二日連続投稿となります。
今回は沙耶香編その2 後編となります。
タイトルは変わっていますが、『来訪者と荒魂襲撃』の続きになります。
ちょっと長くなっていますが、最後までお付き合いください。
それでは、どうぞ。
※一部改稿しました。(2018/10/25)
ー栃木県日光市 明智平パノラマレストハウスー
葉菜と別れた二人は、明智平ロープウェイの乗り場がある、この建物へと降り立つ。
既に、レストハウス周辺ではパニックが起きかけていた。
「マズいな。この状態じゃ、荒魂に上手く対処しにくい。」
彼は、もみくちゃになった人々の駐車場内の混乱ぶりや、奥日光側の出口に殺到する車両数から、状況把握を行った。
「私は、どうしたらいい?」
彼は、沙耶香の困り具合から見ても、これは相当なものだと直感した。
いろは坂は一方通行であるため、車がスムーズに流れると対応がし易いのだが、道路許容量を越えている現状では、このまま荒魂と戦っても、大惨事に繋がる危険性がある。
ここまでの混乱も久しぶりの経験だったため、少し対応策を練り出すのに時間がかかる。
「…沙耶香は、早く他の刀使のもとに向かってくれ。荒魂に対処できるのは、君たちしかいない。」
「でも、貴方は?」
「俺は、この場を何とかする。本部に指示も仰ぐから、沙耶香は行ってくれ。」
「…分かった。また会うって、約束、してくれる?」
「…おう!約束破ったら、指切りだ。」
沙耶香と彼は、互いの小指を組み交わし、指切りげんまんをする。
「それじゃあ、行くね。」
「一段落したら、援護に回る!俺を待っておく必要は無いからな!…それと、耳にインカムを付けといてくれ!現場の刀使達にも、それは伝えておいてくれ!」
「うん。」
そう言って、沙耶香は、紅葉を迎えたいろは坂脇の樹木を下り降りる。
「…急ごう。」
彼は、混沌とした明智平の駐車場から、ここの責任者を探す。
刀使たちが、民間人への配慮に気を取られること無く、荒魂対処をしやすくするために。
ー栃木県日光市 第二いろは坂付近ー
その頃、荒魂が出現した現場では、多くの自家用車や観光バスに火の手が上がっていた。
現場で年長の刀使が、沙耶香や葉菜が来るまでの間、指揮を振るう。
「北東方向から二体!南西方向から一体!全員、散開して!」
先に現場に遭遇した刀使二人と、後に追いついた三人が、荒魂の対応に当たっていた。
だが、荒魂の数は予想以上だった。五体ほどの、大型の熊型だったのである。
「くっ…。まだ民間人の避難さえ、終わっていないというのに!」
唇を噛みしめる、年長の刀使。
幸い、まだ民間人に死者は出ていなかったが、負傷し、動けない者も多く取り残されていた。
刀使達は、民間人に対して、まだ燃えていない車両の陰に隠れるよう促す。
「急いでください!」
「うっ…、足が…動かない。」
「あなた!」
中年の夫婦が、少し遅れる。
「マズい!誰か行ける者は!……!?」
年長の刀使は、夫婦の後方から道路を上がってくる、荒魂の姿を捉える。
このままでは、二人は為す術なく襲われてしまう。
だが、この場にいる誰も間に合わない。
年長の刀使は、駆け出した。
「クッソォォォ!間に合え~!」
迅移を駆使するが、それでもなお荒魂の方が速い。
駄目なのか…、二人を助けられないのか…。
年長の刀使が諦めかけた、その時だった。
「はあぁぁぁっ!」
迫り来る荒魂目掛けて、重い斬撃を飛ばす者有り。
その衝撃のあまり、地面には大きなクレーターが出来上がる。
「先輩、大丈夫ですか!遅くなりました!」
「あなたは…、鈴本葉菜!」
「どうやら、僕は間に合ったみたいですね。」
「鈴本さん!そこの二人を早く車の陰に!」
「了解です!お二人共、あそこまで跳びますよ!」
「えっ、ちょっと!」
「どわぁぁぁっ!」
葉菜は夫婦に手を回し、八幡力を使って三人四脚の要領で跳び、数十メートル離れた横転中のワゴン車の陰に、二人を隠す。
葉菜が他の刀使達と合流したのは、それから数十秒ほど経過してからであった。
未だに、荒魂の脅威から身を守ろうとする、逃げ場無き民間人。
その民間人の盾になるように、刀使達が展開していた。
(マズいですね…。荒魂は少なくとも、あと四体。僕が対応するだけでは、厳し過ぎますね…。)
彼女は状況を分析するが、あまりにこちらに勝ち目が無い。
本来はやってはいけないが、なりふり構っていられる状況ではなかった。
葉菜は年長の刀使に対して、異例の要請を行った。
「先輩、指揮を僕に預けてもらってもいいですか!」
「えっ!…この状況、あなたは打開出来るの!?」
「どちらにせよ、このままでは押し切られて、最悪死人が出ます!決断するなら、荒魂が若干退いている今しかありません!」
年長の刀使は、数瞬で判断を下す。
「……。分かったわ。この場、あなたに預けるわ。」
「はい!少し待ってください。」
荒魂の位置、刀使のタイプ、民間人の数…。
葉菜は様々な情報を、頭の中で組み立てる。
「あとは…。」
ギャアァァァオー!
ギャアァァッ!
互いに呼応し合う荒魂。
葉菜に一撃を食らわされた一体を除き、再び動きだす。
「…!あとは、隊長が間に合ってくれれば…。」
葉菜自身の組み立てた戦術は、沙耶香が核になるものだった。
沙耶香の到着を待つという、一か八かの賭けに出たわけだが、民間人という変数が居る以上、予測や戦術だけでは防げないこともあった。
「周ちゃん!ダメ!戻って来て!」
母親の叫び声がして、そちらの方に振り向く彼女。
突如、三歳くらいの男の子が一人、荒魂の方へと駆け出していたのが、視界に入った。
「ダメだ!そっちに行っちゃ!迅移!」
好奇心旺盛な年頃であったことも災いし、誰の声も男の子には届いていなかった。
(僕は、結局無力なのか…。どんなに頑張っても、目の前の男の子一人救えないのか…?)
もうすぐ、男の子は荒魂の攻撃範囲に入る。
その場の誰もが、男の子の悲惨な結末を覚悟した。
だが、その男の子に荒魂の攻撃は入ることは無かった。
「はあぁぁぁっ!」
威勢のいい声と共に、真っ二つにぶった斬られる、男の子の眼前の荒魂。
ドスン、と大きな音を立てて、荒魂は倒れ溶ける。
「合流完了。これより、任務を開始する。」
燃え盛る車両と荒魂をバックに、白髪の少女が、男の子を抱えていた。
葉菜の賭けは、沙耶香が来たことで、この瞬間に勝ち同然となった。
「糸見さん!」
「葉菜。みんな。お待たせ。…戦おう。」
「僕が指示を出しますが、それでも構いませんか?」
「構わない。…それと、みんなインカムを付けて。」
「インカム、ですか?」
葉菜は疑問に思ったが、各々の制服のポケットからインカムを取り出し、耳に取り付ける。
『皆、聞こえるか?』
「この声、まさか!」
『沙耶香は、無事たどり着いたようだな。』
「全く…、あなたって人は。いつも、僕の予想を上回ってきてくれますね。」
『それが人間ってものだろ、葉菜。…時間が無さそうだから、それぞれ簡潔に説明する。』
「どうぞ。」
『今、いろは坂は出入り口を封鎖して、通行止めにしてもらった。その場の民間人以外は、全員無事脱出した。また、これから民間人の流入も無い。』
「ですが、まだ三体荒魂がいるんですよ。どうするつもりですか?」
『恐らく、お前のことだから、もう戦術は組んでいるんだろう?』
「ええ、まあ。糸見さんが来たことで、現況をひっくり返すことはできますが、それ以上は…。」
『こんな時のこいつだ。…絶対、皆を無事に帰す。長距離支援射撃を行うから、残りの荒魂の座標を本部に送ってくれ。』
「…構いませんが、一体どこから…。」
『二人ほど射線に居るな…。悪い、沙耶香。そこの二人を山側に寄せてくれ。』
「いいけど…。」
沙耶香が、他の刀使二人を、彼の指示通り山側に寄せる。
「よし、動いたな。…あとは、俺の腕次第か…。」
彼は、レストハウスの屋根上で、弓を構える。
見た目はアーチェリーのように見えるが、組み立て方は和弓そのものだった。
「すう…。ふぅ…。」
弓の握りの部分に、照準機が取り付けられたそれは、液体を入れたカプセルを覆う、寸胴な見た目の矢尻を備えていた。
遠的の要領で風向と落下角度を計算し、押し手を強める。
カンッ
矢を射ち終えた弓は、ほぼ一周弓返りして彼の左腕に当たる。
レストハウスから見て、麓側にいる荒魂目掛けて、矢は放たれた。
無音の脅威が、荒魂に迫る。
「急にどけって、一体何なんですか、あの人は。」
「まあまあ。何か考えがあってのことかもしれないし。」
射線から退避するよう言われた刀使二人は、彼の言っていた意味はあまり考えずにいた。
「…葉菜。荒魂は。」
「…今は動かない方が、いいかもしれません。」
「それって、どういう…。」
その直後、刀使達の上を、矢のようなものが通過する。
「今のは…?」
沙耶香が、不思議に思った瞬間。
ギャァァァッ!
まるで悲鳴を上げるように、荒魂が叫ぶ。
一同見ると、荒魂が凍りついていくではないか。
「これって、一体…。」
『沙耶香、葉菜。荒魂は?』
「一体、凍りついている。」
「まさか、先ほどのものは…。」
『当たったか。説明は後だ。残りの二体にも、お見舞いさせてやるぞ。』
ドガーン
ドガーン
日光の山々に轟く、二つの銃声。
更にもう一体、荒魂が凍りついた。
『どうだ?』
「まだ、あと一体残っています!」
『マジかよ!すまん、一発外した!』
「これなら、いける。葉菜、ちょっとお願い。」
沙耶香は、まだ凍らされていない残りの一体を、二人で片付けようと思ったのである。
「…!…分かりました!行きましょう!」
沙耶香の考えを読み取り、葉菜もその策に乗る。
「一人は、民間人の保護に回ってください!それ以外の方は、凍っている荒魂を斬り祓ってください!僕は、隊長のフォローに向かいます!」
「「了解!」」
葉菜の指示のもと、隊員各々が動き出す。
『葉菜、俺は何かした方がいいか?』
「戦闘の方は、こちらだけでなんとかなりますから、現場に残る民間人を運ぶバスやノロの回収班の手配、あとはクレーン車などの重機を回してもらうよう、お願いします。」
『分かった。…沙耶香を頼む。』
「任せておいてください!」
通信を切り、二人は最後に残った荒魂に斬りかかる。
「はあぁぁぁっ!」
「どぅりゃぁぁっ!」
二つの斬撃が、荒魂を四分した。
こうして、第二いろは坂での戦闘は、刀使・民間人双方に死者を出すこと無く、終結した。
ー栃木県日光市 某温泉施設ー
「ふぁ~。一仕事終わった後の温泉は、また格別だわな。」
俺は、いろは坂での仕事を終え、効能が高いとされる温泉施設へと訪れていた。
ノロがスペクトラムファインダーの感知をすり抜けた理由だが、少し前の薫と沙耶香が関わった案件に、非常に酷似していた。
最初に荒魂を発見した観光客の話では、草木以外何も無い場所から、突然荒魂が巨大化して現れ、車両を襲い始めたそうだ。
「少し前といい、今回といい、一体何が起きているんだ?」
いずれにせよ、ここで考えたところで、何か分かるわけでも無かったため、本部に戻った時に、その件について会議でもしようかな、と思い、そこから意識を手離す。
「あとで、舞衣に連絡入れておくか。恐らく、沙耶香のことを心配しているだろうし。」
浴場には硫黄の匂いが漂い、濁った色の湯が体を覆い隠す。
温泉地特有の雰囲気が、自身の心身に安らぎをもたらす。
そんな彼に、ひたひたと足音が近づく。
「ん?…おかしいな。男で入浴するのは、俺だけだったような…?」
何故だか、嫌な予感を感じ取る。
「振り向くべきか?…いや、もし知らない人だったら、それはそれで迷惑か。」
「何が迷惑なんです?」
「いや、知らない人だったら……。って、葉菜!それに沙耶香も。」
なぜか、二人が彼の視線の先に居た。
「えっ、ここ男湯じゃあ…?」
「何言ってるんですか?この温泉、混浴風呂ですよ。」
「葉菜から、そう聞いてる。」
俺の頭が茹で上がったのかと思ったが、何度目をこすっても二人はそこに立っていた。…バスタオルは巻いていたが。
「…マジで?」
「マジも大マジです。…まさか、知らなかったんですか?」
思わず、飛び上がりそうになったが、自身の思考は意外なほど冷静であった。
「俺が入っている時間をずらす、とかあっただろうに。」
「さすがに、あなた以外の男性が入って来たら、何があるか分かったものじゃないですからね。」
「…貴方だったら、見られても怖くない。」
「…いや、それは舞衣に刺される。…まあ、魔除けみたいな扱いか…。分かった。二人が上がるまでは居よう。洗い終わって、浴場に浸かるまでは、なるべく遠くを見ておく。」
「…男の人なんだから、そっちの方が強いのかと思ったのですが?」
「正直、俺はヘタレだから、とっとと上がりたい気分だぞ。」
「…へたれ?」
「あー。沙耶香、聞かないでくれ。世の中、知らなくていいこともあるぞ。」
彼は、二人が浴場に浸かるまでの間、洗い場の方は一切見ることなく、胃をキリキリさせながら時間の経過を待つ。
チャプン、と音を立てて入る二人。
「ここが濁り湯で良かった…。」
「なんで?」
「そりゃあ、まあ。…その…。」
「糸見さん、あの人は二人が可愛くて直視できない、とこう言っているんですよ。」
「…可愛い…。」
「なまじ否定できないのが痛い。」
「「えっ。」」
「なんでそこでシンクロするわけ!?」
「いや~。……一人称が僕なものですから、間接でも可愛いと言ってくれる男の人って、いないんですよね…。」
間を空けて、沙耶香も口を開く。
「…私も…。舞衣やみんなは可愛いって言ってくれるけど、男の人からは初めて。」
「…何気に、地雷を踏んだ気がするんだが。葉菜は、諜報活動がてら、そういう素振りをしそうなんだが。」
「まさか。真面目が取り柄の僕ですよ。でも、ちょっと嬉しいです。……すみません、のぼせそうなので、先に上がりますね。」
「だったら私も…。」
その時、葉菜は沙耶香に、
「あの人にまだ、話して無いことありましたよね?」
と小声で告げ、沙耶香も頷いたので、
「沙耶香さんは、まだ貴方と話したいそうですから。私は先にお暇します。」
さっと浴場から上がる葉菜。
「あっ、ちょっ。…タオルの羽織り方、手慣れてたな…。」
彼は、葉菜は温泉好きなのだろうか?とも、彼女の去り際に感じた。
「それで沙耶香。話って?」
「うん。…私、今まで任務のことだけしか、考えてこなかった。でも、舞衣や可奈美、葉菜やみんなが私に暖かい熱を与えてくれた。」
「そうか。」
「だから、私はみんなに恩返しがしたい。可奈美には届かないかもしれない。でも、出来るならみんなを守る剣になりたい。」
「それが、沙耶香の見出した答えか?…いいんじゃないか。…その道は、険しいものかもしれないが。」
「もっと、私、頑張りたい。」
「あんまり、無理するなよ。」
そう言って、彼は沙耶香の頭を撫でる。
「…貴方の手、暖かい。」
「?そりゃ、温泉だしな…?」
(舞衣が差し伸べてくれた、あの暖かさが、この人にはある…。)
口に出すことは無かったが、沙耶香は舞衣や彼のような人を守る剣を、自分なりに作り上げようと強く思った。
日暮れ近い、紅葉飛び交う秋の日光は、青空から暗闇に変わろうとしていた。
ご拝読頂きありがとうございました。
…なんかこう、荒魂との戦いばっかになっているような気が…。
気のせいであると思いたい。
次話は薫編になります。
それでは、また。