刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。
今年もブライダル衣装の季節がやって参りましたが、どの娘のウェディングドレス姿もホント映えますよね。(ただしその確率……。気にしたら負けでしょうが。)

今回は舞衣編その8 後編です。
彼が彼女を自室に招いた場面からの始まりとなります。

それでは、どうぞ。


⑬ ホワイト・アニバーサリー 後編

 ー刀剣類管理局 官舎内自室ー

 

 さて、舞衣を部屋に上げてからというもの、彼の動きは早かった。

 雪が降るほどの気温だったため、管が凍結していないかや温水がキチンと出るかを確認した後、舞衣を浴室へと招く。

 

「タオルとかは好きに使っていいから。本当なら新品のバスタオルが良かったんだろうが、その辺に置いてある奴を使ってくれ。洗ってはあるから。」

「あ、ありがとうございます。」

「じゃ、暖房入れておくから温まっていってくれ。それと、買ったばかりで使ってない服があるんだが、制服が乾くまでの間はそれを着てもらっても構わないか?」

「そこまでしてもらわなくてもいいですよ?」

「いやいや、料理を作ってもらう客人に不義理なことは出来ないさ。それに、男が着た服を着るのも嫌だろ?服はランニングウエアとジャージだから、着心地は悪くないと思う。あとでランドリーバスケットに入れて置いておくよ。」

「……何から何まで、お世話になります。」

「いいって。さ、体がこれ以上冷めないうちに。」

 

 そう言って、彼は彼女を脱衣所に押し込む。その際にたまたま手に触れた制服の濡れ具合から、自身の判断が間違っていなかったように思えた。

 最も、客観的に見た構図では舞衣を連れ込んだようにしか見えないことは、彼にとっても頭の痛い部分ではあったのだが。

 

 

 

 

 極寒の室内にエアコンを点け、徐々に心地よい温風が排出されたことで、北風に晒されガチガチになっていた彼の体の硬直は、ようやく解け始める。

 

「本当ならお湯を張った方がいいんだろうが、そこまでは待てないだろうしなぁ……。」

 

 むしろ、寒い環境からいきなり温室に入ったならば、髪などに入り込んでまだ融けていない雪が軒並み融けだしてしまうので、この場合の判断は正解だっただろう。

 それにしても、成り行きで招いた判断に悔いはない。無いのだが、今日のことがもし他人に歪曲された形で発覚し、拡散されていくことにでもなれば、舞衣はまだダメージが少なくて済むのだが、間違いなく彼は立つ瀬がない。

 そう思った彼は、事前にメッセージを送ったうえでエレンに電話を掛けておいた。

 彼女に先程までの舞衣とのことを話すと、電話口でエレンが少し笑ったように聞こえ、続けて『マイマイのことデスから、そんなことになったならきちんとフォローアップしてくれると思いマスよ?』と言ってきてくれた。そうは言っても、噂話などに対してかなり不安があったからこその連絡だったわけだが。

 電話の切り際にエレンから、『マイマイと良いコトがあるといいデスね』と言われた時には、少しその理由が気になりはしたが。鈍い彼にそれを察せというのは、酷な話であろう。

 

 

 連絡を入れてから二~三十分ほどが経った頃、浴室から舞衣が出てきた。

 彼が今生活している部屋は、脱衣所と洗面台のあるタイプの間取りなので、当然ながらドライヤーもそこに置いている。このため、彼は仕切り扉越しから、彼女にそれを使っていい旨を伝えてあった。先程まで、ドライヤーの轟音が聞こえていたから、やはり髪を乾かすのに使いたかったのだろう。

 

 その出てきた姿を見た途端、彼はドキッとした。

 普段は髪を纏めている彼女だが、髪留めも後ろ髪を束ねているピンク色のリボン紐も付けていない姿で現れたため、極たまに見かけるとはいえ、彼にはそれが新鮮に思えた。お湯を浴びたことによる火照りもあるのか、顔も少し赤くなっていた。

 彼女に着替えとして渡した男性向けのジャージは、以前大型レジャー施設でラッシュガードを着ていた時*1同様、胸部が大きく張り出していた。伸縮性ある素材を使っているので破れる心配はないのだが、彼女のボディラインがくっきり表れているため、目のやり処に一瞬困ってしまう。

 

 そうは思っても、すぐに舞衣の目を見据えて声掛けをした。

 

「ジャージとか、サイズの方はきつくないか?」

「はい。ちょっとだけ胸が張りますけれど、サイズはちょうどいいみたいです。後で洗ってお返ししますね。」

「そこまで気にしなくてもいいのに。それと、濡れた舞衣の制服はここでしばらく干していけばいい。持って帰る時に冷たい思いをしなくて済むだろ?」

「それじゃあ、ハンガーをお借りしますね。」

 

 彼女はそう言って、冬服のシャツとスカートをエアコンの近くに掛ける。温風に当てられて、制服はたなびいていた。

 普段男物の服しか干していない中で、付き合っていない女子の服が置かれている光景に、理性では罪悪感が、そして無意識的ながらも、背徳的なものが背筋をゾクッと通り抜ける。日常のなかに溶け込む異常は、彼へ既に舞衣と交際しているかのような、そんな違和感のない錯覚をもたらそうとする。

 

(……いかんいかん。何を考えているんだ、俺は。厚意で彼女を部屋に上げただけであって、舞衣に何かしようと考えて提案したわけじゃない。)

 

 魅惑的な舞衣の姿を前にして、彼の中で理性と本能がぶつかり葛藤が沸き起こる。そんな中で、悶々と悩んでいることを知らない彼女は、彼との事前の約束を口に出した。

 

「○○さん、台所をお借りしますね。」

「あっ、ああ。」

「――そうだ、何かお料理にリクエストとかありますか?」

「舞衣が作りやすそうなものでいいよ。多分、碌な食材が残ってないだろうし。」

「……そうですか?冷蔵庫にはお野菜も結構ありますけれど。」

「今は作れる時にしか作ってないから、量もそんなに残ってないと思うけれどな。」

「……うん、これなら大丈夫。すぐ作りますね。」

 

 冷蔵庫や台所の戸棚を確認してから、舞衣は少しの逡巡の末に作る料理を決めた。

 

「何か、手伝った方がいいことはあるか?米は炊いてあるんだが。」

「なら、そのまま待っていてください。おいしいお夕飯、お出ししますから。」

 

 彼にそう微笑みかけると、慣れた手つきで野菜や豚肉を切り分けていく。さばさばと進めていく彼女の手捌きを見ながら、ついため息が漏れる。

 

「本当に手慣れているんだな。こうして間近で舞衣の料理風景を見て、俺はまだまだなんだと思わされるよ。」

「それでも、自分で料理を作ろうとするなんて凄いですよ。大抵の人、特に男の人はそこまで料理をするわけではありませんから。○○さんはもっと自信を持っていいと思いますよ。」

「それでも、だ。もっと自分で色々と出来るようにならないとなぁ……。何より時代は変わっていくし、男女別のステレオタイプ染みた性別観をぶち壊していきたいと思っているから、もっと頑張りたいよ。」

「……でも、他の人にもっと甘えたっていいと思います。今の私みたいに、誰かが○○さんへ何かしたい、お礼がしたいって人、多いと思いますよ。」

「いや~、それは無いだろ。うん、無いない。元々、お礼を言われるほどの人間じゃないし。舞衣とかくらいじゃないのか、俺に関わってもそんな風に言ってくる人間なんて。」

「そんなこと、ないと思うんですけれど……。」

 

 彼の自信の無さは今に始まった話ではない。が、先日のスキー場での手助け*2や日頃からの支えを思えば、彼に好意を抱くこともそうおかしな話ではないため、余計に彼の言っていることへの違和感が湧いてくる。

 あのスキー場での一歩踏み出した行動さえ、彼にとってはあまり気にも留めていないというのは、それはそれでショックなところがあった。

 

 とはいえ、運命の悪戯とでも言うのか、今までのこの紆余曲折を経たうえで、これから一月ほど後に二人が交際を始めることになる。

 人生で何が起こるのかは、本当に分からないものである。

 

 

 

 

 さて、舞衣が台所に立ってから約三十分後。ドライヤーである程度乾かしていた髪も、時間の経過により大部分が乾ききっていた。

 

「ふぅ~、○○さんできましたよ。」

「お、もう完成したのか。」

「作り置きの分も纏めてお作りしましたから、何日かはご飯に困らないと思います。」

「それは、ありがたい。……いい匂いがする。」

「ふふっ、そちらにお持ちしますね。」

 

 舞衣が運んできたのは、鍋すれすれまでの量が入った肉じゃがであった。そこまでの量だと、普通は全体的な味にバラつきが出てくるだろう。

 しかし、中身を見る限りじゃがいもや白滝などは、醤油ベースの茶色い出汁に染まり、美味しそうな見た目をしていた。

 

「もう少しお作りしておきたかったんですけど、シャワーをお借りした関係でこれしか作れませんでした。」

「いやいや、俺からすると十分過ぎるくらいなんだが。しかも、せっかく暖まったのに体を冷まさせてしまったし。」

「このお部屋は十分暖かいから、そんなすぐには冷えませんよ。それに、むしろお借りした服を濡らしている気がして、ちょっと気まずいです。」

「それくらい、そのうち乾くから大丈夫大丈夫。……あ、そういや舞衣、炊き込みご飯は食べられるか?嫌とかアレルギー持ちとかだったら、白米を出すけど。」

「食べ物は、大抵のものは大丈夫です。いつもこんな風に炊かれているんですか?」

「たまにな。白米ばかりだと飽きるし。何より栄養に偏りが出るしなぁ。」

「健康家ですね。」

「それはどうかなぁ……。さ、折角舞衣が作ってくれた肉じゃがが冷える前に、いただこうかな。」

「はいっ。」

「「いただきます。」」

 

 彼の部屋に舞衣が来てから一時間後、ようやく遅めの夕食を食べ始める。

 

 

 

 

 今二人が食事を介している場所は、普段一人きりで使うことの多いダイニングテーブルではなく、彼が冬場の凍えるような寒さ対策として設置したコタツだった。

 コタツ机はそこそこ大きなものであったが、それでもお互いが足を伸ばしあうと、当たってしまうほどには狭い幅である。それもあってか、彼は胡座をかき、舞衣は足を伸ばすという、異なった座り方となっていた。

 なお配膳図的には、手前から炊き込みご飯、インスタント味噌汁、中央に肉じゃが、その右にねぎと生姜を乗せた冷奴の順である。

 

「○○さんは、誰かとこうして、ここでご飯を一緒に食べたりすることは多いんですか?」

「そこそこ、くらいか。多くはないが、極端に少ないわけでもないな。」

「そうなんですか。それって、エレンちゃんや薫ちゃんとも一緒だったりとかします?」

「その場合は先に薫が逃げ込んで、後からエレンがやってくる感じだな。他は知り合いやウチの部署の人間とかだ。」

「○○さん、皆さんに好かれているんですね。」

「そうなのかねえ…。人が嫌いなわけでもないが、常日頃から公私を分けたがる節があるからなあ…。別に俺に構わなくてもいいとは思うんだがな。」

「でも、だからといって放ってはおけませんよ。先日も過労で倒れられたばかりじゃないですか。」

「そうは言ってもなぁ……。結局俺の存在があることで、不幸にしている人間も多そうだし、まして散々今まで刀使を守るとか言ってきた人間が、真っ向からその言葉を破る装備を作ったからこそ、死んでもそこまで悲しまれないかな、って。」

「……どうして、そんなことを。」

「そう考えた方が自然なんだよ。モノを作った責任も負うし、その業は俺が背負わなきゃならないものだ。そうじゃなきゃ、筋が通らない。」

「……多分、誰も○○さんがいなくなってほしいとは思っていませんから。」

 

 味噌汁椀を一度置くと、舞衣は諭すような口ぶりで彼に語りかける。

 

「確かに、私も孝子さん達を傷つけたあの装備に似たものがまた使われたって聞いたときには、これが大人の人達がすることなのか、って使った人達の正気を疑いました。でも、後で説明を聞いた時に、むしろ○○さん達が私達刀使を守ろうとしていたんだってことを知って、驚きました。……説明会の時、装備を開発した人達も○○さんのことを、ずっと庇っていましたよ。非難されるべきは、これを作り出してしまった自分達だと。」

「……やっぱ、迷惑かけてばっかだな俺……。」

 

 そう言って、彼は濁すようにお茶を口に含む。

 舞衣も彼をフォローするつもりでの発言だったのだが、今のは失言だったと思った。ただ、それでも彼女は言葉を続けた。このまま黙る方がむしろ不味い予感がしたからだ。

 

「あっ、そのっ、私の作った肉じゃがはどうですか?…いつも作っているものよりも、ちょっと味が違っちゃってますけれど。」

「……箸が進むくらい、美味しい。ずっと食べていたくなるくらいには。」

「それなら、良かったです。」

 

 朗らかな表情は崩さなかったが、彼女は内心ではほっと胸をなで下ろしていた。

 

「そういえば、お身体の具合はどうですか?」

「時々熱っぽくなったりはするが、動けないほどじゃあないな。定期的に熱冷ましの薬やら色々飲んでいるし、大丈夫だろ。」

「……無理だけは、なさらないでくださいね。」

 

 

 止めるのは無理だろうが、心配している言葉を掛けておくだけでも今後彼の取る行動は大きく変わってくるだろう、と彼女はそう思った。

 

「しかしまあ、こんなに密接するほどの距離で誰かと私的に話すことも、最近は少ない機会になったなぁ……。」

「私から見れば、○○さんの周りには人が多いイメージがありますけれど、そうじゃないんですか?」

「んにゃ、全然。俺自身はあんまり他の人間に迷惑を掛けるようなことをしたくないしな。ただ、相手方が食い気味な場合は別だが。あとは、今の部署のメンバーが揃った時に鍋を囲んだくらいか。この部屋に人が密集している光景は、いつ見ても慣れんものだよ。」

「……何だか、とても賑やかな気がしてきますね。」

 

 場の想像が容易についた舞衣。

 それだけ人を惹きつける、いや人に好かれている人物であることを、会話の断片から感じ取った。

 

「ほんと、こんな人間に皆よく付き従ってくれてたよ。……だから、他の人間を不幸にはしたくない。」

「○○さんご自身も、もっと幸せになっていいとは思いますけど……。」

 

 お茶を含み、それ以上は何も語らない彼に、舞衣はそう漏らした。きっと聞こえているであろうが、彼は彼女の言葉に返答することは無かった。

 

 その後二人は、舞衣がしばらく美濃関に帰ってまた此方に戻ってきた頃の話に花を咲かせていた。

 息がかかるほどの非常に密接した距離であっても、彼からはそれ以上寄り合うことは結局しなかった。無論、この当時も彼は舞衣に多少ならずの好意は寄せていたといえど、堅すぎる意志のもとでは例え彼女が赦すとしても、自ら進んでやろうとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 食事も済んで暫く部屋の中でくつろいでいたが、気付くと午前零時を知らせる掛け時計の音が鳴る。

 と同時に、彼はおもむろに立ち上がり、何かを取りに奥の部屋へと向かった。

 

「舞衣、少しそこで待っていてくれ。」

「はい、分かりました。」

 

 室内で二言三言呟いた後、包装紙でラッピングされた箱を持って、リビングで待つ舞衣のもとに戻ってきた彼。

 彼女の方は、少しキョトンとした表情を浮かべていた。

 それを見た彼は若干苦笑しつつ、こう話し掛けた。

 

「日付も変わったし、今日は舞衣の誕生日だろ?もしかしたら日中は会えないかもしれないから、今のうちに渡そうと思ってな。」

「えっ、まさかこれって……」

「そんな大したものじゃないが、誕生日プレゼントだ。普段刀使はアクセサリーを身につけることは無いから、実生活にでも役立ててくれ。」

「貰ってもいいんですか?」

「もちろん。」

「……包みを開けても、いいですか?」

「ああ。舞衣に合いそうな雰囲気のものを選んだつもりだから、多分大丈夫……。」

 

 女子との交友関係から多少の装飾関係の知識はあったといえど、元々の自身の無さが拍車を掛けてより一層選んだものに不安を覚えてしまう。

 そんな彼の不安を他所に、舞衣は包装紙とその中にあった箱を開け外す。

 

「――こ、これって、ネックレスですか!?しかも、リングネックレスですよこれ!?」

「そ。リングには舞衣の名前を入れておいたし、それなら別にどんな時でも付けて出られるだろ?」

「……こんないいものをくださって、ありがとうございます。大切にしますね。」

「こんなもので良ければ。」

 

 彼は彼女が喜んでいる姿を見て、これで良かったんだな、と自身の選択を誤らなかったことに胸をなで下ろしていた。最も、贈ったもの自体の値段はそこそこのものらしかったのだが、貯まりっぱなしの給料をこういう時に使わずして何時使うのかということもあって、その辺りを気にすることは無かった。

 

 余談だが、後日に舞衣の父が主催する船上パーティー*3でも、この時彼から贈られたネックレスを首に掛けていた。しかし、着ていた服の下に隠れることも間々あったため、彼が贈った誕生日プレゼントを舞衣が身に付けていたことに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 彼から贈られたネックレスをまじまじと見つめた舞衣は、元のようにネックレスを丁寧に箱の中へとしまう。

 

「……こんな素敵な物をいただいた後だと見劣りしちゃうかもしれませんが、私のほうもこれをお渡ししますね。」

 

 彼女は箱を持参してきていたカバンの中に仕舞うと、入れ替わりに彼へ可愛らしい袋で包装された菓子袋を差し出した。日頃鈍い彼でも、今日が何の日なのかは分かっていた。

 

「これって、バレンタインの?」

「はい。中身は、ホワイトチョコでクッキーをコーティングしたものです。甘いものですけれど、大丈夫ですか?」

「舞衣の作ってくれたものなら、何でもいけるさ。」

「良かったです。……今年は、○○さんのおかげで思い出に残る誕生日になりそうです。」

「そりゃいいことだ。…ただ、今晩はもう寝た方がいい。俺の部屋で寝ていくといいよ。内側から鍵も掛けられるし、安心して寝れると思う。俺はそこのソファベッドで寝るから、俺の心配はしなくていいぞ。」

「……それじゃあ、朝までお世話になりますね。」

「多分朝方には制服も乾くだろうし、任務があっても間に合うだろうよ。ああ、寝る前に。肉じゃが、ありがとな。これで一週間くらいは頑張れる。」

「私でよければ、またお作りしますよ。…それじゃあ○○さん、先におやすみさせてもらいますね。」

「ああ、おやすみ。あ、鍵は忘れないようにな。」

「○○さんはそんなことしないと思いますけど、そのお言葉に従っておきますね。では、おやすみなさい。」

 

 就寝前の挨拶を済ませた彼女は、制服を干したハンガーも持って、客間代わりの部屋へと向かっていった。ガチャリという音が聞こえたので、言われたとおり戸を閉めたのだろうと彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 一人リビングダイニングに残った彼は、ふとこんなことをぼやいた。

 

「…しかし、誕生日に俺の部屋で寝るというのも、舞衣はなかなか凄い神経しているよな。……やっぱ、俺の理性って狂っていんのかねぇ……。」

 

 身持ちの固さに定評はあれど、言い換えれば三大欲求の一つが安全装置が致命的なレベルでフル稼働し続けているということでもある。彼も別に異性関係や恋愛に興味が皆無というわけではないのだが。

 もはや、悟りを開く境地でもあった。

 

「ま、他人の考えにどうこう突っ込んでも仕方ないか。俺も寝るとしよう。」

 

 平ぺったくなったソファベッドに枕と毛布を敷き、照明を落とす。

 

(エアコンはつけておいとくか……。Zzz……、Zzz……。)

 

 疲れていたのか、深みに嵌るように眠りに落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 人々が眠るなかでも、闇夜でも再び深々と降る白雪が、今日を特別なものに変えようとしている。

 辛いことや悲しいことがあっても、季節は廻り行く。それと同じくして、人間関係もまた、変わりゆくものなのだ。

 その時が来ることを、この頃の二人は未だ知らない。

*1
この時の話は、舞衣編『水飛沫の行方』参照。

*2
この時の話は、舞衣編『シビア・スキーイング』後編参照。

*3
この辺りの話は、舞衣編『波乱の船上祝宴』前中後編参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

隔月投稿にならないようにしたいところですが、なかなか難しいものですね。
毎日投稿されている方達の恐ろしさを、骨身に染みて思い知らされるところでございます。

舞衣編はまだまだ続きます。
それでは、また。
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