今回は舞衣編その12 前編です。
時系列はその11の続き、荒魂との戦闘回になります。
(意外にも舞衣編での荒魂戦闘描写は初めてという事実。)
先日販売されたタンブラーや腕時計の完売速度の速さに驚きつつ、多くの人々が刀使コンテンツを今後も存続させたいという、その強い意志を個人的に感じております。
それでは、どうぞ。
ー埼玉県入間市 彼の実家ー
麻美と舞衣も揃っての朝食を摂っていた彼。
普段なら緑茶を淹れて飲むことが多いのだが、今朝に関しては市販の紅茶をお茶パックに移し替えたうえで、コップにそれを注いでいた。
「珍しいね。お兄ちゃんが朝から紅茶を飲んでるなんて。」
「そうか?向こうだとちょくちょくこんな感じに飲んでいるぞ。そういう麻美は、プロテイン入りの栄養ドリンクじゃないんだな。あの独特の匂いと味のする。」
「だってこれから刀使として生活してくんなら、あんまり筋肉とかばっかりつけるわけにもいかないし。陸上選手じゃなくなるんだから、そこまで厳しい食事制限とかする必要もないじゃん。」
「……まあ、それもそうか。」
家族の飲み物談義が一段落したところで、舞衣が気になっていたことを口に出した。
「あの、麻美さん。今××さんのことを、『お兄ちゃん』って言いませんでしたか?昨日はそのことを深く聞けなかったんですけど、私と話している時はずっと『兄』って言ってらしたものですから。」
「ああ、それはその、舞衣さんがどんな人なのか分からなかったのでつい。今でも他の人がいる時は、舞衣さんに限らず『兄』って言い方をしてますよ。家族だけの時は『お兄ちゃん』で通してますから。」
「そうなんですか。……でも、ちょっと不思議な感じがしますね。私、××さんがそういう風に呼ばれているイメージが全くありませんでしたから。」
「そうは言うが舞衣。詩織ちゃんからは『舞衣お姉ちゃん』って呼ばれてなかったか?美結ちゃんは『舞衣姉』呼びだったけど。別にそこまで変な話でもないとは思うんだが。」
「よ、よく覚えてますね。あの二人と会った時間は、あまり長くなかったと思うんですけれど。」
「そりゃ舞衣の家族なんだし、あの時は意識していたわけじゃないが、仕事としてクライアントの人相とか情報は把握しておく必要はあったから。」
「……お兄ちゃん、ホントに妙に細かいところは覚えているんだから。」
一瞬の出来事さえ覚えている兄の記憶力に少し呆れつつも、たまにその記憶力に救われているところがあるので、あまりそのことに対して強くは言えない麻美。
「でも、なんだか実感わかないなぁ。あの大企業柳瀬グループのご令嬢が、こうしてウチの中でゆったり寛いでいる姿なんて。普通だったら、その想像すらできないよ。」
「麻美さんも、お気遣いなく接してくださってありがたいです。まだまだご迷惑をお掛けすることがあるかもしれませんが、その時はお願いしますね。」
「本当に、年下なのによくできた娘だよねぇ。……お兄ちゃん、舞衣さんを不憫な目に遭わせたら許さないからね。」
「……んなもん、よく分かってるっての。」
「ならいいけど?」
「てか麻美、早く食べないと飯が冷えるぞ。折角母さんが作ってくれたものなんだし。」
「分かってますよ~だ。」
そう言って、麻美も箸を動かす。
「……四月からは暫くお母さんの料理、食べられなくなるもんね。ちょっと寂しくなるなあ。」
「麻美さんは、今までここでずっと、ご両親と生活なさっていたんですか?」
「一時を除いて、ほぼこの家で暮らしてたよ。本当なら、今頃は海外暮らしをしていたんだろうけどさ。」
「え、そうなんですか?」
「まあ、色々あって今に至るってわけ。こっちで友達も沢山できたし、悪いことはあんまりなかったかな。」
「そういや麻美。中学の友達には、きちんとお別れは言ったのか?」
「うん。たまにこっちに帰ってきた時とかは、皆と会う約束も取り付けてるから、そこまで寂しくはないよ。……あんまり走れなくなるのは、ちょっと残念だけど。」
「一般的な学生生活はほぼほぼ諦めてもらうしかないのは、その、俺も済まないと思っている。悪い、麻美。」
少し頭を下げた彼。麻美はそれを止すよう、両手を上げて彼の行動を止めるよう促す。
「いいって。勝手に刀使として活動してたんだし、いずれはこんな日が来ることくらいは分かってたから。それに、羽島学長と会った時に、もし美濃関でも陸上を続けたいと思っているなら協力は惜しまない、って言ってくれたし。荒魂討伐とトレーニングが兼ねられるなら、今まで作り上げてきた私のアイデンティティを失わなくて済むし。」
「羽島学長、いつの間にそんな約束を…。」
「××さんは離れていることが多いのでご存知ないのかもしれませんが、私は伍箇伝の学長の中で羽島学長が一番生徒思いな学長だと思いますよ。」
「……羽島学長に迷惑は掛けないようにな?」
「うん。まあ、舞衣さんも居るし、美濃関での生活は大丈夫だと思うよ。」
「……ますます、本部での仕事に下手を打つことはできなくなりそうだな……。」
彼は後日美濃関を訪問した時には、江麻へ謝意などを伝えようと思った。
「あ、そうだ舞衣さん。一度私の御刀を見てもらってもいいですか?」
「御刀をですか?」
「うん。実は、整備方法とか扱い方がよく分かってなくて。一度陽菜さん*1に視てもらったんですけど、日常的な整備は全然分からなかったんで。舞衣さんはどうやって御刀を整備してるのかな~、って思いまして。」
「ってか、それなら別に俺に言ってくれても良かったのにな。一応、俺にも多少の整備の心得はあるぞ。十手とか銃とか諸々整備してきてたんだし。」
「でも折角舞衣さんが御刀を持ってウチに来てくれてるんだし、聞いても損はないでしょ?」
「それはまあ、そうなんだが……。」
「わ、私は大丈夫ですよ。麻美さんがお困りなら、私ができる限りの範囲でお力になりたいですし。」
「じゃ、部屋から取ってきますね。」
麻美は粗方食事を終えていたらしく、そそくさと二階に上がっていった。
「そういや、麻美の御刀の銘、結局未だに判らずじまいなんだよな。陽菜にもミルヤにも聞いてみたが、あの二人でさえお手上げだっていうのがなぁ……。」
「そんなに珍しい御刀なんですか?」
「いや、見た目そのものは極々一般的な御刀なんだが、刀匠の名も製作年代も何も彫られていないのが、どうも気になってな。」
「う~ん。それこそ、フリードマンさんにお聞きしてみてもいいんじゃないですか?もしかしたら、麻美さんの御刀について知っている人もいるかもしれませんし。」
「……そうだな。今度、舞草絡みの話とかで会うことがあれば、一つ博士にぶち上げてみるかな。」
「ふふっ、私も今度、エレンちゃんと一緒にお会いしに行きたいですね。」
そんな風に話を咲かせているなか、突如として、彼の業務用携帯が震え始めた。ヴーヴーとバイブレーションの振動音が酷くなる前に、ポケットから携帯を取り出した。
「ん?何かあったのか?」
通話ボタンを押し、彼はスマホを耳にかざした。
電話の発信者は、鎌倉の本部に残る姫乃からだった。
「もしもし、俺だが。水沢か?」
『○○さん、実家の方でお休みのところ失礼します。』
「いや、こんなタイミングで呑気にしていられるのも、水沢達が残って仕事をこなしてくれているお陰だ。……で、何かあったのか。」
『○○さん、今手元にスペクトラムファインダーをお持ちですか?』
「あいや、自分の部屋に置きっぱなしだな。」
『なら直ぐに確認してください。』
「ああ、少し待ってくれ。」
自室に戻ってスペクトラムファインダーを拾い上げた彼は、画面上に警告表示が出ていることを確認する。
「……荒魂が近くにいるってことか。」
『荒魂が出現した報告を受けたのは、埼玉県川越市付近です。複数の荒魂が東京方面に向けて南下中であるのを、哨戒中のドローンが確認しています。』
「鎌府や近隣の対応可能な刀使は居なかったのか?」
『今は都内や千葉県方面に出現した荒魂に対処するために展開している関係で、すぐにこちらから其方へ派遣できる刀使は居ません。群馬や栃木に派遣している刀使の方々が南下して戻ってくるにも、少し時間が掛かりそうなので。』
「
『そういうことになります。』
「……二人に話は通しておく。俺の方の分も、武器携行・使用許可の決済を下ろしておいてくれ。」
『分かりました。現場には直接向かわれますか?』
「取り敢えず、緊急車両扱いで飛ばす。こういう時のために、覆パト向けの赤色灯を備え付けておいて良かったわな。」
『現地の方にはこちらから連絡を入れておきます。今のところ大きな被害は出ていませんが、なるべく早く向かってくださいね。』
「了解。何かあればまた連絡を頼む。」
状況把握が一通り済んだところで、姫乃からの通話を切った彼。
「やっぱり、そうのんびりと過ごさせてはくれないんだな。」
こういう時に限って出現する荒魂に対して、呆れこそすれど怒って行動する訳にもいかない。はー、と大きく溜め息を吐きながらも、彼はリビングに戻って二人に出動してもらうよう、話をつけに下りた。
「えー、それ本当なの?」
「気持ちは分かるが、今はただでさえ人員不足なうえに、全国津々浦々に派遣している刀使がすぐに戻って来られる状況でもないんだ。そこは分かってくれ。」
「私一応、まだ民間人の扱いなんだけどなぁ……。」
川越で出現した荒魂のことを話すと、あまりいい顔を浮かべなかった麻美。
普段なら迷わず討伐に向かうのだろうが、残り僅かな我が家での時をより縮めることになるため、気分的にも良いものになるわけも無かったのだ。
「舞衣は、行けるか?」
「はい。……でも、私服の状態で荒魂の討伐をしてもいいんでしょうか?」
「大丈夫だ。というか、その程度で何かしら文句を言うような人間がいるなら、お前さんがやってみるか、と言い返すだけだ。あまりにも人前で着るには恥ずかし過ぎる服装でもないんだし、心配する必要はないだろ。」
彼の場合、何かと厄介事に巻き込まれがちな事情もあってか、それなりの傾向と対策はしてきている。それでも、舞衣の心配はそこまでおかしなものでも無いので、彼女を安心させる方向に口を動かした。
確かに荒魂討伐の多くは制服で行っているが、彼が経験した『秩父会戦』*2はじめ刀使が私服で荒魂を討伐したケースも複数存在するため、真面目な彼女の不安はすぐに払拭できた。
「で、麻美。舞衣は行くみたいだが、お前はどうしたい?」
「……も~~、お兄ちゃんの意地悪。分かったから、私も行く準備をするから!」
「よし、決まりだな。二人は御刀の準備をしといてくれ。俺は車に少し荷物を積んでくる。」
三人揃って向かうことが決まれば、後は早い。
彼も護身用の十手とスタンバトンを、隠し置いていた後部座席下から取り出し、帰省時の鞄からホルスターを引き抜いてそれらを突っ込んだ。
(……何も無けりゃいいんだが。)
不安と焦燥感に駆られつつも、彼は二人の準備が済むまでの間に、今回の討伐対象への把握できる情報は全て収集し続けた。
想定外、というそんな安易な一言で、彼女と妹に傷を負わさせるわけにはいかなかったからだ。
その後、十分と掛からぬうちに舞衣と麻美は身支度を整え、三人の乗る車は一路北上していった。
詳報の分からない荒魂と対峙する時が、徐々に迫っていた。
ー埼玉県川越市 某ゴルフ場ー
数年後に開催される予定の東京五輪に向けて着々と準備の進められていたこの施設だが、隣市の日高市方向から襲来してきた荒魂によって、既に一部ホールの設備に被害が出始めていた。
整然と刈り入れられていたグリーン上の芝生は、じたばたと動き回る百足型の荒魂によって、あちこちで茶色く抉り取られていた。また、池状のウォーターハザードも、丁寧に整備されていたにも関わらず無残な形に変形し、元々の地形がどのようなものだったのかさえ分からないほどに崩れ、荒らされてしまった。
この百足型の荒魂は、現地の特祭隊部隊が意図的にここへ誘導したわけではなく、どちらかと言えば偶然にも近い形でこの場所へとやって来た。ただ、ここをこのまま横断し終えてしまうと、今の荒魂の進行方向的に東京都心の方へ向かって、南下し始めてしまう。
ただでさえ対処できる刀使が少ないなかで、これ以上の被害拡大だけは阻止したかった特祭隊側は、苦渋ながらこのゴルフ場内で荒魂の足止めをすることを決定した。民間施設であったゴルフ場だが、その土地の広大さ故に荒魂を安全に留めることができるとされたことで、荒魂討伐上での言わば生贄に供されることになってしまった。
原状回復の補償こそされるだろうが、このように周辺施設や住宅被害を防ぐためにその損な役回りを被る土地や建物は、残念ながら現在までかなりの数が存在する。
荒魂討伐に至るまでの被害減少の道のりは、未だ遠いものであった。
現地に到着した三人は、ゴルフ場内にて設営されていた臨時指揮所へと向かった。
「ご苦労様です。今の状況はどうなっていますか?」
「あっ、○○さん。本部の方がもう此方に?」
「ああいえ。元々休みだったんですけど、人が足らないって聞きましたので、近場から急ぎ此方に駆け付けた次第でして。」
「なるほど、そうでしたか。それで、後ろのお二方は?」
「二人とも刀使です。美濃関の柳瀬と、もう一人は今春美濃関に入学する者です。彼女の身元は私が保証します。」
「わ、分かりました。時間もありませんし、刀使さんも含めて簡単にご説明させていただきますね。」
「「「お願いします。」」」
と、このようにスムーズな流れで現時点までの状況を聞くことができた。
三人には、現在は特祭隊と荒魂、双方ともに膠着状態であり、幸いにも荒魂はまだこのゴルフ場内に留まったままであること、急速冷凍弾や展開可能な火砲を集中的に浴びせていることもあって、まだ状況が此方に有利なものであることが伝えられた。
「それで、○○さん。この場の指揮権はどうされますか?○○さんが全てお持ちになりますか。」
「いえ、刀使の指揮権は柳瀬が、全体指揮は其方にお任せします。私は前線のほうで指揮を執りますので。」
「……了解しました。武器の携行・発砲許可は本部の方で下りているそうですので、奥の武器庫から適当なものを持ち出してください。」
「ありがとうございます。」
「では、ご武運を。」
懇切丁寧に説明して特祭隊員が離れていくと、舞衣と麻美が口を開いた。
「あの、××さん。……戦われるんですか?」
「ああ。舞衣達が出るのに、俺だけ後ろでぬくぬくと指示なんてできるかよ。それに、前線の動きがどんなものなのかが分かるし。」
「お兄ちゃん、ホントに大丈夫なの?」
「馬鹿野郎、これでも何度修羅場を潜ってきたと思っていんだ。むしろ、麻美の方が俺は心配だぞ。誰かの指示で動いた討伐なんか、お前はしたことないだろ?」
「うぐっ。そ、それはぁ……」
痛い所を突かれ、少し口ごもる麻美。
「麻美さん、大丈夫ですよ。私が指示を出しますから、落ち着いて荒魂を退治してください。」
「舞衣。」
「――××さん。私、本当ならここに残っていて欲しいと思っていますけれど、敢えて前線に行くことに文句をつけたくはありません。せめて、無事に私と麻美さんの前に戻ってきてくださいね。」
「あっ、ああ。」
「それと、」
グイッと彼の目前に迫る舞衣。それも、キスもできそうな程の距離感だ。
ただ割と真剣な表情で、彼をじっと見つめる。
「絶対に、無茶しちゃ駄目ですからね!!」
「ハ、ハイ……。」
自身の数多くの前例を前にして、彼女への反論の余地はなかった。
その後、支度を整えた三人はそれぞれの配置に就くべく、臨時指揮所を後にした。
八幡力を駆使して、場内の木々を八艘飛びの如く軽々飛び越えていく舞衣と麻美。
「舞衣さん。お兄ちゃんからは舞衣さんの指示に従うよう言われましたけど、舞衣さんって指揮とかの経験が多いんですか?」
「多分、そうだと思います。これでも、鎌倉での出来事だったり、年の瀬の大災厄の時も色んな指示は出したりしてましたから。」
「……なら、もっと安心です。何だったら、無茶ぶりしてもいいですよ。」
「えぇっ、そんなことはできませんよ~。」
麻美としては、舞衣が戦場で命を預けるに足る人物なのか、という点に関しての靄は少しばかり残っていた。
勿論、ここ数日接してきた彼女の人柄を疑うわけではないが、それとこれとは話が別だ。兄が単に舞衣を贔屓にしているだけなのか、という疑念も無くはなかったので、敢えてこんな不躾なことを聞いてみたわけだ。
対する舞衣もまた、麻美の刀使としての力が未知数であるため、どこまで彼女に頼ってよいのか悩んでいる節があった。
(麻美さん、一人で荒魂を討伐していたことが多かったって言っていたけど、どれくらいの荒魂までなら大丈夫なんだろう?麻美さん抜きでも倒せる荒魂ならともかく、多分、そんなに甘い相手じゃないと思うし。)
せめてもう一人くらい居れば、と思わずにはいられなかった彼女だが、一応前線には彼もいるため、万一の時はどうにかなると考えていた。
この一年近くで、彼の思考判断や行動などが分かってきていただけあり、舞衣はこうした局面での彼への信頼を篤くしていたのだ。
最も、彼女自身は私的な部分でも彼への依存が増しつつあることに、とりわけ気付いているわけでは無かったようだが。
移動中、二~三ほど事前の行動打ち合わせを終えた二人は、いよいよ百足型荒魂と対峙する。
写シを張る二人の背中に、緊張の糸が張り詰めた。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
恐らく本話が、とじとものオンライン版サ終前最後の更新になるかと思われます。
あっという間の約三年七ヶ月でしたが、とじともが刀使ノ巫女というコンテンツに与えた功績そのものは、決して小さくないものであったと個人的には考えております。
ありがとうとじとも、そう思いながらその最後を見送りたいところでございます。
サ終後翌週末には、ところざわサクラタウンにて朗読劇(とじよみ)が開演となります。
現地に向かわれる方々は感染症予防を行いつつ、イベントを楽しんできていただければ、と思っております。
(残念ながら、筆者は諸事情で行くことが叶いませんでした。当日配信を楽しみに待ちます。)
それでは、また。