今回は舞衣編その11 前編です。
時系列的には、波瀾編終盤の春休み頃を想定して執筆しております。
直近に更新された、とじともメインストーリーでの清香の覚醒に鳥肌が立った筆者であります。
後書きにて色々書かせていただいておりますが、まずは本編の方をお読みいただければ幸いです。
それでは、どうぞ。
ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー
荒れ狂う波のように頭を抱えるような出来事が続発した、昨年度の一年間。時に多くの仲間が傷つき、倒れたり喪われていった者もいた。そんななかで、彼は世界滅亡の危機に最接近した『年の瀬の大災厄』、その中で起こった近衛隊や荒魂たちとの戦闘から、五体満足で生還した。
あれから三ヶ月と少しが経ち、外の景色は枯れ木から桃色や緑色に彩られた光景へと大きく様変わりしていた。
時が経つというのは恐ろしいもので、つい先日まで共に闘い、行方知れずとなった者達のことを探し回っていたら、もうこんな季節まで進んでいた。未だに可奈美や姫和の生存に繋がる手掛かりはなかったが、諦めることはしなかった。
「○○、今日分の仕事はもう終わりそうか?」
「ああ。もうちょっとでな。」
「年度末とはいえ、お前が倒れてでも早めに終わらせろと言ったおかげで、この月末は珍しくのんびりできそうだな。」
「そうかい。ま、新年度の部隊編成やら業務の改廃やらで、またしばらくは大変になるだろうが。」
三月末の春休み期間もばたばたと仕事を回す彼ら。括り上は同じ学生であっても、学業に一定の実力を認められた者達でもあるため、比較的業務優先の形が取られている。それでも抜き打ち形式でたまに試験を受けさせられるのは、個人的になかなか酷なものではあるのだが。
「ふ~ん。……そういや、○○。お前は月の変わり目の前後に、実家には帰らないのか?」
「あー。……それなんだが、ちょっと面倒なことになってな。」
「はあ?面倒とは?」
「ほら、俺の妹の件。」
「ああ、麻美ちゃんのことか?あの後、羽島学長を介して美濃関に受かったって聞いたぞ。それ以外にも何かあったのか?」
彼女の細かい話はここでは置いておく*1として、麻美がやらかした事柄を考えるなら、美濃関への編入(ただし高等部への入試を経てだが)は、かなりマシな部類の事態収拾となった。
それだけなら単に帰るだけなのでまだ良かった。
だが、荷物整理も兼ねていざ実家へ帰ろうと考えていたところ、舞衣から彼の家族と直接会って話がしたいと持ちかけられたことで、彼は頭を抱える羽目になった。
「まあその~、……向こうに舞衣のこと何も伝えてねぇ…。」
「は?お前の家族にか?」
「だって伝える理由も特に無かったからなぁ……。弱ったな、いきなり連れて行ったらいくら家族でも驚くだろうし……。……実家に電話入れるタイミング、間違ったな。」
困ったことに、美濃関への引っ越し荷物を纏める準備をしている麻美はともかく、両親は多忙のためほぼほぼ連絡がつかない。携帯で送ったメッセージを読むかも怪しいため、家族間ではあまりメールでのやり取りはしない。
そのため、週一回の連絡以外で此方のことを確実に伝える方法は無かった。
「そんな落ち込まなくてもいいじゃねえか。親御さんへのサプライズだと思えば。」
「両親はともかく、麻美が問題なんだよ…。…ただでさえ一時ギスギスしていた関係が良くなりかけてたのに、受かった学校の後輩と付き合っている、と聞いたらどんな反応をするやら。」
「とはいえ、柳瀬とお前は二歳差だし、麻美ちゃんとは一つ年上だろうが。あまり年齢差はないし、案外すぐ仲良くなれそうな気はするけどな。」
「そうか?……まあ、その点は舞衣よりも麻美次第なのかもな。」
「そういや、その肝心の柳瀬は美濃関じゃないのか?」
「いや、つい昨日鎌倉に戻ってきたらしい。御刀を持ったままではあるが、二~三日くらいの外出許可も美濃関経由で下りてるし。」
そう言って彼は誠司に、決裁済みの休暇届の申請リストを見せる。その中には確かに舞衣の名前もあった。
なお余談だが、すぐ近くにあった薫の休暇申請の方は却下されたらしく、休暇許否欄に『不許可』の文字が表示されていた。
「……ホントだ、あの羽島学長がよく許可したな。今じゃ、柳瀬ほどの実力派刀使はそう簡単に任務から手放せないだろうに。」
「ま、何にせよOKは出たんだ。これで大手を振って休めるってもんだ。」
「……お前、本当に○○か?仕事の鬼みたいな奴が、休みをそんなに喜ぶなんて。」
「おい糸崎、失礼だろそれ。……まあ、舞衣と付き合いだしてからは、三原のいるお前の気持ちが何となく分かるようになった気がするわな。身体への労りも増えたし。」
「まあ、過労でしょっちゅう倒れられるよりはいいか。こっちの仕事が減る分には賛成だし。」
「……今度から、糸崎の分だけ仕事量増やすか。」
「おっ、おい!?」
「冗談だ。……さて、仕事も終わったし、俺はもう上がるとするか。実家に帰る準備もせにゃならんし。」
普段使っているデスクトップパソコンの電源を落とし、持ち込んでいた荷物を纏める彼。
「結局柳瀬は連れて行くのか?」
「……ああ。折角こっちまで出向いてくれているのに、ガッカリさせるわけにもいかないだろ。それに、どうせ会うことになるなら、早い方がいいし。お前の方もそうじゃないのか?」
「ま、確かにな。じゃ、気をつけて行ってこいよ。」
「ああ。数日任せた。」
鞄に仕舞う荷物を入れ終えると、彼は足早に職場を後にした。
ー折神家・特別祭祀機動隊本部 ロータリー付近ー
誠司と別れた後に一度官舎の自室に戻った彼は、キャリーケースの中に泊まるための諸々の荷物を突っ込み、彼女が待っているであろう場所へ向けて、車を走らせた。
「あちゃー、もう待ってる。待たせ過ぎてなきゃいいんだが。」
彼は歩道上に、赤桃色のキャリーバッグを脇に携えた黒髪の刀使が、スマホを扱いながら何かを待っている姿を視認する。
それが愛しき彼女であることを確認するのに、時間は掛からなかった。
彼は助手席側の窓を下ろしながら、少女の前に横付けするような形で車を停め、外へ向けて声を上げる。
「ごめん舞衣、待たせたな。」
「――!××(彼の名前)さん、お仕事の方は終わったんですね。」
「ああ。今後ろのドアを開けるから、その持っている荷物を積んでくれ。」
「あっ、はい!」
彼の操作により後部スライドドアが開かれると、彼女が押し込むように荷物を載せていく。その際に彼女は御刀である《孫六兼元》をすぐに抜ける位置に置き、いつでも荒魂が出てきてもいいように備えた。荷物の中には折り畳み式のクールバッグもあったが、何か食べ物でも持ってきているのだろうと考え、彼はあまり深く聞かなかった。
その後、舞衣は車内で座るスペースが唯一残る、助手席へと乗り込んできた。
「シートベルトは締めたか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「じゃ、行くとするか。実家に。」
「××さんのご家族にお会いするの、楽しみです。」
「……まあ、ウチの両親に会うのは夕方以降だろうな。どっちも仕事だろうし。」
「…やっぱり、お忙しいんですね。××さんのご家族も。」
「もしかすると、一人だけはいるかもな。」
「えっ?」
「いや、何でもない。それじゃ、車を出すぞ。」
彼の運転するミニバンタイプの車は、一路北に向かって鎌倉市街を突き進み始める。
この帰省が、二人にとっても波乱含みなものになることを、当人達はまだ知る由もない。
鎌倉を発って暫く。
南関東をぐるりと囲うように走る圏央道*2、それを時計回りに進むようにして中央道、関越道方面へ向かってタイヤを転がし続けていた。
道中彼は、スマホに取り込んでいた音楽をBluetooth機能を使い、舞衣も聞けるようカーステレオから流していた。それを聴聞しながら、助手席で寛いでいるであろう彼女を、バックミラー越しにチラリと覗く。
意外なことだが、交際し始めて以降で二人きりになるのは今回の帰省くらいなものであった。舞衣は舞衣で美濃関と鎌府を往復する日々を送っていたり、彼は彼で首都圏での荒魂討伐やその後方支援絡みの業務で忙殺されていたからだ。
車を運転していなければ彼女の手を握りたいとは思ったが、生憎それは叶いそうにはなかった。
未だに舞衣が彼女であるという現実を、完璧には実感しきれていなかったものの、それでも彼は彼女のことを大事にしていきたいとは思っている。たとえ、彼女を守ったことで自身が死のうとも。
おぼろげながらそんなことを思っていると、不意に舞衣から話しかけられる。
「××さん。お聞きしたことは無かったと思うんですけれど、××さんの妹さんって、どんな人なんですか?」
「どんな人か。……まあ、悪い奴ではないが、初対面の人間には少し当たりがキツイところがあるな。ただ、人柄的に安心できる人間なら、仲良くなるのも早いタイプではあるか。あ、歳は俺の一つ下だな。」
「××さんの妹さんですから、悪い人じゃなさそうなことくらいは分かりますよ。それに、××さんの一つ歳下ってことは、私の一つ上の先輩ってことになりますね。仲良くなれたら、お義姉ちゃんってことになるんでしょうけれど。」
「……あ、年齢ついでに忘れてたことを思い出した。四月からは、俺の妹も舞衣と同じく、美濃関で学ぶことになるんだった。」
「――えっ、そうなんですか?」
彼女の声音からして、驚いている様子であることは容易に想像がついた。最も、その表情を窺い知ることはできないのだが。
「こっちも色々あってな。もう羽島学長も知っていることではあるし。あ、口利きとか裏口入学とかの工作も一切無しに、妹自身の実力で受かったらしいから。自分の手で道を拓こうとする姿勢には、本当に恐れ入ったよ。」
便宜を図るどころか、彼女の受験後に美濃関への入学を伝えられた彼にとっては、麻美が兄の手を借りることなく自力で突破したことを、最終的には喜ばしく思った。まあ、彼女からの報告直後には、兄妹間での見識の違いから物理的な意味で揉めてしまったこともあったが。
「でも、どうして美濃関だったんですか?ご実家が埼玉県なら、鎌府のほうが近いのに……。」
「なんか、俺のいたところなら大丈夫だろ、っていうことだったらしい。あと、個人的に鎌府は忙しそうなイメージがあったらしくて避けたんだと。」
とはいえ、現状の荒魂の出現具合からして、内情を知っている彼からすればどこも忙しいことに変わりないのだが。それでも、身内が行ったことのある場所かそうでないかでは、今後の学生生活に大きな影響を与えかねないことも背景にあったのだろう。
「まあ、美濃関なら見知った人間も多いし、何より舞衣も居るんだ。そこまで深く人間関係で躓くこともないだろうよ。あと、剣術はビシバシ教えて、ドンドン鍛えてやってくれ。」
「はい。……あれっ、剣術もですか?」
「あれ言ってなかったっけ?妹、刀使科で入学するってことは。」
「……ええ~~っ!?は、初耳ですよ!」
彼からの突然の爆弾発言に、流石の舞衣も驚嘆する。
「とは言っても、半分新人みたいなもんだから、流派的に近い舞衣なら指導してもらう人間に適しているだろうし。俺からも言っておくから。……色々、矯正を施さないといけないだろうし。」
「矯正?ですか?」
「それはまあ、追々な。」
「……いったい、どんな人なんだろう?」
これから会うであろう彼の妹に様々な予想を立てつつ、舞衣は少し気を引き締めようと思った。
彼は、舞衣に着くまでにはまだ時間が掛かることを伝え、仮眠を取るよう促した。彼女もそれに甘えて、車に積んであったブランケットを覆い掛け、しばしの間だけ目を閉じることにした。
それからそう時間を置かずに、彼女は寝息をたて始める。数瞬だけ目線を舞衣の方に向けると、彼女の無防備な姿にふと頬を緩ませながらも、彼は首を前に戻して運転に集中した。
二人の乗る車は八王子JCTを過ぎ、埼玉県方面へと進んでいく。連続するトンネル区間を抜ければ、都県境はもう目前だ。
ー埼玉県入間市 彼の実家ー
鎌倉から飛ばすこと、約二時間。車は目的地である彼の家に辿り着いた。
ここに着くまでの間ですっかり眠り込んでいた舞衣を起こすため、彼はトントンと優しく肩を叩く。
その感覚によってか、彼女は少し眠そうな目をしながらも、ゆっくり瞳を開いていく。それとともにシートベルトに抑えつけられていた胸部が、その圧力を押しのけて元の姿を取り戻す。
「舞衣、着いたよ。」
「……ふぁぁ~っ。運転、お疲れ様でした。私、すっかり寝ちゃってましたね。」
「むしろ、こういう時くらいでしかゆっくり眠れないだろうし、車でもよく眠れたなら良かった。荷物は俺が降ろそう。」
「あ、いいですよ。私は外の人間ですから、××さんはもっと楽にしてください。」
「いやいや、俺からすれば客人は舞衣なんだからさ。…それに、こういう時くらいは俺にも見栄を張らせてくれ。」
「……じゃあ、《孫六兼元》以外はお任せしますね。」
そうして、二人は彼の実家に足を下ろすのだった。
二人が車から降りるのとほぼ同時に、何事かと驚くように玄関から飛び出す影が浮き出てくる。
『え、ちょ、宅配でも来たの!?――何か頼んだ記憶ないんだけどぉ!?』
バンと開かれた扉から現れたのは、栗色に近い茶髪のポニーテールをなびかせる、舞衣と同じ位の見た目の少女だった。
慌てて出てきたためか、白基調の半袖半ズボンというラフな格好での対面である。
「あ、えっ!?お兄ちゃんっ!?」
「お、居たか麻美。戻ったぞ。」
「ど、どうも~。こんにちは。」
ここで初めて、舞衣と麻美は直接顔を合わせた。
ケロッとした様子の彼と、対照的によそよそしい態度を見せる少女。しかし、少女からは雰囲気的にどこか育ちの良さを感じさせられる。
彼から何も聞かされていない麻美は、彼がまた何かやらかしたのでは、という妙に説得力のある予感をしていた。
「……お兄ちゃん、その女の子はどうしたのかな?」
「ん?ああ、すまんが数日ウチで生活するから、二人分食材を買い足しておいてくれ。彼女のことは家の中で話す。」
「ふ~ん?」
「お、お世話になりますね。妹さん、ですよね?」
(……見る感じ敵意もなさそうだし、取り敢えずお兄ちゃんから話は聞こうかな。無連絡だったのはちょっと怒りたいところだけど。)
「うん。取り敢えず、ウチに上がって。」
「麻美、俺は荷物下ろしてるから、先に舞衣へお茶か何か淹れてやってくれ。」
「りょーかい。…ちゃんと説明はしてね。」
「そりゃもちろん。」
「…あっ、あのっ。」
「あ、ごめんごめん。さ、ようこそウチに。」
麻美の案内のもと、舞衣は彼の実家に足を踏み込んだ。
彼が自身と舞衣の荷物を下ろし終え、久しぶりの実家に上がり込むと、ダイニングテーブルでは既に彼女と麻美とで話し始めていた。割り込むような格好になるが、舞衣の方に声を掛ける。
「舞衣、荷物は客間に置いたけど良かったか?」
「あっ、はい。ありがとうございます。」
「…で、お兄ちゃん。この娘のことはちゃんと説明してくれるんだよね?」
「ああ。ちょっとその前に自分の分のお茶だけ淹れさせてくれ。」
「分かったよ。」
電気ケトルでお湯を沸かす間、麻美は舞衣に二三ほど質問をする。
「あの、そういえばまだ聞いてなかったけれど、貴女の名前は?」
「あ、柳瀬って言います。柳瀬舞衣です。」
「そう、柳瀬さんね。…もしかして、伍箇伝の関係者の人だったりするの?」
「はい。今そこに置かせてもらっていますが、御刀も持っていますよ。」
「…ってことは刀使の人かぁ…。…あ~~っ、また女の子たぶらかしてきたのか~!ウチのお兄ちゃんは!?」
「
麻美が発したワンフレーズに、ピクリと眉を顰めた舞衣。
「ああ、ウチのお兄ちゃんは割と女の子に甘いところがありますから。……刀使の方なら知っているとは思いますが、ここ数年くらいはお兄ちゃんがお世話になったり、助けてもらったりしたって言ってきた人達が多いみたいで。特に仲のいい人とかは、ウチに遊びに来ることがちょくちょくあるんですよ。ただ、何でか女の子が多いみたいなんですよね。」
「へ、へぇー。そうなんですか。」
(……××さんからそんなコト、一度も聞いたことないんだけどなぁ……。)
さらりと明かされる事実に、舞衣もどう扱っていいものかと悩む。
そこへ、緑茶を淹れた彼が戻ってくる。座った場所は舞衣の隣。麻美とは対面する形となった。
「麻美、誤解を招くような言い方は止めろよ。だいたい、彩矢*3やら浦賀*4やらが訪れるのって、ほぼほぼ俺が居ない時じゃねえか。しかも、いつの間にか誰がウチに泊まりに来ても、そう違和感ないようになってきてるって聞いてるぞ。」
「誰から?」
「母さんから。全然連絡を入れてないのに、妙に俺の近況を知っているのが気になって探りを入れたら、って感じだ。まあ、知っている人間だからまだいいんだがな。」
「あの、××さん。その、ここで女の子と一緒に寝たりとかは……。」
「え?無いけど?」
「あれっ?そうなんですか?」
思わず沸々と上がり始めていた嫉妬と憤怒の感情が、冷や水をぶっかけられたように急速に萎んでいく。麻美の説明不足とはいえ、危うく思い違いをするところであった。
「というか、ウチに来ることを知るのはココに帰ってきている時くらいなものだし。何より、クソ忙しくて全然帰ってきてなかったからな。こっちで何かあったとしても、連絡が来ない限りは絶対に分からんわな。」
「……そう、なんですね。」
「ところでお兄ちゃん。柳瀬さんって、お兄ちゃんの何なの?ただの知り合いにしては妙に距離が近いし。何より、さっきから柳瀬さんがお兄ちゃんのことをチラチラ見てるからさ。」
「ん?……俺の彼女って言ったら、お前怒るか?」
「はははぁーー。……それ本気?」
若干聞き流し気味であったが、じーっと麻美を見る彼の目が変わらなかったために、彼女も冗談と捉えるわけにはいかなそうに思ったのだ。
「え、柳瀬さんも?」
「あ、はい。付き合い出してからの日はまだ浅いですが、××さんの良さは理解しているつもりです。」
「……本当なの?」
麻美は、ただただ驚くしかなかった。彼女の口はポカンと開いたままになる。
「ま、無理もないか。縁も色恋沙汰も特に無かった人間に、いきなり彼女ができたと思う方が不思議だわな。」
「いや、お兄ちゃん。それ、むしろ逆。彩矢さんや奈緒さんとか、色んな女の人と接点…というかかなり好意を向けられてたのに、なんで付き合わなかったんだろうとしか。」
「は?俺に好意?……無いない。それに、舞衣と付き合い始める時だって結構色々とあったんだぞ。今となっちゃ、いい思い出だが。」
「…………柳瀬さん、結構苦労されたんですね。」
「ああっ、大丈夫ですよっ!私も私で、××さんを大変なことに巻き込んでしまったので。」
麻美は以前からの兄の余りの鈍感ぶりのあまり、舞衣に深い同情の念を禁じ得なかった。
とはいえ、舞衣も舞衣で少し前に彼へ怪我を負わせてしまったことに対して、少し負い目を感じているようだったが。
「あー、ついにお兄ちゃんにも春が来たのかぁ~。いいなぁ、こんな美人な彼女さんが出来て。」
「?――あ、何点か言い損ねていたが、舞衣はお前より年下だからな。パッと見は年上と見紛うかもしれないが、年齢は確かに下だぞ。」
「………え、嘘。」
「それと、美濃関では先輩後輩の関係だが、刀使としては舞衣の方が遥かに手練れだぞ。舞衣には、お前の鍛練や刀使としての行動様式等々の指導とかを頼むつもりだから、そのつもりでな。」
「……あっ、あっ……。」
池や川などで撒き餌を待つ鯉のように、口をパクパクさせる麻実。
兄からの不意打ちのごとく告げられた情報の数々により、彼女の脳内処理はパンク状態になった。
「あの、××さん。麻実さん、混乱しているみたいですけれど?」
「何か変なこと言ったっけ、俺?」
なお、当人達は麻実が混乱している理由を全然分かっていない様子であったが。
帰宅して一~二時間が経過した頃、仕事を終えた彼の両親が戻ってきた。
顔を合わせる機会も年々減ってきてはいたものの、こうして彼が帰ってきた時には、なるべく家族で一緒に居る時間を確保しようとしてくれるのである。
今後は麻実も正式な刀使として活動し始めるため、こんな風に一堂に会すことも失くなっていくのは、家族としては悲しい部分だろうが。
「ただいま~。帰ったわよ、麻実。」
「ただいま。……あれ、返事がないな。靴はあるみたいなんだが。」
てっきり今は、娘だけが居るのかと思っていた両親。
しかし、玄関からリビングに通ずるドアを開けた時、室内の複数の人影が目に入る。
両親の帰宅に気がついた麻美が、声を上げた。
「あれ、お父さんお母さん。お帰り。思ったよりも帰りが早かったね。」
「ああ。…で、お前も帰ってきてたのか。××。」
「一応帰ることは伝えてたんだがなぁ。父さんには俺のことは伝わってなかったか。」
「お前の場合、事前の連絡どおり帰ってくることが稀だったからな。それと……」
「あら、可愛らしいお嬢さんじゃない。」
「こっ、こんにちは、お母様。はじめまして。」
舞衣の存在に気付いた母親が彼女に声を掛けると、若干引っかかりがある彼女の返事に首を傾げる。
「ん?お母様?……××、どゆこと?」
「あーっと、その、……たははっ。」
「笑って誤魔化そうとしないで。……まさか、××の彼女さんなのかしら?」
「えっと、……は、はい!」
彼に白い目を向けつつも、母親は舞衣の容姿を一通り上から下まで見回した。
「こんな美人な娘さんを彼女に持つことになるなんて、私はビックリよ。」
「××、お前どうして彼女ができたって教えなかったんだ?」
「いや~、それはその…」
「そちらの柳瀬さん、お兄ちゃんの二つ下だよ。」
「「…………ええっ!?」」
見た目の年齢と実年齢の乖離に、彼の両親は絶句した。それだけで終わるならまだしも、両親は彼に疑惑の目を向けた。
「××、まさか貴方彼女を脅して付き合っているの!?」
「え、へ?」
「立場的な優越権で彼女に色々圧を掛けているんじゃないのかと、母さんは言っているんだろうよ。」
「ええぇ……。」
彼女ができたことよりも、舞衣との年齢差に疑念を持たれるとは思っていなかった彼。
「……取り敢えず、座って話し合いだな。××。」
「あ、ああ。」
(……なんか妙な誤解をされている気が……。)
「あの、××さん。…大丈夫ですか?」
「気にするな舞衣。元々は事前の連絡を入れていなかった俺が悪いし。……はあ、何から話を始めりゃいいものやら。」
とにもかくにも、彼は両親に舞衣のことについて通り一遍の事柄説明をしなければならないと、この時に思った。今後の彼女との関係を理解してもらう上での、大事な局面になると判断して。
ここで舞衣のことに対して家族の了解を得られなければ、この先の将来に多大な影響を与えるだろうことは、いくら鈍い彼でも容易に察せられた。
隣にいる彼女のためにも、要らぬ誤解は解きほぐさなければならないと。
そして、家族討議が幕を開ける。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
執筆中の最中、遂にとじとものサービス終了が告知されてしまいましたが、オフライン版が出るだけでもまだ救いがあるように思えました。(基本的にこの手のソシャゲは、そのまま何も残らないことが多いため。)
いずれはやってくるソシャゲの宿命ではありますが、無くなるというのは寂しい限りです。
そうは言っても、精神的に激しく動揺したのは、近年ではあまり無かったことではありましたが。
とじともの終了=刀使ノ巫女のコンテンツ終焉、ではないとは個人的に思っておりますので、グッズ等々の購入でこれからも支えていこうかなと考えております。
朗読劇やグッズ展開の継続が、未だコンテンツとして強みを持つ何よりの裏付けだと思いますので。
とじともが終わろうとも、筆者当人は筆を止めるつもりはございません。
『篝火を絶やすな』
Twitter上でも流れるこの言葉を合言葉に、今後も微力ながら刀使ノ巫女というコンテンツを支援していければと考えております。
それでは、また。