今回は姫和編その11 後編です。
前編の続き、アニメ23~24話のあたりの話となります。
途中、姫和の一人称視点で進行する部分がございます。読み進まれる際にはご注意ください。
それでは、どうぞ。
ー隠世の隙間ー
タギツヒメを隠世に送り込むべく、彼女と最後までついてきた可奈美と共に、迅移の最高速である第五段階まで加速した姫和。
それによって生じた、超高速域の加速が姫和の身体に掛かる負荷を増大させ、ついにはタギツヒメや可奈美と別れ、離れてしまった。
「…可奈美ともはぐれてしまったな…。一体、どこへ向かえばいいのだろうか。」
隠世の果ての果てまで来てしまった、とは思ったものの、それは彼女自身が選んだ選択であったため、その点に後悔はない。しかし、可奈美を巻き込んでしまったことに関しては、彼女も悔いていた。可奈美は、全てを悟っていたようだったが。
「……取り敢えず、歩くとしよう。」
下手に一ヶ所に留まっているよりも、動き回った方が可奈美と再会できるかもしれない。そう思って、姫和は一人歩き始めた。
砂漠のように何も目印になるようなものが無いなか、姫和は向かう宛てもなく、周囲を見回しながら進む。
「…まったく、一体どこまで広がっているんだここは。」
ため息すら吐きたくなる状況に立たされたなか、一人呟くように歩き続ける。
「思えば、私が歩んできた道は、最初はずっと一人だったか。途中から可奈美が私を手助けし、舞衣や沙耶香は私達を見逃して、その次にはエレンや薫が合流したんだよな。」
彼女達、特に可奈美には往時から迷惑を掛けてばかりだな、などと思った彼女。彼女自身の意志もあっただろうが、少なくとも可奈美が居なければ今の自分はここに立ってはいなかっただろう。
しかも、礼を言わなければならないのは彼女達だけではない。
「恩田さんやフリードマン博士、朱音様。…それに、あの男にも、まだ完全にはお礼を果たせていないことが、少しばかり心残りではあるな。…岩倉さんにも、済まないことをしてしまったな。」
特に、ずっと彼女を気にかけ続けていた早苗や、家に乗り込んでまで頻度に姫和のことを心配し続けていた彼には、あまりに唐突な別れ方をしたと思った。それに彼に至っては、わざわざ安否確認をしてくれたにも関わらず、素っ気ない態度で早々に連絡を絶ってしまった。
(……思えば、日頃から私に話しかける男は、アイツくらいなものだったな。本当に変わった奴だった。)
ふと、彼と出会った頃からの出来事を思い返していた。可奈美を捜す以外に、この空間でできることもないため、記憶を辿ることも悪くないかと思ったわけだ。
彼女は、舞草の里に来た頃の事柄から振り返っていく。
あれは、初めて舞草の里に来てから、服を着替えていた時のことだったか。
突然襖を開けてきた、自分と同じくらいの男子が此方をぼーっとしながら覗き込んできた*1。
最初は着替え中の半裸姿とはいえ、いきなり体を見られたことに血が上ったわけだ。が、よくよく考えると、この男は折神紫が追っ手として送り込んだ人間だったのでは、と思うようになったことで態度を改めた。
エレンや薫からその男の素性を聞いて以降も、疑いの目をずっと持ち続けていた。彼が着替え中の姿を見たことを謝ってからも、その行動に目を向けることが多かった。…恐らく、この頃からアイツのことが気にはなっていたのだろう。ただ、それはあくまでも警戒対象として、だったのだろうが。
それからというもの、時間があった時に私を覗き見たアイツは、私に『折神紫を討ってからはどうするのか』を問い続けてきた。
私は、その問い掛けに少し悩んだ。
今までは母の本懐さえ果たせれば、私はそれでいいと思っていたからだ。私の人生を、そこで終わらせても構わないとさえ考えていた。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。その問い掛けに対し、答えは出なかった。
結局、折神紫を隠世に送り込もうとした際に、可奈美によって現世へ引き上げられてからも、私のその悩みが解けることは無かった。折神紫を討って、母の本懐を果たせたと思えたはずだったのにだ。
可奈美が私を現世に引き上げた結果として、折神紫から分離したタギツヒメと、膨大な量のノロが関東一円に降り注いだ。『鎌倉特別危険廃棄物漏出問題』は、言ってみれば可奈美が私を助けた結果として起こった事態だ。当然、その責任の一端は私にもあった。
だが、刀使としての自分の存在意義を見いだせなくなってきていた私は、段々と現場を離れるようになっていった。アイツの言っていた事が、現実として目の前に転がり込んできたんだろう。そういう点で、アイツは私の未来を予測していたわけだ。
……勿論、私はそのまま逃げることだってできた。私の境遇を知っていた五條学長は、もし私がそうした決断をしたとしても、恐らく咎めることは無かっただろう。
それでも、私は迷った。
岩倉さんが必死で五條学長を説得していたのも知っていたし、その意を汲んだ学長がアイツを送り込んで、実家まで乗り込んで話し合いの機会をもつことも間々あった。…不思議とその頃の私は、警戒感を持っていたはずのアイツを、家に上げるほどには心を許すようになっていた。
本部職員でかつ中立的な立場であったアイツは、刀使を続けるか否かは私自身の判断に委ねる、としていたが戻ってきてほしいとは言ってくれた。
可奈美や沙耶香が奮闘していることも聞いたが、何よりこんな私でもまだ必要としてくれるのか、という実感が湧いた。最終的に私が刀使として戻る後押しになったのは、五條学長からノロ回収班の襲撃を聞かされたことだが、刀使へ戻る気持ちを残し続けたのは、岩倉さんとアイツの言葉だったんだろう。今ではそう思う。
タギツヒメがタキリヒメに勝ち、取り込んでからというもの、日々悪化していく状況のなかで、私はどうするべきなのか考えていた。
綾小路の知り合いの刀使が近衛隊に入っていたことや、タキリヒメを喪ったことで、普段明るい可奈美が辛そうにしていたあの表情は、今でも覚えている。同時に怒りを静かに抱えていたことも。
それなのに、私は……。
また、私が戻るきっかけを与えてくれたアイツも、苦しみ、悩んでいた。アイツ個人が親しかった刀使が、近衛隊に巻き込まれて加わっていたからだった。加えて、アイツ自身が近衛隊、いや維新派から狙われた。
アイツのことを多少でも知っていれば分かるが、助けようとしてきた刀使から明確に殺意を向けられたことが、あの男にとってどれほどショックだったのかは、私でも想像に難くない。
あのお人好しは、どんなに悪い状況でもできる限りの最善を尽くそうとする。…だからこそ、打つ手が無かったあの時には、悲しげな顔をしたんだろう。
そんなアイツにも、私は大した礼も言わず、突き放してしまった。
(……いや、きっとああすることが良かったはずだ。何より、アイツは死ぬ覚悟を決めた私より、もっと他の奴を助けるべきだ。私のあの対応は間違ってないはずだ。)
ズキン
ふと、胸のうちに小さな痛みが走ったように思えた。
だが、私はそれに気付かないふりをした。
(…今更、現世に未練はないはずだ。)
後悔や謝罪の念はあったにせよ、元々一人残された時から生への執着は薄かった。復讐を果たすと決めた時から、生きながら死んでいるようなものだったと。
可奈美達と会って以降はそうした意識が失せていたのだが、ごく最近、それこそタギツヒメに一の太刀を叩き込む時には、そんな意識が再び強くなっていた。
(……まだ、私は生き続けたいと思っているのか。)
分からない。
ただ、いずれにせよ可奈美には会わなければならない。…仮にこの命が尽きようとも、せめてその前には会っておきたい。
たった一言、『ありがとう、ごめん』と言うために。
隠世の狭間を歩いていた姫和は、実家によく似た、いやそのままと言っても差し支えないほど再現された、不思議な空間に立ち寄った。
土間を上がり、その完璧なまでの再現度に驚いた。そうして、落ち着ける環境になったことで可奈美への想いを吐露するなか、死んだはずの母・篝と再会する。
姫和はもちろんのこと、彼女と初対面の篝は慌てた。それもそのはず、姫和が会った篝は刀使だった頃の姿で、姫和が産まれて以降の彼女ではなかったからだ。
しかし、娘と名乗る
この時間軸の自分には全く身に覚えのない娘の存在ではあったが、姫和から語られる相模湾岸大災厄以降の未来の話を事実として受け止め、二十年苦しみ続けた紫を許すように彼女へ語りかけた。
同時に姫和は、未来の篝もまた紫を、親友であり主人を救いたかったのだと、悟ったのだった。
前述の会話内容が一段落し、《小烏丸》が《千鳥》と共鳴する少し前の頃。篝は、姫和個人のことを聞いてみた。
「そういえば、姫和さん。貴女のお父さんのことは知っているの?」
「はい。篝さん、貴女の親戚筋の方と結婚して私が産まれたことは知っています。…ですが、父は私が幼い頃に荒魂との闘いで命を落としています。それからは、未来の篝さんが女手一つで私を育ててくれました。おばあちゃんも、時々手伝いに来てくれましたから。」
「そう…、…不憫な思いをさせてしまったみたいね。」
「それでも、こうして若かった頃の母…いえ、篝さんに出会えたんです。それだけでも、私はここにたどり着いた意味があったと思います。」
家族でたった一人残された姫和だが、今はこの貴重な時間を噛みしめたいと思った。
「……ところで、貴女には好意を寄せる男の子がいた?あるいは、姫和さんに好意を向けていた男の子でもいいのですが。」
「いえ、そんな人間はいな…」
そう言いかけて、ふと振り替える。
それを否定しようと思っていたが、篝の言葉を受けた時に真っ先に浮かんだ人間の姿があった。
(……はぁ…、まさか、アイツの影がこんな時にちらつくとはな。)
はっきり好意がある、というものではなく、せいぜい気になる相手、という感じだろうか。
それなのに、過去の母と話している真剣な時でさえ、彼の後ろ姿が思い起こされたことが、若干癪ではあった。素直に受け止められはしなかったが、それは紛れもない自身の想いなのだろう、と。
「…どうかされましたか?」
「……ひっ、一人だけそのっ、お節介を妬いてくるというか、どうしようもない人間が居ますが、気遣いをしてくれるいい奴だと思っています!!」
「そっ、そうなんですか。…でも、姫和さんがそう言うってことは、きっとその人はいい人なんでしょうね。」
「――はっ、はい!」
「そんなに顔を真っ赤にしなくてもいいですから。私だって、きっと同じ質問をされたら、そんな風になると思うから。」
そう言ってフフフッと笑いかける篝に、姫和は在りし日の母の笑顔を重ねていた。いつしか見かけなくなってしまった、あの母の明るい表情を。
(…ああ、私は母さんにこんな顔をし続けて欲しかったんだろう。取り戻したくても、戻ってこないあの日々を。)
彼をダシにした話ではあったが、篝の笑顔を見られただけで十分過ぎるお釣りであった。
(姫和さんは、いつかの私のように大切な人、いえ人達を見つけたのね。)
娘という実感は未だに湧かないが、それでも彼女の幸せを願う気持ちに嘘偽りは無かった。
その後、《小烏丸》と《千鳥》が共鳴反応を示したことで、姫和は可奈美と、篝は美奈都と万感の再会を果たすことができた。
それは同時に、二組の親子の永遠の別れが迫っていることと同義であった。
隠世の隙間が四人を繋ぎ、二振りの御刀が紡いだ奇跡のようなアディショナルタイムは、もう間もなくその刻を止める。
ー隠世から現世への帰路ー
二度と叶うはずの無かった篝との再会を果たした姫和は、同じく美奈都と最後の再会をした可奈美とともに、柊家がずっと持っていたスペクトラム計のノロ、後にのろろと名付けられるこの個体によって、現世に帰ろうとしていた。
時々、あっちに行ったりこっちに行ったりするのろろに振り回されながらも、二人は着実に現世へと浮上していた。
可奈美と姫和は二度と離れないよう、手を組み交わして歩む。
「のろっ、のろ?―のろっ!」
「柊家は、このノロをずっと頼りにしていたんだよな。…だからといって、少し奔放なところがあるように思えるが。」
「はははー。…でもこの子のおかげで、私達は皆のもとに帰れるんだから、この子に感謝しなきゃね。」
「…そうだな。」
のろろがピョンピョン跳び跳ねながら前へ進む姿に少しホッコリしつつ、可奈美がふと姫和に尋ねる。
「そういえば姫和ちゃん、篝さんとは何を話したの?」
「色々、だな。二十年前から今までのこと、生前の母のこと、ともかく話せるだけ話した。まあ、驚いていたことも多かったみたいだ。」
「姫和ちゃん自身のことは話さなかったの?」
「もちろんだが、刀使になってからの話もしたぞ。…まあ、まさか母さんから好きな男はいるのか、と訊かれるとは、全くもって思わなかったがな。」
「えっ!?―姫和ちゃんに好きな人居たの!?初耳だよっ!?」
「…まだ居るとも言ってないんだがな。それ、そこまで驚くようなことか?」
「え、だって姫和ちゃんのイメージだと、『恋愛なんて甘えだ!』とか言って自分の恋話とかもしなさそうだし、何より相手の男の子にはかなり厳しめな態度を取りそうな気がしたんだけれど?」
「待て可奈美、私はそこまで鬼じゃないぞ。現に、他の人間の恋愛事情に口を挟んだことすら一度も無いだろ?」
「う~ん?その割には、○○(彼の苗字)さんと一緒に居たときとか、結構怖い形相で見てたりとかしてたと思うんだけどなぁ~。ほら、姫和ちゃんが舞草の里で初めて○○さんと会った時とかさ。」
「うぐっ、あっ、あれはアイツが悪かっただろうが!いきなり私の着替えを覗き込んできだアイツが!」
「まあね。―でも、その後平城に帰ってからも姫和ちゃんに会いに行ってるって話、前に○○さんから聞いてるよ?…本当に嫌いなら、わざわざ会おうとしないんじゃないかな?」
「……あっ、あのバカッ!!黙っておけと言っておいたのに、余計なことをっ!!」
可奈美からの情報に、口を少しパクパクさせる姫和。
ただ、姫和のそんな表情とは対照的に、可奈美は彼女に少し微笑みかけると、冷静に次の言葉を繰り出した。
「姫和ちゃん、やっぱり○○さんのことが好きなんだね。」
「…ば、な、何を言っている可奈美!あんな男の一体、どこがいいと言うんだ!?」
「へ~、なら戻った時に、私が○○さんともっと仲良くなってもいいってことだよね?私、○○さんから剣術を教わりたいって持ち掛けられているから、そこから付き合ったっていいわけだよね。姫和ちゃんが○○さんのことが嫌って言うならさ。」
「そ、それはその…。……いや、やっぱりダメだ。いくら可奈美でもそれは…。」
「え~?○○さんのことが好きでもないのに?」
「た、単に気になる人間なだけだ!!どうしようもなくだらしない奴だが、アイツのことは可奈美には任せられない。だから、私が時々見張らねばな。――はっ!!」
「……やっと少し素直になったよ~。…そう言ってた姫和ちゃん、顔でもうバレバレだよ。」
「んなっ!?」
可奈美に図星を突かれたが、流石にこれだけ赤面し続けていれば、心中を推し測ってくれと言っているようなものてある。
更に追い込むように、可奈美は姫和にあることを伝えた。
「それにさ、姫和ちゃん。私ね、タギツヒメや姫和ちゃんと一緒にここへ来る前に、○○さんから伝言を預かっていたんだ。姫和ちゃん宛てに。」
「…私に、か?」
「うん。『無事に姫和が鎌倉に帰ってきたら、どうしても伝えたいことがある。俺は先に戻って、帰りを待っている。だから、必ず帰ってきてくれ。』そう伝えてほしい、って言ってたよ。」
「……はあ、可奈美。どうしてそんな大事なことを伝えなかったんだ?」
「だって、姫和ちゃんと全然一緒に行動できなかったから。伝言を思い出したのも、ついさっきのことだったからね。」
「……これでますます、アイツと顔を合わせるのが気まずくなったな。」
戻ってきた現世がどうなっているのかは分からないが、少なくとも彼が生きていたならどう声を掛けていいものか、姫和は悩ましいことになりそうだと思った。
タギツヒメを討ち祓おうと心中覚悟し続けていた彼女にさえ、自身の職務とはいえど様々な手回しや支援をしていた彼なのだ。しかも、その彼の行動原理は他ならぬ刀使達や後方要員の保護・救援である。悲劇的な過去*2を乗り越えて譲らぬ信念としてきた彼には、かなり酷な時間を歩ませてしまったように思えた。
(いや、アイツにはアイツの道を歩めと言ったはずだ。…私のことなど、気に留めているはずがない。)
姫和は、彼との永遠の別れになるであろうあの電話口で、遠回しではあったが彼女なりの彼への気遣いをみせた。過去の女を見るよりも、振り返らず前へ進め、歩めと。
皮肉なもので、その言葉こそ彼が前に進むことを妨げる、大きな要因の一つになってしまった。これは、発言した彼女からしても意図したものではなかったのだが。しかしながらそれは、言い放った姫和が悪いというよりも、彼が人間関係、特に生死が係っているような状況で掛けられた言葉をより重く受け止めがちであった、という特徴が他人には非常に分かりにくかったという不運も重なったわけだ。
少なくとも、今の彼女はそれを知らない。
「…それでも、会ってあげなきゃ。◯◯さんもきっと、心配してくれていると思うよ。」
「……まあ、頭の片隅にでも置いて考えておこう。」
「もうちょっと、素直になってもいいと思うんだけどなぁ…。」
「…別に気になる程度のレベルで、私はそれ以上の意味は無いからな。」
(……それに、きっとアイツのことだ。生きていれば、過去よりも未来を見据えて動いているはずだろう。…なら、私は過去の人間でいい。アイツの周囲には人が集まってくる。私一人が居ないところで、変わりはしないだろう。)
姫和と可奈美は、まだ見えぬ現世への路を進む。たどり着く頃には、現世は桜の花びらが舞い散る春を迎えていた。
そして姫和は、帰還後に自身の想像と大きくかけ離れた彼の姿を目撃することになる。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
隠世での姫和と篝の親子対談、アニメでは一部分の描写というだけで、本当は長いものだったのではと思いたいところですが…。どうだったんでしょうかね。
(可奈美と美奈都の対談も同様に)
とじとものメインストーリーがかなり気になるところで終わったので、次回更新以降の展開を注視したいところです。…次章にコヒメと弘名は出てくるのだろうか?
ホワイトデー前までには舞衣編へ入りたいところですが、なかなか書く速度は上がりませんね…。
それでは、また。