更新ペースの落ち具合に歯止めが掛からないのを、非常に歯痒く思いつつの投稿となります。
とじとものサ終に対して、様々な方がTwitter上でコメントを寄せてくださっているのを見ながら、嬉しさとともに一層の寂しさを感じさせられます。
個人的にはサポートメンバーであった、長江ふたばや小池彩矢の中の人のコメントも印象深かったところです。(メインをやられていた方々は言わずもがなですが。)
とじとものメインストーリーはコヒメの登場やアニメ組の救援シーンに湧き上がりましたが、残された展開もまた気になるところです。
そんな折ですが、今回は舞衣編その11 中編です。
彼が家族から問い詰められる場面から始まります。
前置きが長くなりました。
それでは、どうぞ。
ー埼玉県入間市 彼の実家ー
実家に帰宅後、彼は家族から一緒に帰ってきた舞衣のことに対しての疑念を払うため、両親と麻美、その三人に対して話し合いの場を持つことになった。
とはいえ、夕食時の時間が迫っていたこともあり、母親と自ら手伝いを志願した舞衣は、ダイニング横のキッチンで料理の準備をしていた。それでも、彼と父親、麻美との話は聞こえる距離ではあるのだが。
ダイニングテーブルに残る、彼と麻美と父親。妙に重い空気が流れる中で、まず父親が口を開いた。
「それで、××。どうして柳瀬さんと交際することになったのかを説明してもらおうか。」
「それ、絶対言わないとダメなやつ?プライバシーに片足突っ込んでる類いの話なんだけど。」
「駄目だ。もしもお前が不純な動機で彼女と付き合い出したというのなら、絶対にその交際を許すわけにはいかない。」
父親としては息子を信じたい気持ちもあったが、何分舞衣の年齢が娘よりも年下である以上、どうしても考えたくもない可能性が頭を過ぎったのである。
最も、彼が事前に連絡の一つや二つ入れておけば、こんな面倒なことにはならなかったわけであるが。
「はあ……。分かった。こっちも、両親に誤解持たれたまま付き合い続けるわけにもいかないからな。全部説明する。」
観念した彼は、父親と、麻美に対しては改めて舞衣と交際に至った経緯を話し始める。
そもそも、彼と舞衣とが初めて知り合ったのは、二年程前に催された美濃関の学校公開での出来事*1であった。
当時は変装していたこともあり、彼女が彼のことを知っている筈も無かったが、可奈美と立ち合った際の審判の娘として深く印象に残っていた。
彼女と本格的に関わり始めたのは、御前試合以降に舞衣が沙耶香共々、舞草の里で保護された頃からだ。会った当初は、彼女へ自身の立場を明かした際には驚かれたりしたものの、そこから少しずつ話をするようになった。
舞衣から、誰もが知る大企業である柳瀬グループの社長令嬢であることを明かされたのは、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題が起きてから少し経った頃だった。
最も、彼は刀使として、あるいは美濃関の生徒としての彼女の姿しか見たことがないため、それを現実のものとして受け入れるには、かなりの時間が経ってからになる。
男女の仲に発展するまでに、二人にも様々な試練が立ちふさがっていた。
彼に関しては、維新派に与した一部刀使が戦線離脱状態に陥ったことで、刀使戦力が半壊状態となった綾小路の再建、舞衣に関しては、親子でのわだかまりやタギツヒメ達との戦闘である。
加えて可奈美や姫和が行方不明になってからは、二人ともそうすぐに立ち直ることはできなかった。時間の経過につれて、少しずつ心傷が癒えてきたわけである。
なお、彼はともかくとして、舞衣に関しては彼と知り合って暫くした頃には、好意を抱いていたという。それを本格的に自覚したのは、スキー場での訓練時のアクシデントからだったそうだ。
それでも、そういった方向での感覚は鈍い彼は、彼女が思い切って船上パーティーに誘った時でさえ、数十歩後ろにいるようなほどの距離感を保とうとした。
今更ながら振り返ると、彼は勝手に舞衣との恋路を諦めようとしていたのだろう。特にその大きな要因であったのが、社会的なステータスでは明らかに釣り合いが取れない点である。
同タイミングでは彼女が彼と共に在りたいと考えているなか、彼は彼で誘われたと言えども食客として自身の職務に務めようとしていた。彼なりの生真面目さと融通の効かなさは、そうした点では女心を全く読まない酷さであったと言えるだろう。
だが、結果としてその真面目さ、実直さが舞衣との交際に結び付いたことを考えると、 人生何が幸いするのかは本当に分からないものである。
決して舞衣との恋愛は、不純な理由による交際ではないことを時系列を交えて明かしていた彼だが、麻美はともかく、父親の方は未だ渋い顔を浮かべたままだった。
ただ、彼は舞衣のことを説明するにあたって、彼女が柳瀬グループの社長令嬢であることは決して言わなかった。父親から逆玉を狙っていると思われたくなかったことや、舞衣自身のそのままの姿を見て判断してもらいたいと、彼はそう思ったのだ。
「……お前が柳瀬さんに何か良からぬことを謀ったわけではないことは、よく分かった。」
「父さん。」
「ただ、今のお前の説明を丸々鵜呑みにするわけにもいかない。お前が惚れるほどに魅力的な娘であることは理解できるが、本当に柳瀬さんと長い付き合いができると考えているのか?俺は、個人的には難しいと思うぞ。相手の幸せを願うなら、早めに別れることも手じゃないか?」
「ちょ、お父さん!?それはあんまりじゃないかな?」
父親からの提案に、横で座る麻美は声を荒げた。しかし、別に父親も彼に舞衣と別れて欲しいからそんなことをぶち上げたわけではない。むしろ、息子を気遣っての言葉だった。
「……いやな、××。お前は人に気を遣い過ぎる節がある。何年か前、秩父で生死を彷徨った時にお前の仲間や刀使さん達から聞いた。『自分を囮にして、作戦の遂行を優先した』と。彩矢ちゃんからも聞いたよ、荒魂を祓う時に自分のことよりも彼女達刀使のことを優先したと。今までお前には何も言ってこなかったが、××、お前は頑張り過ぎだ。それだけやってきたなら、一度刀剣類管理局から離れることだって、誰も止めはしないはずだろう。」
「お父さん…。」
「××。お前は、自分が犠牲になってもいいと考えている部分があるみたいだが、それは違うぞ。誰もお前が死ぬことは望まないし、それはお前が連れて来た彼女に対してすら、物凄く失礼なことだ。刀剣類管理局で働くことがお前にとってこれ以上不幸な結果をもたらすなら、いっそスパッと辞めることはお前にとって悪い事ばかりじゃないはずだぞ。勿論、辞めたところで人の縁はそう簡単には切れない。麻美も美濃関に入学するなら、必ずしもお前が伍箇伝に居続ける理由はないはずだ。……××。俺は、お前に死んでもらいたくないんだよ。いい加減に分かってくれ。」
父親から漏れ出る息子への想い。
交際に反対しているわけではないにせよ、何度も死にかけたことに対しては我慢ならない感情の吐露であった。
「……管理局から離れる、ね。確かに、俺もそれを考えたことが全くなかったわけじゃない。――父さん、俺は嬉しかったよ。今まで全く心配されてなかったものとばかりに考えていたし。」
「××。」
「……俺な、任務でも業務でも私事でも、舞衣達に散々迷惑を掛けてきたんだ。それでも、彼女は俺のことを好いてくれた。はっきり言葉にして伝えてくれた。それに舞衣だけじゃない。ウチの同僚や他の生徒達も、こんな愚鈍でどうしようもない大馬鹿野郎を手助けしてくれたんだ。俺は、そいつらのためにも報いてやらなきゃならない。だから、辞めることはもう考えてない。そこにいる舞衣のためにも、な。」
「お、お兄ちゃん……。」
「父さん。また迷惑を掛けることが多くあるかも知れないけど、必ずウチに帰るから。舞衣とか、他の奴も一緒に連れてさ。」
「……これは、俺以上に頑固者になったな。分かった。俺からは一点だけ。絶対に柳瀬さんを不幸にするんじゃないぞ。それだけが、俺がお前を刀剣類管理局に居させ続けられる条件だ。」
「……その条件、絶対に違えさせるわけにはいかないな。ありがとう、父さん。麻美のことも任せてくれ。」
「大きくなったな、お前も。」
年を追うごとに、息子がどんどんと親元から離れていくように思えて寂しくなるが、父親は今後の子供の成長を密やかに楽しみつつ、無病息災を願う。
「……良かったね、お兄ちゃん。舞衣さんとの交際を止められなくて。」
「まあ、な。……それはそれとして、麻美。美濃関に送る荷物は、もう纏めてあるのか?」
「うん。といっても、中くらいの段ボール二箱分かな。そんなに持って行くものも無かったし。」
「そっか。入学式、遅れるんじゃないぞ。俺もそっちに用事があれば見ていく。」
「いいっていいって。むしろ美濃関に入ってからのほうが、ヘルプしてもらうこと多そうだし。困った時にはすぐ借りるよ。」
「分かった。」
と、ちょうど会話が切れたところで、三人の眼前にカセットコンロが置かれる。
「お待たせしました。お鍋の準備ができましたから、お夕飯にしましょうか?」
「今晩は鍋パーティーか。なんか、こうして家族揃って突っつき合うのも久しぶりだなぁ…。」
「さ、鍋を置くわよ。今日の中身は、すき焼きよ。」
母親が大きめの鍋に入れた具材を見せ、そのままごとくに載せる。
時系列は少し遡り、台所にて。
彼が父親と麻美に諸般の事情を説明しているなか、舞衣は舞衣で、母親と共に夕飯の下準備をしていたのは先述したとおりだ。ただ、此方のほうでも彼女と母親との間で秘やかな会話の時が流れていた。
「××さんのお母様、お豆腐と白菜、大根は切り終わりました。ネギも一緒に切っておいた方がいいですか?」
「ううん。先にお出汁を作るから、少し待ってね。」
「あっ、はい。」
冷蔵庫の中には、意図して買い込んでいたわけではなかった、数多の食材の数々が調理される時を待っていた。
食材の準備を済ませていたのはたまたまだが、舞衣が来客として来ていることを踏まえ、今日の夕食はすき焼き鍋となった。
鍋を共に囲うことで、両親が揃って舞衣の人となりを見極めたいと考えたからだ。ただ、それはあくまで後付けの理由であり、彼や麻美とも深く突っ込んだ話し合いがしたかったから、というのが真意でもある。
「でも、包丁の扱いが凄く手慣れてたわね。普段から料理でもしているのかしら。」
「はい。私、妹が二人いるので、その妹達へちょっとした料理を作るくらいならできますよ。」
(その割には、ものの四、五分くらいで野菜の切り分けを終わらせていたみたいだけど……。)
「?どうかされましたか?」
「えあっ、何でもないわよ。……それにしても驚いたわ。あの子、いつの間にこんな彼女をつくって連れてくるなんて。」
「ふふっ。でも、××さんと付き合い始めたのはつい最近のことなんですよね。それまでは至って普通の関係でしたから。それに私、××さんよりも年下でしたから。」
「ええっ?こんな可愛い娘を放ったらかしにしてたの、あの子は?」
「私も、以前はそんなに強くは当たってみようと思っていませんでしたから。それに、××さんは誰であっても手助けをしようとしてくれるので、私個人に目を向けてくれるのかな、っていう怖さもありました。」
「まー、あの子は誰彼構わずに手を貸すところがあるから……。だからか分からないけれど、彩矢ちゃんはじめ、色んな娘達と未だに接点を持っているのよね。ホント、鈍いったらありゃしないんだから。」
「ははは……。」
苦笑いを抑えられない舞衣。彼女個人もだが、やはり身内である母親もまた、彼の鈍感ぶりには呆れていたのだろう。
「まあ、何にせよあの子にも大切に守りたい存在ができた以上は、昔ほど迷惑を掛けることはしないはずよ。」
「――だと、いいんですけど……。」
「大丈夫よ。それだけ女の子としての魅力ある身体つきをしているなら、思い切って過激なことを踏み出してみるのもアリなんだし。そこまですれば、流石にあの子も無理はしなくなるわよ。」
「か、過激って…」
「う~ん、色仕掛けとか?」
「ご実家でそんなことをするのは、流石にちょっと……。」
「ふ~ん、柳瀬さんって意外と奥手な娘なのね。」
「そっ、そうですか?」
「私の偏見かもしれないけど、もうちょっとこう、ガツガツいくような感じがしたから。雰囲気的に。」
「……ガツガツ、ですか。」
彼女の場合、どちらかと言えば控えめな行動が多い一方で、覚悟を決めてからの行動は、激情なれども動き出せば止めることは容易ではない。
普段はそんな気配がないだけに、母親のこの言葉はある種で的を射た見解だったのだろう。
「――で、結局先にあの子が惚れたのか、柳瀬さんが惚れたのか、その辺りはどうなのよ。」
「それなら、私が先だと思います。初めて会った時、私の素性なんて知らないにも関わらず、優しく応対してくれましたし。……この間、××さんが怪我した原因の一端は、私のお願いを聞いてくれたことにありましたから。」
「え、あの子がまた迷惑を掛けたんじゃなかったの?」
「いいえ、お母様。それは断じて違います。私、いえ、私の家族を、××さんは深手を負いながらも守り抜いてくださったのですから。」
「そっ、そうなの。」
(××、あの時は全然そんなことを話さなかったわね。……ほんと、昔からいつも大事なことは話してくれないんだから。)
家族一同で怪我を心配しても、彼は負傷した自分が悪いとしか話さないうえ、なぜその傷病に至ったのかを説明しないため、特に両親の胸中では段々と『またか』という反復された意識が形成されていった。
息子が死に最も近づいたであろう、秩父会戦後の長期入院以降、彼が自身の怪我や行動理由を貶すことはあれど、誇ることは皆無なまでに無かった。
彼も彼で、家族に対してまるで死に急ぐような姿勢を見せていたからか、どこか後ろめたさを抱いていたのだろう。だからこそ、家族の前であまり自分のことを肯定しなかったのかもしれない。
と同時に、学校や勤め先で関わりを持っている同年代の娘達や、ごくごく稀に彼を探しにこの家を訪問してくる人間から、彼の仕事中の姿、特に必死になって誰かを守ろうとする姿勢を聴かされることもあった。その性もあってか、果たして自分達の知る息子は、そんな大層な人間なのか、という疑念とも困惑とも取れる感情に苛まれることもしばしだった。
それは無論、今隣に居る舞衣の発言さえも半信半疑なものであるほどにだ。彼女らが嘘を吐いているとは、とても思っていない。が、日頃見えないからこそ、その言葉に実感を抱けないこともまた、純然たる事実であった。
母親は、彼女に息子のことを尋ねてみた。
「ねえ、柳瀬さん。貴女にとって、あの子は惚れるに値するほどの男なのかしら?母親の私が言うのもどうかとは思うのだけれど、もっといい人が居たんじゃないのかとか、ちょっと思ってね。」
「え……、……そ、それは……。」
彼の母から繰り出された予想外の言葉に、舞衣は少し唖然とし、続いて少し俯いて静まってしまった。
(……この期に及んでまさかとは思うのだけれど、あの子は無理矢理付き合わせていたのかしら。だとしたら、一刻も早く離すべきなのだけれど……。)
舞衣の沈黙から、息子の強要を勘繰った母親。
しかし、舞衣からはそれを打ち消す発言が放たれる。
「……確かに、裕福なまでにお金を持っている人や、××さん以上に外見がカッコイイ人だって、この広い世の中なら幾らでもいると思います。実際に、そういう人達との接点を持ったことだってありますから。――でも私は、誰かに寄り添いながら、それでいて私のことにもキチンと向き合ってくれる××さんと、一緒に歩いていきたいと決めたんです。××さんがちょっとでも楽な気持ちでいられるようになるなら、私は何だってやってみせます。」
「そっ、そうなのね……。」
舞衣の気迫ある表情と、そこから垣間見える彼への深い想いに、母親は強く圧された。
(……前言撤回。××、この娘との良い縁を持ってきたみたいね。――全く、良くないことを考えるのは止したほうがいいわね。)
母親は、息子の連れてきた彼女が自分の想像以上の気構えをしていたことのみならず、その彼女を連れてきた息子に対しての、斜に構えた姿勢は止めていこうと思った。
さて、鍋もある程度の準備が終わり、母親と舞衣はダイニングテーブルの方へと食材共々運んでいく。
炊きたてのご飯も、湯気を上げながらお盆に乗せられて運ばれる。
「お待たせ。それじゃ、鍋が完全に煮詰まったら食べましょ。」
「これ、お母さんと柳瀬さんが?」
「あっ、はい。上手く切れているといいんですけど……。」
「ま、母さんもいたし、舞衣の料理の腕は確かだから何も心配してないさ。」
「ふむ、そうなのか。」
彼はともかく、父親と麻美は丁寧に切り分けられた鍋の具材を見て、一瞬息を呑んだ。黙り混む二人を見かねた舞衣が、こっそり彼に耳打ちする。
「あの、××さん。お父様と麻美さんがお嫌いなものでも、お鍋の中に間違って入れてしまってましたか?」
「いいや。鍋の中身そのものはいつも食べている内容のはずだけどなぁ……。」
無言になった二人を心配そうに見る舞衣。
鍋の具材を静かに取り分けると、父親と麻美はそれを口に運んだ。
「……美味しい。」
「ん、なんか普段のすき焼きよりも美味しくない?」
そう言うと、箸を進める速度が急激に上がる二人。先程までの警戒心はどこへいったのか、すっかり安心して茶碗を何遍も鍋の方に寄せていった。
その光景を見た母親は、少し微笑むと取り分けの中に混ざっていった。
「良かったな、舞衣。」
「はい。……でも、お母様も手伝ってくださってましたから、私の料理がいいかどうかまでは分からない気もしますけれど……。」
「それでも、父さんと麻美が受け入れたことに変わりはないし、何より母さんも黙々と食べ続けてるから、舞衣はもっと誇っていいんだよ。」
「――そうですね。」
「さ、こっちもどんどん食べよう。俺も舞衣と母さんの合わせ技の鍋、食べたいし。」
「だったら、私が注ぎますね。味が染みている豆腐とか、××さんに食べてもらいたいですし。」
「ありがとう、舞衣。」
一まず、家族へ舞衣の料理の腕を理解してもらえたことに関しては安堵した彼。
彼女と母親の作ったすき焼き鍋を頂きつつ、ふと舞衣の横顔を眺める。
そこには、麻美や母親と打ち解けつつある風に穏やかな笑顔を浮かべた姿があった。
(……よかった。少なくとも、舞衣がウチの家族に受け入れてもらえるような雰囲気になりつつあるみたいで。……今度から大事な用件はちゃんと連絡を入れておこう……。)
自身の連絡不足が招いた事態だったとはいえ、彼は今回彼女を実家に招いたことは、非常に良い方向へ傾いたと思えた。
その晩。
彼が入浴した後で麻美と一緒に湯船に浸かった舞衣は、彼女から兄に対してのことを何点か訊かれた。
女子二人が入るには少し狭い空間ではあったが、普段から入浴している麻美は、舞衣が居てもあまり気にならない様子で湯船に浸かっていた。
舞衣が体を洗っている最中、そう言えば、と思い出したかのように麻美がこう切り出した。
「舞衣さん、兄は詳しく話してくれなかったんですけど、この間兄が怪我したっていう話は本当なんですか?」
「ああ、はい。本当のことですよ。今は平然としてらっしゃいますが、あの時は頭と肩を縫うほどの怪我を負っていました。たまたま傷の残りにくい向きだったみたいで、目立った痕は残らなかったらしいです。」
「ちなみにその怪我って、転んだとか何かに当たって皮膚を切ったとかそんなところなの?」
「いえ。…………私の父を狙った銃弾を、××さんが庇った時にできた傷です。」
「…………え、そんな映画みたいな話が現実にあるの?」
突然の舞衣の爆弾発言に、実感のない麻美はそんな言葉を漏らす。
確かに彼が無茶ばかりしているのはよく分かっているつもりだが、見ず知らずの他者に撃たれたともなれば話は別だ。
「麻美さんは話していて信用が置ける人だと思いましたから、先に私の家庭のことをお話ししておきます。……私は、柳瀬グループの社長を父に持っています。」
「へー、そうなんだ。…………え、あの大企業の柳瀬グループのこと!?その社長の娘ってことは……。」
「麻美さんのお察しの通りです。美濃関にいる間は両親から刀使としていていいと言われてますから。だから今は、単なる一人の刀使ですけれど。」
「いやいや、ええ~っ。……当然だけど、兄はこのことを?」
「勿論、知っています。むしろ、私の家庭事情を知っていたからこそ、当初は交際に繋がりそうなことを積極的に回避し続けていましたから。……人がいいのは、分かっているつもりなんですけれどね。」
「はあ、その光景が容易に想像がつくのもまた……。」
溜め息を漏らす麻美。兄のことなので、舞衣との交際は財産や逆玉を狙ったものではないことくらい直ぐに理解できた。
「それじゃあ、舞衣さんのお父さんを庇った時の怪我がこの間の件ってことよね?……柳瀬グループってことは、この間ニュースでやっていたパーティーでの発砲事件のことだろうし。」
「はい。撃たれた時は父だけでなく、母や妹たちもあの場に居ました。もし、××さんがいなかったら、どうなっていたことか……。任務でもお世話になっているのに、ああした場でも助けられるなんて思いませんでした。」
「はあ、何というか兄らしいと言うかなんというか……。」
(彩矢さん達が助けてもらってた件からずっとだけど、お兄ちゃんって本当に自分の身は省みないもんね……。そりゃ、舞衣さんも心配するって。)
舞衣の話を聞くにつれ、自分のことを全て自身の心の内に仕舞い込んでしまっている兄の悪癖を、これでもかというほどに感じさせられる麻美。
彼女も一時期は兄に迷惑を掛けたことがあってか、既視感を覚えて余計に頭が痛くなるような気がした。
「でもさ、そんな兄に惹かれたっていうのも、何となくは理解できるかな。」
「そうですか?」
「うん。それに舞衣さん、年齢のわりに大人びて見えて可愛いし。綺麗な身体をしていると思うよ。」
「そうは言いますが、麻美さんもスラッとしてますし、身体つきも結構メリハリがあると思いますよ。」
麻美は、舞衣の透き通るような白肌と長い黒髪のコントラスト、実年齢以上に発育した胸部などへ目を奪われる。また、舞衣は舞衣で、陸上競技を経験していたといえども、客観的には異性として惹かれそうになるほど整えられた、麻美の恵体に感心を抱いていた。
「……舞衣さん、ちょっと胸揉んでみてもいい?私のも代わりに触っていいから。」
「ええっ、それはちょっと……。恥ずかしいですよ~。」
「ああ、駄目ならいいの。……しかしお兄ちゃん、まさか日頃から舞衣さんの胸を揉んだりしてるのかなぁ……?」
「あのっ、麻美さん?」
「あっ、何でもないよ。」
麻美の中で、ふと一瞬魔が差したように湧き上がった疑問は、舞衣の言葉で雲散霧消していった。
このあと麻美は舞衣に、今晩は彼と二人きりになってみてはどうかの提案を打ち上げた。
そうして、二人の少女はそれぞれの部屋に向かって別れていった。
そして、それから数時間後。
彼の部屋の前には、若干透過性の高い寝巻きを纏って立つ舞衣の姿があった。
「あの、××さん。――今晩、一緒に寝ちゃダメですか?」
「……はっ、はいっ?」
想定外な会話内容と今の彼女の姿を凝視して、彼の理性の壊れかけた音が、心の中で響き渡る。
彼の中で、天使と悪魔が囁き合うシーソーゲームのゴングも、ほぼ同時に鳴らされるのであった。
春の夜空に、桜吹雪が舞い踊る。それはまるで、今の二人の心をかき乱すかのように。
夜はより深く更けていく。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
私事ではありますが、とじともの悲報が伝えられて以降に注文をしていたグッズ類が順次届き始めました。(山狩りTシャツも無事届きました。)
微力ながらの応援は続けていきたいところです。
なお、舞衣編は次回で一旦一区切りとなります。更新遅延でご迷惑をお掛けしておりますが、次回更新までお待ちいただけますと幸いです。
それでは、また。