年明け初めての投稿が月末までずれ込みましたこと、お詫び申し上げます。
遅まきながら、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、今回は沙耶香編 その7です。
いわきでの任務完了後、二人の関係に進展が見られ始めた頃になります。
それでは、どうぞ。
ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー
福島での討伐任務から帰還後、しばらく経過した頃。
自身が負傷した際の状況や、派遣されてきていた沙耶香ら刀使達や討伐部隊の動きを、上手いこと報告書に纏め込んでいた時のことだ。
「しかしまあ、肋骨にヒビが入った程度の怪我で良かったな。普段の生活には支障ないんだろ?」
「どこがだ!?――呼吸する度に胸は痛くなるわ、起き上がる時には上体を起こすのも辛くなるほどに、ヒビ入れた部分の痛覚が増すってのに。」
「まあまあ。そう言いなさんな。むしろ、お前以外誰も重い怪我をせずに任務を終えられたんだ。ひとえに〇〇の動きが良かった結果だろうに。」
「――とはいえ、沙耶香があんな風に激情に駆られるとは思ってもみなかったんだが。」
「それだけお前のことを大切に想っている、ってことの表れじゃねえのか?その点は素直に喜べよ。」
「まあなあ……。」
とはいえ、それも手放しに喜べるものではない。真希でさえ抑えるのに手こずったほど、感情を爆発させた沙耶香の相手をするのには骨が折れたのだ。
再び沙耶香が自身と同じ討伐編成部隊に組まれた場合、先日の出来事が再発しかねないというのは、彼のみならず周囲の人間にも不安を与えかねないのだ。
「んで、柳瀬に助力を乞いでもしたのか?」
「ああ、うん。ぶっちゃけ、相手が俺だと話せないことだってあるだろうし。それだったら、舞衣のほうが話しやすいかもしれないから、今度彼女がこちらに来た時に、沙耶香と話せる時間を作るつもりだ。」
「で、そのタイミングはいつなんだ?」
「明日か明後日だな。到着しても討伐任務が差し込まれたら、二人の時間を取るのは難しいだろうし。」
「ほーん。……ちなみに、なんで早希には聞こうと思わなかったんだ?」
「え?沙耶香があんな風に振る舞っていた理由の半分くらいは、焚きつけた三原のせいもあるぞ。元々、感情表現が苦手だった沙耶香に色々手解きしてくれたことには感謝こそすれ、お前と三原が一緒にいる時の行動まで完コピする必要はないぞ。うん。」
「……まあ、その。悪ぃ。」
「いきなり飛び足立てて、ってのもあるにはあるが、俺としては沙耶香にもうちょっと、色んな経験を積んで欲しいんだよ。長く付き合っていくのであれば。――それくらい、彼女は純粋な人間だ。」
彼女は、舞衣や可奈美達が現れなければ、ほぼ間違いなく雪那の操り人形となっていただろう。今でこそ沙耶香の中には、『自分』という確固とした自我が確立しつつあるが、当時を知る身からすれば、ほぼ180度と言っていいほどの変わりようなのだ。
「別に恋愛面くらい、お前の好きなように染めてやりゃいいじゃねぇか。今からなら、お前好みのいい女の子に育つんじゃねえのか?」
「……帰った時の寮室で、彼女に『お帰りなさいませ、ご主人様!』って言わせるだけでは飽き足らず、ピッチピチのサイズ感があるメイド服を三原に着せさせている奴が、よくもまあ簡単にそんな事を吐けるじゃねえか。そんな奴の言葉なんかが信用に足ると、本気でお思いか?」
「……いえ、言葉が過ぎました。」
(……つーか、なんでお前がそのことを知ってんだよ。怖えーわ。)
同僚からの思いもよらぬ発言に、戸惑う誠司。
ただ、彼も誠司達のことをずっと監視していた、とかそういう訳ではなく、姫乃と共に寮や官舎などの施設へ抜き打ちの防犯チェックを行っていた時に、たまたまこの二人のやり取りが映りこんでしまったというだけに過ぎない。
それでも、二人には人目はもう少し気にして行動して欲しいという、誠司や早希へ向けた彼なりのメッセージが、先程の言葉には込められている。
「まあ、お前さんらは仕事はキチンとこなしているし、よっぽどのあんまりな事がない限りは、普段の行動に関して大目に見ていることくらい、理解しておいてくれよ。」
「はあ。」
「……しかしなあ、沙耶香のことはどうしたもんかねぇ……。」
自分よりも三つ年下という事情に加え、沙耶香にとっての初恋がこんな男で本当に良かったのだろうか、という自信の無さが彼のなかで溢れかえっていた。
沙耶香の言葉で腹を括った筈なのに、どうして未だにウジウジと悩んでいるのだろうか。
「……糸崎、悪い。ちょっと外回ってくる。何かあったらすぐに連絡を寄越してくれ。」
「おっ、おう。分かった。」
気分転換も兼ね、彼は管理局本部周辺を見回ることにした。
春先の暖かな風が少しずつ身をすり抜けていくなかで、出動命令などが出ていないこの僅かな一時を、じっくり堪能しようと思っていた。
未だ東京を中心とした首都圏一帯では、『年の瀬の大災厄』以降荒魂の出現数が増加傾向にあった。最も、三月も半ばに差し掛かろうかというこの時期になってくると、ピーク時と比べてだいぶ出動回数は減ってきていた。
そのおかげか、彼の方も偶に特祭隊の一般部隊の訓練指導に入ることができるようになっていた。それは、実際に対処に当たる刀使にも全く同じことが言えた。彼女達の頑張りの甲斐もあってか、荒魂の出現数が多少減ったことにより、戦闘経験が不足している中等部や中途編入された刀使の鍛練や訓練に時間を割けるようになったのだ。
話を戻すが、彼が外を歩いていたタイミングで目にしたのは、中等部の鎌府の生徒達がちょうど体育科目の授業を受けている時であった。
「……こうした日常の一コマを見ると、あの子達もちゃんと学生なんだなって、そんな実感を持たされるよな。」
今授業を行っているのは、沙耶香などが所属する刀使科ではないようだが、あっという間に過ぎ去っていく彼女らの青春のワンシーンを、彼はふと感慨に耽って見入っていた。
事実上、自らの意思で手放した未来の一つに思いを馳せながら。
「――いかん、いかん。俺も何を考えてんだか。」
邪念を払うかのようにブンブンと頭を振ると、彼は立ち止めていた足を再び動かし始める。
何かの選択をするというのは、何かを選択せず諦めるということだ。
たらればで割りきれるなら、どれほど楽なものだろうか。そんなことを気にし始めたところで、過去は変えられないのだ。
-鎌府女学院 研究施設-
行く宛もなく敷地内を彷徨っていた彼だが、つぐみ*1の方から届いたメッセージによって、進む方向を定めた。
「おーい、つぐみ。来たぞ。」
「あれっ、○○さん?お早いですね。メールを送ってから、まだそんなに時間は経ってないと思うんですけど。」
「なに、ここの設備は俺のところでも使っている代物だし、何かあればそりゃ来るさ。」
「……まま、いいですけどね。荒魂との戦闘シミュレーションの最新版が出来上がったと言ったのは、他でもない私ですし。」
自身の行動に関してさも当然と言わんばかりな彼を尻目に、つぐみの方は最終段階であった最新版のデバッグ作業を続ける。
「そう言えば〇〇さん、糸見さんとのお付き合い、受けることにしたんですね。」
「……意外だな。つぐみは、人の色恋沙汰には興味が無いものだとばかり思っていたんだが。」
「被験者の刀使のことを気にかけないほど、私は薄情な人間ではないですよー。……それに、ここ最近の訓練結果からして、外的要因の何かがあったと考えなければ、全くもって説明がつきませんから。」
そう言ってつぐみは、沙耶香のここ最近の討伐記録と、この場所でのシミュレーション結果のデータ、その双方を彼の方に差し出した。
それを見るや否や、彼は驚いたように目を見開いた。
「……これ、別に盛ってるわけじゃないんだよな?」
「盛れるわけないじゃないですかー。私自身のものならともかく、糸見さんの実戦データなんて私如きで弄れるようなものではないですよ。」
「なるほど。……つまり、本当に沙耶香は……。」
彼は言葉が続かなかった。
紛れもなく、彼女の戦闘データ上の数値はあの時以前と以降とで、傾きの度合いを大きく変えていた。完全な右肩上がりだ。
福島での一件以降の急速な任務達成率、それに伴う戦闘結果の向上は、管理局的には歓迎すべき事柄であろう。
ただ、恐らくその原因を作ってしまったであろう自身としては、これを素直に喜ぶことはできなかった。
そんな雰囲気を知ってか知らずか、つぐみが手を動かしながらも彼に話し掛けた。
「なんだか、今の糸見さんの姿を歓迎しているわけではなさそうですね。○○さんとしては。」
「……そりゃ、普通なら喜ぶべきことだろうよ。ただ、つい最近に強いショックを受けるような出来事に遭遇したばかりなんだ。心配するなと言う方が無理だろ。」
「そういうものですか?私としては、糸見さんが荒魂との戦闘に対して、明確に目標を定めたようにも見受けられたのですが。」
「それなら、まだいいんだがなぁ……。」
「ご自身のこともあって不安になるのは分かりますが、糸見さんは糸見さんで、何か考えていらっしゃるのかもしれません。なんでしたら、ここのシミュレーターで訓練体験でもされていきませんか?」
「訓練体験?」
「ええ。○○さん達、一般隊員の方々が荒魂との戦闘を行う際のシミュレーションデータも、つい最近のものに更新済みですし、糸見さんが実際に体験された戦闘状況も入れてあります。○○さんがよろしければ、ですが。付け加えるならば、デバッグ完了確認のための、テスター代わりにもなるかと。」
「……体のいい提案だが、俺も今みたいなこうした負傷時に、現場でどれくらい動けるかは試したいところだ。なら、つぐみの提案に乗らない理由もないな。」
「なら、私の方も準備しますね。あ、フリードマン博士達が折神家と共同開発したと噂の、レーザーガンもありますから、そちらも使ってみますか?まま、○○さんが不要なら結構です。」
「うーん。――なら折角だし、使わせてもらおうか。」
「ありがとうございます。……これで、実験データの収集が捗りそうです。」
「ん?何か言ったか?」
「何でもありませんよー。では、どうぞ中の方へ~。」
「おっ、おう。」
促されるまま、大型シミュレーターの方へと赴く彼。その入口に置いてあった、つぐみの言っていたレーザー銃を確認すると、動作確認を始める。
なるほど、将来的にはS装備と組み合わせられるようにバッテリー式にしてあるのか、そんな感想を持ちつつ、一通りの射撃動作を行った。普段扱っている銃よりは軽いが、銃そのものよりも背中に背負う予定のバッテリーパックの方が重いように思えた。
「……これ、当分は用途が限られそうだな……。」
試作された武器を扱うことの多い人間だからこそ分かる、先進性の高さと実用性の低さ。あくまで現時点では、という枕詞が付いて回るが。
「まあ、とにかくやってみるか。」
『○○さん、此方は準備が整いました。いつでもどうぞ。』
「了解、んじゃ一つ頼む。」
『りょーかいです。それじゃあ、始めますね~。』
彼がシミュレーターに入ると同時に、実際の戦闘状況が再現され始める。
『まず、二週間ほど前に行われた東京都中野区内の戦闘データからです。荒魂は五、六体ほど出現しまーす。』
「オッケー。いつでもかかって来いや!」
そう息巻く彼と共に、実際の刀使や隊員達の動きが顕現される。勿論、沙耶香の実際の動きもだ。
『刀使の持つスペクトラムファインダーの位置情報と高度計を組み合わせて再現されたものです。一部の動きは予測も含まれていますが。』
「いや充分。隊員達は、ボディカメラからの再現か?」
『そうです。一部に刀使の動きも入ってますので、使えるところはそちらで動きを再現してあります。』
「……ほんと、便利な時代になったな。」
そう告げた後、彼は現出する荒魂へ向けて、レーザー銃を発射する。反動の無いそれは、普段自分が手慣れた扱いをするものとは大きく異なっていた。正確には、反動が無いとは言わないが、弾丸が発射される際の肩を揺さぶるほどの衝撃は無かった。
「……傷んだ身体にはいいかもしれんが、これはこれで大変だな。」
数度の射撃で、荒魂の接近を遅らせる彼。
撃ち続けていた中で、そう漏らしたのも無理はない。扱う物が変われば、その分自身の動きも大きく変わってくる。それが主に両腕に負荷の掛かっていた代物であるならば、その差は明らかだった。
確かに腕の負担は減っていた。だが、その分背中にあるバッテリーパックが、素早い動きに制約を科していた。
少しでも気を抜けば、バッテリーパックが振り回された反動と遠心力で、体の姿勢を崩されかねない。
「これでいて、実際の沙耶香達の動きとあんまり変わってないんだから、実銃との差はあまり無いのかもな。」
実銃と違い、レーザー銃はリロード操作と弾倉交換の時間と動作が要らない。その分、バッテリーパックに充電された電気が全て放出されると、その装備一式がただの置物と化してしまう。
一長一短はあれ、このシミュレーション上ではレーザー銃の方が取り回しがいいのは確かだった。
彼はそれからしばらく、自身が参加できなかった任務のうち、都内を中心とした複数の戦闘シミュレーションをぶっ続けでこなしていった。
ー刀剣類管理局本部 彼の部署ー
彼がつぐみのもとへと向かってからの時間経過はあっという間のもので、既に日が西へと沈み行き始めていた。
授業中に荒魂出現の一報が寄せられたことで、都内近郊への討伐任務に赴いていた沙耶香が、彼がいると思しき普段の居場所を訪ねてきたのはこの頃だった。
「糸崎。◯◯は?」
「ん?沙耶香ちゃんか。アイツなら、播のところで新しい装備の試し打ち中なんだと。……そういや、行ってからもう結構な時間が経ってるな。」
「分かった。私も、つぐみのところに行ってくる。」
「おう、アイツに仕事がまだ残ってんぞ、って言っといてくれー。」
誠司の言葉が届いたかどうかは分からないが、沙耶香は足早につぐみの居る研究施設へと向かった。
「……しかしまあ、ほんの一年くらいでああも人が変わるなんてなあ。美濃関の柳瀬達のおかげが大いにあるんだろうが、ここ最近はアイツの影響なのか、多くの人と接する機会も増えてきているらしいし。沙耶香ちゃんが色々考えるようになったのも、縁て奴なのかねぇ……。」
そんなことをぼやきながら、誠司はあと少しで終わりそうな資料の作成に手を付けていた。
討伐任務から戻ったその足で、直接あちこちを歩き回る沙耶香。
つぐみの元に居るであろう彼の姿を見に向かっていた。
「最近、顔を見せに行けてなかったから、××に私の姿を見てもらおう。……心配、してるかもしれないから。」
付き合い始めた、と言っても彼の方が沙耶香の年齢を考慮しながらの清い関係性を目指していることもあってか、そこまで大逸れたことを行動に移しているわけではない。
誠司の言っていた自分色に染める、という言葉を借りるのであれば、その色という意味で、彼個人は状況と自然に任せながらの交際を目指していると言えた。
「つぐみ、入るよ。」
『ああー、糸見さんですか。どうぞー。○○さんもいらっしゃいますよ~。』
つぐみのいつも詰める研究室に入ると、そこには息も絶え絶えになっていた彼の姿があった。
「ぜぇ、ぜぇ……。ああっ、沙耶香か。」
「どうしたの?××、凄い汗。」
「先ほどまで、以前に糸見さん達が受けられていた、あの戦闘シミュレーションをずっとやられていたんですよ。そのせいで、凄い事になっていますが。」
途中つぐみの栄養ドリンクを補給しながらとはいえ、骨も完全に固着しきっていないなかでの運動は、流石の彼も身に堪えていた。
「ぜぇ、ぜぇ……。……沙耶香達が頑張っているのに、俺がへこたれているわけにはいかないだろ。っても、今日はもう動けないみたいだが。」
「××……。」
椅子とテーブルにへばりついたままの彼。その姿勢だと、息もし辛く苦しんでいるように見えた。
それを見た沙耶香は、ふとあることを思いついた。
「××。私のここ、使う?」
「え?」
彼女が示したのは、自身の両太もも。自身も彼の隣の椅子に座ると、ポンポンと叩くように彼へ雪崩れこむことを促す。
あまりの疲労度合いに、彼は正常な判断を失っていた。
「……分かった。沙耶香、ごめんけどちょっと借りよう。」
あまりの疲れ具合に、彼は沙耶香の太ももへ頭を乗せていった。
それから間を置かず、彼の目は瞼を下ろし、寝息をたて始めた。
「……お疲れ様。××。」
「おや、本当にお疲れだったんですね。ずっと糸見さんが参加されていた討伐任務をなぞった、シミュレーションばかりやられていましたよ。」
「私の?」
「ええ。なんでも、糸見さんが動きやすいようにするにはどうしたらいいのか、と呟きながらずっと撃ち続けていらしてました。」
「××……、ありがとう。」
無防備に、だが安心しきったような表情で眠る彼を、沙耶香は少し微笑みながら頭を撫でていた。
その光景を目の当たりにしたつぐみは、興味深いですね~、と漏らしながら、二人にブランケットを渡すため研究室の奥に消えていった。
沙耶香と彼の時間は、こうした任務の合間に落ち着き合う一時を確保していった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
久しぶりの沙耶香編、なかなか執筆していくのに難儀しました。
ペースを上げたいところですが、はてさてどう話を転がしたものか……。
なお、しばらくは沙耶香編が続きます。
それでは、また。