刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は舞衣編その6 後編をお届け致します。

冒頭部分は主人公のモノローグになっていますが、それ以降は三人称視点で進みます。
それでは、どうぞ。


⑩ 波乱の船上祝宴 後編

 ー太平洋上 豪華客船『朝陽(あさひ)Ⅱ』 医務室ー

 

 ヘリポートから銃撃犯を搬送する際、犯行に使われた自動拳銃を舞衣に預け、窓が無い客室の一つを独房代わりに利用させていただいた。

 事がコトだけに、パーティーの参加者も協力して犯人の封じ込めを手伝ってくださった。中でも、米軍を辞めた人々が多数勤めていた装備品会社の参加者が、率先して犯人の監視に名乗り出てくださったのである。屈強そうな男が何人も居れば、流石に銃撃犯も反撃する気を起こさないだろう。…中で何があっても、此方は感知しないが。

 俺はというと、舞衣のお父さんを銃撃から庇った時と、銃撃犯と対峙した時にできた擦過傷を治療するよう、舞衣からはキツく言われた。…俺は大丈夫だって、言っているんだけどなあ。

 

 

 その彼はまさに今、乗り合わせた医師の施術のもと、傷の治療を受けていた。

「…いっでっ!

「我慢してくださいね。まだ染みますよ。」

「…ぎゃあっ!

 声にならない声が、室外にも響く。

 銃撃された際には、アドレナリンが分泌されていたこともあり、痛みを感じていなかったのだが、それが落ち着いてきたがために、痛覚が呼び起こされる。

 

 室外で待っていた舞衣は、彼の負傷具合が気になった。

「◯◯(彼の苗字)さん、大丈夫かなぁ…。」

「「舞衣!」」

「あっ、お父様。お母様。」

 医務室へと孝則と柊子がやってくる。

「舞衣、無事か!?」

「ご心配お掛けしてすみません。でも、私はこのとおり無事です。」

「良かった。本当に良かった…。」

 

 孝則と柊子は、泣きながら彼女を抱きしめる。我が子のことが心配にならない親など、ほぼいない。たとえどんなに日頃離れていても、である。

 

「ありがとう、お父様、お母様。……それより、お父様!お怪我は!?」

「いや、私は何ともないが…。どうかしたのか?」

「…じゃあ、やっぱり◯◯さんが…。」

「どうかしたの、舞衣?」

 要領の掴めない柊子が、彼女に問いかける。

「お父様、お母様。…今日の午前中に紹介した、◯◯さんのことはご存知ですよね。」

「あっ、ああ。」

「あの人が、……あの騒ぎの時にお父様へ向けられた銃弾を、身を挺して庇ったんです。」

「…なっ、何だって!?」

「舞衣、それは本当なの?」

「…事実です。今、◯◯さんは治療を受けてます。あの人本人が、そうおっしゃっていましたから。」

「…なんてことだ。娘の友人に、私は命を救われたのか…。」

「じゃあ、あの時叫んだのも…。」

「彼です。…私、何も出来なかった。お父様に銃口が向けられているって分かったら、何かできたはずなのに。◯◯さんが負傷することだってなかったはずなのに…。」

 

 言葉が詰まり、涙目になる彼女。御刀を持っていない時は、ただの少女であることには変わりない。

 人一倍責任感の強い彼女がショックを受けたのは、無理もないことだろう。

 

「…そんなことは無いわ。貴女はあの場で、美結と詩織を安心させたのよ。咄嗟にできることじゃないわ。ありがとう、舞衣。私の代わりにあの娘達を助けてくれて。」

「お母様…。はいっ。」

 母親からの言葉で、少し救われた気分になった彼女。

「…ちょっと待ってくれ。舞衣、彼はケガを負ったのか?」

「頭と肩を銃弾が掠めたそうです。…それだけならいいのですけれども…。」

 心配そうに医務室の方を見る彼女。

 孝則と柊子は、彼女のその姿に何も言うことができなかった。

 なお、三人は時々聞こえる彼の声に驚くこともあったが。

 

 

 

 

 応急処置が済んだ彼。とはいえ、銃弾が皮膚を引き裂いたような状態であるため、後ほど病院などで皮膚を縫い合わせる治療をする必要がある。

「まさか、銃創の経験者になるとはなあ…。いや、一歩間違ったら死んでたなこりゃ。」

 

 偶然や事前の策が一つでも外れていたら、自身の命は無かったというのに、どうもそのあたりは現実味がなく感じる彼。一回死にかけたらどうにでもなると、一種の楽観視があるのかもしれなかったが、それは自分ですらよく分かっていない。

 

「ありがとうございました~。」

「お大事に~。これ以上傷が酷くならないことを願いますよ。」

 医師達から、緩く送り出される彼。時刻は既に、午前一時を過ぎていた。

「取り敢えず、部屋に戻るか。」

 応急処置の完了を報告するため、孝則と柊子の部屋に向かった。

 

 

 

 

 コン、コン

 

 

 

 

 応答は無い。

「時間が時間だしなあ…。翌朝にするか。」

 そう思って、扉の前から去ろうとした時だった。

 

「…◯◯君、だね。今から話を聞いても、いいだろうか?」

 先ほど叩いた扉から現れたのは、孝則だった。

「はっ、はあ。構いませんが。」

「なら、部屋に入ってきてくれ。」

「…お邪魔致します。」

 孝則の話に乗り、部屋へ入る。

 

 

 

 

 孝則は二人分のグラスに水を入れ、ソファーに腰かける彼の前に置く。

「すまないね。こんな時間に呼び止めてしまって。」

「いえ。どのみち舞衣のお父様には、ケガの処置が終わったことを伝えに伺おうとしてましたので、渡りに船でした。」

「そうか。…それで、そのケガの具合はどれほどなんだい?」

「頭と肩の表面の皮膚が裂けた程度です。縫った方がいいとは言われましたが、今のところこの通り動けますから。」

「そ、そうか。」

 ケガは何ともないことを示したものの、若干引き気味な孝則の様子が気になった彼。だが、本題はこれからだろうと思った。

 

 

「それで、わざわざ部屋にお招きしてくださったということは、何かあるんでしょうか。」

「…まずは、ありがとうと言わせてくれ。私や家族、そしてパーティーの参加者を守ってくれたことに。」

「自分の仕事はそれですから、お礼を言われるほどのことではありませんよ。むしろ、こうした事態が起こることを防がなければならなかったのですけれど。そこは悔やまれます。」

「…私は精々、警備といってもお酒の席で酔った人間が暴れる程度のものだろうと思っていた。…だが実際には、君が居なければ私だけでなく、もっと多くの人が傷つき、倒れていたかもしれない。」

「誰だって、この日本で銃持ち込んで集団の中にぶっ放すなんて発想できる人間は、まず居ませんよ。俺みたいなのが変わっているだけです。」

「だが、君のおかげで命が救われたのも、また事実だ。舞衣から教えてもらったよ。君が飛び出して、私に向けられた銃弾を受け止めたことも。」

「…あくまで、それは結果論ですよ。犯人がたまたま外してくれただけで、俺が居たことだけがその理由にはなりませんし。」

 二発も命中していたのに何を言っているのだ、と思われる方も居るだろうが、これはあくまでも彼なりの気遣いであった。

「…それに。」

「それに?」

「貴方が撃たれて悲しむのは、舞衣や他の家族の方々ですから。それだけでも、彼女のために動くには十分な理由です。」

「…君自身がどうなってもかい?」

「仕事に感情を持ち込んだら、それこそダメになります。…俺は既に何度も死にかけた身です。やれるだけの無茶くらいは普通にやりますよ。舞衣が命を掛けて前で戦っている時に、俺が後方であれこれ指図しているのなんか、はっきり言ってゴメンという人間ですから。」

「…噂に違わぬ人間のようだな、君は。」

「…舞衣のお父様の耳に入るようなものって、一体どんな噂なんでしょうかね…。」

 率直にその噂が気になりはしたが、深く聞くのも野暮だと思い、それ以上の追求は止めた。

 

 

 

 

「それと…、これは私からだが、できる限りの恩は返させてほしい。」

「………お気持ちはありがたいのですが、私はその感謝の言葉を頂けただけで十分です。…その恩に、酷く甘えそうな気がしますので。」

 彼も内心、だってそれが舞衣からの本来の依頼だったしなぁ、とか思っていたため、これ以上何かを受け取るようなことはあまり考えていなかった。

 

 そんな彼のことを知ってか知らずか、孝則は敢えて家庭の事情を彼に明かす。

「…実は、舞衣の結婚相手のことを、そろそろ考えていたところだったんだ。」

「結婚、ですか。それはまた気が早いというか、何というか。」

「…舞衣には、『柳瀬グループの令嬢』という立場を、生まれながらにして抱え込ませてしまった。時には舞衣と衝突して、刀使という危険な仕事から離そうと考えたこともあった。」

「その話は舞衣とエレンから伺いました。それ以降、家族での仲がいいとも伺っていましたが?」

「できる限り、私は舞衣の意思を尊重したいと思っている。だが、あの娘も残り四年で美濃関学院を卒業する。そこから先の将来は、私の社会的立場も関わってくるだろう。…周囲からの圧力も、残念ながら私一人で抑え込むには難しくなる。」

「敢えて、そうなる前に先手を打つと。そういうことですね。」

「…ああ。」

「…舞衣は、その件で何か言っていましたか。」

「まだ深くは話していないが、薄々は気が付いているだろう。あの子は聡い娘だからな。…おそらくだが、あの子は良き相手を見極め、探し出しているはずだ。」

「…彼女にとって、いいお相手が見つかると良いですね。私にとっては、無関係なお話しでしょうが。」

 その彼の言葉に、それを予想していなかった孝則は目を丸くした。とてもではないが、聞き捨てならないようなことが耳に入ったのである。

 

「……○○君。君は、自分が舞衣にとってどういう存在なのか、考えたことはあるのか?」

「いえ。語弊はありますが、彼女とは組織的には上司と部下でしょうし、プライベートな関係でもせいぜい男の友人程度な認識でしょう。少なくとも、俺は舞衣の視点からはそうではないか、と思っていますが。」

 特におかしなことを言ったつもりもなく、自身の現状認識をそのまま孝則に伝える彼。

 追い打ちを掛けるような衝撃的な言葉の連続に、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような、面食らった表情を浮かべた孝則。

 普段の無愛想な表情は見事に崩れ落ち、ただただ啞然とするしかない。

「…?どうかされましたか?」

「…どおりで、舞衣が苦労していたわけだ。私も大概だったが、ここまでだったとは…。」

 思わず頭を抱えてしまった孝則。

「舞衣のお父様、もし気分が優れないようでしたら、私はすぐに引き上げますが、よろしいでしょうか?」

「…いや、大丈夫だ。話を続けよう。」

 

 他人への気遣いはできるのに、どうしてこうも彼には舞衣の好意が伝わっていないのだろうかという、納得のいかない部分が孝則の中にはあった。

 

 

 

 

 

 ー時期不詳 柳瀬家 リビングー

 

 実は、これよりも前に舞衣と孝則とで、彼のことを話していたことがあった。

『お父様。』

『ん?どうした、舞衣。』

『いつか、お父様やお母様に紹介したい人が居るの。男の人、なのですけれど。』

『…どんな人物なんだ?』

『私…、ううん。刀使やそれを支える皆を、命がけで守ってくれる人…かな。何度か、私もその人に救われたことがあって…。』

『ふむ。』

『お父様が会ったら、きっとあの人の良さは伝わると思っています。機会があったら、お会いしてほしいなあ…。』

『…舞衣、お前がそこまで評価する男だ。父さんも少し気になった。いずれ会わせてくれないか。』

『―はいっ!』

 その時の彼女の満面の笑顔が、孝則には印象深かった。

 

 

 

 

 翻って時系列は今に戻るが、彼への舞衣の評価は決して過大なものではなかった。というよりも、彼女の家族というだけで、今日会ったばかりの自分の身を凶弾から守った点からも、その彼女の評価の裏付けはされたに等しい。

 だが、肝心の彼はそれに驕ることもなく、むしろ自身を過小評価し過ぎではないかと思う程には、彼の欲の無さや、彼と舞衣、双方の考えている距離感の違いが、聞いていたなかで最も衝撃であった。彼の認識があまりに鈍すぎる。

 それでいて、人への優しさや思いやりには溢れている人間性。どう考えても、前者と後者とで嚙み合いが無さすぎる。しかし事実として、彼のことは舞衣の中では圧倒的に好感度が高い。

 

 

(…君は、舞衣の心を掴んでいることにすら、気が付いていないというのか!?)

 

 

 末恐ろしいのは、それを本人が全く自覚していない点である。

 舞衣自身、彼との関係が上手く進展しないと悩んでいた時があるのを知っていれば、この彼の態度からもその理由に納得がいった。

 

 

「貴方、戻ったわよ…、って○○君!?怪我は大丈夫なの!?」

「あっ、舞衣のお母様。」

 そんな折、柊子が会場でパニックになっていた美結と詩織を寝かしつかせて戻ってきた。

「はい、このとおり平気です。後で病院で再治療することになりましたが。」

「…それは平気と取ってしまっていいのかしら?」

 彼の言動に少し驚き気味の柊子。

 そんな彼女に、孝則は声をかける。

「なあ、柊子。少し耳を貸してもらってもいいか?」

「えっ、ええ。」

 何かをぼそぼそと彼女の耳に吹き込む孝則。

 

「……それ、舞衣の了解はとっているのかしら?」

「この際だ。お前も、あの娘の意見なら納得するのだろう?」

「…確かに、嫌々進めるのも気が引けるわね。分かったわ。」

 

 舞衣の両親のやり取りから、蚊帳の外に置かれた彼。

(一体何の話だろうか…。時間も時間だから、そろそろ俺は部屋に戻った方がいいと思っているんだが…。)

 そんな野暮なことを考えていたら、孝則から呼ばれる。

「○○君。…率直に聞きたい。君は、舞衣のことは…その、異性として興味や意識があるのか?」

「舞衣にですか?…本人がいない前で言うのも難ですが、無いと言えば嘘になります。」

 下手に舞衣の両親の前で嘘を吐くのは愚策と考え、自身の思うところを話す。

「ほう、そうなのか。」

 

「ですが。」

 と、彼は前置きを入れる。

「俺よりも舞衣を幸せにできる人間は、世の中いくらでも居ます。社会的地位込みで考えたら、尚更俺はその条件からは外れます。たとえ、彼女が俺のことを好きだったとしても、彼女を幸せにできると自惚れるほど、自分の価値や立場はそんな高いものではないと考えています。幻想は幻想のままで止めて、彼女の人生が幸せになるように、微力ながら外側から支援していくのが俺の役割であり、筋だと思っています。」

 

 事実として、彼はごく普通の家庭で育ってきたが、舞衣は上流階級層であることは既知のとおりだ。

 彼女のことが好きであったとしても、一時の迷いで彼女に迷惑をかけることの方が高い(と考える)ならば、その感情は自分の中で抑えて、彼女に好意を持っている他人を支えるというのが自分なりの答えだと、そう思っていた。

 

 

 

 

 自身を客観的に分析して、舞衣のパートナーどころか彼氏にもそぐわないと、彼女の両親の前で放った彼。普通であれば、この時点で面倒な奴だと烙印を押され、話が強制終了するのがオチである。

 しかし、舞衣の両親はそうではなかった。

 

「ねえ、貴方。今時、ここまであの娘のことを想って言える男の子って、いるかしら。」

「…この年頃で、こう返す男は居ないだろう。…舞衣の、あの娘の見極めた男は、本当の意味で逸材だったということなのか。」

 

 むしろ彼のその潔さ、彼女を想う心に動かされた。二人は彼に聞こえない程度の声で話し合った。

 

 

 少しの間を挟み、孝則と柊子は彼に向き直る。口火を切ったのは、孝則だった。

「…○○君。」

「はい。」

「私は、というか私達は、君に舞衣を託したいと思っている。」

「はぁ…、…………はい!?」

 彼自身にとってはあまりにも非現実的な言葉に、きかけていた眠気すら吹き飛ぶ。

「ま、待ってください!先ほど言ったように、俺は舞衣の彼氏にすらなり得ないとお話ししたはずです。」

「そこなのよ。○○君。私達が、貴方に舞衣を託したいと思った理由は。」

「…どういう、ことでしょうか。」

 彼は一度呼吸を整えつつ、柊子の言葉を待つ。

 

「○○君はさっき、『幻想は幻想のままで止めて、彼女の人生が幸せになるように』したいって言ったわよね?さっきの自己分析や、○○君が舞衣のことが好きであることを抑えてまで、あの娘の幸せを願うなんてことは、普通の人間にはできないわ。…それだけ貴方は、あの娘を幸せにできるだけの力があるわ。」

「…それは買い被り過ぎですよ。」

「○○君、君は先ほど『社会的地位』のことも口にしていたと思うが、それは何も富んでいることだけが全てではない。君の場合、『人を動かす力』がある。これは、目に見えるものではないが、その行動と言葉でそれを成し遂げている。…舞衣が君に好意を抱いたのが、よく分かる。」

「…『人を動かす力』ですか…。………えっ、舞衣が好意を抱いている?」

「そうだ。」

 孝則がさらりと流した爆弾発言。彼にとっては青天の霹靂であった。

「………。」

 思わず、何も言葉に出せなくなる。

「柳瀬の家のことは一旦後に回そう。だが、君の悪いようにはしない。命の恩人に仇で返すような真似はしたくない。」

「はっ、はあ…。」

「…今日はもう遅いわ。治療もあるから、後日またゆっくり話し合いましょう。」

 孝則と柊子からの話は、これで一段落した。

 

 

 

 

 二人の部屋から出て廊下に戻ると、御刀を帯びて冬物の私服に着替えた舞衣の姿があった。

 その顔は、赤くなっているようにも見えた。

「舞衣、こんな時間まで起きていると、体に悪いぞ。」

「…○○さん、すみません。父と母と貴方との会話を、途中から聞いていました。」

 途端、無言になる彼。

「○○さん、展望デッキに一緒に来てくれませんか?」

「…今からか?」

「今だから、です。」

 普段とは異なる、何かの意志を固めた目をしていた彼女。

「…分かった。」

 彼は黙って、彼女についていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 ー船上部階 展望デッキー

 

 デッキに上がった二人へ、海風が強く吹き抜ける。

 振り返った舞衣は、ふぅと息を吐くと、後ろを歩いていた彼へ問い質す。

「○○さん、率直に答えてください。…貴方は、私のことが…異性として好きですか。」

 彼女とて、こうした形で聞くのは考えていなかった。だが、今この場には彼と自分しかいない。誰かに聞かれる心配もなかったわけである。

「…言わないとダメか。」

「はい。」

 いつもならのらりくらり躱すことも容易だったが、あんな話の直後にそれをやるには不自然が過ぎる。

 彼も観念して深呼吸すると、重い口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。俺は舞衣が、――柳瀬舞衣のことが愛おしいほどに、好きだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞衣の両親の前では明言を避けたが、本人の前ではきちんと言おうと思った。

 それが、彼自身の誠意だろうと考えたからだ。

 

 

 

 

 

 

 それを聞いた舞衣は、彼にゆっくり近づき、彼の体へ優しく抱きついた。

 息がかかるほどに、二人の距離はほぼない。

 

 

「私も、です。…ずっと、○○さんのことが好きでした。これでようやく、私も伝えられました。」

 彼女も、彼に対して自分の気持ちを伝える。

 

 

「……舞衣が俺を好きになるのはありえない、そう勝手に決め付けていたのは、俺の方だったんだな…。ごめんな、舞衣。」

「あれだけ◯◯さんに気付いてもらおうと頑張っていたんですけれど、時間が掛かっちゃいましたね。」

「舞衣、俺は君を幸せにしきれる自信はない。それでも、俺と共に歩んでくれるのか?」

「私は『貴方』だから、いつまでも一緒に居たいんです。貴方のことが大好きだから。」

「―分かった。」

 

 そう言うと、彼女の体を強く抱き締める彼。

 彼女の柔らかい肢体が、彼の体と密着する。

 

「…舞衣。目を瞑ってもらっても、いいか?」

「はい。…来て、ください。」

 彼が何をしようとしているのかを察し、目を閉じて口角を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船の照明に照らされた二人の影は、一つに重なり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは長い時間にも感じられたが、一分ほどして二人の唇は離れる。

 そしてまた、彼がギュッと彼女を抱き締める。

「もう、舞衣を離したくない。絶対に他の男に取られたくない!」

「…大丈夫です。何があっても、貴方のところに戻りますから。…これで晴れて恋人同士になったんですね。◯◯さん。」

「××(彼の名前)で、呼んでくれ。」

「…はいっ!××さん!!」

 

 

 

 

 長い隔たりの壁を越え、想い合う二人はようやく結ばれるに至った。

 山積する課題は多いが、この二人なら、どんな壁だって越えていけるだろう。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

想定以上の文量になりながらも、なんとか纏めることができました。
筆者なりの書き方を模索するなかでどんな落着をさせるかは、悩みながらも、彼女達の性格とを落とし込んでみた時に千差万別な結果になるのは面白いところだな、とは個人的に思っております。

なお、舞衣の父親を銃撃した犯人ですが、ライバル企業あたりから送り込まれた刺客を想定して執筆いたしました。
今回の舞台として設定した『朝陽Ⅱ』ですが、これは現実世界での『飛鳥Ⅱ』を参考にしております。

次回は番外編を一話挟みまして、沙耶香編に移ります。

感想等ございましたら、お気軽に感想欄・活動報告にご投稿頂ければと思います。

遅れましたが、昨日(執筆当時)は可奈美の誕生日でした。
中の人の熱量に凄みを感じつつ、剣術一筋の彼女のことも興味を持っていただければ幸いです。

それでは、また。
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