今回は沙耶香編その6 前編をお届け致します。
時系列は、東京決戦から二ヶ月後の頃になります。
それでは、どうぞ。
タギツヒメ及び近衛隊との東京決戦から二ヶ月。
隠世との融合を免れた現世は、様々な深い傷跡を負っていたが少しずつ日常を取り戻していた。
しかしながら、タギツヒメを封じに行った可奈美と姫和は、未だに行方不明のまま。
最後まで一緒に居た沙耶香をはじめ、多くの仲間達は深い哀しみを負いながらも、その生存を信じ日々荒魂との戦いにあたっていた。
ー福島県いわき市 スパリゾートハワイアンズー
付近で群体の荒魂が出現したと通報を受けた、沙耶香などの精鋭部隊で組まれた特別遊撃隊。
後に特務警備隊に改組されるこの部隊だが、今回は沙耶香を筆頭に複数の刀使やサポートメンバーが送り込まれていた。
その中には、東京決戦を戦い抜いた彼の姿もあった。
駐車場の一角を借り、臨時の指揮所を設置して、施設方向へと進行する荒魂をどう食い止めるのか、真希や沙耶香、彼などで話し合う。
「…今の荒魂の進路だとマズいな。このままだと、数千人規模の利用客・従業員が荒魂に無抵抗に襲われかねない。」
荒魂の予測進路上には、この大型レジャー施設が見事に入っていた。
早くに手を打たなければ、被害がどれ程のものになるか予測すらできない。
「◯◯(彼の苗字)、君の部隊で試験運用中のあの武器は使えないのか?」
横にいる真希が、彼へ確認を取る。
「対荒魂用拘束ユニットのことか…。使うには使えるが、寒冷地での使用はまだ試したことがない。しかもこの気象条件じゃ発砲・発射した時に、山中だと刀使が雪に足を取られて、荒魂ごとその凍結作用に巻き込まれる可能性がある。これだけ気温が低ければ、凍結速度もなお速い。精鋭部隊だからといっても人間である以上、不測の事態は想定しておくべきだろう。」
「…そうなると、やはり僕達刀使が直接叩くしかないのか。」
「前日が大雪だったのが仇になったな…。一般の特祭隊員が山へ乗り込むには、今日のような晴れた日なら雪崩の危険性もある。」
頭を抱える真希と彼。こんな時、寿々花がいればまた違った案を出せるのだろうが、残念ながら彼女は別件の荒魂討伐で東京に居る。
「…沙耶香。アイゼン付きの長靴を履いた状態で、荒魂と戦うことはできるか?」
彼の隣にいた彼女は、目を瞑り首を横に振る。
「××(彼の名前)、それはできない。なぜなら、動作がどうしても遅れる。私はともかく、他の刀使が同じように動けるとは限らないから。」
「…そうだよなあ。」
いくら沙耶香自身が無念無想を使えるとはいえ、周りの刀使が彼女のように動けるかは全く別の話である。まして、普段の運動靴とは異なる長靴で動き回るとなれば、動きが鈍くなりやすくなる。
「…せめて、普通の地面で、足を取られにくければよかったんだがなあ…。」
「いっそ山に爆撃でもするかい?」
「そこは真希、山狩りって言ってくれよ。…幸いだったのは、荒魂の現在位置は掴んでいることか。……いや、待てよ。やりようによっては、いけるかもしれない。」
ふと、妙案が浮かぶ彼。
「××。何か、思いついたの?」
「あんまし、やりたかないものだけどな。」
そう言って、一般の特祭隊員に指示を出す。
「今から、トラックに融雪剤を大量に積み込んでもらいたい。場所は、ここだ。」
「…!まさか、君はここを戦闘区域にでもする気かい!?」
彼の意図に気がついた真希は、彼の正気度を疑う。
「どのみち、荒魂はこのレジャー施設を目指しているんだ。ここで備えるほか、この状況じゃ考えられないだろ?」
「…××、私達はどうしたらいい?」
「沙耶香は斬り込み隊長として、最初にやってくる荒魂達の対処を頼む。沙耶香以外にもあと二、三人は同じような役割を頼む。…頼まれてくれるか?」
「…うん、分かった。」
「ありがとう、沙耶香。…気を付けてな。」
「行ってくる。」
沙耶香は二人ほど他の刀使を連れて、先に展開ポイントまで向かう。
「行っちまったか…。」
「そんなに不安かい?」
隣で真希が彼に訊く。
「まあな。沙耶香は元々華奢な方だ。あまり長時間寒いところに居させるのは、はっきり言って危険だ。」
「その割には、僕にはあまり注意喚起を促さないんだね。」
「…ぶっちゃけ言うが、真希。上はともかく、そのミニスカートとスパッツで下は寒くないのか?」
「なに、僕だって対策くらい…、……くしゅん。」
小さくくしゃみをする彼女。
「…言わんこっちゃない。真希、お前はここで指示出す側に回ってくれ。風邪引かせて帰したら、それこそ寿々花に怒られる。」
「…悪いね。」
「取り敢えず、ストーブに当たって体を温めろ。…俺は沙耶香達の後を追う。準備しなきゃならないことがあるしな。」
「…分かったよ。」
「じゃあ真希、行ってくる。」
そう言って、臨時指揮所を後にする彼。
「……全く、僕のことといい、糸見のことといい。あの男は、本当に人に気を回すのが上手いものだ。…へっ、くしゅん。」
臨時指揮所に残された真希は、彼のことを思いつつ、自身が万全の状態になるようにストーブで体温を上げる。
耐雪装備で動き回るには厳しい環境のなか、比較的雪の積もりが浅いアスファルト舗装を駆ける、彼と四人の一般特祭隊員。
「しかし支援隊長、駐車場で討伐するとは本気ですか!?確かに冬期は閑散期であるとはいえ、従業員の車両だって止まっているんですよ!」
彼の後ろから、ある特祭隊員の声が上がる。
「放っといたって、どのみち荒魂達はここにやってくるんだ。それに、下手に山の傾斜地で戦ってみろ!雪に足を取られて部隊が壊滅しかねんわ!だったらこれしかないだろ!」
「…失礼いたました、隊長。」
「俺達の役割は、沙耶香達の突入支援だ。全員車両の陰に隠れたりしつつ、弾幕を張り続けろ!…クソ寒いが、ここを抑えれば施設の温泉でゆっくりできる。全員、生きて体を温めるぞ!」
「「おうっ!!」」
野郎共の声が後方から響く。
(…沙耶香、ちょっとの間だけ待ってくれ。すぐ追いつくから。)
先行した彼女を気にしつつ、戦闘区域に設定した施設の駐車場へ急ぐ。
だが、実際には既に現地では戦端が開かれようとしていた。
「糸見隊長、どうしましょう。」
「あと三十秒ほどで荒魂がここを通過します!ご決断を…。」
(××…。)
荒魂討伐の場合、二つのパターンがある。刀使単独で行う場合と、一般の特祭隊員の支援を受けながら行う場合だ。今回の場合は後者で作戦を立てていたのだが、本来の想定以上に荒魂の大群の方が速く戦闘区域に到達しそうな状況であった。
ここを突破された場合、事前の作戦はご破算どころか部隊の再展開に時間を要し、最悪の場合、事態が最悪な方向に転がりかねなかったのである。
「…私が、あの大きな荒魂を斬る。二人は小さな荒魂を、お願い。」
「糸見隊長、それはさすがに危険です!いくら貴女でも、あんなサイズの荒魂相手では身が危険です!」
彼女が対峙しようとしていたのは、ビル三階分に匹敵するほどの高さを持つ荒魂だった。
「…でも、どうする?このままだと、荒魂は真っ直ぐ通り過ぎる。」
「応援が到着するまで、時間を稼ぎましょう。いくら大群だからといって、無限に湧き出るようなあの東京の時とは、とても比べものになりません。」
「…分かった。行こう。」
先陣を切って、沙耶香が荒魂へ向かって跳躍する。
「はあぁぁぁーーっ!!」
一般の特祭隊員の展開が終わる前に、戦闘の火蓋が切って落とされる。
ドオォォーン!
彼らが向かう駐車場の方向から、爆発音と黒煙が上がる。
「隊長!あれ!」
「!?―もしかして、もう始まったのか!全員急ぐぞ!」
異変に気が付いた彼らは、大量の装備を抱えながらも足早に現場へ急行する。
「これは…、不味過ぎる。」
戦闘区域に指定した駐車場では、多くの車が荒魂に踏み潰されるなどして、爆発炎上。
先行していた沙耶香達は、荒魂と既に戦い始めていた。
「沙耶香!!」
「!?」
「俺たちの展開まで、一分時間をくれ!」
「××、分かった!」
着ていたベンチコートを脱いで、普段の制服と動き難い長靴で荒魂と応戦する沙耶香。
彼女以外に先行していた二人の刀使も、どうにかこうにかそれぞれで対峙する荒魂と、互角にやりあっていた。精鋭部隊に選ばれるだけの実力はあるが、それでも数的不利に変わりはない。
「本部、至急応援の刀使達を送ってくれ!このままじゃ、沙耶香達が押し込められちまう!」
『◯◯、今から僕達も向かう。五分だけ耐えてくれ!』
無線を返した真希が、そう強く言う。
「五分だな!何とかここに居る人間でどうにかしてみる!ともかく、急いでくれ!」
『了解!』
緊急通信を終える二人。
「隊長、どうしますか?」
「この班を二つに分ける。俺とそこの二人は、沙耶香が戦っている荒魂に弾を撃ち続ける。残りの二人は、拘束ユニットを展開し終え次第、地面に向けて撃ち続けろ!」
「地面にですか!?」
「荒魂を足止めさせるか滑らせるには、この場は最適の環境だ。ただし、刀使には絶対当てるな!!」
「「はっ、はい!」」
半ば固定砲台組の二人を先に行かせる。
その場に残った彼を含めた三人は、
「これより、真希達が来るまでの間、沙耶香の援護を行う。全員、セーフティー解除!発砲用意!…沙耶香、弾に気をつけろぉー!!」
三つの89式小銃の銃口が、荒魂に向けられる。
「撃てぇー!!」
一斉に放たれる弾丸。無駄だと分かっていても、それは彼女達の援護をしない理由にはならない。
(真希、急いでくれ!沙耶香が持ち堪えられるのは、そんなに長くない!)
内心そう思いつつ、彼女の援護射撃を続ける。
沙耶香の方も、出せる力を目一杯まで上げていた。
(…!ここは硬い。他に斬れるところは、無いの?)
あちこちこの大型荒魂の身体へと刃を当てているのだが、彼女一人では、戦いながらウィークポイントを探し出すのは困難な状況であった。
「××!この荒魂、硬い!」
「えっ!何だって!」
弾幕を張り続けていたこともあり、彼の耳には彼女の声が非常に聞こえにくくなっていた。
「荒魂が!硬い!」
「あら、だま、かたい…、『荒魂硬い』か!分かった!」
普段絶対に大声を出さない沙耶香の声が、うるさすぎる発砲音で聞き取れない中、読唇術でどうにか彼女の言っていることを把握する。
「どいつか、対戦車弾持っているのはいるか!?」
「あります!」
駐車場に来た際に、対荒魂拘束ユニットと一緒に置かれた、110㎜個人携帯対戦車弾*1を差し出す他の隊員。
「こいつで、あの荒魂の外殻を吹っ飛ばす!」
「ですが、荒魂に通常兵器は…。」
「ああ。だが、荒魂の外殻の耐久力を弱らせることはできる。二人は、両サイドから銃撃を。俺は正面から、荒魂の土手っ腹にコレを撃ち込む!」
「「はいっ!!」」
次いで、改造した対物ライフルから地面目掛けて急速冷凍弾を撃ち続ける、残りの二人に通信をかける。
「…拘束ユニットをぶっ放している二人!デカブツを今からこっちでどうにかするから、他の二人の刀使の援護を頼む!」
『『了解!』』
牽制射撃を行いつつ、駐車場中へ急速冷凍弾を撃ち込む。少なくとも、地面を這うタイプの荒魂の進行速度は、摩擦係数のあまりない凍結面に足を取られ、遅くなった。
「沙耶香!こっちへ!」
「!?」
彼は大声で、彼女を自分のもとに呼ぶ。
その声を拾った彼女は、迅移で此方に飛んでくる。
「××、どうしたの。」
「沙耶香、まだ身体は平気か?」
「うん、大丈夫。…でも、長くは保たない。」
「やっぱりか。時間が無いな。」
「どうするの?」
「今からコイツで、あの荒魂の硬い外殻を吹っ飛ばす!沙耶香は、コレを撃ったあとに外殻が弱くなったところへ、御刀を突き立てろ!」
「…でも、××は?」
大丈夫なの、と聞こうとしたのだが、彼自身がそれを遮った。
「俺のことはいい!コレを撃ったら、すぐに間を詰めてくれ。向こうが爆風で沙耶香の姿が見えなくなった瞬間が、攻撃のチャンスだ。行ってくれ!」
そう言って、対戦車弾を荒魂へ撃ち込む彼。
バオン
ブシューーッ!
「行け!沙耶香!」
コクリと頷いた彼女は、無念無想を発動し迅移の速度を上げる。
数十m先の大型荒魂に命中する、対戦車弾。
その爆発が終わった直後に、沙耶香の《妙法村正》が深々と荒魂に突き刺さる。
「はあぁぁぁぁーーっ!!」
力一杯、荒魂の身体を薙ぎ祓う。
その威力は、大型荒魂を両断するには十分なものだった。
「ふう…。やったか。」
思わず呟いた彼。
「あっ、しまった!フラグだこれ!」
そう言った直後だった。
上空から一体の鳥型の荒魂が、彼のもとへ急降下してくる。
「―!××、上!」
精一杯の声で、彼に気づかせようとする彼女。
先ほどの荒魂を討ったことで、一段落したと思っていた沙耶香は、彼に迫る死の予感を瞬時に感じ取った。
残念ながら、初期の荒魂との戦いにより、彼女の身体は既に限界ギリギリだった。気を抜けば、すぐにでも写シが剥がれそうな状態だ。
(…××が危ない。なのに、体が動かない。)
こう思っているうちにも、荒魂は彼との距離を詰める。沙耶香は、それに為す術が無かった。
「―!××、上!」
沙耶香からの声が聞こえた彼。
ふっと上を見上げると、超高速で彼目掛けて荒魂が降下してくる。
「マズいっ!!」
彼女の声が聞こえなければ、間違いなくあの世行きであっただろう。
慌ててその場から離れようとした。
だがしかし。
荒魂は、飛行機が垂直に墜落してくるように、亜音速で駐車場に激突する。
まるで死神の鎌の如く、それは降り落ちてくる。
ドドーンッ!!
その衝撃は固いアスファルトを簡単に押し砕き、黒い舗装が波を打つ。
この破片は、彼の身体にも襲い掛かる。
「なっ!」
彼目掛けて、拳大のアスファルト片が真っ直ぐ突っ込む。
火山弾が高速で人に向かってくるのと同様に、それは彼の鳩尾に食い込む。
「ぐほっ!」
そのアスファルト片の速度も加わり、彼の身体は荒魂に攻撃されずに停まっていた車両へと激突する。
バコン
激しく車体にめり込んだまま、彼の意識はそこで途絶えた。
「××!」
その瞬間を目撃していた沙耶香。
重い身体を動かし、彼のもとへと駆け寄る。
「××!××!…そんな…。」
彼からの反応は、ない。
(さっきまで、笑顔で私を送り出してくれたのに…。)
近くでは、先程彼の方に突っ込んできた荒魂が、土から全身を這い出そうとしていた。
その時、彼女の中で、何かが切れる音がした。
「……うあぁぁぁーーっ!!」
慟哭とともに、沙耶香は鳥型の荒魂目掛けて、無数の斬撃を行う。硬かったはずの荒魂の身体は、飴細工のようにいとも簡単にノロへと還る。
限界だったはずの彼女は、怒り狂ったように次々と荒魂を倒していく。
「糸見隊長が…。凄い形相…。」
「私達には、あれを止められない…。」
何とか荒魂を押し返せた、他の刀使二人。
突然の沙耶香の変貌ぶりに、二人は立ち尽くしていた。
「おい!君たち、無事か!」
そんな状況下で、ようやく真希が応援の刀使などを引き連れて、戦闘区域に到着する。
「獅童隊長!」
「糸見は!」
「…今、あそこで荒魂を斬っているのが、糸見隊長です。」
「―はっ!?」
あまりにも速く、しかしながら怒りと悲しみに満ちた暴走をしながら、荒魂を続々と斬り祓っていく。いつも以上に動くそれは、まるで蝶の演舞だった。…涙を零しながら斬り祓っているという、一点を除けばだが。
「―そういえば、彼は。彼はどうした!」
「獅童さん!大変です!」
真希を呼んだのは、彼が率いていた隊の一人だった。
「―○○!」
その視線の先には、口から血を吐いて動かない彼の姿があった。もたれ掛かる車の側面には、人型の激しい衝突痕が残る。
「○○!○○!おい、しっかりしろ!」
「荒魂が、○○さんの近くに落ちてきて…。あっという間でした。」
彼の身体の傍らには、アスファルト片が転がっていた。恐らく、これが彼に壊滅的ダメージを与えたのだと気付く真希。
全員が動転していたなか、彼女は冷静に手首付近から脈をとる。…最悪の可能性を覚悟しながら。
…ドクン、…ドクン。
彼女の手に僅かに伝わる、彼の命の鼓動。
「……!!まだ生きてる、生きているぞ!」
彼はまだ、死んでいない。
「自発呼吸は…、辛うじてしているのか。」
彼女が彼の口の前に手を当てると、微かに吐く息を感じる。
どうやら、着ていた防弾チョッキが、間一髪のところで彼の命を繋いだようである。
そして、真希は彼がこうなった後の状況を、二人の刀使から聞く。
「○○さんが動かなくなってから、糸見さん、急に動きが変わって…。」
「あの状況で、突然でした。そこから、バッサバッサ荒魂を斬り刻んでいって…。」
この二人の証言から、真希は沙耶香が暴走している理由を察した。
(まさか、糸見。君は彼のことが…。)
普通の特祭隊員ならば、彼女がここまで怒り狂うことは考えられない。だが、日頃から親しかった彼ならば、話は別だ。
「聞け糸見!○○はまだ生きている!おい、糸見!」
真希の声は、沙耶香の耳には届いていないようだった。
そうしている間にも、彼女は荒魂を斬り続けている。
「このまま我を失ったままだと、糸見の身体が壊れてしまう。どうにかできないのか…。」
既に応援の刀使が介入したことで、荒魂の掃討は進んでいた。そちらの方での問題は解決したのだが、誰の声も届いていない沙耶香を、仮に力づくで止めるには、実力的に真希が直接あたるしか、この場の刀使の中ではいなかった。
「…ガハッ、ゴホッ。」
そんな時、彼が少し血を吐きながらも、意識を取り戻す。
「○○!意識が戻ったのか!?」
「真希…か。…状況は。」
「それどころじゃない!君が意識を失っていた間に、糸見が暴走している!」
「…沙耶香が。何で、―ウグッ!」
胸に受けたダメージが酷く、息が整わない。むしろ、軽自動車が中破するほどの威力を受けて、意識を取り戻した方が奇跡的であるのだ。
「ぶつかった時に、全身にダメージを分散させていたのが良かったみたいだね。…○○、深傷を負っているところ悪い。糸見を止めるのに、力を貸してくれ。」
「…分かった。…まず、沙耶香を…止めないといけないんだろ。…全部、…後で聞く。」
「すまない。」
そして、真希は沙耶香とともに来ていた二人の刀使に、彼の両脇を抱えるよう頼むと、暴走中の沙耶香のもとへ跳躍する。
(…なんで、なんで。…××は、温かい人だった。なのに、なんで。)
自分でも分からないくらい、怒り、嘆き、悲しみ、怨みなどの様々な感情が、ない交ぜになって沙耶香の心をぐちゃぐちゃに揺さぶる。
荒魂をよく考えて斬るという、薫からの教えが追いやられてしまうほどに、荒魂を無作為に斬る今の行動は、可奈美達と出会う前のように、何も考えていないようなものになっていた。
「糸見ー!!」
そんな彼女に近づく真希。
「!?―なんで、なんで早く来てくれなかったの!?」
「落ち着け!糸見!」
錯乱状態の沙耶香に対処するため、御刀を抜いた真希。
駐車場の上空で、互いの刃がぶつかり合う。
その時、カーンという金属同士が弾き合う音が響く。
「貴女達が!もっと早く来ていたら、彼は死ぬことなんてなかった!!」
普段の彼女からは考えられないほど、感情を表に出していた。真希は、沙耶香の精神を落ち着かせるために、必死に呼びかける。
「糸見!彼はまだ生きている!お前が錯乱してどうする!」
「―生きて…いる?」
「ああ、彼は気を失っていただけだ。生きている。本当のことだ。」
「ホントに…。」
真希に向けていた警戒の姿勢を、解き始めた。
そして。
「沙耶香!…俺は、大丈夫だ!」
遅れて、二人の刀使に両脇を抱えられた彼が、彼女の前に姿を現す。
「…よかった。」
それを見た彼女は、安心したように倒れる。
「沙耶香!!」
彼女が完全に倒れる前に、自分の怪我の程度など忘れて支えに回る。
その光景を見届けた真希は、ほっと安堵の息を吐いた。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
もし、沙耶香が感情的になったらどう動くのだろうか?という筆者の視点からも、今回書かせていただきました。
後編に続きます。
次の投稿まで少しお待ちください。
感想等ございましたら、感想欄・活動報告へお気軽にご投稿頂ければと思います。
それでは、また。