも、◯◯さん。十条さんは、貴方の話をする時、少し嬉しそうな顔、ちょっと恥ずかしそうに赤らめた顔をしていましたよ。…だから、◯◯さんが悲しんでいることを、私は嘲笑するなんてできません。」
「岩倉……。」
「…私、また後悔したくありません。十条さんを助けられなかったのは、私だって同じです。だから私は、もう何も失いたくない。タギツヒメによって傷つく人をもう、見たくないんです!」
彼は、早苗の目を見た。
そこには、瞳の奥にメラメラと燃え上がる、譲れない信念と正義を持った彼女の心が、光り輝いているように思えた。
そして、その奮い立った姿は、在りし日の姫和の姿と重なる。
(……だから姫和は、平城の生徒の中では彼女に心を開いていたんだろうな。)
同時に彼は、早苗のような刀使達を死なせないためにも、一層の作戦立案に注力することを心に誓った。
そして、危機迫るクリスマスイブでの『年の瀬の大災厄』と、維新派・近衛隊の戦力を無効化するべく起こした作戦決行の日は、これから一週間以内に起きた同じ日の出来事であった。
彼は、甘えを捨てた。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
主人公が早苗を苗字で呼んでいますが、これはルートの影響が出ている描写になります。
(早苗編では名前呼びになる風な感じになってますので。)
あとは、これより後の時系列の話との整合性を確保するため、という側面もありますが。
また、終盤で主人公が姫和を苗字と名前、双方で呼んでいますが、これは誤字ではなく、早苗の前で姫和との間柄を取り繕おうとしていた、彼の努力の一端になります。(結局姫和呼びに戻っていますが。)
次話は『東京決戦』こと『年の瀬の大災厄』時の話となります。
一筋の希望は、彼にどう映るのか。
それでは、また。