今回は舞衣編その4 後編をお届け致します。
今話も長くなっています。すみません。
レジャー施設に向けて移動中の場面から始まります。
それでは、どうぞ。
鎌倉から一般道と高速道路を乗り継ぎ、圏央道*1を埼玉県方向に向けて車を飛ばす。
「しかし良かったな。体の調子も良くなって。」
「それどころか、一晩ゆったり眠っただけで、身体の疲労感も吹き飛ぶとは思いませんでしたよ。お薬がよく効いたのかもしれませんね。」
(あるいは、舞衣自身の回復力が高かったのかもな。)
運転する自身の隣でちょこんと座っている彼女。
私服姿が新鮮であったため、今朝彼女に会った当初は思わず目を逸らしてしまったのだが、
『改めて思うが、本当に中学生なのか!?』
ということを再び現実視させてきた。
…無論、鈍感な彼でさえこう思うのだから、同年代の美濃関の生徒達や他の学校の面々も同じ様なことを感じたのだろう。
因みに、彼女の御刀《孫六兼元》は陽菜に預かってもらい、今日のうちは軽整備をして貰うこととなった。
(…しかし疑問もあるな。)
彼女ほど人当たりの良い人間もそう多くは居ない。可奈美もそうだが、舞衣も年齢の割には精神的にもしっかりしているように思える。
それなのに、恋愛面での話を聞くことは他の仲間などからも無かったのである。
(…いや、そんなことを言い出したら俺も同じか。)
彼女がいる
…今の同僚は知らないだろうが、本部に居る間に痴情のもつれから大惨事に発展した男女がいたことも、彼の友人関係と恋愛関係とを明確に区別することへも影響しているのだろう。
「あの~。凄い顔をしていますけれど、何か悪いことでもあったんですか?」
「…ん?そんな酷い顔をしていたのか?」
「いえ、どこか悲しそうな顔だったので。何か不幸事でもあったのかな、って。」
「いや、大丈夫だ。行きがけ早々に心配させたな。」
「なら、良いんですけれど…。」
舞衣は、彼が一瞬浮かべた顔が何故だか忘れられなかった。
車内での会話も程々に、車は北上を続けた。
ー東京都あきる野市 某大型レジャー施設ー
駐車場に車を停め、入口で手荷物検査を受けた後、着替えのため舞衣と一度別れた彼。
膨大な数の人間が着替えられるように、この施設では更衣室もかなり広めに取られている。だが、初めて来た人間にとっては最早迷路である。地下にある多数のコインロッカーが方向感覚を狂わせ、目眩すら覚えさせるほどである。
「なんとか着替えられたが、やはり人が多いな。」
こうしたプール併設の施設では一年で最も稼ぎ時であろう夏場。
平日とはいえ、歩き回るには少し大変な量の人波が、彼の視界に入る。
「…舞衣は無事に着替えられたんだろうか。」
なるべく軽装でいたかったのだが、やむなく海辺で着るようなパーカーを着る彼。下は短パンタイプの水着なのだ。パーカーには非常時に備えて、防水パック内に携帯をぶち込んでいる。
「…これ、はぐれないよな?」
再会すら怪しく思える人の数に気圧されながら、彼女を待っていた。
そして、そんな人混みからその待ち人が現れる。
「お待たせしました!」
上を水色のラッシュガードで覆い、下は白桃色のビキニであることが分かる程度に水着を隠している。
(…やっぱりちょっと恥ずかしいな。)
これほど人目が多いと、彼女も水着姿は少し抵抗があったため、持ってきていたラッシュガードがそれを抑える。
「舞衣、一応水着は着ているんだよな?」
「あっ、はい。中には着ていますよ。」
「それなら良いんだが。…さて、入りに行くか。」
とも思ったが、その前に。
「どっこいせ。あと少しか。」
「わざわざすみません。浮き輪を膨らませてもらうなんて。」
元々は遊ぶ彼女の負担をなるべく軽くするための提案であったこともあり、一通りプールで必要そうなものは持ってきていた。
浮き輪に空気入れを差し込み、高速で膨らませていく。
「よし、できた。」
「あの、貴方の分の浮き輪は良かったんですか?」
「ん?俺はいいぞ。万一、舞衣が動けなくなった時に備えて、俺がすぐ動けるようにしておかないとな。」
「そう、ですか。」
なんだか、自分だけよくしてもらうのもどうなのだろうか、そう思った彼女。
特に彼はそれを気にしたような素振りも無く、そのまま言葉を続けた。
「よし、先に外から回っていくか。」
「…はい!」
それでも舞衣は、彼の厚意を無碍にしないよう今日を楽しもうと思った。
世界最大級、日本では最長を誇るこの施設の流れるプール。
二人は流れに溶け込むように、多くの人の中に混ざっていく。
「舞衣、どんな感じだ?」
「結構ゆったりできますね。…でも、疲れませんか?」
構図としては、浮き輪に乗る彼女に並ぶように追う彼。水の抵抗は彼のみに掛かる。
「…君達の日頃の頑張りに比べれば、これくらいどうってことはない。」
「でも、貴方も私達のために色々奔走してくださっているのは知っていますよ。」
「…やれることをやっているだけだよ。君達を無理させているこの状況自体、本来あっちゃいけないんだ。」
「…周りを見てください。」
「周り?」
彼は舞衣から視線を外し、首を前後に向ける。
その彼の目には、はしゃぐカップルや笑い声を上げる家族連れ、グループで来た男女の姿があった。
「私達刀使は、こうした人達の笑顔を守るために居るんだと思います。フリードマン博士や舞草の人達と知り合って、ノロや荒魂とも自分で考えて向き合う機会が増えましたから。」
「舞衣…。」
「だから、たまには貴方も気を抜いて下さい。私も、今日だけは羽目を外しますから。」
「…元々そのつもりだったんだけどな…。」
彼女から見れば、休んでいるようには見えなかったのだろう。
「えいっ!」
「わぶっ!」
彼の顔にかかる水。
「ふふっ。どうですか?」
舞衣が手の届くところから水を彼に掛けていた。
「…よし、お返しだ!」
浮き輪に乗る舞衣目掛けて、水をぶっかける。
「きゃっ!やりましたね!」
そのまま流されながら、水の掛け合いがしばらく続いた。
彼は、彼女のお蔭ですっかり気持ちの切り替えができたのであった。
「年甲斐もなくはしゃぎ過ぎた…。」
「そうですか?私は、結構楽しかったですよ。」
三週ほど回った二人は、一旦流れるプールから上がる。
「…にしても、舞衣。その…、中の水着が見えているんだが。」
「えっ?」
はしゃぎ過ぎて彼もあまり意識していなかったのだが、改めて彼女を見ると、水で浸されたラッシュガードが彼女の体にぴったりくっつき、白桃色のビキニが浮き出てきていた。
「はっ!…見ちゃいました?」
「…うん。水着って分かっているけど、見た。」
素直にそう言った彼。
「…恥ずかしいからコレを着てたんですけれど、仕方ないですね。」
そう言って、ラッシュガードのフロントジッパーを胸元辺りまで下ろす。
すると、少し離れた場所から、
『おおーっ!』
という男達の声が届く。
「へっ?」
思わずキョトンとした彼女。
彼の方を見ると、何故だか顔を横に向けていた。
「…ゴメン、かなりヤバい。その位置は。」
彼女の豊かな胸部とビキニ、丁度そこに重なるように下ろされたジッパーが、彼女の魅力を更に引き上げていた。言ってしまえば、ビキニが見えるか見えないかという、無意識的なチラリズムもそこに含まれていた。
「ちょ、ちょっと待って下さいね!もう脱ぎますから!」
ラッシュガードを脱ぎ、ようやくホルターネック型の舞衣の水着が姿を表す。
「水着、どうですか?」
若干の上目遣いで聞いてきた彼女。
「よく似合っているよ。というか、別に隠す必要も無かったんじゃあ…?」
と、口ではこう冷静に返した彼。だが、心の声はだいぶハイなことになっていた。
(落ち着け俺!舞衣は中学生!魅力的なのは確かだけど!)
…文字通り、パニックであった。実際にこれだけの娘が隣に居るという事実を、直視していたようでしていなかったのも、一因ではあったが。
「…流石に私も恥ずかしかったので…。でも、良かったです。」
「そっ、そうか。」
(…改めて思う。着痩せ文化って怖いわ。)
舞衣の場合はそこまで着痩せしている訳でもないのだが、ラッシュガードという存在が彼をそうした印象へと誘導したのかもしれない。
一休み入れ、向かったのはウォータースライダー。
既に何ヶ所か回っていたのだが、このスライダーは二人で滑ることができるものであった。
「そういえば舞衣、コレどっちが前になるんだ?」
「…何も考えて無かったですね。どうしましょうか?」
二人で滑る場合、大抵は前後で固まって滑るのだが、外見上の体が同性同士ならともかく、カップルでもない*2男女が滑降するにはどちらが前でも問題になる。滑らないという選択も、有りだが無しだろう。
「…舞衣はどっちの方がいい?」
彼女に選択を委ねる彼。
「う~ん。因みに、貴方はどっちの方がいいですか?」
(提案が質問で返された!?)
「そっ、そうだな。……そうだな……。舞衣が嫌ではない方かな。」
またもボールを彼女に投げ返す。
(うぇ~っ!?…私が決めないといけないのかな。)
おそらくこのままでは、二人の滑る順が来ても押し問答で時間が過ぎてしまうだろう。
(…恨みっ子なしですよ!)
「じゃあ、私が前に来ます!」
(これでどうでしょうか?)
どのみち、彼は前後どちらであっても彼女との接触は避けられない。なら、彼女自身が最も安心する位置で折れたのである。
「…分かった。ということは俺が後ろ、だな?…事前に言っておくが、何かあっても絶対怒らないでくれよ…。」
この手のモノでは何かしら起こりうることは確かである。敢えて、その行動に対する免責に先手を打った形だ。
「大丈夫です。怒ったりしませんから。」
ニッコリと笑顔で彼に微笑む舞衣。
彼は今から先、何も起こらないことを祈った。
スライダーの係員が、順番の回ってきた二人に声をかける。
「お待たせしました!お二人で滑られますね?」
「はい。」
「それでは、滑る姿勢をとってください。」
「舞衣、先に。」
彼が彼女に手で座る場所に誘導するような素振りを示す。
「よっこいしょ、っと。」
先に入り口に座る彼女。
「どっこいせ。」
その後ろに彼は座る。
「彼氏さん!申し訳ないのですけれど、彼女さんの体を後ろから抱き締めてもらえませんか?なるべくしっかりお願いします。」
「へっ!?」
思わず変な声が出る彼。
「お二人の安全のため、ご協力をお願いします。」
「…マジか。」
彼氏彼女云々はともかく、強制された以上それに従うほかない彼。
「舞衣、すまないが腕を回すぞ。」
「あっ、はい。…お願いします。」
彼からは彼女の顔は見えなかったが、舞衣は少し顔を赤くしていた。
「こんな感じですかね?」
「ありがとうございます。これなら安全に下ろせます。それではカウント、5、4…。」
「えっ。」
心の準備すらなく、容赦ない降下カウントが始まる。
「2、1、それでは行ってらっしゃい!」
彼の背中を大きく押す係員。
当然ながら、玉突きで舞衣にもその衝撃が伝わる。
「「キャアァァァー!(ダアァァァー!)」」
初速と二人分の体重と重力加速度の加わった二人の体が、チューブ内に張られた水と共に滑り下りる。
結論から言えば、何も起らなかった。
但し、舞衣の腹部に腕を回していた関係上、コンマ数秒ほど彼女の下胸部に接触してしまった。
あまりに高速で滑り下りたため、意識もへったくれもなかったが。
「…大丈夫か。」
「…はい。」
一旦二人は脇に寄って、平衡感覚を取り戻したあと、休憩スペースへと身を運ぶ。
二人は屋内施設の上部階にある休憩スペースに腰を下ろしていた。
「ちょっと疲れたな。」
「そうですね…。」
かれこれ二時間ほど外のエリアで動き回っていたのなら、こうなるのは仕方ない。
「…そういや、もう昼か。昼食どうすっかな?」
「あっ、それなら私作ってきましたよ。」
ここに来る前に一旦更衣室に立ち寄り、荷物を一部取り出してきた彼女。
その中から、二つのお弁当サイズの袋がテーブルに置かれる。
「わざわざすまない。しかも病み上がりで。」
「いいんです。…それに、今日だけは貴方と一緒に居られますから。ちょっと、頑張ってみました!」
彼女に促されるように、袋を開ける彼。やはり、お弁当箱がそこにあった。
中身は鶏そぼろご飯と諸々のおかずであった。見映えも非常に良い。
「どうぞ、食べてみてください。」
「じゃあ、折角なので…。いただきます。」
箸をご飯に突っ込む彼。
「…美味い。…料理上手とは知っていたが、お弁当でもこれほどだとは知らなかったよ。」
「ふふっ。お口に合ったのなら、とても嬉しいです。」
「舞衣、君も早く食べてみなよ。本当に美味しいから。」
「それでは、いただきます。」
彼女も、箸を口へ運ぶ。
「良かった。ちゃんと作れて。」
「これだけ美味い料理なら、将来出会って添い遂げていく人は幸せ者だろうな。」
「…ゴッホ、ゴッホ。」
思わず咳き込む彼女。
「だっ、大丈夫か!?」
「…へっ、平気です。ちょっと咽せただけですから。」
「なら、いいんだが。」
(…この人、やっぱり真面目だなぁ…。)
彼向けに作ったはずが、見事に翻って自身のその
「いやー。食べた食べた。ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした。」
見事に完食しきる二人。
「…んんっ~。…ちょっと、眠くなってきちゃったみたいです。」
欠伸が出る彼女。
「食後は眠くなりやすいからな。…太ももは空いているが、使うか?」
「…すみません。お言葉に甘えさせてもらいます。」
足を伸ばしていた彼は、薄めのクッションを太ももに敷き、舞衣が頭を置けるように準備する。
「柔らかくないが、勘弁してくれ。」
「よいしょっと。」
彼に背を向けるような形で、横に転がる彼女。
「…重くないですか?」
「いいや。楽な姿勢でいいからな。」
「…俺もズルい人間だよな。」
ビキニ姿の彼女を眺めつつ、縛りから放たれた彼女の髪の毛と彼の体が擦れ合う。
(…割り切り過ぎて、彼女を恋愛対象から外しているのもお互いにとっちゃ酷な話かもしれないよな。…でも、俺は正直今の距離感で十分だ。深入りしない方が身のためだろうな。)
柳瀬グループのご令嬢にして、精鋭刀使の一人。文武両道、非常に家庭的、人当たりも良く非常に温厚な娘である彼女。
(いずれ現れるであろう、彼女を支えていく人。…少なくとも、十中八九俺ではないだろうな。)
中学生にしてこれほど気配りのできる人間など、果たしてどれほど居ようか。立場等々を加味しなければ、彼女のような存在は男なら多くは付き合いたくなるだろう。かく言う自身も分類上では取りに動きたい方に入る。
(…でも駄目だな。好きであっても、超えちゃいけない一線がある。)
当然ながら、彼も精神的に男である。だが、だからこそ己の欲求だけに突き進むのはおかしな話だろうとも思っていた。嫌いだから付き合わないし何も言わない、のではなく、むしろ好きだからこそ現状維持を望むのである。
「…どうしたいんだろうな、俺は。」
『恋愛とは何か』という哲学的なことは考えたくないが、その彼の心内は揺らめく炎のようであった。
眠気が来て横になっていた舞衣も、彼との関係を悩んでいた。
段々と好意を示しているはずなのに、なぜか自身を遠ざけているようにしか思えなかった。端的に言えば、友人関係から恋愛関係への展開が事実上打ち止めとなっているのだ。
(貴方は、いつも自分のことを後回しにしますよね…。)
こうして二人だけで過ごす今の時間が楽しいし嬉しい。そのはずなのに、何故だか心の中は悲しかった。
(もっと私のことを知ってほしいし、貴方のことも打ち明けてほしい。…結局、私は、私達はしてもらってばかり。一日中ずっと頑張っているのは、貴方も同じじゃないですか。)
過労で一、二回ほど彼が倒れたことも彼女は知っていた。それが、自分たちの負担を少しでも減らそうと動いていた結果であったことも。
(他の娘達より体の成長が速いことさえ、『気にするな、むしろ誇っていい』と言って意識を変えてくれました。…他の男の子とは異なる、貴方だから私は一緒に傍に居たいんです。)
だが、この想いは口にしても彼には容易には届かない。彼の姿勢が恋愛に消極的、かつ鈍感ではあまりに悪条件だ。
(どうすれば、貴方は一緒に隣を歩いてくれますか?)
残念ながら、この時は彼女の頭の中では答えが出なかった。
その後、温水プール等に浸りつつ今日の休みを消化しきった二人。
既に帰路についていた。
「楽しかったな、舞衣。」
「はい!また、一緒に来たいですね。」
「そう、だな。」
数瞬の静寂が場を支配する。
「◯◯(彼の苗字)さん、聞きたいことがあります。」
「ん?何だ?」
「…貴方は、もし私に好きな人が出来たら、どうしますか?」
「どうって、それは行動という意味か?それとも心理的な意味でか?」
「どちらともです。」
「う~ん。……どっちにしても舞衣がその人を選んだなら、俺はそれを応援する側に回るだろうな。」
「私の気を引きたいとか、その人から奪い取りたいとは考えないんですか?」
「確かにそれも一つの作戦だろうが、わざわざそんな愚行を犯してまで嫌われる要素を増やす合理的理由が、俺には無いからな。なら、好かれる要素を作った上でお相手さんの手助けもしたいさ。」
「…世話焼きさん、ですね。」
「舞衣、それは俺も思った。」
彼女は複雑な気持ちになりつつも、自身の気持ちに正直になっていこうと思った。
越えられない壁は無いと信じて。
ご拝読頂きありがとうございました。
次回は一回番外編を挟んで沙耶香編に移ります。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告にて対応させて頂きます。
それでは、また。