刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は舞衣編 その5をお届け致します。
時系列は波瀾編開始直前、九月頃の話になります。

それでは、どうぞ。


⑦ クルージング・ランニング

 ー美濃関学院 グラウンドー

 

 残暑照りつける、九月の岐阜。

 近年の異常気象は、ここ美濃関でも例外なく影響を及ぼしていた。

 

 

「あと三周!みんな、頑張って走り抜けろ!」

 体育教師の野太い声が響く。

 

 刀使の体力向上を目的に、昔から執り行われているマラソン行事。

 走ることにより、スタミナをつけることや自身にとって最適な呼吸法を理解でき、少しでも生存性を高める側面もある。

 だが、本来なら冬にやることが多いマラソン大会が、今年は何故かこの時期に飛んできたこともあり、熱中症を警戒しながら、後日行われることになった次第だ。

 

「はあっ、はあっ。…結構、きついね…。」

 鎌倉から一度美濃関に戻っていた舞衣も、まさに今このグラウンド内で走っているところだ。

 紗南の要請で、なかなか美濃関に戻ってこれない可奈美のことを思い起こしつつ、彼女も彼女でやれることをやっていた。

 …とはいえ、長距離走を行うことで体力がつくかどうかは、個々人に依るところが大きいが。

 

 

 

 

 それからしばらくして、授業としてのマラソンは一旦終わる。この一週間後には、冒頭で説明したマラソン大会が迫る。

 今回のマラソン大会では、関市内を数kmほど走ることになっている。完走が最低上限なのだが、参加する刀使はマラソン中の御刀の帯刀は禁止で、刀使ではない者との間になるべく公平性を担保している。なお、マラソン中に荒魂が出た場合は、今回参加しない高等部三年の刀使達が対応するという。

 

 

「はあ~。疲れちゃったなぁ…。」

 更衣用のロッカールームで、ベンチに腰掛ける舞衣。

 鎌倉と美濃関とを行ったり来たりしている彼女も、穏やかな風には装っているが、心身の疲労のごまかしは難しくなってきていた。可奈美や沙耶香が近くに居れば、多少彼女の状態は改善するのだろうが、そうは言っても一抹の寂しさを感じることに変わりはなかったりする。

 

 他の生徒が続々と着替え終えてロッカールームを去る中、彼女もいつもの制服に着替えて、出る準備をしていた時だった。

 携帯のバイブレーション機能が、彼女の身体を揺らす。

「着信…?…誰からだろう?」

 携帯を取り出してみると、そこに表示されていたのは彼の名前であった。

 次の授業までにはまだ時間があったため、通話ボタンを押す。

 

 

『もしもし、◯◯(彼の苗字)なんだが。』

「ご無沙汰しています、柳瀬です。どうかされましたか?」

『いや、今晩からマラソン大会までの間、自治体とか岐阜県警とかとの調整があるから、その穴埋め要員として、しばらく美濃関に滞在することになったんだ。その報告をな。』

「そうなんですか。ちなみに、来られるのはお一人でですか?」

『本当は別の人間が向かう筈だったんだが、その人が体調不良になって、急遽俺が代役として送り込まれる次第になったんだ。他の人間は来られない。』

「そうですか…。」

 

 彼と一緒に可奈美も戻ってくるのでは、という若干の期待も見事に砕かれる。そんな彼女の感情の波を感じ取ったのかはさて置き、最近の鎌倉の様子を伝える彼。

 

『そういや、可奈美と沙耶香は今、関東の荒魂を狩りまくってる。…舞衣にも会いたいって、二人ともぼやいていたぞ。』

「そっか。可奈美ちゃんも、沙耶香ちゃんも、ですか。」

『ああ。…それと、すまないな。可奈美を美濃関に帰してやれなくて。』

「…今は非常時だって、分かってはいるんですけれど…。」

『……そっちに着いた時に、舞衣の悩み、聞かせてくれよ。』

「…ありがとうございます。では、後ほど…。」

 授業時間が迫っていることもあり、通話を一度切る彼女。

 

「…ちょっと、気持ちが不安定なのかな。…◯◯さんなら、こういう時の対処方法を知っているのかも…。」

 舞草の里に居た頃に、程々に話を交わす仲になっていったとはいえ、彼の方が年上なこともあって、先輩と後輩という感じが未だに強かった。

「取り敢えず、授業に行かないと…。」

 そして、舞衣は教室へと歩を進める。

 

 

 

 

 授業が終わり、一度学生寮に戻った彼女は、《孫六兼元》を携えて、制服から部屋着に着替える。

 夕食も済ませていた彼女は、彼からの連絡を待つ間に荷物の整理を進める。

「クッキーを作りたいところだけど、今日は共用キッチンが使えないんだよね…。」

 

 普段なら精神統一も目的に、クッキーなどのお菓子を作ることが間々あるのだが、今日は共用キッチンの方がメンテナンスのため、使用できなくなっていた。

 

「…◯◯さん、まだかな?」

 なぜだか、彼からの連絡をついつい待ってしまう彼女。悶々としながらも、彼は基本的に言ったことをだいたい覚えているため、連絡がこないなどという不安は無かった。

 

 

 ピリッ ピリッ ピリッ

 

 

 携帯の着信音が鳴る。迷わず、携帯の通話ボタンを押す。電話の主は、先程の彼だった。

 

『授業お疲れさん、舞衣。』

「ありがとうございます。もう、美濃関に着かれたんですか?」

『今、美濃関の駐車場に車を停めたところだ。これから、来客用の部屋に向かう。』

「お出迎えしましょうか?」

『いや。…あっ、ただ準備をしてもらいたいことはある。』

「何ですか?」

『ランニングをしやすい格好で、武道館の入口付近に居てくれ。十分したら、俺もそこに向かう。』

「?…分かりました。」

 彼の意図が読めなかった彼女だが、言われたとおりに走りやすい格好に着替え、学生寮を出る。

 

 

 

 

 ー美濃関学院 武道館 正面出入口ー

 

 少し前に、来客用学生寮に荷物一式を置いてきた彼。某スポーツメーカーの白い帽子や橙色のTシャツ、黒色の短パンという、いかにもランニングするといった服装で立っていた。刀剣類管理局の身分証明証や、複数の携帯などをショルダーバッグに入れており、万一、警察官から職務質問をかけられても大丈夫なようにはしていた。

 

「だいぶ暗くなったな…。というか、今の時期はマラソンをやるもんでもないだろうに…。」

 慣例を変えるのが悪いとは言わないが、それにしたってもう少し秋深い時でもよかっただろうに、とは思った彼。結局のところ、実施する人間は別であるため、部外者がとやかく言えるようなものでもないのだが。

「ちょっと準備運動だけでもしておこうかね…。」

 数十㎞行軍などに比べれば遥かにマシではあるものの、体を無理矢理動かすと故障の原因にもなる。舞衣が来るまでの間、屈伸や伸脚、前後屈、アキレス腱といった、体育競技ではお馴染みの筋肉をほぐす準備運動を行う。

 

 

「お待たせしました~!」

 準備運動も終わりかけの頃、舞衣の声が耳に届く。

 その声がした方向に、彼は顔を向ける。少し息を切らせて、彼のもとにやってくる彼女。

「おう、お疲れ様。ごめんな、無理言って。」

「いえ。…ちなみに○○さん、この格好、どうですか?」

 ピンクの線の入った黒い帽子を被り、ピンク色のジャージを羽織って、かつハーフパンツという、此方も走りやすそうな服装を彼に見せる。流石に、《孫六兼元》は一緒に居るが。

「いいんじゃないか?これなら、車から見ても人が居るって分かるだろうしな。」

 

 多くの場合で見た目よりも機能性を見てしまう彼だが、夜間のランニングの場合で蛍光色や暖色系の服は事故に遭遇する確率を下げるため、彼女のセレクトを素直に褒める。

 

「そっ、そうですね。…ところで、会って早々でお聞きしたいことが。」

「なんでランニングをするのか、だろう?」

「あっ、はい。」

 自身の思っていた疑問を直ぐに当てる彼。その理由を説明し始める。

「実は、代役で立てられた関係で、どういうコースなのか、とかの基本的な情報が把握できてないんだよ。地図を見たところで、実際の風景とか危険箇所とかが分かる訳でもないからな。」

「…なるほど、そういうことだったんですね。」

「それと、…舞衣が何か思い悩んでいそうだったからな。一緒に走りながらコース確認をしてもらうのと共に、悩みを聞こうと思ったわけだ。」

「…私は構いませんけれど、○○さんは長旅で疲れていませんか?」

「これくらいでへばってしまうのも流石にな。それに、舞衣の悩みを聞くことだって、立派な負担軽減に繋がることだしな。」

「…ありがとう、ございます。」

 そうして、二人は関市内へと駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 関市の市域は上空から見るとV字型のようになっているが、今回マラソン大会を行うルートは美濃関学院のある関市中心部から県道を経て、岐阜県百年公園内をぐるっと一周して戻る行程になっている。

 無論、通常の学生マラソンに比べると長距離になるため、教師なども配置して熱中症や怪我の対策は万全に行われるという。

 

 そうは言っても心配性なのか、お節介というのか、確認のため直接マラソンルートを走る彼。舞衣は彼の後ろに回って、追走する。

「舞衣、きつくないか?」

「大丈夫です。それにしても、並走してくれって言われるかと思ったんですけれど、後ろに付いてくれって言われるとは思いませんでした。」

「ああ、俺が前を走ることによって、後方の舞衣が走りやすい気流の流れができるからな。なるべく、疲労は軽くしたいってのもある。」

 これは所謂スリップストリームというもので、後方を走る者の体力消耗を抑えるやり方である。追い抜きなどを行う場合は、前走者から生じた後方乱気流に巻き込まれたりするのだが、そうした考慮をしないで済むのはこうした場合ならではとも言える。

「…舞衣、ちょっとスピードを上げるぞ。」

「えっ、あ、はい!」

 彼はランニングの速さの加減を調整しながら、彼女にとって最もよい速度と呼吸間隔、歩幅を半ば勘ながらも探っていく。

 

 

 

 

 ー岐阜県関市 岐阜県百年公園ー

 

 岐阜市にもほど近いこの場所。園内には岐阜県博物館もあり、広大な緑地として広がっている。

 舞衣のペースを調整していた彼は、閉園中のこの公園の、外周沿いを通る県道に差し掛かる。

 

「舞衣、暗いからここから先は並走するけど、いいか?」

「はい…。はあっ、はあっ…。」

「…ちょっとどこかで休もうか。」

 刀使とはいえ、連続で数kmを疾走するには、歩道の段差などが地味に体力を削りにかかる。まして、陸上競技のプロでもない彼女に、気付かれない程度にペース配分の調整を行っていたとなれば、消耗も相応になる。

「…!あそこに自販機とベンチがあるな。舞衣、ちょっとそこまで頑張ってくれ。」

「はっ、はい。」

 距離にして約200m。

 併走していた彼は自販機が近づくにつれ、彼女の速度も落とすように指示を出す。

「舞衣、俺の動きを見ながら減速してくれ。」

「はいっ。」

 彼女の了解を得ると、彼は少しずつスピードを落としていき、自販機の少し手前あたりでウォーキングに切り替える。

 舞衣の方も、彼の動きに合わせて呼吸を整えながら、自販機前に滑り込む。

 

 

「舞衣、お疲れさん。取り敢えず、息が整ったらベンチに腰掛けてくれ。」

 大きく肩を上下させていた彼女も、その幅を少しずつ縮めていく。

「…走るのって、こんなに大変だったんですね。体力はつけていると思っていたんですけれど…。」

「まあ、刀使はやたら長距離を走る訳でもないし。そんな長距離を走るなら、車とかになるしな。」

 ただそれ以上言ってしまうと、マラソン大会の存在意義自体を否定しかねないため、それより深くは言わなかったが。

「いい具合に喉も渇いたし、自販機で何か飲み物を買っていくか…。って、マジか。」

「どうかされましたか?」

「いや、財布の残金が…。一本分買えるくらいしか小銭がない。五千円札はあるんだがな…。」

 こんなことなら、どこかで千円札に崩しておくんだった、とぼやきたくなった彼。

「…仕方ないか。舞衣、好きなものを選んで買ってくれ。」

「えっ、いいんですか?」

「俺は最悪、美濃関に戻った時に飲めばいいから平気だ。…それに、それだけの発汗量なら、絶対に喉が渇いているだろ?」

 

 走っている間は暗くて見えにくかったが、自販機と電灯の明かりによって照らされた彼女の肌には、汗が浮き出ていた。それも見越しての、彼の提案であった。

 

「でも、○○さんも、相当汗が出てますよ。」

「大丈夫だ。これくらいなら、まだまだ走れる。」

「…○○さん、タオルはお持ちですか?」

「?あっ、ああ。持っているぞ。」

 背中に掛けていたショルダーバッグから、灰色のスポーツタオルを取り出す。

「少し、お借りしますね。」

 舞衣は彼からスポーツタオルを取り、それを一旦伸ばすと半分に折り畳む。

「舞衣、何を…。」

「ちょっとだけ、じっとしていてくださいね。」

 そう言い、彼の眼前まで近づく。

 

 何をするのだろうか、と思ったら、視界がタオルで遮られる。

「…何も見えない。」

「○○さん、貴方は気が付いていないようですけれど、結構汗が酷いですよ。」

「嘘だろ…。」

「腕とかも拭かせてもらいますね。」

 顔を拭いていたタオルを、左腕、右腕と順に動かしていく。

 足は流石に拭かなかったようだが。

「取り敢えず、見える範囲はだいたい拭いておきました。」

「ありがとな。…でも、舞衣も拭いた方がいいんじゃ。」

「ですから、ちょっとだけお借りしますね。」

 半分に折り畳んでいたスポーツタオルの、まだ拭くのに使っていなかった側を使って、顔や首などを拭いていく。

 

 

(…よく考えなくとも、舞衣が俺のタオルを使っているのは何と言うかこう、…マズいような。)

 決して彼女にタオルを使われるのが嫌だとか、そういう事を言いたいのではない。ただ、使っても大丈夫なのか、嫌じゃないのかなど、どちらかと言えば彼自身の心持ちのほうを気にしていた。

 

「○○さん、ありがとうございました。これはお返しします。」

 そんなことを考えているうちに、舞衣からタオルを返される。

「おっ、おう。…それで、飲み物はどうする?」

「じゃあ、これで。お願いします。」

 先ほどの自販機のやり取りに戻ってきたわけだが、彼女が選んだのは某社のスポーツ飲料であった。やはり、水分補給と塩分補給が同時に出来るから選んだのだろう、と彼は思っていた。

 

 だが。

「はい、どうぞ。」

 彼女は自販機の取り出し口から、買ったスポーツ飲料のペットボトルを掴むと、彼に手渡す。

「舞衣、これは…。」

「…○○さん、私の走るペースをずっと調整してくださっていましたよね。おかげで、何となくですけれど、どれくらいの速さで走っていけばいいのか、分かりましたから。そのお礼です。私よりも、貴方の方が倒れたら大変ですよ。」

「いや、舞衣の方がきつかっただろうに。授業とかで疲れているはずなのに、俺の勝手に付き添ってもらったのだから。」

「それでもです!…無茶しちゃダメです。私も、可奈美ちゃん達も、貴方に何かあったら心配します。」

 これは今に限った話では無く、討伐任務で一緒になった時にも、彼の行動に対してそれを危惧しているところである。

「…分かった。」

 彼女の強い言葉に、流石の彼も折れた。

 

 

「ただ、ボトルに口は付けないぞ。」

「?…一体、どうやって飲まれるんですか?」

「…まあ、行儀はよろしくないけどな。」

 そう言って、彼は首を90度上向きに傾け、開けていたボトルを口から少し離れた位置に寄せると、中身の液体をそのまま注ぎ込む。100mlほど口へ流し込むと、一旦ボトルと口を閉じ、飲み物を喉に通す。

 確かに、行儀は悪いものの、間接キスなどのフラグも総じてへし折るには、有効な飲み方であった。

 

「…はあ~。…死ぬかと思った。…ほい。残りは全部舞衣が飲んでくれ。」

「はっ、はい。」

(一本しかないんだから、それはそうだよね…。…なんでさっき期待したんだろう、私。)

 手渡されたボトルを受け取り、それを口に含む彼女。

(…でも、○○さんのいい所はそういうところですよね。相手への気遣いを忘れないことは。)

 仮に異性として見られていなくとも、人として、彼が信頼のおける人物であることに疑いはない。

 

 飲み終えた舞衣は、彼に向き直る。

「○○さん、この休憩時にご相談したいことがあります。」

「…聞かせてくれ。舞衣の今の悩みを。」

(この人になら、何でも話せる。…踏み出すかどうかは私の心の問題だね。)

 口には出さない秘めた想い。だが、これはそう簡単に前へ進めるものでもなかった。

 

 

 

 

 波瀾の日々が迫る前の、穏やかな時。

 二人への試練も、音を立てず同時に迫ってきていた。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

最近(執筆当時)のイベントで獲得したピックアップ招集券を引いてみたら、夏服の姫和がやってきて、思わず眠気が吹き飛んだ筆者でございます。
夏服の舞衣が獲得できるといいのですが…。

感想等ございましたら、お気軽に感想欄・活動報告にご投稿頂けたらと思います。

次回は沙耶香編になります。

それでは、また。
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