若干のスランプ気味や忙しくなった日常を前にすると、なかなか思うようには更新が進まない日々でございます。
(あっという間に一月以上経ってしまうとは……。)
遅くなりましたが、今回は舞衣編その8 前編です。長くなりそうなので分割いたしました。
今話、次話は彼女の誕生日付近の話となります。
それでは、どうぞ。
彼と舞衣が恋愛面で本格的な歩み寄りをみせる直前の頃、世間ではあるイベントが迫っていた。
バレンタイン、あるいはバレンタインデーの関連行事だ。
元々は、男性から女性への感謝や友愛の気持ちを込めた贈り物やサプライズをする欧米の習慣であった。それが日本に輸入されるにあたり、国内菓子メーカーの商業的戦略のもと、現在のようなチョコあるいは菓子類を渡す習慣へと魔改造された。
まさか、それが現在に至るまでに習慣化するほど上手くいくというのは、当時のマーケティング戦略に対して先見の明があったとも言えるだろう。
昨今では、男女間のみならず様々な対象に渡すことも増え、一昔前に挙げられた思春期の女子が好意を抱く男子にチョコレートを渡す(いわゆる本命チョコ)というような、そんな微笑ましくも夢のあるシチュエーションはあまり耳にしなくなった。
完全に廃れたというわけではないのだろうが、友チョコや同性間での渡し合いの方が今日ではメジャーになりつつあることを思えば、隔世の間があると言えよう。
そのことは、女子の割合が非常に高い伍箇伝内でも変わりはない。むしろ、男子の割合が低いために友チョコなどが完全に本流となっていた。
辛うじて部分的な共学である綾小路・平城・美濃関に関しては、噂には本命チョコの受け渡しも有るとか無いとか、そう囁かれてはいる。こうした点から、伍箇伝各校においての本命チョコという文化は、最早消滅したものと見なされていても仕方のない部分があった。
雪が時折舞い降りる、二月の鎌倉。
可奈美や姫和が消息を絶ってから、既に一ヶ月が過ぎていた。東京を中心に出現数の上昇が高止まりの傾向にあるなかで、日夜刀使達、彼女達を支える後方要員の業務が激増していた。これは単純に荒魂が増えていただけでなく、維新派との殴り合いになった際に綾小路が事実上機能不全に陥ったことで、余計に他の四校への負担が増大していた。
結果、ローテーションで回しても回しきれないほどに刀使達の疲労や不満が蓄積されつつあった。首都圏を管轄する鎌府はともかく、エリア的には最も遠い長船やミドルレンジにあたる平城の刀使の一部から不満の声が上がるのも無理は無い話であったのだ。これは全体の士気にも関わるのだが、こればかりは管理局自体のマンパワーの恒常的な不足も相まって、綾小路の刀使の復帰と、各校での刀使の養成・マッチングの速度を上げるしか改善策がなかった。とはいえ、御刀の適合率との兼ね合いもあり、なかなか上手くいっていないことが実情であった。
そんな頭を抱えるような難題が山積するなかで、諸問題に頭を悩ませていた彼がふと、職場の窓から外を覗くと数㎝ほどの雪が積もり始めていた。
「気付かないうちにすっかり雪が積もったな。」
「あら本当、見ない間にすいぶんと白くなったのね。」
同室で作業していた里奈も、仕事に集中していたあまり、外の景色を気にする余裕がなかったらしい。
「それに対して、書類の山は徐々に減ってきているとはいえ、この高さはあんまりよね…。」
「言うな中島。先々月の作戦が成功しなかったら、これ以上に頭も精神も擦り減らす結果になっていたんだ。これくらいは仕方ないさ。」
「んなことは分かっているわよ。…はあ、姫乃は新しく作られる予定の情報部隊の人間を育てに行ってるし、糸崎は糸崎で、三原さん宛ての何かを買いに出掛けてるし。そういや、アイツはチェーン持ってきているのかしら?」
「まあ、アイツのことだし持って行っているだろうよ。もしくは徒歩で向かったのかもしれないし。」
「それにしても、アンタはこの後何か予定でも組んでるの?明日はバレンタインデーでしょ。」
「は?仕事だろ?あと一~二時間で二、三十部は終わらせなきゃならないし。雪が酷くなる前には帰るが、普段通りの日常だぞ。」
「ふ~ん?なら、先に出しとこうかしら。」
「ん?」
里奈は事務机の下からガサゴソと音を立てながら、小さめの紙袋を二つ取り出してそれを机上に置く。
「その袋って、バレンタインのやつか?友達とかへ渡す分の。その割には数が少ないが。」
「いいえ、アンタの分よ。」
「へ?」
里奈の言葉を聞いて、驚きのあまり面食ったような顔を浮かべた彼をよそに、彼女はそのまま話を続ける。
「去年も今年もアンタには世話焼かされっぱなしだったけど、ちゃんとお礼くらいはするわよ。あ、もう一個は彩矢*1から預かっている分のチョコよ。後でお礼言っときなさい。」
「お、おう。ありがとう、中島。彩矢にもきちんとお礼は言っておく。」
「さて、私もとっとと仕事終わらせて帰ろうかしらね。」
流れ作業かのような手渡しを終え、先程までのやり取りからあっさり仕事に戻る里奈。
彼もまた、紙袋を大切に受け取り、ぶつけて落とさないような場所に安置する。
「中島と彩矢のチョコか…。…彩矢は今年も酢昆布入りのチョコなんだろうか?」
親友がたまに推してくる酢昆布が、今年も隠し味としてバレンタインチョコの中に入っているのか気になりはしたのだが、結局意識をまた仕事の方に戻していった。
「……ここの計算結果と、実際に使用された物の割合が少し違うな……。後で連絡を入れてみるか。」
「○○、川崎で展開してる部隊から連絡が入ったわよ。出現した荒魂の数が想定より多かったらしくて、ノロの回収に来た車両の数が足らないって。」
「鶴見か蒲田から応援を出すように伝えてくれ。あと、負傷者がいれば医療用車両の派遣も頼む。」
「了解、先方にはそう伝えるわ。」
里奈が川崎方面の部隊に通信を行っている姿を見つつ、彼はやっておかなければならないことを思い出していた。
「……降雪下における荒魂討伐時の戦闘、要りそうな装備・備品、このあたりを組み合せて来年度のマニュアルも作らないとなぁ。あと、ウチの部署の分の予算編成もそろそろ手を付け始めないと……。」
「……あれこれするのはいいけど、アンタつい一週間くらい前にも倒れたばかりじゃない。働けばいいって問題じゃないのよ?色々思うことがあるかもしれないけど、また倒れたら元も子もないじゃない。」
「刀使が頑張っているのに、俺がへばっていられるか。彼女達の辛さ苦しさに比べたら、俺のことなんてどうということもない。」
「……アンタが無茶して、それを喜ぶ人間はいないのよ。私含めて。」
「だがなぁ、休んでも仕事は溜まる一方だし、責任を負っている身なら尚更人を動かさせるわけにもいかないだろ?」
「アンタはもう少し手を抜くことを考えなさい!そんなんじゃ、本当に壊れた時には取り返しがつかなくなるわよ!」
「……大丈夫だろ。俺が壊れた時は代わりの人間が来るだけだろうし。組織ってのは、そうやって回っていくもんだ。」
「言っておくけど、こんなアホみたいな部署の運用、アンタくらいしかできないわよ。姫乃でもまだ部隊を回すのは、頭を抱えるほどに難しいっていうのに。それで他の人間なんて……。」
「中島、そりゃ過大評価ってやつだ。むしろ俺じゃ、糸崎や水沢の本来持っている実力をフルで活かすことはできない。中島、お前の本当に持っている力でさえな。それは凡人である、俺の限界だ。だから、本当は俺がとっとと去った方が中島のためにもいいんだよ。折角本部まで来たのに、俺のところでのくだらない書類仕事で、限られている刀使としてのキャリアをぶっ潰すことなんて、無いんだ。」
「……○○、アンタ。」
「ああ、悪い。ちょっと席開けなきゃならなくなった。帰りは遅くなるから、中島も仕事が終わったらとっとと帰れよ。この雪の中で、体を冷やすのはよくないだろ?」
「……そういう、ところなのよ。」
「ん?何か言ったか?」
「……別に。先方が待っているなら、とっとと行ってきなさいよ。」
「あっ、ああ。じゃあな、また明日以降。」
里奈は、そう言って早々と外へ出る支度を整え、ベンチコートを羽織った彼の背中を見送った。
一人部屋に残された彼女は、ぼやいた。
「……私は、上がアンタだからここに居たいのよ。人の困った姿を見かけて助けて、自分が困っているくせに人に檄を飛ばして奮い立たせる、そんなアンタだからこそ。」
自分をもっと大事にしてほしいのに、彼にかける言葉は部下である彼女では届かない。
「……彩矢以上に、アイツのことを心配してくれる人は現れるのかしらね。」
親友に思いを馳せつつ、彼の卑屈で自嘲気味な自己評価を改められる者が登場するのかは、里奈にも分かりはしなかった。
その後、雪が酷くなる前に仕事を終え、彼女は鎌府の学生寮へと足を向けた。
時折吹雪く外の環境だが、彼はそんなことを意にも介さず進んでいく。目的地の特別祭祀機動隊本部までは少し距離があるため、方向感覚を失うとホワイトアウトに遭遇して死ぬことすらあり得る。
そのことを頭に入れつつ、ゆっくりと前進する。
「吹雪いているせいか、寒いな。雪が酷くなる前に着かないと。」
今の移動には冬場に使っている耐雪靴ではなく、長靴を履いていた。それでも首都圏、特に太平洋沿岸である鎌倉で降る量とは思えないほどの大雪に見舞われていたからか、既に足首ほどの高さにまで雪が積もっていた。
踏み固められた雪が透明な轍をつくるなかで、滑らせないように進み続ける。
こんな雪まみれの中で外を歩いている人間は自分くらいなものだろう、と彼はそう思っていた。ところが、鎌府の学生寮の方向から、傘を差した一人の少女が歩いてくるではないか。冬場の荒天であるにも関わらずだ。
相手はこちらに気付いたのか、声を掛けてきた。その息は風に吹き流されながらも、はっきり目に見えるほどに白くなっていた。
「あっ、○○さん!大丈夫ですか!?すごく雪まみれになってますけれど。」
「……舞衣か。今日は危ないから、早く屋内へ入ったほうがいいぞ。傘だと風にもっていかれるだろうし。」
「そ、それはそうですけど、そういうことではなくて、◯◯さんの顔色が良くないように見えますけれど?」
「少し暗いからそう見えるだけだろう。それよりも早く屋内に」
「いえ、放っておけないので私も○○さんと一緒についていきます。二人で一緒なら、何かあった時でもどうにかなりますよね?」
「ま、まあそうなんだが……。」
いつものように自身のことはスルーしてもらおうと思っていたら、彼女が共に動くということにいつの間にかなっていた。
舞衣は彼を傘の内側に入れ、進む方向を聞いてきた。作戦指揮室へと向かいたいことを伝えると、彼女の表情は任務時のようないつもの頼もしいものに変わる。
「作戦室ですね。では、行きましょうか。」
「あっ、ああ。」
(……距離的には、もうそんなに遠い場所でもないんだがなあ。舞衣、どうしてまた俺と一緒に行動しようとしているんだ?)
そもそも彼が向かおうとしていた特祭隊本部は、舞衣の向かおうとしていた方向、恐らくだが鎌府女学院の校舎だろうが、とは反対の位置にある建物なのだ。こんな雪のなかで移動するのも本来憚られるはずなのに、彼女は彼を捨て置けなかったのか共に行こうと言い出した。
(しかも、今日はバレンタイン前夜、しかも舞衣の誕生日前日でもある。これから舞衣がクッキーやチョコを作るなら、俺に構う時間は無いはずなんだが…。)
ましてや、こんなどこにでもいるような冴えない男に時間を割くのは、自分が言うのも難だが変わり者なのでは、そんな失礼なことを思ってしまったわけである。
(……まあ、あとでお詫びというか、渡すものは渡しておくか。)
とにもかくにも、舞衣が此方に拘束されている時間を短くするため、とっとと用事を済まそうと思う彼であった。
紗南や朱音などに確認してもらう資料や文書を渡し終えた彼だが、特祭隊本部を出る頃にはすっかり日も落ち、既に夜となっていた。
確認等を行っている間、舞衣へは何かやろうと外に出ていたのなら、それを先に済ませてきたらどうか、という提案をした。だが、その提案はやんわりと断られてしまった。
一連の業務を終えてエントランスに下りておくと、彼を待ち構えていたかのように静かに佇む、彼女の姿があった。まだ制服姿ではあったが、肩から下げていた小さな旅行バックサイズの荷物が彼の目に留まった。
しかしそれについて彼が触れる前に、舞衣が疲れ気味の彼を気にしていたのか、心配そうな表情で此方に話しかけてきた。
「お疲れ様です、○○さん。」
「舞衣、ずっとここに居たのか?」
「いえ。一度寮に戻ってから沙耶香ちゃんのクッキー作りを手伝ってあげたり、他の娘からバレンタインに渡すお菓子のアドバイスとかを電話でやり取りしたりしてましたよ。そうしているうちに外の雪も落ち着いていたみたいだったので、戻ってきちゃいました。」
「……戻ってきたって、冬の制服とはいえ肌がモロに出ている足とか、こんな時無茶苦茶寒いだろうに。」
「このくらいの天気なら、任務でもよくありますから大丈夫ですよ。それに、ここに来たのは私の勝手です。」
「いいのか?舞衣ほどの優等生がそんなこと言っても。」
「ふふふっ、私は○○さんが思うほど、真面目な人間じゃないですから。」
身体的な見た目とは裏腹に、年相応ながらいたずらっ子のように笑ってみせた彼女。その顔を見て、彼はいくら大人びていても舞衣はまだ中学生である、という事実を今更のようにだが、改めて思い起こしていた。
それはともかく、彼は舞衣が特祭隊本部にわざわざ戻ってきた理由が気になった。しかも先ほどは無かったであろう荷物を携えて。
「ところで、これから夜も更けようかって時に、どうしてまたここに戻ってきたんだ?しかも寒いなか、学生寮からわざわざここまで来るなんて。」
「……○○さんは、今からやらなければならないお仕事とか残っていらっしゃいますか?」
「んいや、今日分はさっきので終わりだ。もう時間も遅いし、官舎に戻ろうかと思ってたところだ。」
「なら、○○さんのお部屋へ案内していただけませんか?私が今から寮に戻っても、夕ご飯の時間には間に合いそうにありませんから。台所を貸していただければ○○さんのところで夕食をお作りしますので、どうでしょうか?」
「俺は別に構わないんだが…、…舞衣は平気なのか?面識があるとはいえ、男の部屋だぞ。逃げ場も無いだろうに。」
「はい。時々、どなたかを招いているということは他の人からも聞いていますから。薫ちゃんとかエレンちゃんもこの間○○さんのお部屋に伺ったと言ってましたから。」
「……あの二人めぇ…。…分かった。俺が覚えている限りだと料理できる食材は一通り揃っているだろうから、そのまま来ても大丈夫だ。」
「私の方はすぐ出られますけれど、まだこれから寄らなければならない場所などありますか?」
「ない、な。」
「では、行きましょうか。」
「お、おう。」
押され気味の彼を尻目に、舞衣は先行して官舎への道を進もうとしていた。
(舞衣が関わっている任務とかは、今日はもう無かったはずだし、寮室でゆっくり休めばいいのに。なぜに俺のところなんぞに…。)
そう口に出したくなる衝動を抑えて、彼は舞衣を少し抜くような形で前へと踊り出た。
移動道中、歩道や通路にそこそこの厚みを持って積み重なった新雪が、二人の歩みを少し不安定にする。
官舎に入る手前、まだ雪かきなどがされていなかった歩道に二人が足を踏み込んだ時だった。
「ひゃあっ!?」
「ま、舞衣!?」
彼の少し後ろを歩いていた彼女が転倒し、そのまま雪の堆く積まれた道脇に横倒しとなった。場所が悪かったのか、舞衣は今朝方除雪して回収を待っていた雪山の中にボスッと嵌ってしまう。
彼も慌てて駆け寄ると、頭から雪を被り、元々白基調である美濃関の制服を更に白くするほどに雪塗れになった彼女の姿があった。
みたところ転倒による外傷は見当たら無さそうではあったのは、不幸中の幸いではあったが。ともかく、彼女を起き上がらせるべく、右手を差し出した。舞衣はその手をしっかり掴んで、再び立ち上がった。
その際に、体中からボロボロと重力に従って雪塊が雪面へと転がり落ちていった。
「大丈夫か、舞衣?」
「ケガはしてないんですけど……、冷たっ!?」
「……あー、制服の隙間とか首とか色んなところに雪が入り込んでいるな。さっき倒れたせいか。」
「ちょ、ちょっと、近いですよ~。」
「ん?……あ、悪い。つい、な。」
彼としては悪気なく彼女を気遣ったつもりで見て回っていたのだが、彼女にはその視線が恥ずかしく思えたようだった。とはいえ、舞衣も彼が別にいやらしさをもって見ているわけでないことくらいは、よく分かっていた。
「ただ、頭から雪を被ったのは不味いな。これだけ寒ければ風邪を引きやすくなるだろうし、幸い俺の部屋はもう間近だ。シャワーか何か浴びるなりして、ともかく温かくした方がいい。」
「は、はい。」
「取り敢えず、叩き落せる雪はここで落としてしまおう。部屋に着いたらすぐに準備する。」
「あ、ありがとうございます。」
急に慌ただしい動きになったが、帰ってすぐにやることが一つ増えたくらいかと思った彼は、舞衣を自室へと連れていった。
二人が部屋に着いて数分と経たぬうちに、外は再び暗闇が多くを占める白銀の景色へ包まれていった。
日付がバレンタインデー、舞衣の誕生日に変わるまでには、もうしばらく時間が掛かりそうだ。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
先日、ハーメルンへ投稿されている刀使ノ巫女原作のSSのうち、本作が通算UA数(多い順)で最も上に来る位置に達しました。
この位置に来られましたのも、拙作ながらも今まで『刀使の幕間』を読んでいてくださいました多数の読者の皆様方、高評価を付与してくださりました方々のおかげであると、筆者個人は思っております。
今後もこの事に胡座をかくことなく、より良い話にしていけるよう努力して参ります。
現状は隔週(どころか隔月)投稿になっておりますが、できる限り早い投稿を目指します。
長くなりましたが、後編に続きます。
それでは、また。