刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は舞衣編その4 前編です。
…書きながら、少しモヤっとした感覚が残っています。
後編で上手く解消したいところです…。

今回もサポートメンバーが一人出てきます。(話の都合上、オチ要員となってしまいましたが。)

それでは、どうぞ。
※一部記述を変更致しました。西さんの説明部分を正しいものに訂正しています。(2019/3/28)


⑤ 疲労診察

 ー鎌府女学院 学生寮内休憩スペースー

 

 食堂とは別に設けられたこの場所。ちょっとした雑談などをするには丁度良いこともあって、鎌府のみならず他の伍箇伝の学校から派遣されてきた生徒とのコミュニケーションの場としても機能していた。

 

 そんな場所に、長椅子へ腰掛ける舞衣の姿はあった。

「ふう…。最近動き過ぎなのかな、ちょっと体が重いかも。」

 

 こうした事を呟いたのには訳があり、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題発生以降、美濃関と鎌府及び刀剣類管理局本部を定期的に行き来することが増えた。

 関東圏へ大規模に放出されたノロは、とても鎌府一校のみで回収しきれる量ではなかったため、数多くの刀使やサポートメンバーが各校から派遣されるに至った。

 当然ながら、高頻度での出動では人間である以上疲労も蓄積されていく。

 

「…温泉、は言い過ぎだけれど、体の軋みをリフレッシュ出来る場所で休みたいな…。」

 季節的にも夏であるため、海に出掛けるということも一つの手ではあった。だが、身体のことや一人で行くことを考えるなら、トラブルに巻き込まれる可能性が高い。

 

 

 たまたまそこへ、彼女のぼやきを半ば聞いていた彼が通りかかる。

「どうした、舞衣?浮かない顔して。」

「あっ、お疲れ様です。…たまには私もリフレッシュした方がいいのかな、って考えちゃいまして。」

「ふ~む。…ちなみに、今日の任務はまだあるのか?」

「今日一日は緊急出動(スクランブル)要員なんです。…ずっと、荒魂の出現に神経を尖らせなきゃいけないっていうのも、どうにかしなきゃいけないんですけれどね。」

「確かに、荒魂が出てくるのを待ち続けるのも嫌なもんだな…。…そういや、明日はどうなっているんだ?」

「明日は…ちょっと待ってくださいね。」

 彼女はスカートのポケットからスマホを取り出し、スケジュールを確認する。

「明日は午前だけ任務ですね。」

「よし、なら今から二人分(・・・)の有給申請しておくか。」

二人分(・・・)、ですか?」

「ここのところ、ずっと休み無しで動いていたんだろ?……舞衣の左肩が普段よりほんの少し下がっているのが、何よりの証拠だ。」

 

 舞衣は驚いた。気付くか気付かないかくらいの僅かな違いで、自身の疲労具合を見抜かれたことに。

 

「…すみません。ダメ、ですよね。…刀使でありながら、自分の身体に気をつけられないなんて。」

 日頃から食生活等には気を配ってきていた彼女だが、それ以上に体の方は悲鳴を上げかけていたらしい。

「むしろ、重大事故を起こす前で良かった。…無理して身体ぶっ壊したんじゃ、可奈美や沙耶香達が心配するぞ。明日は尚更休んだ方が良さそうだな。」

「はい…。」

 ちょっと涙目になる彼女。

「…大丈夫だ。本部長もそこまで鬼じゃない。それに、舞衣は皆のためにずっと動き続けてきたんだ。ちょっとくらい休んだって、罰は当たらんさ。」

 徐に舞衣の頭を撫でる彼。

「…ありがとう、ございます。」

 優しく彼の手が、彼女の心を少しずつ落ち着かせる。

(…本来、彼女達がここまで心身を削り続ける道理など無い筈なのに。)

 彼はそう思わずにはいられなかった。

 

「舞衣、今日の任務自体は夜までなのか?」

「はい。…あの、何かマズいことでも…?」

「いやな、まだ出動要請が出ないなら、舞衣は少し診てもらった方が良さそうだと思ってな。」

 彼は、今日の仕事を大体終わらせてきたこともあり、彼女に受診することを勧めた。

「そんな、これ以上貴方にご心配は掛けられませんよ。」

「舞衣、一応立場はこっちが上だぞ。上司が気にかけたのなら、それに従うのもまた組織ってもんだ。…まっ、そう言いたくなるのも仕方ないけどな。」

 彼女に穏やかな顔を向ける彼。

「本部長には俺から話を通しておくから、心配するな。先に医療施設まで送るぞ。」

「…何から何まで、ありがとうございます。」

「俺は目の前の異常を見逃せるほど、気楽な人間ではなかったらしいな…。」

 そうは言いつつ、一人の刀使に起こり得る怪我の可能性を排除しに掛かる。

 

 

 

 

「じゃあ舞衣、また後で寄るわ。」

「ここまで、ありがとうございます。」

 彼女を医療施設の診察室前まで送り届けた後、本部の作戦指揮室へと急ぐ彼。

 すぐに彼の姿は見えなくなった。

「…取り敢えず、入ろうかな。」

 診察室へと足を踏み込む彼女。

 

 

「失礼しま~す。」

「いらっしゃい。柳瀬さんね。」

 応対したのは女性の医師であった。

「…う~ん、勤務表も見た感じだと過労かしらね?ちょっと疲れているかしら?」

「…はい。姿勢が普段と違うと、ある人から言われまして。そのまま受診を勧められました。」

「その人、貴方のことを日頃からよく見ているのね。…ちょっと血を抜かせてもらうわよ。」

 女性医師は、小さな注射針を彼女の血管に刺して血液検査にかける。

 

「日頃から結構頑張っているのね。…もしかしたら、ちょっと頑張り過ぎたのかもね。」

「あの人が止めてくれなかったら、また任務に向かうところでした。可奈美ちゃん達も今まさに頑張っているのに、私ったら…。」

「…今、血液検査の結果が出たわ。確かに、数値を見る限り少し貧血気味のようね。今日はもう安静にした方がいいわ。明日もお休みにして貰って、明後日からまた任務に戻ると良いわね。診断書は後で本部長に渡しておくわ。」

「はい…。」

「貴方の異変を感じとった人にも、御礼はしておいたほうが良いわよ。」

「先生、今日はありがとうございました。先生の言う通り、大人しく今日は休もうと思います。…失礼しました。」

 静かに診察室の扉が閉じられる。

 

 

 

 

 一方、彼の方は真庭本部長の下へと向かっていた。

「失礼致します。真庭本部長。」

「おう、どうした。何かあったのか?」

「柳瀬舞衣のことでちょっと…。急な申し出で大変恐れ入りますが、明日は有給を取らせてもらいます。」

 そう言って、彼はものの数分で書き上げた自分と舞衣の分の有給休暇申請書を彼女に差し出す。

「ふ~ん?なかなか珍しいな。入り用か?」

「ちょっと彼女の様子が芳しくなさそうでしたので。急遽こんな物を用意した次第です。」

「…柳瀬の状態は?」

「ここに来る前に医療施設での受診を勧めました。恐らく、診察結果が後で送られてくるものと思います。」

「あい、分かった。今日は幸い、荒魂の出現報告は無い。スクランブル要員が一人抜けてもそこまで支障は無いはずだ。柳瀬に伝えて来い。」

「了解です。…本部長、お気遣いありがとうございます。」

 彼女にお辞儀をして、その場を離れる彼。

 

 

「良かったんですか、真庭学長?実際のところ、今日はギリギリの人数で回してましたよね?」

 オペレーターゾーンから顔を出す、一人の少女。

 西(にし)(こずえ)。長船ではS装備などを扱う技師科に所属しており、兼業でやっていたオペレーター業務を極めてしまった娘である。

「いいんだよ。柳瀬ほどの刀使が負傷してみろ。それこそ、現場の刀使達の士気が下がり兼ねないからな。」

「まあ、それはそうですね…。」

「それに、今日の柳瀬の抜けた穴には、お前と薫を充てておくつもりだ。安心しな。」

「えっ……いやぁぁぁ~っ!」

 室内には、悲痛な少女の声が轟くのであった。

 なお、知らぬ間にとばっちりを喰らうことになった薫も、その連絡を受けた際には目が死んでいるようだった、と側にいたエレンは述懐している。が、これは舞衣や彼が感知していない部分での話であった。

 

 

 

 

 医療施設付近で彼を待っていた舞衣。ドタバタと彼の足音が近づく。

「舞衣~!」

「あっ、先ほどはありがとうございました。」

「先生からは何だって?」

「…貧血気味だと言われました。今日はもう休んで、明後日からはまた任務に戻るように、と。」

「…ん?明日はどうだったんだ?」

「先生の方から、本部長宛てにお休みを出すよう診断書を作ってくれるそうです。」

「…ちょっと早とちりしたようだな、俺は。」

「そういえば、さっき判子を捺すように言っていた書類って何だったんですか?」

「あれか…。あれは有給休暇申請書類だ…。まさか休みを出すような診断内容になったとはな…。」

 自身の行動が徒労で終わったようにも感じた彼。

「…でも、先生は褒めてらっしゃいましたよ。よく見ているって。」

「舞衣、その発言は見方によっては俺がストーカーであると捉えられ兼ねないからな。…ともあれ、どの道休みは取れたわけだな。」

「はい。お薬も少し処方してもらいましたから、明日の朝にはだいぶ良くなっていると思います。」

 先輩を慕うかの如く(いやまあ、年上なのは事実なのだが)、彼に安心材料を与える彼女。

 

「…なあ舞衣。以前、美濃関で俺に頼んでいたよな*1。一日付き合ってもらうぞ、というヤツ。あれはまだ有効だったよな?」

「あのことですか?」

「…舞衣にとってリフレッシュになるかは別なんだが、俺も明日休みをとったから、どこかに出掛けるか?無論、移動時の負担を最大限かけない努力はするが。」

 提案に乗るかはさて置き、『どこか』の部分が彼女にとっては重要である。

「ちなみに考えているところは具体的にどこですか?」

「東京郊外の大型レジャー施設。勿論、遊園地ではなくプールがメインだな。」

「…確かに、海と比べると安全ですし身体への負担も比較的軽く済みますね。」

 混み具合にもよるが、プールであれば海と異なり大波の心配も無い*2ため、浮き輪等を使用して楽な姿勢で楽しむことが可能だ。

「翌朝、舞衣の身体の状態を訊いたうえで行くかどうかは判断するが、それでも構わないか?」

「はい。…行く前に、少し素振りはしていくかもしれませんけれど。」

「いや、その言質が取れただけ充分だ。…鍛錬も大事だが、今日はしっかり休むんだぞ。というか、もう寝た方が良いだろう。睡眠は疲労回復に一番効くからな。」

「そうします。今日はありがとうございました。できるだけ早く治しますね。」

 そして、舞衣を鎌府の学生寮へと送り、そこで二人は別れた。

 

 

 

 

 この後、彼は官舎内の自室に戻り、翌日の準備とルート確認を終わらせて、自身の扱う護身用の武器を整備していた。

 これらの装備を使う機会自体はここ最近では少ないのだが、全国を飛び回っていた関係上、なかなか細部までの点検が出来ていなかったのである。

 

 今回重整備に移ったのはスタンバトンと普通の警棒、自動拳銃などだ。

 といっても、銃火器は中に溜まった火薬の糟やスス落とし、リロードの動作確認を行う程度だった*3

「こいつらが使われない事態の方が余程いいことのはずなんだがな…。現実はそうもいかんのがな…。」

 銀色の銃身が、布で磨くほど光を取り戻す自動拳銃。

 89式の方もゴミを落とし、ケースに仕舞う。

 

 スタンバトンは電撃がきちんと働くか、収縮がすぐにできるかを確認し、市販のマイクロファイバークロスで吹き上げる。電撃は出来ない警棒も同様だ。

「なんだかんだ言って、こいつらとも長い付き合いだな。」

 舞衣達刀使にとって御刀が相棒のような存在であるように、彼にとっても日頃使うこれらの武器が相棒のような存在だ。

「…物も大切に使ってやれば、余程不慮の事が無い限り永く使える。人の関係も、大切にしていけば長く付き合っていける。…自分と合う人である場合だけか、それは。」

 何でこんなことを溢したんだろうかと思った彼。

 部屋にある木刀を拭き、翌日に備えて早々に眠りについた。

 

 

 

 

 一方、舞衣の方も眠る前に若干の荷造りをして、水着をどうするか少し考える。

「スクール水着は…目立っちゃうよね…。どうしようかな?」

 なるべく人目につくものは避けたいと考えている彼女。しかしながら、彼女の場合は年齢が中学生といえども、モデルと遜色ないほどの容姿を誇っている以上、どう足掻いても目立つ。最も、本人がそれに気付いているかどうかは別だが。

 

 年々胸部周りのサイズが合わない物も増え、今年も水着を新調し直していた。スクール水着は一番気楽ではあったが、見ず知らずの一般客が多いレジャー施設では物珍しく映るだろう。…毎年の水着の買い換えは、正直困りものではあるが「成長期」という一言で片付けられてしまうのも、この時でしか感じることが出来ないことでもあろう。

 

「ラッシュガードが有れば、大抵水着は見えないから恥ずかしくないよね…。」

 悩んだ末に決めた、白桃色のホルターネック型のビキニは先にカバンに突っ込んだ。だが、やはり人前で曝すビキニ姿を恥ずかしく思うのは年相応の感性だろう。

 その点、ラッシュガードならジャージのように気軽に着ることができ、外のエリアへ出たとしても日焼け対策にもなる。

「これでよしっ。…そろそろ私も眠ろうっと。」

 ベッドにドスンと寝転ぶ舞衣。電灯も消す。

 

 

 普段よりもかなり早く床についた彼女。

「…寝ようと思っても、すぐには眠れないものだね…。」

 一人しか居ないこの空間で、そう呟く。

「あの人、いつも私に気を回してくれるよね…。…いや、私以外にも沢山の困っている人をどうにか助けようとしてきてた。…明日、体が良くなってたらいいな。明日だけは、あの人を独り占めするような形になっちゅうけれど…。」

 そして、そのまま目を閉じる。

 思いの外、今までの疲れが解放されたように押し寄せてきた。深い睡魔が彼女に襲いかかる。

 ものの二分で、スヤスヤと眠りについたのだった。

 

 

 

 

 翌朝、彼女の体は昨日までの蓄積していた疲労が嘘のように回復していたという。

 まだ彼は、彼女の意識の変化に気付くことはなかった。

*1
この時のやり取りは『スイーツ・クッキング』を参照。

*2
ただし、波を発生させるプールに関しては別。

*3
官舎内で銃火器をぶっ放すことは流石に禁じられている。(危険だし至極当然。)




ご拝読頂きありがとうございました。

感想等ございましたら、感想欄・活動報告で対応させて頂きます。
みにとじで舞衣から少しヤンデレ感を感じられたのがまた良かったですね。(個人談)
次週は一体誰が出てくるのか…?

後編へ続きます。
それでは、また。

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