刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。

今回は舞衣編 その7です。
その6の出来事での続き、名古屋港に到着して以降の話となります。
話の先頭部分は前回までのダイジェストになっておりますので、さらりと読み進まれていただければ幸いです。

それでは、どうぞ。


⑪ 嵐が過ぎ去って

 ー愛知県名古屋市 名古屋特祭隊病院ー

 

 春も間近に迫ろうかというこの時期、彼の身はある病室の一角にあった。理由は簡単、いつものように無茶をした結果、生傷をあちこちに負ったためだ。

 ため息を吐いても仕方ないことだと割り切っていても、多方面に迷惑を掛けた事実が彼を少し憂鬱にした。

 

 元々、彼も別に怪我を負いたくてここに運ばれたわけではない。

 きっかけは、舞衣の両親が企画していた、柳瀬グループ主催の船上パーティーにあった。柳瀬グループとの縁が深い企業人や経済団体関係者など、あの場に多くの著名人が乗り合わせていたなか、舞衣の父である孝則に向けて、複数発の凶弾が振り向けられたのだ。

 その時、名目上警備員として会場内にいた彼が、孝則に向けられていた弾道に割り込む形で彼の負傷を防いだのだ。その際に、頭などを切る怪我を負った。負傷しながらも、舞衣の父(孝則)をはじめ多くの人間を恐怖に陥れた犯人に落とし前をつけさせるべく、犯人を追跡し制圧に成功した。

 後から《孫六兼元》を持ち込んでいた舞衣もその場に到着したのだが、彼のあまりに生々しく負傷した姿を目撃し、彼女はすぐ治療するよう勧めた。

 

 銃撃犯は船が名古屋港に到着後、すぐに愛知県警へと引き渡されていった。生気が失せたほどの犯人のやつれ具合が気にはなったが、孝則の暗殺に失敗したからだろうと思い、その後あまり気に留めることはなかった。

 それと対照的だったのが犯人を拘束していた男性たちで、えらくツヤツヤしていたのが印象深かった。

 

 

 

 

 結局彼は港に到着後、舞衣の母である柊子にも促され、この特祭隊病院に運び込まれた。

 応急処置は船内で行っていたとはいえ、再度丁寧な傷口の縫合と、感染症の検査が行われた。彼の診察と処置を担当した医師からは、

 

『どうしてそんな傷で動こうと思ったんですか!?下手したらそれ、もっと悪化してましたよ!!』

 

 と、おっかなびっくりされる始末であったが。

 とはいえ、この医師の驚きも無理はない話である。銃弾が掠めたとはいえ、頭部に関しては頭蓋骨ギリギリの深さまで頭皮が割け、肩の方の傷もあと数センチ下に当たっていたなら、動脈を貫いていた恐れがあったからだ。

 むしろ、そんな状態で犯人を捕まえるために動き回った彼の行動力と精神力のほうが、よっぽど末恐ろしい話であった。

 

 

 

 

 

 

 頭部と肩の傷の縫合は終わったのだが、抜糸に数日時間を要するとのことだったので、彼はしぶしぶながら病室で大人しくしていた。今は頭と左肩に包帯が巻かれ、見るからにケガ人であることが分かる。

 この病室では携帯を扱えることを担当の看護師さんから聞いていたため、今回の件で一番世話になった仲間に連絡を入れる。

 

「もしもし、水沢か。」

『○○さんですか!?良かった~!ご無事だったんですね。』

「無事、とはちょっと言い難い状態だけどな。鎌倉に戻るのはまだしばらく先になるって、糸崎と中島にも伝えておいてくれ。真庭本部長へは、お詫びの言葉を伝えておいてくれないか?」

『了解しました。真庭本部長には私から伝えておきます。後で色々と報告をしてくださいね。』

「分かった。んじゃ、また後日。」

 

 姫乃との通話を終え、外の景色に目をやる。

 外の木々に葉が伸び始め、一部の植物には蕾や、もう既に花を開いているものも見える。

 

「……すっかり春だなぁ…。」

 

 外に出られるような姿ではないが、春の息吹を感じさせる景色を前に、時間の流れの速さを改めて実感する。

 そんな感傷に浸っていると、病室の扉をノックする音が響く。

 

「どうぞー。」

「失礼します。××さん。」

 

 入室してきたのは舞衣だった。

 春物の私服を着て、何か荷物を持ってきた様子だった。腰のあたりには刀ケースに収められた《孫六兼元》もある。

 

「具合は、どうですか?」

「もともと傷口を縫い合わせるだけだったからな。痛み止めも効いているし、化膿の心配をしなくて済むのは運がいいのかもな。で、ご両親と妹さん達は?」

「父は今回の件に関しての会見を、母は詩織と美結を連れて今は実家の方に戻っています。皆、××さんの怪我が軽いもので安心してましたよ。」

「俺が傷つくのは仕事上あり得る話だが、他の人が傷つくのは見てられないよ。あの場で俺以外に怪我をした人間が出なかったことは、本当に奇跡みたいなものだよ。」

「……私は、××さんにも怪我をしてほしくなかったんですけれどね。警察の人からも言われたんですけど、もし××さんがあの場で飛び出さなかったら、父の命はありませんでした。」

「俺は俺の仕事をやったまでだ。死んでもいいや、とまでは思わなかったにせよ、自分の仕事を責任持って全うできたのは良かったとと思っている。舞衣にも、精神面はともかく外傷を負わせることがなくて本当に良かった。」

「……あの時、××さんが私のことを好きって言ってくれたこと、私は純粋に嬉しかったです。傷だらけでボロボロだったのに、それでも正直に答えてくれたことが。」

「ただ、結局舞衣のご両親には今後のことをうやむやにした形で下船してしまったのが、正直気になっているんだが。あれから、何かあったのか?妹さん達のことでもいいんだが。」

「詩織と美結には、私から××さんとのことをきちんと話しました。詩織は、私に彼氏ができたことを驚いてましたよ。美結の方は、お姉ちゃんよかったね、って言ってくれましたし。」

「そっか。」

「お父様は、また××さんと話をしたいと言ってました。ただ、当面は会う時間を作れないだろうからその間の舞衣のことを頼む、って言伝まで受けちゃいましたけれど。」

「……元来多忙な人だしな。これで俺、舞衣のお父さんから柳瀬グループに婿入りしてくれとか言われたら、ストレスフルになりそうなんだが…。」

「ま、まあそれはまた後で考えればいいと思いますよ?」

「ちなみに、お母さんは?」

「貴女の選んだ男の子なら大丈夫よ、とだけは。お母様、すっかり××さんのことを気に入ってくれたみたいですね。」

「……概ね歓迎の意向なんだな、俺と舞衣の交際に対しては。」

「反対する理由がありませんでしたから。……それでその、××さん。」

「ん?どうした?」

 

 一しきり下船後の舞衣一家の心情を把握したなか、舞衣の方が若干不安そうな顔でこちらを見つめる。

 

「××さんの方、ご家族の方は?」

「居るにはいるんだが、両親は多忙、妹も高校受験の真っ只中だからな。一応、『また怪我した』とだけ一報を入れておいた。返信が『また方々に迷惑を掛けたのか?』と訊かれた時には、離れてようが俺のことをよく分かっているとは思ったよ。」

「ええ…、ご家族は××さんのことを心配されたりしないんですか?」

「あれ、舞衣は知らなかったっけ?俺が舞衣達と会う前に死にかけたことがあるってこと。」

「……?―いいえ、初めて聞きます。」

「え?マジで?…てっきり知ってるものかと思ったんだがなぁ…。」

「そのことを教えてくれませんか?××さんが死にかけたお話しを。」

「ん?まあ困るものでもないし、別に構わないぞ。特に面白みも無い話だが。」

 

 そう言って、彼は元刀使の親友のことも交えつつ、人生の一大転機となった『秩父会戦*1』の出来事を舞衣に話していく。

 自身の過去に触れながらだったので、ひと通り話し終えるまでに一時間ほど掛かってしまった。その間、舞衣はじっと耳を傾け続けていた。

 

 

 

 

 

 

「――とまあ、こんな感じだな。」

 

 淡々と語り終えた彼だが、その表情はやはり冴えなかった。

 聞き終えた舞衣が、気になったことをあれこれと質問してくる。

 

「その、彩矢さん*2とは今でも交流があるんですか?」

「まあな。先輩のなかでも一二を争うくらいには、個人的に信用も信頼もおける人だ。おかげで、今の部署で活動することのヒントを色々くれたからな。」

「そうなんですか。」

「……思い返せば、意識を取り戻した時もこんな感じだったな。多少の差異はあるが、舞衣の位置に彩矢がいるような感じだった。ホント、昔から誰かしらには心配を掛けすぎているようだし。今回の件だと舞衣と舞衣のご家族がそうなんだが。」

「…それでも、××さんの行動が色んな人を助けてきたから、××さんを信頼している人も多いんだと思います。私だってそうでしたから。」

「信頼ねえ…。舞草の諜報員だった頃を思えば、それを素直に喜べないのが悲しいもんだ。」

「……どんなに大変な状況であっても、刀使とその仲間達を守る、が信条でしたよね。そのためならどんなことでもやるっていう姿勢、私は凄いと思います。舞草の諜報員だったからといって、行動そのものは決して貶されるものではないはずですから。」

「…べた褒めする彼女の言葉を否定する気もないから、そういうものだと思うとしよう。」

「そう感じてもらえたら助かります。できればもっと、自信をもってほしいかなぁ…。

 

 彼自身の、特に過去の出来事に関して根掘り葉掘り訊かれたところで、彼はふと、彼女の決断の意図を探ろうと思った。舞衣との交際が嫌というのではない、ただ純粋に気になったのだ。

 

「ところで、舞衣は俺が他の男どもと変わらない、どころか明らかに劣っている部分があるのに、俺と付き合う選択を下したのは、何が決め手だったんだ?」

「決め手、ですか?」

「そう。あそこには大企業の御曹司やら、政治家・大規模病院の院長の息子とか、明らかに社会的ステータスが俺の遥か天上を行く人達ばっかりだったじゃないか。なのに、どうして俺を選んでくれたんだろうか、と。舞衣が俺を好きでいてくれたのは、俺もそりゃ嬉しかったが、その理由がどうも腑に落ちなくてな。ひねくれ者で悪いんだが。」

 

 そう彼に言われた舞衣は、少し思考を張り巡らせると、シンプルな、しかし大事な感覚を理由に挙げた。

 

「……安心感、ですね。色々な意味での。」

「安心感?置物とかぬいぐるみとか、そんな類いの?」

「ち、違いますっ!!…××さんと一緒に居たら、落ち着くんです。可奈美ちゃん達と一緒に居る時は楽しいって感覚なんですけれど、××さんと居る時はただの『柳瀬舞衣』として居られることが、不思議なのにもっと過ごしていたい、って気持ちになるんです。」

「それは、今もなのか?」

「それはちょっと違うかもしれません。目上の人と話す目線で、今私は会話をしていますよね?もう少しこの関係に慣れたら、少しは砕けた会話になるとは思いますけれど。」

「……確かに距離は感じるよな。とはいえ、俺を先輩付けで呼ぶのも、それはそれで何かこう違うしなぁ…。」

 

 舞衣の外見ばかりに囚われているとつい忘れてしまいがちになるのだが、年齢は彼の方が二学年ほど年上だ。呼び捨ては彼女の性格的に考えにくいうえ、先輩付けで呼ばせる趣味もない。かといって、さん付けをずっと続けるのも…、という思いは彼の中にも正直ある。

 まして相手から自分が安心感を与えていると言われるともなると、距離感をなくしたいところはあった。

 

「……取り敢えず、呼び方は現状維持か。それにしても、安心感ねぇ。俺が舞衣に邪な感情を持っていたらどうするつもりだったんだよ?付き合いだしてからこんなこと言うのもアレだが、舞衣の身体って、俺も含めた一定割合の男からすれば魅力的に映るもんだぞ。」

「××さんはそう簡単に踏み込んでこないって、私は知ってましたから。二人きりになった時でさえ、私のことを気遣いこそしても、そこから先には決して何もしなかった。きっと、そうする勇気がなかったって言うでしょうけれど、純粋に××さんが優しい人だったからだと思います。」

「……ちなみに、舞衣としてはどうなんだ?遠回しにそれ、女子として見ていないということにもなるんだが。特に俺のことを意識してなかったのなら、それは仕方がないんだが。」

「私も同じ学年の美濃関の男の子とかからは、言い寄られることもありましたよ。でもだからこそ、恋愛とかからは少しだけ距離は置いていたんです。…でも、××さんは私の体を見ても特に何とも思わず、むしろ身体を気遣ってくれましたから。そういうところが、今に繋がっていますし。」

「……現実なんだけど、未だに舞衣が俺の彼女である、っていう実感がないよなぁ…。こんないい娘と付き合うことができることさえ、夢なんだろうか、って思うことがあるし。」

 

 というか、互いに告白してファーストキスまで船上で交わしたものの、結局その後、彼はずっと病院に軟禁状態であるため、あまり彼氏彼女としてのやり取りはしていない。主原因としては、やはりあの銃撃犯がやらかしたことへの後始末が、現在も響いていることが挙げられるだろう。

 彼が現実感のなさを訴えるのも、無理はない。

 

「夢じゃありませんよ。―あっ、そうでした。クッキーを焼いて来たので、少し食べませんか?」

「お、舞衣のクッキーは美味いからな。入院してからも考えると、だいぶ久し振りに食べるかもしれない。」

「ふふふっ、ちょっと待っていてくださいね。」

 

 彼女は持ってきていたバスケットから、透明なビニール袋に入れたクッキーを取り出す。綺麗な丸型に焼かれたそれは、少し加工すれば商品として売り出されてもおかしくないほどに、とても形の整ったものであった。

 

「いつ見ても、美味しそうなクッキーだな。」

「××さんはそのままでいてくださいね。―はいっ、あ~ん。」

 

 傷が疼く彼を気遣ってか、舞衣が口までクッキーを運び、入れ込む。

 塩バターが使われているのか、しょっぱさのなかにバターの甘さが味覚で感じとれる。

 

「水分とかの消耗が激しいと思って、お塩の入ったバターを使ってます。味は、どうですか?」

「……」

 

 彼は無言で、右手の親指を上に挙げる。グッドのサインだ。

 

「やっぱり舞衣の作ったお菓子は美味しいわな。いつも心を籠めて作っているからなのか、優しい気持ちにもさせてくれるし。」

「美味しそうに食べてくれる皆の姿を見ていると、もっと美味しいものを作りたくなってきちゃいますから。ケガで辛そうな××さんにも早く元気になってもらいたいと思って、今日のクッキーは普段よりも少し時間をかけて作っています。」

「……本当に、こんないい娘と付き合っていいんだろうか…。ますます、俺にそこまでの価値が無いように思えてくるんだが。」

「そうご自身を卑下なさらないでください。お父様やお母様が認めてくれた以上、他の人からとやかく言われる筋合いは無いですから。」

「舞衣がそう言うならまあ…。…あ、美味しかったからか、もうラスト一つだ。」

 

 十個程度あったはずの塩バタークッキーも、あっという間に残り一つになっていた。

 とここで、ふと彼が妙な方向に脳を回転させた。

 

「……そうだ、舞衣。あんまりこういう機会もないし、試しに手渡しじゃなく口渡しをしてみてくれないか?」

 

 別に彼も酒を飲んでいたり、不定の狂気に走っていたりしたわけではなかった。後から考えてみると、彼女にどの程度の行動なら許してもらえるのかという、ボーダーラインを見定めようとしていたのかもしれない。

 最も、今の舞衣ならば生命に関わるようなことを除けば、大抵のお願いは聞いてくれるだろうが。

 

 

 

 

 さて、彼が舞衣にそれを頼んだところ、少し恥ずかしそうにする彼女の表情が目に映った。頬を少し赤らめていたが、作っていたクッキーの最後の一つを口に挟むと、彼の眼前まで近づく。

 

(こ、これ、結構恥ずかしいよぉ~!)

 

 彼女は恥じらいの言葉を口には出さなかったが、この場に他にいるのが彼だけとはいえ、人に見られるような場所での口渡しというのはあまりする機会がないので、早く終わらないだろうかなどと思った。

 そうこう考えているうちに、彼も舞衣の咥えたクッキーを落ちないよう、上下の顎でしっかり押さえた。

 

(よ~し、後は離れればいい、よね?)

 

 そう思って、舞衣はクッキーから口を離した。

 しかし、彼の真の狙いはその後からだった。容易に動かせる右腕を舞衣の背中に回し、そのまま彼の方へ彼女の身体を寄せた。

 

「――!?」

 

 突然の出来事だったため、舞衣の方は少し反応が遅れた。結果、彼の方へと倒れかかるような構図となった。

 そのまま彼女の唇は、彼の顔に吸い込まれていく。

 

 一方の彼は、舞衣から受け取ったクッキーを瞬時に口内に含むと、目にも止まらぬ速さでそれを砕き、味わい、そして食道へと飲み込んだ。そう焦った理由は、後の行動に備えてのことだったのだろう。

 そうして、彼は謀ったように舞衣を此方に引き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 舞衣の身体が彼に覆いかぶさった時、二人の唇は一つに結ばれていた。

 それは僅か、十秒以内に起きたことであった。

 はじめは急な出来事で状況を理解できなかった彼女だが、互いの舌が交わり合うにつれて、穏やかに目を閉じていった。舞衣は彼に乗り掛かるような形で、段々とその柔らかな肢体を彼に預けていく。

 二人だけの病室には、愛を育み合う音だけが確かに響いていた。

 

 外の日差しは、少しずつ赤い夕日に変わり、影も東向きに傾き始めていた。そんな中でも二人の行動を妨げる者は、暫くの後現れることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪華客船以来ご無沙汰であった(実際にはこう言うほどの時間は経っていない)が、再度の求愛行動を取った二人。

 互いの口を繋ぐかのように表れた、一本の唾液の銀線が、二人の求めあった時間を示しているかのようであった。彼はともかく、彼女の方は夕焼けによってのものなのか、本当に頬を赤らめているのか分からないほどに、顔を淡い桃色で染める。その目線も、彼の顔を少し逸らし気味に上付かせていた。

 先ほど舞衣と交際しているという実感が無いなどと述べた彼だが、こうした時を得たからこそ、彼女と一歩を踏み出し、関係が前に進み始めていることを深く噛みしめていた。

 

 彼は覆い被さるような格好になっていた彼女をゆっくりと起こし、舞衣が少し落ち着いたタイミングを見計らって口を開いた。

 

「……舞衣って、普段はお淑やかな感じな分、こういう時に思いっきり甘えてくるから、こっちもそれに合わせたくなるんだよなぁ。普段が抑圧的なのかもしれないが。」

「甘えちゃ、ダメ、でしたか?」

「いやいや。…舞衣はいつもお姉ちゃんとして振る舞っているんだし、本当ならもっと甘えていい歳なんだよ?俺がだらしないから、余計に頑張ろうとする節があるのかもしれないみたいだし。」

「そうなのかな?……でも、さっきみたいな強引さを求められることが、私には必要なのかもしれません。引っ張ることも多いけれど、たまには誰かに引っ張られてみたいのかなって。それが××さんとのことに直接関わっているのかは分かりませんけれど。」

「……個人的には、ダメになるくらい甘えたって罰は当たらないと思うんだけどなあ。まだ世間一般では中学生の年齢なんだし、もう少し我が儘になってもいいと思うんだが…。」

 

 舞衣に限らず、刀使全般の娘達に言える話なのだが、元々の職責上覚悟が決まっている娘が多い傾向にある。もちろん誰だって戦闘中に死にたいわけではないし、彼を含めた多くの管理局関係者もそうした事態が発生しないよう、あれこれ練って実効的に対策を打ち出している。

 そうは言っても、刀使もまたその意識に差異こそあれど、武道を極める者の集まりでもある。であるからこそ、年相応の甘えが失せているように思えてしまう。そう感じるのは、あくまでも彼の主観ではあるが。

 だからせめて、目前にいる彼女だけでも、一般人である彼ができる範囲の精神的ケアをしていきたいと考えている。もちろん、彼女が恋人だから、という個人的な理由もあるのだが。

 

「もちろん、舞衣が魅力的な女の子であることは疑問を挟む余地はないし、もしもの話として舞衣と爛れた関係になってそれに溺れたっていい。今までの反動として、それくらいの理性を解ける余地はあるからな。でも、それはあくまで俺の自分勝手な欲であって、正常な思考じゃない。今みたくある程度の本音は、今の関係だからこそ俺も吐き出せるが、あくまでも俺は、今後も舞衣が健やかな生活を送ってもらいたい、その考えを前提として動き続けたいと思っている。俺の話はともかく、舞衣自身はどうなんだ?」

「…もっと甘えていい、そう言ってくれたことは嬉しいですし、何より沙耶香ちゃんたちばかりに、私の不安や心配事を押し付けなくていいと思えることは、気持ちとしても少し楽にはなります。でも…」

「俺に甘えることが、俺自身の負担に繋がらないのか、ってことか?」

「……はい。」

「今更、負担の一つや二つ増えたところで変わりはしないさ。それに、彼女が心煩いなく生活できるするようにすることもまた、彼氏のやるべきことだろ?」

「××さん…。」

「なに、そんな心配そうな表情をしなさんな。むしろこっちは普段から助けてもらってばかりなんだ。こういう時とか彼氏彼女の関係の時くらい、俺に見栄を張らせてくれ。」

「…ふふっ。そうですね。なら、今度からもっと甘えてみます。節度は持ってですけれど。」

 

 舞衣の固い表情が綻んだところで、彼も少し彼女に微笑み返した。

 一線を越えてからは、彼の意識も少しずつ変わりつつあった。今後の作戦では、容易に死にに行くような真似を避けていこうと。当たり前と言えばそうだが、自分にとって守り戻るべき場所を見つけたことが、彼にとっての生きる道筋を更に広げたと言えよう。

 

「ま、まずは俺がこのケガを治してからだな。…戻ったら可奈美と姫和の捜索も頑張らねば。」

「私も、頑張ってみますね。美濃関の下の娘達を教えることも、もっと上手くなれるように。」

「舞衣ならきっと、いい先輩、いや教え手になれるさ。……ふと思ったんだが、また舞衣が鎌倉に来るまではそれぞれ離ればなれになるが、寂しくはないのか?」

「ううん。またすぐに会えるようになるから、大丈夫。むしろ、××さんが他の女の子に目移りしないかが不安かなぁ…。」

「……なんでこんなに尽くしてくれる娘を捨てるような真似に走らにゃならんのよ。自分で言っちゃあなんだが、割と一途なほうだぞ。仕事と私事は分けられるし。」

「それならいいんですけれど…。」

(…××さん本人がというよりも、周りの女の子たちが動き出しそうで怖いなぁ…。××さん、結構いろんな人から好意を向けられているし、ちょっとだけ心配だなぁ…。)

 

 あながち舞衣のこの分析が外れていないことも侮れないのだが、当の本人はそんな舞衣の懸念を全く気にしていないという、明白なほどのギャップが見えるほどに互いの温度差があった。

 とはいえ、彼がそんな甲斐性のある人間ならここまでいかないことも肌身で分かっていたので、舞衣はそれ以上の言及はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 春に近づきつつある時期とはいえ、外もすっかり暗くなり、いよいよ舞衣の帰る時間が差し迫ってきた。

 

「じゃあ、そろそろ帰りますね。」

「ああ。…舞衣との学生生活、できることなら送ってみたかったなぁ…。」

「仕方ないですよ。それに、学籍そのものはまだ美濃関に置いてあるんですから、本部が嫌になったら来てもいいんですからね?」

「……そうなった時には、美濃関に帰るのもアリか。討伐任務以外で、舞衣と会える時間も増えるだろうし。それでも、まだやる事を色々残して帰る訳にもいかないから、それは断念するしかなさそうだ。」

「まあ、××さんならそう仰ると思いました。……しばらく会えない寂しさは、電話で紛らわしますから大丈夫です。それと…」

「ん?何か忘れてたことでも?」

「はい。」

 

 そう言うと、舞衣は彼の顔を両手で押さえ、優しく顔を近づけた。

 近づくにつれて目を瞑ったのは、視覚情報を遮断したかったのか、そのあたりはよく分からなかったが。

 

 

 

 

「――っ。」

 

 

 

 

 浅くも深くもない、長めのフレンチキス。

 唇を離すと、彼女は寂しげな顔で彼を見つめた。

 

「たまには、私からしてもいいですよね?」

「―そりゃ、もちろん。」

「さっきのは、クッキーの時の仕返しです。私も、びっくりさせたいんですよ?」

「……一本取られたなこりゃ。ホント、まだ一緒に居られないのが残念だ。」

「きっと、そう遠くないうちに一緒に居られる時間ができますよ。今度、××さんのご実家にご挨拶しに行きましょうね!」

「ああ。約束だ。」

「では、また会いましょう!××さん!」

 

 あっという間に彼女との時間は過ぎ去った。

 病室のドアから舞衣の足音が消え失せるまでに、そう長い時間は掛らなかった。

 

 

 

 

 

 

 病室に一人残された彼は、唇に右手を触れさせる。

 

「……初めてだったな。舞衣が自分からしてきたのって。」

 

 顔面からの火照りを感じながら、彼女が自分に歩み寄ってきた瞬間を思い返す。

 

「……舞衣にはああ言ったが、甘えるべきは俺自身なのかもな。本当は。」

 

 会話ではまだまだ他人行儀なところのある二人だが、想いの熱さはほぼ同等なのだろうと今日の出来事から感じさせられた。

 氷は、いつか融けていくだろうと。

 

 

 

 

 

 なお、彼の妹が舞衣の先輩として美濃関に入学してくるのは、また後の話である。

*1
この時の話は、主人公編『死線を越えて』前後編参照。

*2
平城学館の小池彩矢(とじともサポメン)のこと。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

よく考えたら舞衣編では彼の過去に触れてなかったような、ということで今回の話の流れに組み込んだ次第です。
病院なのに看護ネタが薄かったように思えますが、よくよく考えるとあんな場でできることはそんなに多くないような気も致します。今回の負傷具合だと数日程度で退院できるものなので、もっと長い期間を擁する傷病であればもう少し違った動きがあるのかもしれませんが。

各編の投稿から時間が経っていることもあり、話の内容を違和感なく上手く繋げられるように頑張っていきます。

しばらくは舞衣編が続きます。
それでは、また。
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