刀使の幕間   作:くろしお

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どうも、くろしおです。少し間が空きました。

今回は沙耶香編その6 後編です。
時系列は前編の翌日に進みます。

それでは、どうぞ。


⑨ ステップ・バイ・ステップ

 ー福島県いわき市 スパリゾートハワイアンズー

 

 荒魂との戦闘終結後、彼や沙耶香達は併設の宿泊施設へと搬送された。というのも、周辺の道路が荒魂の襲来とともに、あちこちで陥没などの被害を受けてしまったため、復旧に時間が掛かることが分かったからだ。

 応急処置は済ませていたこともあり、精密検査は鎌倉に帰ってからにはなるが、同行していた医師の診断としては、アスファルト片が当たった衝撃がちょっと肺胞にダメージを与えた程度との話だったため、ここでしばし静養させてもらう次第になった。

 施設側も荒魂撃退のお礼として、一部の施設を利用させてもらえることになった。

 

「すまないな、真希。先に鎌倉に帰すようなことになって、悪い。」

「気にするな、と言いたいが糸見の件もあったしな。…君と糸見は、少し休んでから戻って来い。」

 

 軽傷・無傷の刀使は、先にヘリで鎌倉へ帰投することになった。真希も今回の件を報告するべく、先に戻る。

 周辺の道路の復旧は一日あればどうにかなるとのことだったため、施設を利用している人々は翌日以降離れられるという。最も、それまでは施設内で快適に過ごした方がいい、と考える客の方が圧倒的ではあったが。

 

「恩に着る。」

「それに、今は隣で寝かせている彼女を落ち着かせられるのも、この場には君しかいない。頼んだよ。」

「沙耶香が俺と同室であることは、大丈夫なのか?」

「なに、君の場合は奥手だろう?糸見に酷いことをしないのは、いくら僕でも分かるさ。」

「…分かった。」

「それじゃあ、邪魔者は退散するとするよ。」

 真希が去ったあと、部屋の扉が自動で閉まる。

「別に邪魔者なんて、思わないけどな…。」

 真希が去り、ツインの室内には沙耶香と彼だけになる。

 

 

「…真希が居なかったら、沙耶香もどうなっていたことやら…。それに、さっきの話で気になることもあったしなぁ…。」

『君が気を失っている間に糸見が暴走した理由だが、恐らくは…。いや、これは僕が語るべきことじゃないだろうね。糸見が起きれば、その理由は分かるだろう。』

 含みのある言い方をしてとっとと去った真希に、少し溜め息を吐いた彼。

「…引っかかるような言い草だけしておいて、多くは語らずっていうのは卑怯だと思うんですけどねえ。真希さんよ。」

 この場には居ない彼女の言葉を考えつつも、ともかく体を無理に動かさないようにする彼。今はただ、沙耶香の目が覚めるのを待つ。

 

 

 

 

「……ん。…ここは。」

 真希が発って一時間後、心身の疲労に襲われていた沙耶香の目口が開かれる。

「目が覚めたみたいだな。無事か、沙耶香。」

 隣のベッドで横になっていた彼が、少し起き上がる。

「××(彼の名前)…、××!」

 顔を驚かせながらも、ベッドから飛び出して彼の傍に寄る彼女。

「ケガは…?」

「沙耶香が心配するほどじゃないさ。この通りだ。」

「…良かった。」

 安心したように、表情が柔らかくなる彼女。

 実のところ、できるだけ安静にしておけ、と言われる程の怪我ではあるのだが。

 

「沙耶香が寝ている間に、舞衣にも連絡しておいたぞ。心配していたが、大丈夫だと伝えたら『二人とも無事で良かった』と返してきたよ。あと、鎌倉に戻ったらクッキーを振る舞うってさ。」

「舞衣…。××も、ありがとう。」

「俺はお礼を言われることなどしてないさ。…さて、沙耶香。体の方は大丈夫か?」

「平気。任務があっても出られる。」

「今、荒魂討伐の任務は無いさ。…まあ、強いて任務という意味で言えば『この施設で心身の保養をしろ』というくらいか。」

「保養?」

「真希や本部からも承諾済みだ。どのみち、俺はケガ人だから戻ったところで医療施設送りだし。道路の復旧まで、ここでまったり過ごしてこいだとさ。」

「…分かった。」

「ケガしてなけりゃ、沙耶香と一緒にプールに入れたんだろうが、やむを得まい。傍には居るから、楽しんでこいよ。」

 本音としては、ここで籠もって陰鬱な空気になるよりも、開放的な空間で色々発散した方がいいという、彼なりの考えもあった。

「××がいるなら、私はどこでも構わない。」

「そうか…。そういや、沙耶香。水着はあるのか?」

「舞衣と一緒に選んで、買ったものを持って来てある。」

「んじゃ、行くか。…俺達が守ったプールへ。」

 そして、なるべくゆっくり歩きつつ真希から渡された入場券などを持って、一度屋内プールへと向かう。

 

 

 

 

 冬場ということもあり、夏季の繫忙期に比べれば人は少なかったものの、やはり中は人で溢れていた。

「やっぱ、活気があるっていいことなんだな。」

「××は、こういうところ好きなの?」

「いや。普通の人と同じくらいだ。…でも、ここは様々な苦境や逆境を乗り越えてきたからな。」

「そうなの?」

「あの大震災後の長い風評被害にも負けず、立ち直ってきていたんだよ。それを荒魂に壊されるのなんて、俺は嫌だしな。…まさか、自分が手酷くやられるとは思わなかったが。」

「××…。」

「おっと、話が逸れた。沙耶香、一人でも楽しめそうなところがあれば行ってきていいからな。どのみち、俺は激しい運動はできないし。その辺のベンチに座るとかしているから。」

「うん…。」

 一旦別れる二人。鈍い彼は、沙耶香が別れ際に見せた寂しげな目線に気が付かなかったようだが。

 

 

「さて、沙耶香が戻ってくるまでの間に、何か買っておくか。」

 彼自身も、正直なところとしては沙耶香と一緒に、プールで遊びたい気持ちはある。

 だが、もしここで激しく動こうものならば、折角体内で癒着しかけている患部が再度開きかねない。彼女と過ごす時間を長くするために、あえてここは我慢する必要があった。

「そういや、沙耶香の水着姿を見るのって初めてだったっけか。夏場は俺の方がやたらと動き回っていたこともあって、海やら鎌府以外のプールとかには行けてないんだよな。」

 

 舞衣達に誘われて行ったというのは聞いていたのだが、むしろそういう場には男の自身は居ない方が正解であるとも思っていたため、それはそれで良かったと思っていた。まして、彼女達の絆を想えばこそ、野郎は引っ込むべきであるとも。

 

「…俺も素直じゃないよなぁ…。ただまあ、自分の妹よりも年下の子のことを考えるってなると、麻美*1がドン引きするのは間違いないだろうなあ…。いざとなったら、説得するしかないか。」

 

 彼もそろそろ沙耶香との関係をどうしようか、考えている部分はあった。とはいえ、まだまだ幼い部分も多い彼女に、彼氏彼女というような男女関係の意味を正しく教えたうえで、その承諾を得るというのはとても簡単な話ではないだろう。

 誰しもが淡い恋心を抱くのは構わないにせよ、彼女の場合は、他者が言っていることをそのまま鵜呑みにしてしまう可能性がある。その点において、より慎重にならざるを得なかった。

 

「…いつ死んでもおかしくない身であるからこそ、沙耶香に黙っておくのも手ではある。でもなあ…。」

 今の曖昧な関係性でもいいとは思っていたものの、その選択を安易にできない要素があった。

 真希から聞き、実際に僅かながらも目撃した彼女の暴走。あの暴走の主因が、ただ単に荒魂の攻撃が引き金になったとは彼でも思わなかった。

「本人に聞かないことには、何も分からないか。…今後、同じことが起こらないとも限らないし。」

 あの暴走が一過性のものなのか、それとも再発する恐れがあるものなのか。自身の職務にも関わってくる部分だけに、原因究明を行わない選択は彼の中にはなかった。

「はぁ…。こんな時に舞衣が居たら、だいたい解決しそうな気もしなくないんだけどなあ…。」

 残念ながら沙耶香が頼る彼女は、この場には居ない。自力でやるしかないのである。

 

 

 

 

「××、戻ったよ。」

「お帰り、沙耶香。」

 一しきり、流れるプールやウォータースライダーなどを体験してきた彼女。一人でも楽しめるものではあるが、カップル向けなどのものが多いため、それらの楽しみはどうやっても半減してしまう。だからなのか、沙耶香もどちらかといえばつまらなさそうな表情をしていた。

「飲み物買っておいたんだが、要るか?」

「もらう。」

 彼が事前に買っていた、施設内の店舗で販売してある二つの南国風のドリンク。一つは彼の手の中にあり、少し飲んでいたこともあって嵩が減っていた。そのため、彼は近くに置いていたもう一つの方のドリンクを飲むのだろうと、勝手に思い込んでいた。

 

 

 

 

 だが、沙耶香は彼の手の中にあったドリンクのストローへと、口を付ける。

 

 

 

 

「えっ!?」

「…?…どうか、したの?」

 素っ頓狂を上げた彼と、その理由に気がつかない彼女。彼が声を上げたことに、首を傾げる。

「あっ、いや。……何でもない。」

「…××、顔が赤い。」

「あー、気のせいだろうよ。うん。沙耶香の気のせいだ。」

 

(何言ってんだ俺はぁっ!!―何も無いわけないだろ、間接キスだぞこれ!)

 

 沙耶香から顔を逸らした彼だが、無理もない。まさか、自分の飲んでいたものへ彼女が口を付けるとは予想もしていなかったからだ。最も、彼も沙耶香の分のドリンクを差し出していたわけではなかったため、手元にあった彼の分のドリンクを欲したのは偶発的な事故とも言えた。

 

(落ち着け、適当に言ってごまかす…。いや、できねぇよ!下手したら、沙耶香のファーストキスを事故という形で奪ったことになりかねないんだぞ、俺は!)

 

 女遊びが上手いような人間であれば、この場を普通に乗り切ることができるのかもしれないが、彼の性格的にそんなことを許せるはずもなかった。だが、こんな大事を軽々に言っていいものではない。

 

(くそぉーっ!こんなんだったら、糸崎か三原*2あたりに聞いておくべきだった!こんな時の対策なんて考えてねぇよ!)

 一人、頭の中で葛藤する彼。

 沙耶香の方は、そんな様子の彼に頭上でクエスチョンを浮かべながらも、彼が途中まで飲んでいたジュースを飲み切った。

 

 

 

 

 その後、ドリンクを飲み切った二人は、水着のままでも入浴ができる温泉エリアへと進む。

 ケガへの効能があるとは限らないが、日頃の疲労感を取り崩すにはこの場所は最適であった。また、プールと異なりあまり動かなくても済むというのは、今の彼にとってみればありがたい場所でもあった。

 

「沙耶香、悪いな。俺のために、わざわざこっち側についてきてもらって。」

「ううん。私も、少しお湯に浸かりたかったから。平気。」

「どっこいせ。…あー。ゆっくり足伸ばせるなんて、ホントいいわな。」

 先ほどまでのことは一旦脇に置き、この環境で心身を癒そうと思う彼。

「海外だと水着を着て入浴するところもあるんだが、日本だとこういう場所って珍しいから新鮮だな。」

「私も、初めて。」

「沙耶香は、もっと色んなことを経験していいと思うな。もう、高津学長に縛られていた頃の沙耶香じゃない。自分の意思をちゃんと持った娘なのだから。やりたいことはなんでもやってみるもんだ。」

「前に、舞衣にも同じことを言われた。私がしたいことをすればいい、って。…でも、私は舞衣達と一緒に居ることで色んなことをすることができた。それなら貴方との時間も、私は大切にしたい。」

「沙耶香…。」

 彼女は少し口を止めると、再び彼に語り始める。

 

「…昨日、貴方が荒魂の攻撃を受けて、気を失っていた時。私は、とても悲しい気持ちになった。いつか死ぬかもしれない、そう言っていた貴方の言葉が、本当にそうなったようで嫌だった。」

「…それで、荒魂に対して怒りを抱いた、ということか。」

「本当は、薫の言っていたことを守るべきだった。よく考えて斬る、そのことを。…でもあの時は、貴方を喪った気がして、気がついたら我を忘れてた。」

「なるほどなぁ…。どおりで、真希が驚いていたわけだ。」

 だが、たかだか一特祭隊員が死んだ(実際はそうではないが)くらいで、沙耶香が大きく豹変することになるのも、自分の中ではどこか解せないところがあった。

「沙耶香。こう言うのはあれなんだが、そこまで俺は大した人間じゃないぞ。言ってしまえば、俺は組織的には変わりがきく人間だし。そんな情を掛けるような人間でも…。」

 

 そう言った途端、沙耶香がバッと彼の手を掴み、ブンブンと首を横に振る。その時に、水飛沫が少し立ったが。

「そんなことない。貴方の代わりは居ない。…私は、貴方のいない生活なんて考えられない。なぜなら、貴方は私に熱を与えてくれた一人だから。」

「…そういうもんかね…。」

 

 彼女の言っていることは率直に嬉しかった。

 彼自身も沙耶香のことを想っているのは、事実そうである。だが、この時は肯定も否定もしなかった。

 とはいえ、そんなことをおくびに出すわけにはいかない。まして、周囲に人がいるこの場所では尚更言うのが憚られる。

(言うにせよ、それは部屋に戻ってからだな。)

 ともかく、彼は彼女と横に並んで温泉に浸かる今の時間を、堪能しようと思うのであった。

 

 

 

 

 温泉エリアでのやり取りを経て、体を拭いた後に施設内のレストランで食事を摂った二人。ハワイの料理などが食べられる場所でもあるのだが、二人とも少食傾向であるため、食への出費は抑えられた。

「流動食にならずによかったとはいえ、ものの一泊程度じゃ、レストラン系全部を回るのなんか不可能だったな。」

「でも、あのロコモコは美味しかった。」

「そうだな。また来てみたいもんだ。今度は舞衣達も一緒にな。」

「うん。…××、今日私と一緒で楽しかった?」

 おもむろに、沙耶香が彼に問い掛ける。

「それは勿論。…プールに一緒に入れなかったのは、正直残念だったが。沙耶香の楽しむ姿を、遠目からでしか見ることができなかったし。」

「…そう。」

「取り敢えず、部屋に戻るか。」

「分かった。……。」

(××と一緒にいると、いつも心が温かく感じる。この温かさは、舞衣達と一緒に居る時のものと少し違う。…でも、すごく心地いい。私は…。)

 

 彼女自身も、彼との時間が楽しいものになっていた。これもまた、今まで蓄積されてきた彼との関係性の深化が大きい。だが同時に、舞衣達と一緒の時の感覚とは、また別のものであることも薄々気がついていた。

(前から感じるこの気持ち、一体何なんだろう。)

 その気持ちの答えは、すぐに彼から語られることになる。

 

 

 

 

 着替えを済ませて部屋に戻り、ベッドに横たわる彼。

 沙耶香は室内の椅子に腰を下ろし、その座面で体育座りをする。

「××、具合はどう?」

「一時に比べればだいぶ楽だ。沙耶香が今日一日中、一緒にいてくれたお陰だろうな。」

「…××。一緒に横になっても、いい?」

「一緒にって、俺のベッドにか?」

「うん。…ダメ?」

 普段の生活からでは、こうしたことを言うのが想像できない彼女。少し考えたが、彼は一言添えて受け入れる。

「沙耶香。俺だからいいが、今度他の男にこんなことを言ったらダメだからな。只でさえ沙耶香自身は可愛らしいのに、勘違いを起こして連れ去るような人間も出かねないんだし。」

「可愛らしい?」

「ああ。」

「…前にも、同じことを××は言っていたよ。可愛らしい、って。」

「実際そうだからなあ。…まあ、鎌府は女子校だし、その実感が無いと言われればそれまでか。…嫌だったか?」

「ううん。…今から隣、入る。」

 座っていた椅子を離れ、彼のベッドに入ってくる彼女。室内着であるため、シーツと服との擦れ合う音が、彼の耳にも届く。

 

 

 ベッドに入った沙耶香は、彼と向き合うような構図になった。身長差も横になってしまえば、あまり変わらないものである。

「××、聞きたいことがある。」

「ん?何だ?」

「…貴方と一緒に居ると、私の心は温かく感じる。でもそれは、私が舞衣達と一緒に居るときのものとは、ちょっと違う。…これは、何なの?」

「ちなみに、どう違うんだ?」

「…舞衣達と居る時は楽しいし、みんなの感情が伝わってくる。貴方と一緒の時は、楽しいけれど、同時にドキドキする。」

 それを聞いた彼は、少し唸りながらも、口を開く。

 

 

 

 

「沙耶香。多分、それが『恋』ってやつなんだろうと思うよ。」

 彼からすれば言いにくいものではあったが、彼女のことを思い、ちゃんとそれを教える。

 

 

 

 

「『恋』?…好きな人ができたって、ことなの?」

「…そういうことだろうな。」

 色々鈍いところも多い彼だが、沙耶香が話す内容に、自身でも薄々勘づいてきていた。…来るべき時が来たのだと。

「…それなら、私は××のことが、好きってことになるの?」

「……恐らくは。いや、そうだろうな。」

 言っている自分も、正直に言えば恥ずかしい。だが、沙耶香は純粋であるがために、それに気がつかない。

 

「…なら、××は私のこと、『好き』なの?」

 

 沙耶香が気付かないその言葉の重みを、彼は年長者であるが故に理解し、軽々に言ってはならないことも頭で分かってしまっていた。

 だからこそ、彼は諭すように彼女へ語りかける。

 

 

 

 

「沙耶香の言う『好き』は、恐らく『恋愛』においての好きなんだろうと思う。それに答えるなら、俺も沙耶香のことが好きだ。」

「××…。」

「でもな、沙耶香。君はまだ、知らないことだって沢山ある。俺だってそうだ。他の人間はどうかは知らないが、きちんとした男女関係のことに対しての理解は、俺も浅いと思っている。だからこそ聞きたい。」

 一度咳払いをして、彼女の目をじっと見る。

「本当に、俺でいいのか?沙耶香。」

 

 自分自身、気持ちは固まっている癖にこんな回りくどいことをして、面倒くさい性格なのは分かっている。

 そうであれ、彼は彼女のこの後の人生においての重要な選択の場面の時を、奪わせることはしたくなかったのである。

 

 

 

 

「…うん。うまく表現できなかったけれど、貴方のことが好き。できるだけ、一緒にいたい。」

 よく考えた彼女の答えは、イエスであった。

「分かった。…だからといって、いきなり関係が変わるわけじゃないが、今後とも仲良くな。沙耶香。」

「うん。」

 

 敢えて、沙耶香に彼氏彼女の表現を彼がしなかったのは、まだ実感が湧かないというのもあるが、舞衣達にまだその辺りの許しを得ていないという事情もあった。沙耶香と彼女達の関係を、彼が崩してしまわないだろうかという、自身の警戒感がまだあったからだ。

(鎌倉に戻ったら、舞衣達に話しはしないとな。…反応がすごく怖いが。)

 特に、沙耶香へ妹のように接してきていた舞衣の反応が、彼の中では一番気掛かりであった。

(…黙るよりはいいか。ちゃんと説明していれば、そこまで怒られる心配もないだろうし。)

 一旦、その辺りの思考は放棄した。

 

 

 

 

「そろそろ、寝る時間か。」

 備え付けの時計を見て、照明を落とそうと思った彼。その上体を起こす。

 だが、隣で横になっていた沙耶香が起き上がり、照明のスイッチの方へ向かう。

「××はいいから。私が消す。」

「ああ、悪い。」

 彼へあまり無理させないように、彼女がベッド周りのものを除いて照明を落とす。

「消したよ。」

「助かった。…さっ、寝るか。」

「うん。…××。顔、貸して。」

 まだ上体を起こしていた彼は、沙耶香の方に首を向けていた。近付く彼女。

 彼の前で止まると、両手を彼の顔に添える。

(…?何をするんだろうか?)

 そう思った彼の思考は、すぐ直後の出来事で混乱する。

 

 

 

 

 

 

 沙耶香が、自分の唇を彼の唇に合わせる。

 

 

 

 

 

 

(!?)

 時間にして、ほんの数秒ほどだった。

 だが、彼の思考をショートさせるには十分なものであった。

「お休みなさい。××。」

 そのまま、自分のベッドに入っていった彼女。

 

(三原のお姉さん、言われた通りやってみたよ。…凄く、恥ずかしかったけれど。)

 彼の同僚の彼女のアドバイスの通り実行してみたが、思いのほか沙耶香には刺激が強かったようであった。

 

 された側の彼も、その晩は興奮のあまり眠れなかったそうである。そんな白雪舞う厳冬の一コマであった。

*1
主人公の妹のこと。人物紹介は『設定集・時系列まとめ』参照。

*2
左より糸崎誠司、三原早希のこと。主人公が知りうる限り円満なカップルである。人物紹介は『設定集・時系列まとめ』参照。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

なんだかんだ時間は掛りつつも、投稿は止められないという…。
たまに詰まりそうになりますが、そうした時に物を書く(描く)ってかなり大変なことだというのを痛感しています。

今日は清香の誕生日になります。
影が薄いなどと言われることはございますが、剣の実力に関しては可奈美達に匹敵する彼女のことを、想い馳せていただければ幸いです。

次回は薫編になります。
…あと一週間ほどで、本作の投稿開始から一年になると思うと感慨深いものです。

それでは、また。
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