刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は姫和編 その12です。
帰還後、少し経ってからの話となります。途中、時系列が前後する部分がございますので、読まれる際にはご注意願います。

それでは、どうぞ。


⑯ 親友の願い

 ー鎌府女学院 食堂兼レストプレースー

 

 姫和と可奈美が現世に戻ってから、およそ二週間ほどが経過していたこの日。

 食事を済ませる場所であると同時に、生徒達の談笑の空間でもあるこの場所で、姫和と早苗が顔を合わせていた。

 

「それにしても、十条さんが戻ってきてくれて本当に良かったよ。…私、心配してたから。」

「岩倉さんには、いつも迷惑を掛けてばかりで済まなかった。本当に、ごめん。」

「いいよ。…無事に帰ってきてくれたなら、私はそれで十分だから。」

 

 友人、いや早苗や姫和が単に口に出さないだけで、客観的に見れば親友同士である二人。こうして面と向かった話し合いをするのは、姫和が現世に帰還してからでは初めてであった。

 

「それにしても、私のいない間に剣の腕を上げたようで驚いた。…それだけ、荒魂討伐に繰り出していたということなんだろうが…。」

「十条さんから褒められる日が来るなんて…。でも、嬉しいよ。…十条さんが居なくなってから、もっと強くならなきゃ、って思っていたから。」

「岩倉さん…。」

「ああ、ごめんね。勿論、それだけが理由じゃないからさ。…あの時、もっと救えた人達がいたんじゃないかって、振り返ることがあるんだ。たとえ、あの時の自分ができる最善であったとしても、ね。」

(…凄いな。私以上に救いを求める人々を守る、理想的な刀使であろうと努力している。…最も、成長しているのはその精神や剣技だけではないようだが。)

 

 たった数ヶ月、されど数ヶ月。早苗の身体は、姫和から見てもより女の子としての魅力を増していた。隠世という事実上のタイムトンネルを潜り抜けた姫和は、数日前に再会した時の早苗のその成長した姿に驚いていた。

 それでもこうして言葉を交わしてみると、本質的な彼女の在り方は変わっていないことに気付かされ、姫和は安堵していた。

 

「岩倉さんは、やっぱり岩倉さんだな。」

「へ?」

「いや、こっちの話だ。ところで、私のいない間に平城で何か変わったことはあったのか?」

「うん。近衛隊とかで動けなくなった綾小路の刀使さん達が復帰するまでの間、近畿地方の荒魂討伐は平城で受け持つことになったんだ。京都に滞在することも時々あるんだよね。」

「…西へ東へ、刀使はいいように使われているな。」

「しょうがないよ。むしろ、東京中が、ううん世界が滅ぶかもしれなかったって聞いた時には、十条さんや衛藤さんがそれを防いでくれたことに勇気づけられたから。……本当に、十条さん達が帰ってきてくれてよかったよ。私は、これからももっと頑張れると思う。」

「…それはお互い様だ。今後は、今まで居なかった分の埋め合わせをさせてもらうつもりだからな。」

「一応病み上がりなんだから、あんまり無理しちゃダメだよ?」

 

 隠世で受けた影響が、心身にどのように作用したかが分からないことから、姫和と可奈美には一時期医療施設で精密検査を受け、短期的な入院も行っていた。その後の経過も深刻に考えるほどでは無かったため、順次遅れた分の学習課題や進級試験を受けることになるだろう。

 ただ、姫和自身は元々学力に秀でているため、彼女も早苗もそこまで不安に思っていなかった。

 とはいえ、早苗も姫和にあまり無理をしてほしくないと考えているのは、本心であろう。

 

「なに、私もこれ以上迷惑をかけるつもりはない。隠世まで行ったおかげで、色々と考える時間が増えたからな。」

「なら、いいんだけれど…。」

「……思えば、岩倉さんはずっと私のことを気に掛けてくれたな。平城に入ってから誰とも接したがらない私に、岩倉さんだけはずっと。」

「だって、私は委員長だったから。あの時の十条さんを放ってはおけないよ。それに、折角同じクラスになれたのに、仲良くなれないなんて寂しかったから。」

「…あの時の私のことを、恨んだりしないのか?」

「ううん、全然。御当主様を襲ったのも、きっと理由があるんだろうとは思っていたから。ずっと見てきたから分かるよ。十条さんが理由もなく、誰かを傷つける人じゃないってことを。」

「……岩倉さん、本当に済まなかった!」

 

 御前試合の出来事で最も迷惑を被ったのは、姫和の関係者のなかでは間違いなく早苗だろう。姫和と共謀して紫を暗殺しようと企てた、そんな疑いを当時の親衛隊から向けられ、長時間精神的なストレスを感じる取り調べを受けたのだから。

 それでも、早苗はずっと信じた。表立って口に出すことは無かったが、姫和のことを。そして、刀使として進む道を迷っていた時には、彼女がずっといろはに刀使として姫和が戻ってこられるように懇願し続けていたことを。

 それらを思えば、姫和からすれば、謝罪だけではとても足らないほどの恩義が、早苗にはある。

 

「いいって、十条さん。私は、私なりの道を、正義を貫くだけだから。ね?」

 

 姫和に優しく微笑みかける早苗。

 姫和は改めて、彼女と出会えてよかったと思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、奈良銘菓の小鹿の里を煎茶とともに美味しく頂きながら、早苗が姫和にふとしたことを訊ねる。

 

「そう言えば、十条さん。」

「なんだ?」

「◯◯さんとは、もう会った?」

「……まあ、な。」

 

 会ったと言っても、結局一時間ほど事務的な話をしたくらい、しかもその時は可奈美も一緒だったので、一対一での話し合いは未だにしていない。

 

「表面的には、アイツもあまり変わっていなかったようだかな。」

「……いや、それがね。十条さんと衛藤さんが居なくなってから、しばらく酷く落ちこんでいたよ。過労と療養を繰り返すほどには。」

「過労は別に不思議ではないが、療養?どういうことだ?」

「過労があまりに酷くて、◯◯さんの同僚…平城にもいた中島さんとかが休むよう再三伝えたんだけど、全然聞き入れてくれなくてね。廊下とかで倒れていることが一度か二度くらいあったみたいだよ。…真庭本部長も、頭を抱えていたみたい。」

「あの男がそこまでの状態になるのか?東京の戦いでは上手く逃げ果せたんだろう?」

「…◯◯さんは言わなかったんだけど、二月くらいに水沢さんが倒れ続ける理由を私に明かしてくれたんだ。……十条さんと衛藤さんが居なくなったことが、一番大きな理由だって。」

「確か、アイツのポリシーは『刀使や後ろの人間を守る』だったか。だが、大災厄のなかで誰一人として死なせずに帰ることは、ほぼ不可能だというのは、アイツ自身がよく分かっているだろ?」

「うん。…でも、ね。」

 

 それだけが理由じゃないんだ。と言って、早苗は彼の心が折れかけた二つ目の理由を明かす。

 

「十条さん、◯◯さんから電話があったことは覚えている?」

「…ああ、タギツヒメのところに向かう直前だったか。可奈美の方に電話が入ったな。でも、確かあの時は時間も無かったから、手短に伝えたはずなんたが。」

「実は、その電話がもとで◯◯さんは塞ぎ込んでしまったんだ。二人が行方不明になったのは、自分のせいだって。」

「……はっ!?―何だと!?」

「十条さんも、それに衛藤さんも、電話相手だった人が二人とも居なくなっちゃったから、『電話を掛けたばっかりに、二人とも失踪してしまった』って考え込んでしまったみたいだよ。…そんなことないのにね。」

「…で、その後は?」

「◯◯さんの同僚の人達や先輩達とかが、頑張って元気づけて、どうにか立ち直っていったみたいだよ。…それでも、本当の意味で元気を取り戻したのは、つい最近の話だけれどね。」

「……そうか。」

「それにしても驚いたなあ、◯◯さんに私達と同じ年の妹さんがいたなんて。しかも、人知れず刀使として活動してたんだって。」

「はあ……、……はあっ!?」

 

 彼がショックを受けていた理由以上に、彼に妹がいたことの方が驚きであった。しかも、まさかの刀使である。

 

「んんっ、済まない。だが、アイツは管理局や伍箇伝の人間にも比較的顔が知られているだろう。その妹なら、普通は目立つはずなんだが。」

「ああ、そのことなんだけどね。勝手に荒魂を斬り祓っていたらしくて、今本部のほうで調査してるんだって。何も問題がなければ、美濃関学院に入学するそうだよ。」

「…兄も兄だが、妹も妹だな…。」

 

 とはいえ、四月からは学び舎は違えども同級生である。姫和は、任務などで彼の妹とも顔を合わせる機会も増えるだろうな、などと思った。

 

「でも意外だね。十条さん、以前は◯◯さんのことを度々気にしている感じだったから。今は、あんまり関心が無いのかと思っちゃったよ。話題に出さなかったからさ。」

「まさか。一時期は実家にまで来るような奴だぞ。多少は気になる部分くらい……。」

「そうなの?私から見たら、十条さんって◯◯さんのことが話題に上がると、時々なんだか嬉しそうな顔をしていたからさ。」

「……そうなのか?」

 

 そんな自覚は無かったのだが、と、姫和は早苗の言葉に疑問を投げかけた。

 

「うん。それだけ安心したような顔だったから、てっきり十条さんとは、もっと仲がいいのかと思っていたんだけどね。」

「まあ、そういう点では他の男に比べれば接点は多い方だろう。平城にも、男子生徒はいるはずなんだがな…。」

「確かにそうなんだけどね…。」

 

 早苗は言えなかった。姫和が誰も近寄らせないようなオーラというか、雰囲気をずっと流していたために、比較的陽な振る舞いを見せる男子生徒すら近寄ろうとしなかった、という事実を。

 しかしながら、言ったところで姫和からすればどこ吹く風という感じで、それを聞き流すだろう。

 早苗も時々、平城で言い寄られることがあるにしても、男子生徒からの見え透いたその劣情を、無意識ながらも上手くいなしている。

 

「……ねえ、十条さん。もし今時間があるなら、◯◯さんのところへ行ってみない?」

「どうしてだ?」

「う~んとその、このままギクシャクした感じだとさ、いつか任務に支障が出るんじゃないかな、って。」

「そうか?…まあ、岩倉さんの言うことも一理あるな。ちょっと顔を見せに行ってもいいか。」

「その方が◯◯さんも喜ぶと思うよ。」

(…というか、絶対喜ぶだろうね。)

 

 そうと決まれば、という流れで、席の片付けを済ませると食堂を後にする。二人は、刀剣類管理局本部にいるであろう、彼のところ、正確には彼の部署へと赴く。

 移動途中、早苗は姫和の居なかった、あの数ヶ月間をふと振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー姫和の帰還前 刀剣類管理局本部 彼の部署ー

 

 まだ、姫和と可奈美の捜索が活発に行われていた頃。

 荒魂討伐と並行しての活動ではあったが、成果としては芳しくないものであった。

 

 

 

 

 ある日の捜索終了後、彼はこの日の活動内容の確認と二人の安否を尋ねた。…残念ながら、その労力は徒労に終わるのだが。

 

「……そうですか、分かりました。」

「どうだったんだ?」

 

 静かに首を横に振る彼。それを察して、誠司は溜め息を吐いた。

 

「……まあ、簡単に見つかるわけないよな。姫和は、タギツヒメを巻き添えにして隠世へと突っ込んだんだから。……死ぬ気の人間を止めるのは無理があったんだ、って今更ながら考えさせられるよ。俺は、彼女を止められるほどの反論材料を持っていなかった。」

「いや、でもなあ、お前には悪いかもしれないが、お前自身は何も悪くないし、そう責任を感じる必要はないだろ?」

「そうかもしれない。……でもさ、本当は姫和のような事態を防ぐために、俺は今まで頑張って対策を練っていたのに、その肝心重要な時にこそ動けなかった。―動かなかったんだよ。……その責任は絶対に消えないし、拭うことはできないんだよ。言い出した癖に、何もできなかった無能な人間として。…何度となく、こんなことを繰り返している気もするけどな。」

「……堂々巡りになるのは分かるが、それは二人を捜し出すことを諦める理由になるのか?」

「諦められるなら、きっとその方が楽だったんだろうがな。…生憎、俺はそこまで冷徹にはなれなかった。」

「…そうかい。」

 

 誠司は、彼とほぼずっと仕事をしてきたからこそ、彼が隠世という大海の中から、小さなダイヤモンドを二つも見つけようとしていることの難しさを理解していた。

 だが、誠司は分かっていた。彼が単に二人を見つけたいから、という理由だけで動いているわけではないことを。

 

(アイツ、よほど十条が好きだったんだろう。…それでも、あれからずっと、寂しい感じを漂わせているな。)

 

 自身が早希と恋仲になったように、彼からもその気配をうっすらとだが感じ取っていた。だが、今彼からそれ以上に感じられるのが、深い哀しみと滲み出る悔しさであった。

 

(…俺も、早希を喪った時はあんな感じになるのだろうか…。いや、まさかな。)

 

 誠司は、彼のその姿を見て他人事とも思えなかったが、それを身の上話として受け止めることになるのは、まだ先のことであった。

 

 

 

 

 そんな折、早苗がやって来る。

 

「こ、こんばんは…。」

「あら、岩倉さんじゃないか。中島なら今留守だぞ。」

「あ、いえ、今日は○○さんがどうしているかなって。ちょっと気になってて。仕事終わりにすみません…。」

「ん?ああ、アイツならあそこだ。」

 

 早苗が誠司に指された方向へ首を動かすと、部屋の奥でうなだれる彼の姿を見つける。

 

「あの、糸崎さん。」

「アイツに用があるなら、俺はもうここを離れるぞ。…その方がいいかもしれねえし。岩倉さんも話しやすいだろ?」

「……お気遣い、ありがとうございます。」

「んじゃ、邪魔者はとっとと片付けて去るわな。アイツをよろしく。」

 

 誠司はそう言って、とっとと部署を離れていった。気付けば室内には、早苗と彼の二人しかいない。

 彼女は、窓の外を眺める彼に近寄る。

 

 

 

 

 あまり足音を立てなかったためか、彼は此方に気付く気配は無かった。

 

「◯◯さん。」

「……おう、岩倉か。荒魂討伐の任務、お疲れ様。」

 

 早苗の呼び止めに、普段よりも少し遅れ気味な応答をする彼。彼女を認めると、不安にさせないようにするためか、にこやかに言葉を返した。だが、その顔は病人のごとく痩せこけ、やつれているように思えた。

 早苗から見ても、今の彼の姿は痛々しいものにしか見えなかった。

 

「部隊の皆が頑張ってくれているおかげですから。それに、私はもっと強くならないといけませんから。」

「…すまないな。俺達が不甲斐ないばかりに。」

「ええっ、そんなことありませんよ?◯◯さん達が後ろで私達を支えるように動いてくれているからこそ、私達刀使は安心して戦闘に集中できるんですから。」

「なら、いいんだがな……。」

 

 彼の自己肯定感のなさは、別に今に始まった話ではない。だが、早苗には彼がその自信を更に失くしているように写った。

 彼女は、敢えて目に見える事実を彼にぶつける。

 

「…◯◯さん、ここ数ヶ月元気がなさそうに見えます。」

「まさか。普段の動きに支障はないだろ?」

「そういう意味じゃありませんよ。…ならどうして、ずっとそんな辛そうにしているんですか。」

「……岩倉には、関係ないことだ。」

「関係あります!」

 

 早苗自身も思っていた以上の声の大きさだったようで、少し驚いたようであった。彼もまた、普段優しげな姿を見せる彼女がこうして声を荒げたことに、面食らった風に驚いている様子だったが。

 

「◯◯さんは去年の秋まで、十条さんが刀使としても戻ってこられるように、五條学長や平城学館と掛け合ってくれていたじゃないですか。…きっかけは私の単なる我が儘だったかもしれない、色んな人に迷惑をかけることになったかもしれない。…でも、私は十条さんに刀使を辞めてほしくなかった、ずっとまた隣で寄り添ってお話しして、一緒に戦いたかった!!…ただ、それだけだったのに…。」

「岩倉…。」

「後で私は、◯◯さんが十条さんの戻る場所を作ってくれていたことを知りました。だからこそ、私はずっとお礼を言いたかった。…私は、あの時の貴方の動きが間違っていたなんて、絶対に思いません。」

「…少し、昔話をしてもいいか。」

「昔話、ですか?」

 

 急に口を開けば、彼は話題を変えにきたのかと思った早苗だが、彼女はこう即答した。

 

「いいですよ。聞かせてもらえませんか?」

 

 早苗は彼の何らかの意図を感じ取り、敢えて彼の話を聞こうと考えた。

 二人は室内のソファーに移動し、対面で話を進める。

 

 

 

 

 そこからは、彼がなぜ姫和や早苗を含めた刀使達や、後方支援を担当する者達を必死になって支え、守ろうとしてきたのかを話した。

 話の中身は、彼にとっての人生の分岐点であろう『秩父会戦』*1から始まり、御前試合からの一連の出来事、そして舞草に入ったことまで及んだ。それらを全て語らなければ、早苗には理解してもらえないと思ったからだ。

 ただ、早苗は早苗で、彼がこんな時に嘘を吐くような人間ではないことを見抜いていたため、彼の話を比較的すんなり聞き入れた。

 

 

「……だからあの時、十条さんの居場所を残しておこうと動いていたんですね。」

「……それが今では、正解だったのかは分からない。」

「…◯◯さん、◯◯さんは十条さんのことがその、…今でも好きですか?」

「……さっきの話で、どうしてそう飛躍するかは分からないが、理由を聞いてもいいか?」

「…顔です。」

「顔?」

「はい。十条さんの話題になったとき、少しだけ笑顔が戻ったんです。特に、十条さんの家を訪問した時の話のときは。」

「…誤魔化せると思ったんだがなぁ……。」

 

 はあ、と少しばかり悔しそうな顔をした彼。

 それを見て、早苗はくすりと笑う。

 

「分かっちゃいますよ。…それに、私の好きと、◯◯さんの好きが全然違うことも、判別はつきますから。」

「……流石、あの姫和が心を許しただけの娘だよ。…忘れられるわけないさ。姫和はタギツヒメと隠世に向かう直前、俺の電話にこう返したんだ。『お前は、お前の生きる道を目指せ』ってさ。…強引なんだよ、いつも。……どうして、嘘でも『生きて帰る』って言ってくれなかったんだよ…。」

 

 彼の瞳から零れ落ちる涙。

 いつも、自分の手の届かないところで、彼女は行ってしまう。自分は、彼女に待ち受ける過酷な運命を変えるにはあまりに無力だと、そう思い知らされた。

 早苗は、静かに語りかける。

 

「きっと十条さんは、◯◯さんのことを想って、そう言ったんだと思いますよ。」

「え?」

「そもそも嫌いだったら、あんな大変な時に電話に出ないと思いますよ。」

「――!?」

 

 確かに、そうだ。

 しかも、あの時は可奈美の回線に掛けたのだ。可奈美から渡されたとしても、姫和はそれを拒否することもできたはずだ。だが、彼女は応えた。

 

「だから、十条さんの言っていたことを、キチンと受け止めてあげよう?」

「……遺した言葉の意味、か。」

 

 彼は、意中の少女が守ろうとしたこの世界にどう向き合っていくのか、生きろと言った意味も含めて、もう一度真剣に考えてみようと思った。

 

「岩倉、ありがとう。まだ、頑張ってみようと思う。俺が倒れたら、姫和からまた怒られるだろうし。」

「…私が来たことで少しでも元気になってくれたのなら、嬉しいです。」

 

 早苗は、彼がまた再び立ち上がろうとする姿勢に喜んだが、それとともに一抹の悲しさを抱いたのであった。

 以降、彼は一歩ずつ気力を取り戻す努力を重ねていった。

 

 

 

 

 

 

 ー現在 刀剣類管理局本部ー

 

 彼の部署のある階を進む、姫和と早苗。

 姫和のピンとした背筋とその歩く姿を見て、早苗は普段の風景を取り戻したように思えた。

 

「なあ、岩倉さん。」

「なーに、十条さん?」

「……今度からその、二人だけの時は早苗、って呼んでもいいか?」

「えっ?」

「い、嫌ならいいんだ。」

 

 姫和からの意外過ぎる言葉に衝撃を受けたが、早苗の答えはもちろんこうだった。

 

「うん!ありがとう、十条さん!」

(…◯◯さん、十条さんは多分ちょっと変わったかもしれません。)

 

 でも、それは悪いことばかりではないと。

 

(きっと、十条さんも……。ううん、これは二人のことだから、私が言うべきことではないよね。)

 

 早苗は姫和に微笑みかけると、この先の未来に想いを馳せる。

 

 

 

 

 そして、彼と姫和は、本当の意味で再会を果たすのであった。

 時間にして、約四ヶ月。彼の苦悩は、報われた。

*1
この時の話は、主人公編『死線を越えて』前後編参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

とじとものサービス開始から、早いものでもうすぐ三年を迎えますね。
今回のイベントは結芽を話題にしたものになっているので、まだ明かされていない情報などが垣間見れるといいのですが。

感想等ございましたら、お気軽に感想欄・活動報告へご投稿いただければ幸いです。

それでは、また。
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