刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。
暦の上では早七月、あっという間に日々が過ぎ去っていくように感じます。

今回は舞衣編 その9です。
今話は普段とちょっと変わった話の内容になります。

とじとものメインストーリーも風雲急を告げる事態になっていますが、自然現象を攻撃手段にされると取れる選択肢が限られてくるのは難しいところですね。

また、とじらじ生が次回でいよいよ最終回を迎えるとのこと。
ラジオとしてみると長寿の部類になりますが、何事にもいずれ終わりがやってくることを思えば、一抹の寂しさも込み上げてきますね。最終回、どんな内容になるのでしょうか。

前置きが長くなりました。
それでは、どうぞ。


⑭ 春季水泳講習

 ー鎌府女学院 屋内プールー

 

 年間を通して使用できる、鎌府女学院が誇る大型屋内プール。ここでは普通に水泳を行うだけでなく、大雨などの水害時を想定した訓練もたまに実施しており、他の伍箇伝の生徒も出入りすることが多くある。

 そのため、水泳が好きな人間にとってみれば、任務後にこのプールで一泳ぎしてから、鎌府の浴場で汗や水を洗い流すのが日課になっている者もいる。

 

 で、なぜこんなことを記しているのか、と言われると答えように困るのだが、その理由の一つが今からここで実施される出来事にあった。

 

 

 

 

 

 

「はーい!全員整列!」

 

 がやがやと人が密集するなか、屋内プールに反響する一つの声。

 一人の女性教師、いや表現としては講師が正しいか、彼女の誘導に応じるように、多くの生徒達が整然と並び始めた。

 

「男子と女子でそれぞれ別れて並んでねー!」

 

 性別ごとに分散するように整列していくなか、参加母数としては少数になる男子生徒の集団からは嘆きともとれる声が上がる。

 

「くっそ~!折角刀使の娘たちと一緒にアレコレできると思ったのによぉ~!」

「お前もかよ。……ったく、担任に騙されたな。美味い話には裏があると思ったら……。」

 

 数人のガッカリする声がチラホラ聞こえてくる一方、対照的なのが女性生徒達だ。

 

「いい感じの男の子いそう?」

「う~ん?なんかしっくりこないなぁ……。」

「そっちはどう?」

「顔はまだしも、言ってることがねぇ……。残念イケメンはストライクゾーンじゃないのよ。」

 

 という風に、意外にも食い気味、もとい男子に飢えた女子生徒が間々いたようだ。

 しかしまあ、それも無理はない。現在行われているのは、着衣水泳の前段階だからだ。

 事前に参加する生徒には、濡れたり汚れたりしてもいい服を着用するように、という内容の通達を出していた。だが、その服装がそのまま外に出ても問題ないようなレベルの着こなしをする者が多かったため、今日の本題を忘れそうになる。

 勿論、参加者全員が水着を着用しているが。

 

 

 

 

 今回参加する生徒の数は、だいたい三十人前後に上る。

 というのも、今回の形態の講習は定期的に抜き打ちで行われている。これは、纏まった数で実施しようとした場合に、任務等で参加できない生徒が現れることを防ぐ狙いがあったためだ。

 また、比較的少人数の方が指導もしやすく、講習に真面目に取り組む生徒数が増えることを目指した点も、抜き打ち方式で行っている理由だ。

 

「はあ、真庭本部長からは息抜き代わりに参加してこいとは言われたが、まさかの手伝う側かよ……。」

 

 当然、参加する者あらば準備する者あり。人手の一人や二人くらいなら、本部長を介さずとも簡単に人員のやりくりがつきそうなものだが、紗南から指名された以上は断ることもできない。

 それに、この件に巻き込まれたのは彼だけでもないので、その点では不公平感を感じなかった。

 

「なんだよ、元気ねぇじゃねえか?あんなに刀使や他の生徒やらが集まっている、ってのに。」

「……その割には、妙に怪しげな動きをしているが、お前こそ何かあったのか。糸崎。」

 

 同僚である誠司*1が、先程からそわそわと落ち着かない様子であるので、返す刀でそう答える。

 

「いや、早希も今日の講習に参加するって言ってたからさ、下手に他の奴に目線を動かそうものなら、な?」

「別に多少は仕方ないんじゃないか?常に目線を上なり下なりに向けている方が問題だろうし。それくらいの融通は利かせてくれるだろ?」

「あー、うん、そうだな……。」

 

 彼がそう言っても、誠司は集団から目線を逸らしがちになっていた。

 

(いわゆる愛が重たいという奴なのか?三原って。)

 

 と、そんなことを考えているなか、彼の視界の外からすっと黒い影が滑り込んでくる。それは、ニュルリと彼の目の前に浮上する。

 

「どわっ!?」

「○○さん、何か失礼なこと考えてませんでしたか?」

「おっ、脅かすなよ、三原……。」

 

 黒い影の正体は三原早希、先ほど話していた誠司の彼女にして鎌府の舞草側刀使である*2。誠司の言っていたとおり、彼女もまた今回の講習に参加していたようである。

 

「本人がどう感じているかは分かりませんけれど、別に私は、糸崎君のことを縛ろうだなんて思ってませんよ?」

「いやまあ、別にそっちの関係に口出ししようとか、これっぽっちも思ってないけどなぁ。あれだけ日頃から三原にゾッコンなのに、糸崎が破れかぶれで他の奴に手を出すとも思えんが。」

「……まあ、もしそんなコトがあれば、糸崎君のカ・ラ・ダに教え込んであげますけどね。私のことを。」

「おっ、おう。そうだな。」

 

 早希の言動に対して若干引きつり顔になる彼だが、今の彼女の着こなしもプロポーションもまた、男を惹きつけるには十分過ぎるくらいのものである。

 ただ、それが向けられる相手は唯一人なのだ。

 個人的に、彼は誠司のことを少し羨ましくも思った。

 

「……?どうかされました?」

「いや。糸崎は果報者だな、とだけ。」

「ふふふっ、そうですか。なら、私はもっと果報者ですね。」

「そうなのかもな。」

「ところで……」

 

 話題が切れたタイミングでなのか、早希が彼に切り出す。

 

「柳瀬さんと、お付き合いすることにしたそうですね?○○さん。」

「耳が早いな。まだウチの部署の人間くらいにしか、その話しをしてないんだが。」

「女の子のネットワークを甘く見ちゃいけませんよ?」

「そこはまあ分かっている。その情報網に散々助けられてきた側面だってあるしな。」

「それで、どうしてまた今になって?○○さんはてっきり、誰とも付き合わずに青春を終えるものだとばかり思ってましたけれど。」

「…………まあ、色々あってな。自分の行動がどんな結果をもたらすのか、量りかねていたところがあったし。結局、自分の感情と素直に向き合ってみることにしたんだ。舞衣が承諾してくれたことは、今でも現実味がないんだけどな。」

「柳瀬さんのご家族は、交際に反対されなかったんですか?舞衣さんのお父様って確か、柳瀬グループの社長さんでしたよね?」

「まあ、お会いした際にちょっとだけゴタゴタしたが、今のところは交際に関して特に何も言われていないな。」

 

 なお、その肝心要な理由が彼女の家族を守ったから、という大事な部分を伝えないのが、彼の傲らないところなのだろうが。

 

「そういえば、柳瀬さんも今日の講習に参加しているみたいでしたよ。」

「あ、そうなのか?少し遅れて来たから、今日の参加者全体を見てねえんだよ。舞衣、今日のことは何も伝えてなかったな。」

「姿を見せてあげたら、きっと嬉しいんじゃないですかね。好きな人と一緒に参加できる機会って、こういう仕事ならそう多くないじゃないですか。」

「まー、……そうだな。」

 

 説得力のある人間の発言に、頷くしかない彼。ただ、その説得力を上回る行動を取ってくるのはどうにかしてほしいものだと思うのだが。

 そんな、早希の前で口に出したら怒られそうなことを思っていた最中、準備のため少し場を離れていた誠司が戻ってくる。

 

「ありゃ、早希。○○と話でもしてたのか?」

「ううん、ちょっとだけね。あ、○○さん。少しの間、糸崎君をお借りしますね。」

「講習の支障にならなきゃ、別に構わないぞ。」

「お、おい○○。」

「なんだ?まさか、三原に愛想を尽かしたとかぬかさないよな?ん?どうなんだ?」

「……そうなの?糸崎君?」

「……おいおい、早希の目が笑ってねえんだが。」

 

 誠司の悲鳴ともとれる声は彼にも届くが、彼は現在の光景を見なかったことにした。彼の言葉を真に受けた早希は、ハイライトの消えた目で誠司をガン見する。

 

「じゃ、三原。後は任せた~。」

「○○テメェ!?誤解を解きやがれぇ!!」

「糸崎君、お話し、しようか?

 

 ただでさえプール施設内に入ってから、誠司はずっと落ち着かない素振りを見せていたのだ。当然ながら早希もそれをずっと見ているので、彼の言葉に乗っかる理由はあったのだ。

 

「○○~!!後で覚えてろよぉ~!?」

 

 そして、二人は講習が本格的に始まるまでの間、更衣室などがあるバックヤードへと姿を消していった。

 

 

 

 

 なお、この日の講習中、早希はかなり充足感のある表情を浮かべ、誠司は何かを絞り取られたかのように生気のない姿であったとか、なかったとか。まあ、それがこのカップルのバランスの取り方であるため、だからこそ未だに強固な関係性を築いているのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、準備運動を終えて、参加する女子生徒達は何名かのグループごとに別れていく。

 今回の男子の参加人数は五~六人程度であるため、分散させず一グループに纏めた。参加する男子生徒からはブーイングの嵐であったが、彼を含めた指導側は粛々と入水準備を始める。

 

「さて、俺はどこのグループを教えればいいのやら……。」

「あっ!!××さんっ!」

 

 彼は指導先の集団を特に決めているわけではなかったなか、聞き慣れた声のした方向に首を向ける。

 そこには、漸く付き合い始めたばかりの彼女と、美濃関などの生徒の纏まりがあった。

 

「ああっ、舞衣か。三原から参加していることは聞いていたが、本当に参加してたんだな。」

「××さんは、どうしてここに?」

「真庭本部長から行けと言われてな。流石に下は水着だが、上に関しては普通の服だぞ。まさか着衣水泳を教える羽目になるとか、あの本部長鬼じゃないのかねぇ。……まあ、頼まれた以上はやるけどな。」

「た、大変そうですね……。」

 

 彼の気苦労を察してか、苦笑いを浮かべる舞衣。

 

「そういえば、今日の服を見て、何か思うことはありますか?」

 

 白いカッターシャツとチェック柄のスカートという服装で彼を迎えた舞衣だが、中学生というよりも女子高生にしか見えない姿に、彼は年齢差を感じさせない彼女の着こなしの凄さを感じる。

 とはいえ、彼的にはファッションよりも機能性に目を行かせがちになってしまうのは、職業病の側面もあるのだろうが。

 

「んー、水中でも動きやすそうな服装だな。春物の服だからか、厚着すぎないものみたいだし。」

「そ、そういうところじゃなくて……。変じゃ、ないですか?」

「どの辺が?どのみち全員水着は着ているだろうから、誰であれ多少不自然なボディラインになっても、そこまで気にはならないんだが。」

「そっ、そうですか。」

(この服が似合っているかどうか、聞きたかったんだけどなぁ…。意図を伝えない私も悪いのかな?)

 

 彼のこういうところの鈍さは相変わらずの様子だが、激務の合間の行事なのもあってか、疲労感で余計に判断力が鈍くなっているようにも見えた。

 舞衣との交際を始めて以降、彼女が鎌府に来ている時はなるべく顔を合わせるようにしているのだが、その時々に舞衣にも彼の顔から滲み出る疲労度の濃さを心配される。

 結果論だが、むしろストレートな言動の方が彼も耳をよく傾けて聞いてくれるだろう。それに彼女が気づくかどうかは、また別の視点の話だが。

 

「あっ、そういえばまだどのグループを教えるかは決まってないんですよね?」

「ああ。俺を含めて教える人間は六~七人いるから、どこか適当なところにでも回されるんじゃないか?男の指導の方に行くでもいいんだが。」

「ま、待って…ください!なら、私達のところで教えてくれませんか?」

「え、それいいのか?舞衣はともかく、他の娘は他の人間に教えてもらいたいと思うだろうし。それに、身贔屓にならないか?」

「大丈夫です!――そうだよね、みんな!」

「う、うん。そうだね、舞衣が言うなら……。」

「わ、私は反対しない、かなぁ……。」

((……なんか、柳瀬さん/舞衣の言葉に圧を感じるなぁ。それと、瞳の中にハイライトがないような…。))

 

 他の美濃関などの女子生徒は、普段では考えられないような押し気味の舞衣に気圧されたうえ、教えるのが彼だろうが他の人間だろうが、内容的にはあまり変わりない事情もあってか、彼女の提案に異論を唱える者はいなかった。

 そんなこんなで、彼は舞衣のいるグループの指導役に就いた。

 

 

 

 

 

 

 着衣水泳、と一言で言っても海や川、池などではそれぞれの水面下の状況が大きく異なるため、必ずしも今日の講習が全部役立つわけではない。だが、知識や経験を得ているかそうでないかで、生存率は大きく変わってくる。

 今日の講習では、主に池や川での活動を想定したものとなっている。荒魂討伐では山間部に分け入って進むことも多いため、海辺を考慮したものはまた別の機会に回された次第だ。

 

「さっきの講師の先生の話どおり、もし意図せず水中に落ちたら、まず浮くことを考えるんだ。いきなりの出来事で慌てるかもしれないが、浮き続けようとバシャバシャ動き回ったら、それこそ水中に引きずり込まれるだけだ。何か水面で浮く物を持っていたなら、まずはそれを浮き具として使うんだ。」

 

 全体に行っている女性講師の説明を、彼が改めて実演を交えて教える。

 舞衣を含めた数人の女子生徒が、此方に真剣になって耳を傾けてきているので、彼個人は非常にやりやすかった。生徒の一人が、彼に早速質問をぶつけてきた。

 

「例えば、どんなモノならいいんですか?」

「身近な物の例だと、2Lサイズのペットボトルだな。ただし、もし使うなら重り代わりに水を多少は入れておく必要があるな。」

「どうしてですか?」

「海の上の船を思い浮かべてほしいんだが、船って基本的に水を溜め込んでいることが多いよな。」

「そうなんですか?」

「えっ、そうなの?」

「……ま、まあいいや。続けよう。」

 

 中高生くらいの年齢であっても意外と知らないこともまだまだあるのだな、などとふと思った彼。一つ付け加えておくが、彼はあちこちで様々な経験を積んでいるからこそ、知識として把握している範囲が広いだけなのだ。それを思えば、彼女達が無知だったことをあれこれ言うのは間違いであるだろう。

 

「船にはバラスト水という、船の重心を安定させるための役割も持つ水を積み込んでいるんだよ。全く水が入っていない船が波の激しい外洋を進もうとしたら、あっという間にひっくり返るだろう。敢えて水を入れることで、安定して浮き続けられるようになるってわけだ。」

「それで、水面に浮き続けるためには敢えてペットボトルに水を入れるように、というわけですか?」

「まあな。あとは、着ている服を浮きにする方法もあるな。ほら、こんな感じに。」

 

 スイーッと水面を滑るかのようにほぼ同化した彼が、着ていた上の服を腹部あたりを捲り上げると、エアポケットを作るように服を大きく膨らませる。ガバッという音と共に服の内側へ入った空気は、意外にも抜け出ることはない。

 

「す、凄い!浮いてる!」

「全然沈まないね。」

「舞衣の彼氏って、結構軽いの?」

「そ、そんなことはないと思うよ?」

 

 あまりにも長く浮き続けているので、舞衣以外からは彼の体重まで怪しまれていた。最も、同年代の男子に比べると軽い重さであることに変わりはないのだが。

 

「っと、こんな感じで浮くこともできるわけだ。ただ、一番ベストは、ある程度の大きさのある浮いた物に掴まって浮いていることだな。それに、今服を着ている状態で水中を歩き回ってみると解るが、服を濡らすとかなり動きにくく、かつ重く感じるぞ。試しにプールサイドに上がってみれば分かるだろうが。」

「んー?ホントにそうなんですか~?」

「なんなら、今上がってみたらいい。」

「じゃあ、やってみますねぇ~。……おっ、重っ!?」

「まっさかぁ~。……いやっ、本当に重いっ!?あ、上がれない!」

 

 彼からするとそりゃそうだろうと思ってしまう。だが、これも経験の一つだと思い直して、敢えて彼女たちを焚き付けるような真似をしたこともまた、実践教育の一環だと考えている。

 

「もし今みたいに上がれないような状況になったら、人が近くに居れば手を上げながら冷静に浮き続けること。人がいない時はなるべく岸、それも川の流れの内側に寄っていくように。そうすることで、発見が早まったり、浅瀬に体を乗り上げることができるかもしれないからな。」

「「はっ、はい!」」

(××さん、人に教えるのが上手いなぁ…。私も、美濃関に戻ったらもっと上手に教えられるようにしよう。)

 

 舞衣は彼の指導風景を見ながら、自身の刀使への指導にも活かせる部分がある点は取り入れていきたいと思った。

 元々彼自身が教導にも携わる人間でもあるので、そうした姿勢で彼を見ることもまた、一種の勉強にもなったのだ。

 

「?―舞衣、どうかしたのか?」

「ううん、何でもないです。」

「……なら、舞衣も浮く練習をしてみるか。」

「お手柔らかにお願いしますね。」

 

 他の生徒が試みていて、彼女だけはやらないという選択はなかった。

 舞衣が背泳ぎの姿勢で浮いたことを確認すると、彼はその隣に寄って、万一彼女が沈まないように背中側に腕を回した。流石にくっつけるつもりはなかったが。

 

 その時に気がついたのだが、舞衣が着ていた服の下に着用していたのは、伍箇伝指定の競泳水着であった。

 彼女の着る白いカッターシャツに色差すように浮き出た、白地ながらも所々に水色などの明るい色調の競泳水着を見て、彼はつい目を逸らしたくなる。

 しかしながら、目を逸らそうにも今度は水面から浮き出る胸部が視界に入る。

 

 数ある水着のなかでも、水の抵抗を極力なくし、いかに速く泳ぐかに特化したという機能性に大きく振ったものが、この競泳水着である。

 それでもあまりにも胸囲が大きければ、その部分だけが圧迫されつつも、それに抵抗するように盛り上がっていることには変わりない。

 まして舞衣のそれは、同い年の同性から見ても羨望の眼差しを向けられることすらある代物だ。彼氏である彼とて、身体的魅力を感じないわけがない。

 

(こんな時にこう思うのはどうかと思うんだが、やっぱり舞衣を、他の男に渡したくないな。……はぁ、下品な男だな。俺は。)

 

 彼女の傍に付いていたのはほんの数十秒程度だが、水面から浮く胸部や水流になびくスカートなど、異性が抱く劣情を沸き上がらせてくるには、あまり十分過ぎるほどの時間であった。

 それでも、彼の理性は耐えてしまった。第三者からの目線があったことも、とち狂った行動に走らせなかった大きな要因だった。

 

「……舞衣、そろそろいいぞ。ゆっくり起こすからな。」

「はっ、はい。」

 

 彼は、浮いていた彼女の体をプールの底に立たせようとする。その時、舞衣を自身の身体に抱き寄せるような格好となった。背中側に手を回していた関係で、必然的に向きがそうなってしまったのだが。

 その際に、舞衣の身体も彼と密着する。互いに身体を寄せ合うような形で。

 

「……。」

「?あの、××さん?」

「あっ、悪い。……全員、一通りの指導は終わったから、後は講師の方の指示に従ってくれ。俺の方では以上だ。」

「「は~い!」」

 

 舞衣からすぐ離れると、彼は他の生徒達にそう指示を出した。

 彼女はというと、名残惜しそうに目配せしつつ、他の生徒とともに彼のもとを離れていった。その時には、他の女子生徒から彼のことに関した冷やかしの言葉も受けている様子だったが。それにムスッとした顔を浮かべていた舞衣の姿に、彼は改めていい関係性の彼女を得たと思った。

 

(悪いな、舞衣。……あー、結構危なかったな。結局理性が勝ったとはいえ、あと数秒程度くっついたままだったなら、理性の糸が切れていたところだったぞ。)

 

 本能的な衝動を抑える加減が効くならまだいいのだが、彼の場合は限界を迎えたら最後、決壊したダムのようにとめどなく本能が暴走することも考えられた。あくまでもそれは、自己分析の範疇に留まる話ではあるのだが。

 

「……はぁ。少し前に比べれば、自分の欲求に対して多少は素直になったはずなんだが……。」

 

 時と場を弁えてなら、別に彼女へ色々と甘えてもいいのではないか、という自身に科したルールでさえ、厳格に守りすぎて機を逃している。

 ともかく、この講習が終わった後は、彼女との時間を割いた方がいいように思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経った講習終了後、参加していた生徒達は各々の用事に沿って、屋内プールから去る者も現れていた。

 隣には、精も魂も果てたように疲れきった顔を浮かべる誠司がいる。

 

「講習が終わったら自由時間になるって言っても、実際は討伐任務やら補習やらで残れる人間は少ないしなぁ…。もうちょっと遊んでいってもいい気はするんたが。」

「馬鹿言え。その休まない人間筆頭のお前さんが何を言っても、その言葉に全然説得力を持たねえよ。」

「ぐっ……、それは、……そうだな。」

 

 誠司の言葉に叛意の返答さえ封じられる彼。

 ただ、一番日頃から身近に彼の動向を見てきた同僚であるからこそ、当人はもう少し休養というものをしっかり取るべきだろうと思った。まして、自身と同様に彼女を持つ身であるならば余計に注意を払うべきだろうと。

 

(しかしまあ、柳瀬が惚れた理由も何となくは分かるな。早希と違って、彼女には保護欲と母性が備わっているし。早希の場合は俺のパートナーとして最高だが、彼女のような母性は無いからな。)

「……あれ?そういや、柳瀬はどこに行ったんだ?帰ったんならそこを必ず通るはずだから、俺達もすぐに気付くはずなんだが。」

「まだ着替えているんじゃないか?舞衣、下に身に纏っていた競泳水着をかなり窮屈そうに着ていたし、脱ぐのも同じくらいかかるんだろ。」

「まさか。……というか、早希も居ねえな。どこ行ったんだ?」

「そのうち出てくるだろ。」

 

 と、それぞれぼやいていたその時。

 

「××さん、お疲れ様です。」

「…あれ?舞衣じゃないか。着ていた服を脱いだのか。」

「はい。折角の機会なので、久しぶりに泳いでみようかなって。」

「任務とかは大丈夫なのか?」

「今日は、講習が終わった後は何もありませんから。××さんは?」

「講習の片付けが終わったら、職場に戻ろうかと思っていたところだ。やり残した仕事が溜まってくる頃だろうし。」

「そう、なんですか……。」

 

 期待が外れる彼の言葉に、彼女は少しガッカリ気味に肩を落とした。

 ところが、隣にいた誠司が彼の脇腹へ小突くとともに、二人へこう放つ。

 

「○○、何言ってんだよ?別にそれくらい、明日にでも回せるくらいの量だろうが。俺も少しは手伝うから、今くらい柳瀬と一緒にいてやれ。」

「……それもそうか。」

「あんまり彼女、泣かせるなよ。」

 

 誠司はそう彼に耳打ちすると、遅れて出てきた早希のもとへと走っていった。

 

「……お前にそう言われるようになるとは、俺も守るものが増えたんだな。」

「どうかされました?」

「いいや。……仕事は後回しにして、今日は舞衣に付き合うかな。」

「えっ、いいんですか?」

「ああ。……それに、そんな寂しい顔をされたら、仕事中ずっと気になって仕方なくなる。折角、舞衣が時間を作ってくれているんだ。それを無碍にするのは、俺の本意じゃない。俺ももう少し一緒にいたいんだよ。」

 

 偽らざる彼の本音。

 彼も別に仕事人間ではない。ただ、公用に重きを置き過ぎている残念な人物なだけだ。それでも、彼女を蔑ろにしてまで、急ぎでない仕事を優先しようとは思わなかった。

 

「……それじゃあ、準備運動だけしましょうか。」

「ああ。もう一度、体をほぐすとするか。」

 

 そんなこんなで、再びプールに入る準備を始めた。

 

 

 

 

 一人でもできる範囲の準備運動の後、股関節やふくらはぎなどの筋肉を軟らかくするため、二人でストレッチを始める。ペタンとプールサイドにお尻をつけた舞衣。その後ろで、ゆっくりと彼女の背中を押していく彼。ぐーっと背中を、足の方へと押し倒すように伸ばす。

 

「それにしても舞衣もそうだが、刀使の娘の多くは体が柔らかい人間ばかりなイメージがあるんだが。」

「そんなことはないかなぁ…。現に私は、体が固いほうですから。」

「舞衣の場合は固いというよりも……。いや、何でもない。」

 

 胸部が足と身体に挟まれ、ぎゅむ~ぅという擬音が聞こえてきそうな感じではあるが、彼女の魅力の一つが身体機能にはいい効果をもたらさないというのも、何だかなあという気がする。

 それはそれとしても、舞衣の競泳水着姿というのは、彼の中で何か刺さるものがあった。

 

(それに、この至近距離だから気付くんだが、舞衣の首筋、本当に艶めかしいというか……。吸い付きたくなりそう。……って、何考えてんだか俺は。)

 

 普段の生活ではここまで密着することもほぼほぼ稀であるため、尚のこと彼女に対し異性としての意識が働く。

 別に彼女なのだからそれくらいのスキンシップはいいのでは、とか見知っている人間からは言われそうだが、彼としては他者にあまり気付かれない程度での関係性の進展を望むタイプであり、少なくとも外面ではベタベタしたくないという意識と自重を重きに置いているのだ。

 ただ、舞衣と交際し始めて以降、彼のことを知らない人間でさえも、彼女が近くに居るときには交際を悟るほどに、空気そのもので判然としてしまうのだから、彼の意固地な努力は徒労に終わっている。

 

「なあ、舞衣。」

「はい。」

「泳ぎ終わったら、日頃ストックしている舞衣の作ったクッキーと、俺が昨日鎌倉のケーキ屋で買ったカスタードプリン、一緒に食べ合わないか?」

「どこで食べます?」

「俺はどこでもいいが…、舞衣はどこかリクエストでもあるのか?」

「じゃあ、××さんのお部屋で。シャワーもお借りしていいですよね?」

「ん?別に構わないが……。」

「なら、後でお邪魔させてもらいますね。……これでまた、二人っきりですね。」

「……そうだな。久しぶりに、甘えさせてもらおうかな。」

「ふふっ、私もそうさせてもらいますね。」

 

 あまり普通のカップルの会話をしない二人であるが、この時に関してはどこにでも居そうな彼氏彼女の甘酸っぱい会話であった。

 

 

 

 準備運動も終わり、プールに入る準備を整えた二人。

 水泳帽を被り、ゴーグルを付けた二人は、飛びこみ姿勢を取る。

 数刻の静止の後、水柱が二柱水面に吹き上がる。そして、自由形の姿勢で泳ぎ始める。

 ただ泳ぐだけ、だからこそ心身の統一をし易いとも言えるのだ。

 それから三十分ほど、彼と舞衣は時に競い合いながらも穏やかな時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 その後舞衣は先述の言葉どおり、この日の晩は彼の部屋でまったり過ごした。

 二人の距離は時間を掛けながらも、着実にゼロへと近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、出会いと別れの季節である春。

 学年を一つ重ねた二人の前に、新たな試練が待ち構えようとしていた。

*1
糸崎誠司のこと。人物詳細は『設定集・時系列まとめ』参照。

*2
彼女のより詳しい内容は、『設定集・時系列まとめ』参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。
舞衣編だけで半年掛かりそうなペースなのが、筆者的には心配になるところです。

隔月投稿になっていますが、余程のことが無い限り更新を止めるつもりは毛頭ございませんので、その点ではご安心いただければと思っております。
……執筆にスランプ状態も加味されているのは、辛いところではありますが。

それでは、また。
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