前回投稿が冬半ばで、気付けば季節があっという間に秋に突っ込んだ時期となってしまいましたが、無事本話の投稿に漕ぎ付けました。
過去投稿分の手直しも行ってはおりましたが、長い間お待たせしてしまい本当に申し訳ございません。m(_ _)m
今回は沙耶香編 その8です。
内容的にはタイトルそのまま、かつ冬の季節的なイベントとなっております。
それでは、どうぞ。
東京都心が大混乱に陥った、あの『年の瀬の大災厄』から早くも一ヶ月半が経った。
出現数の減少が見られないなかでの荒魂討伐と、あの日以来、未だ行方知れずの可奈美と姫和の捜索は、ずっと並行して続けられていた。
そんな最中でも月日というのは巡るもので、この二月半ばには多方面で話題となる一つのとあるイベントが控えていた。
-鎌府女学院 学生寮-
底冷えする寒さが外を覆い尽くす、二月の鎌倉。今年は、関東地方の太平洋沿岸でも雪が積もるほどの厳冬であった。こんな気象条件下であっても荒魂は普通に暴れ回るので、特祭隊は耐雪装備とその準備に四苦八苦しながら出動を繰り返している。
そんな真冬日の昼下がり。
室内に一台置かれている石油ストーブが、ゴーゴーと音を上げながら周囲の空間を温めるなか、彼と里奈はあれこれと書類仕事を続けていた。
「……はあ、一向に仕事が終わらないわね。これだったら、誰かに頼んで変わってもらってから、討伐任務にでも行ってた方が良かったのかしら。」
「それはどうだろうな。あの雪だと、足場は悪いうえに移動だって儘ならないだろうから、大人しく温かい部屋の中で仕事を進めてた方がいいんじゃないのか?別に雪の中で討伐任務がしたいって言うならば、今すぐにでも本部長に掛け合ってみるが。」
「いえ、ただの迷言よ。気にしないでくれていいわ。」
「そうか。……しっかし、本当によく冷えるなぁ……。」
窓を時折揺らす季節風。窓枠辺りがガタガタと震えたかと思えば直ぐに止み、少し経ってまた揺れるといったような繰り返しの荒れ模様だった。
彼は、こんな中でも出動する刀使や特祭隊員らに対して、なんとも言えぬ申し訳なさを感じていた。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、目線は合わせぬままに里奈が口を開く。
「……アンタ、他人を思いやるのは結構だけど、思いやり過ぎて自分の体を壊すなら、それこそ本末転倒よ。この間も、仕事終わりに討伐部隊への手伝いに向かったはいいけど、その帰りに頭痛と発熱の症状を出すなんて、日頃から無理し過ぎなのよ。」
「んなこと言われてもなぁ……。」
「それに、あの二人がいつか帰ってくると本気で考えているなら、その時にぶっ倒れてたら意味無いでしょ。」
「……あ~、うん。そうだな。倒れない程度にやる。」
「本当に言葉の意味分かってんのかしら……。」
こと仕事関係における彼の発言は信用ならないことが多く、比較的手早く仕事をこなせる誠司はともかく、里奈や少し前までは姫乃も彼の日頃の行動に対して常に懸念を抱いていた。
年末年始から過労と療養を繰り返す日々を送っていることもあって、彼女の方も心配しつつ行動の自制を促すしかなかったのだ。
言っても無駄だと分かってはいても、自他の心情的に彼を放っておくこともできない。現状、今の彼には、心の奥底まで支えられるほどの精神的支柱と言えるような人間がいない。このため、里奈からすれば、自身でない誰かにこの状況を打ち破ってもらいたいと考えていた。
「……はぁ。どうして、私じゃ駄目なのかしら。」
「ん?どうかしたのか?」
「何でも無いわよ。アンタはとっとと仕事に集中しなさいよ。」
「うっ…、分かった。ちょっと急ぎ目に頑張るから。」
里奈の言葉を受けて、再び黙々と書類記入の作業に着手する彼。彼女はその姿を確認すると、自身がつい先ほどまで手を付けていた、パソコン上の書類文面の執筆に戻る。
指を忙しなく扱い、無心にタイピングしていくなかで、里奈はこの合間にふと、彼の周囲の人間関係のことを逡巡した。
(……私が気付くと気付くまいと、少なくともアイツは普段から誰かしらに何かしらで頼られてる。それと同様に、所謂『彼女』のような間柄の親しい相手が、沸々と抱えていた感情をぶつけられたならば、極度の無茶はしなくなる……はず。残念ながら、その立場にあるのは私のようじゃないみたいだけどね。)
自嘲気味ながら、そう上手くはいかないことを嘆く里奈。結局、彼にとって自分は『良き同僚であり仲間』という、どうしようもなく越えられない壁が立ちはだかっているのだ。長い付き合いだからこそ、彼がそう思うまいと無意識のうちにそれが分かってしまう。
一思いに、グイッとコーヒーを喉に流し込んだ。
(……幸か不幸か、今のアイツにはすっかり仲良さそうにしている娘もいるみたいだし、ま、どうにかなるでしょ。)
彼女の言う人間、それこそ今の鎌府での後輩にあたる沙耶香のことだが、里奈としては、彼の未来に楽観も悲観もしていないといったところだろう。
(……さて、この仕事が一段落したら、そろそろアレの準備を始めなきゃね。どーせ、こんなムードだとお祝いも何もあったもんじゃないけど。)
お祝い、と言うには少し語弊もあるが、二月十四日のバレンタインデーも年間を通しての一大イベントであることに変わりはない。
ましてや、こうした状況だからこそ沈んでいる空気の澱みを少しでも晴らす切っ掛けが必要なのだ。
(……さて、糸見さんはどうするのかしら。)
里奈は自身のことよりも、自身の責任者を気にしている人物のことを気に掛けつつあった。最も、当の沙耶香本人はそんなことを知る由も無いのだが。
この日の終業後、彼は官舎の自室に戻ろうとしていたところ、沙耶香が管理局本部の建物の前で待ち構えていたのを見つけた。
「あっ、○○。仕事、終わった?」
「ああ。沙耶香、こんな寒い中でずっと待っていたのか?」
「ううん。ついさっき来て、待ってたところ。」
「そっか。んで、何か問題でもあったのか?」
「そう言われると、そうだと思う。」
「?――どういうことだ?」
普段の彼女なら、もし何かしらの異常等があればはっきり断言するのだが、今の彼女の言葉を聞く限りはどうも煮え切らない態度だ。
「実は、○○に相談したいことがあって。」
「俺に?話すと長くなりそうか?」
「……うん。」
「なら、場所を変えるか。ここにいると体を冷やすだろうし。何だったら、俺の部屋に寄っていくか?」
「……なら、そうさせてほしい。」
彼からすれば、この時間帯だと自身が入りにくい学生寮で話を聞くのは難しいと感じていたので、沙耶香がこの提案に同意してくれたことは非常に助かった。
ただし、年頃の女子を部屋に連れ込む点に関しては、個人的に悩ましい部分もあったのだが。
とはいえ、今の段階で相手の理由を聞かないでおくことも、人間関係を円滑にする点では必要なことであるのもまた事実だ。
「んじゃまあ、移動するか。沙耶香、傘は持っているか?」
「途中まで地下通路を通ってきたから、持ってない。」
「……ま、いっか。沙耶香、傘の中に入ってくれ。俺はどうせ今から着替える羽目になるし、沙耶香が濡れない方がいい。」
「分かった。なら、借りる。」
親切心からか、彼は彼女に自身の傘の主導権を渡した。北風に煽られるなかで時折ちらつく雪が、肩に乗っては融け消えていく。
時々、傘が風に揺られて飛ばされそうになるが、その時はつかさず彼が飛ばないように抑えていた。沙耶香はその度に彼のほうを見てきたが、彼がすぐ傘から手を放す態度に、少しシュンとしていたようにも見えた。
とはいえ、そんな道中も十分と経たずに終わりを迎えた。
沙耶香は、彼の居室へと誘われることになった。
彼女がこの部屋を訪れたのは、今日が初めてではない。だが、彼の仮住まいが鎌府の学生寮と違って普通の住居であることを、こうした時否応なしにも実感させられるのだ。
「紅茶を淹れてきたが、飲めるか?」
「うん。舞衣がクッキーを焼いた時にも、いつも出してもらってるから。」
「ならいいか。」
「……この匂いを嗅ぐと、皐月夜見のことを思い出す。高津学長に呼ばれた時にあの人が居たら、いつも紅茶の香りがしていたから。」
「夜見か……。……そっか、もう居ないんだよな。あの紅茶は、もう飲めないんだな。」
可奈美と姫和が居なくなったのと時を同じくして、タギツヒメや雪那の側に付いていた夜見もまた、雪那や他の元親衛隊の二人の目前で、その遺体がノロに飲み込まれていった。発見時は既に故人となっていたと思われるのだが、死亡判断を下そうにも彼女の遺体が見つかっていない以上、現在でも公式には行方不明者扱いとなっている。
そんな彼女が趣味にもしていたのが、美味しい紅茶を淹れることだった。
「……沙耶香は、夜見のことをどう思っていたんだ?」
「分からない。でも、もしかしたらあの人は、私に期待していたのかもしれない。高津学長と私がいる時は、ずっと私のことを見続けていたから。」
「…………そっか。」
今となっては、夜見にそれを問い質すことは叶わない。それに、きっと彼女は教えてくれはしないだろう。自身の感情を人前で表に出すことが少なかったのだから、彼には余計にそう思えた。
「おっと、自分から振っておいてなんだが、話がすっかり外れちまったな。んで、沙耶香の相談って何だ?」
「……実は、舞衣に何かプレゼントをしたいと思ってる。でも、舞衣の誕生日は……。」
「……あーっと、確か二月十四日だったな。バレンタインの日と同じだっけか。そりゃ、悩むよな。」
「うん。舞衣にはずっとお世話になってる。だから、こういう時に少しでも恩返しがしたい。」
「……そういう気持ち、俺はいいと思うぞ。返せる恩は返せるうちにやっておく方がいいだろうし。それに、俺には、返したくてももう返せない恩だってあるから。」
「え……?」
「あやっ、こっちの話だ。それで沙耶香、プレゼントするものは何か決めているのか?」
自身への話題を逸らすかのように、彼女へ言葉を向けた彼。それに対し振られた沙耶香は、少し自信なさげに口を開いた。
「……ケーキ。」
「ん、バースデーケーキか?」
「うん。でも、ケーキだと皆が買ってきたりするだろうから、私が作ったものまで舞衣は食べられないかもしれないし。それに、プロが作ったケーキには味も見た目も適わないと思うから。ケーキでいいのか悩んでる。」
「そうか……。」
それから一拍置いて、彼は沙耶香の下向きな言葉に待ったをかけた。
「なら、作っちまえばいいんじゃないか?」
「え?」
「確かにプロと比べるならそうかもしれないが、誰か一人のために作ったものは、決してそれらに見劣りしないし、むしろ相手にその心が伝わることの方が大事なんだよ。それに舞衣なら、沙耶香が折角作ってくれたケーキを無下に扱うことはないだろうから。」
「……私が作ってもいいの?」
「ああ。何なら、俺も作るのを手伝うが。」
「本当に?でも、他の人から○○は忙しいって聞いたけれど。」
「一時間とかそれくらいなら手伝えるし、沙耶香よりかは時間の融通が利くと思うぞ。」
「……それなら、私を手伝ってくれるの?」
「断る理由はないしな。材料は言ってくれればこっちで準備する。」
「あっ、ありがとう。」
「だから気にせず、任務にも行ってきていいから。」
少し不安げだった沙耶香を安心させるかのように、彼は優しく言葉を返す。
彼女は何か言い返そうとしていたが、残念ながら意味深いような言葉は続かなかった。ただ、今後のことは口に出していた。
「分かった。……明日から手伝ってくれると、嬉しい。」
「OKだ。沙耶香の準備が整ったら、その時にこっちに電話を入れてくれ。明日の日中に材料も用意しておこう。」
二人は約束を取り付けると、そのまま彼の部屋でお茶を飲んで少しくつろいだ後、彼は沙耶香を鎌府の学生寮へと送り届けた。
それからしばらくは、沙耶香の荒魂討伐任務と彼の通常業務や討伐への応援派遣などの合間を縫って、舞衣へのバースデーケーキを作り上げていった。
日によっては荒魂討伐が重なり、互いの時間を確保できない場合があったが、その時はメモを残しておいたり、ケーキに使う果物の皮むきや下処理を済ませておいたり、互いに作業に滞りが起こらないようにしていた。
そんな作業時の一コマとしての出来事。
数日間に分けながらの作業で果物のカットも済ませ、生クリームの泡立ても終わったことで、後は盛り付けを済ませる段階まできた。
「さてと、後は塗りたくっていくだけだな。」
「うん。ペティナイフで均していくだけ。」
「沙耶香、その奥にある生クリーム入りの銀ボウルを取ってくれるか?」
「これ?分かった。」
彼女が生クリームの入るボウルを取ろうとした、その時だった。
「あっ」
スリッパが悪かったのか、床面が単に滑りやすくなっていたのかは分からないが、ツルンと沙耶香の体が後転し始める。
あまりに突然だったため、スローモーションのように視界が緩やかな弧を描きながら、背中が落ちていく。
彼女は、これから背中に走るであろう衝撃に備えようとした。
だが、そんなものはやってくることさえ無かった。
「おっと、大丈夫か沙耶香?」
「……○○?」
彼女が気付く間もない、ほんの一瞬のうちに彼が仰向けになりかけた沙耶香の体を支えていた。
右手にはクリームの付いたゴムべらを持ったままだったので、いくら華奢で軽い彼女の身体であるとはいえ、今の彼の左腕には四~五十kgほどの負荷が掛かっている。
沙耶香を倒さないようにするとはいえ、必然的に彼が彼女を抱き寄せる構図となり、二人の顔面は文字通り目前となった。
「「…………。」」
無理もない話だが、年頃の男女がこんな至近距離で向かい合っているのならば、何も思わないわけではない。
互いの息もかかりそうなほどの密着具合に、倒れかけていた沙耶香はおろか、普段ポーカーフェイスな彼でさえつい固まってしまった。
そんな状況だからか双方とも少し顔を赤らめたが、十秒ほどの沈黙の後に固まっていた彼が再起動する。
「はっ、悪い沙耶香。今起こすから。」
「あ、うん。……ありがとう、○○。」
彼は割れ物を丁寧に扱うかのように、彼女を静かに立ち直らせる。
「……。」
「さ、さっさとクリームを塗りたくってしまうか!な!?」
「う、うん。分かった。」
何とも言えないギクシャクした空気になりかけたところを彼が打ち切り、二人は再びデコレーション作業へ戻っていった。
とまあ、このように色々なハプニングもありながら、ケーキ作りは着々と進められていった。
その先日などでの作業の甲斐もあってか、二人の協業の成果であるそれは、舞衣の誕生日前日には九割五分ほど完成していた。
後は、ロウソクやネームプレート用の板チョコを準備すれば、もう渡すだけだ。
「いよいよ明日だな。」
「舞衣、喜んでくれるかな?」
「大丈夫だ。絶対に喜んでくれる。」
「そうだといいけど……。」
「不安か?」
「ううん。最近は、舞衣と全然会えてなかったから。」
「ま、大丈夫だろ。そんな不安にならずとも、舞衣ならちゃんと沙耶香の想いを受け取ってくれるだろうし。」
「……うん。○○も、ありがとう。」
彼自身はお節介交じりの手伝いだったとはいえ、なんだかんだ彼女とのケーキ作りを楽しんでいた。機会さえあれば、またこうして何かを作るというのも有りなんじゃないかと思うほどには。
(……沙耶香も、少しずつ成長しているんだな。それに対して、俺はどうなんだろうな。)
人との関わりが増えていく度に、着実な成長を遂げている彼女。その変化の発端こそ変わった状況ではあったが、今のように誰かのために何かを為そうとするという意識が働いているのは、紛れもなく舞衣をはじめとする刀使達のおかげであろう。
彼はあくまでも、その行動をちょっとだけ後押ししたに過ぎないとしか考えていないようだが。
ケーキ作りが終わった別れ際、沙耶香が舞衣の方へと駆けていった後で、ふと一思いに呟いた。
「ま、俺自身がどう思おうが、沙耶香が自分の我が儘を俺にぶん投げてくれることに関しては、少なからず喜ぶべきことなのかもな。」
今までの経験のなかで相手の思いとの向き合わなさを痛感させられていたこともあってか、感情表現が苦手であった彼女の行動を受け止められるようになってはいた。
自信の悪癖を少しずつ直していきながら、刀使やその支援者達との関係性、少なくとも相手への思いやりが伝わるような歩み寄り方をしていこう。この頃の彼はそう考えている。
もっとも、その姿勢に舵を切った理由は、今も行方知れずである可奈美や姫和に対して、あまり役立てたことをしてあげられなかったのでは、という後悔の念が彼の中で膨らんでいたからだった。
失くして初めて理解した感情を未だ引きずりながら、せめて沙耶香達にはもっと前を向いて進めるように手伝っていきたい、と彼は強く念じるのであった。
そして日付が変わった、翌二月十四日。
この日は早朝から荒魂の討伐要請が入ったこともあり、沙耶香が鎌府に帰ってきたのは日もとっくに落ちた夜八時頃のことだった。
(だいぶ遅くなった。早く舞衣を探さないと。)
今日は誕生日ということもあって、舞衣自身は休みであった。
そうであるが故に、任務が何時終わるとも知れぬ自身をもし待ってくれているとなれば、沙耶香にとっても舞衣に対してあまりに申し訳なく感じるのだ。
(舞衣は……、まだあそこにいる。早く、ケーキを持っていこう。)
幸い、まだ学生寮内の休憩スペースであるラウンジにて舞衣の姿を目撃した彼女は、寮の自室に置いている手作りケーキを取りに向かった。
何百回と鍵を挿してきた部屋のドアを、手早く慣れた手つきで扉を開ける。
沙耶香は、誰もいない朝のうちに、寮の共用キッチンから移動させていたケーキを冷蔵庫より取り出し、事前に準備していた箱の中に入れる。
最後の仕上げも済ませておいていたので、後はこれを舞衣に渡すだけだ。
「――舞衣、喜んでくれるかな?」
沙耶香が箱を持ち上げると同時に浮かんできたのは、ここ最近ずっと作業を行ってきた彼との時間だった。
(……もし、○○が私の誕生日に何か贈ることがあるなら、私はどんなのが嬉しいんだろう……?)
今までならば考えることさえなかったことだが、ふと一瞬、そんなことを思った。
その場合、彼がこれから沙耶香が舞衣へ渡すような立場へと成り代わるわけだが、その時は彼も彼女が悩んだような道を通るのだろう。
ただそれでも、きっと彼が考え抜いたものならば、自分は喜んで受け取るだろうとも思った。
規律を比較的重んじる舞衣ではあるが、誕生日であるこの晩に関してはその限りではなく、まだ休憩スペースのソファにその姿があった。
ただ、普段後ろで結んでいる髪は解いており、桃色のシュシュで左肩から胸元へと回すような形で髪を下ろしていた。
また、すぐにでも寝られるようにするためか、既にネグリジェに着替えていた。
「まっ、舞衣っ。」
「あっ、沙耶香ちゃん。寮に帰ってきてたんだね。」
「うん。それで、舞衣。これ……」
「?――この箱って…、もしかして?」
沙耶香が舞衣の前に差し出した、少し大きめな立方体の箱。
沙耶香は彼女の目を見て、言葉を続けた。
「できれば、舞衣に開けてほしい。」
「う、うん。沙耶香ちゃん、テーブルに置いてもいい?」
「大丈夫。」
沙耶香から差し出されたそれを受け取り、舞衣は箱を置くとその蓋を開ける。
その中身は、舞衣のバースデーネームが入ったケーキだった。
「頑張って作った。舞衣、どうだった……?」
彼女は二度、沙耶香とケーキを見返すと、立ち上がって沙耶香を包み込むように抱き締めた。
「まっ、舞衣?」
「ありがとう、沙耶香ちゃん。私、とっても嬉しいよ。こんな素敵なプレゼントを用意してくれるなんて。本当にありがとう。」
この一年弱、舞衣にとっても沙耶香にとっても大変な時期だった。それでも、三人目の妹のようにずっと接してきた沙耶香から、こうしたプレゼントを贈られてきて喜ばないはずがなかった。
「実は、○○も作るのを手伝ってくれたんだ。私だけだったら、多分舞衣に渡せてなかった。」
「えっ、○○さんも?」
「『沙耶香が作りたいって言ったんだから、舞衣に渡すのは沙耶香がいい』って言って、今ここにはいないけれど。今日、任務が長かったから、渡せないかと思って心配だった。」
「……もうすぐ日付が変わっちゃうかもしれない時に、沙耶香ちゃんから最高のプレゼントを貰えて、私は幸せだよ。○○さんにも、明日お礼を言うね。」
「うん。良かった、舞衣が喜んでくれて。」
沙耶香はそう言って、舞衣に微笑んだ。
舞衣も笑顔を返すと、沙耶香に一緒に食べるよう勧めた。
沙耶香と別れた後、自分の寮室に戻った舞衣は、少しだけ思い返していた。
(そっか、沙耶香ちゃんも成長してるんだね。○○さんを頼ったのは、ちょっと意外だったけど、もしかしたら沙耶香ちゃんは……。)
誕生日プレゼントの手伝いを彼に頼んだのは少し予想外だったが、沙耶香が他の誰かを頼れるようになってきたあたり、喜ばしさと一抹の寂しさも抱いた。
(……ううん。私の考え過ぎかも。それに○○さん、沙耶香ちゃんが本当に困っているから手を貸してくれたんだろうし。……でももしそうなら、ちょっと寂しくなるなあ……。)
沙耶香の成長と、微かに見え隠れする彼女の恋路に、舞衣はちょっとだけ嬉しさも感じた。
それはきっと、舞衣と出会って以降、彼女が様々な色に触れてきた結果だからだとも思えたからだ。
ただ、当の本人同士がそれを自覚するのは、まだもう少し時間を要してからの話である。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
筆者自身の慌ただしさや執筆アイデアのスランプ等、なかなか執筆作業に手を付けられない状況が続いておりました。
そんな間に、恐らく後世で歴史の転換点とされるであろう出来事が続いたことで、自身が新たな動乱の時代に生きているのだという事実を目の当たりにしております。
不定期更新ではございますが、今後も執筆の方を続けて参ります。
混迷の世ではありますが、一歩ずつ、前へ踏み出していきましょう。
それでは、また。