だいぶ間の空いた時期になりますが、今年初の投稿です。
今回は沙耶香編その9 中編になります。
それでは、どうぞ。
-日本武道館付近 臨時指揮所-
ライブの開始時間まではまだ余裕があるものの、だからといって油断できる状況でもない特別祭祀機動隊。
二日間の昼夜公演、計四公演が終了するまでは気を抜くことができないため、常に荒魂の警戒監視が行われている状況だ。
とは言っても、大半の観客は館内で盛り上がっている真っ最中であるため、刀使達や特祭隊の面々は周辺の哨戒活動に注力できている。
「一班。沙耶香、そっちの状況はどうだ?」
『こっちは異常なし。今は栖羽と一緒に、半蔵門方向から桜田門方面に下っているところ。』
「了解。基本的に沙耶香達の方向は皇居を外周するようなルートだから、変な輩に絡まれる心配はまずないだろうが、何かあればすぐに一報をくれ。」
『うん、分かった。』
「じゃあ、また後で。」
『後でね。』
武道館の南側、というか皇居側を哨戒する沙耶香と栖羽。
今回の哨戒範囲はそれほど広くはない。とは言っても、東端は大手町、西端は市ヶ谷付近、南端は日比谷、北端は水道橋と、本当に東京のど真ん中のエリアを哨戒しているのだ。いくら何でも、やんごとなき御方も居られる人口密集地を刀使五人で回すには無理がないか、と言われそうな範囲ではある。
ただ、応援の刀使達が来る時間を稼げればいいという、一種の割り切った考えもあったことから、結果としてこんな形になったとも言えた。これだけの範囲である以上、二班に分けて交代で哨戒するという方針自体は間違ったものであるとは言えないのだ。
先方の依頼を上手いことカモフラージュするには、これくらいの方が目立ちにくいという目算もあったと言えよう。
そんな折、本来の現場指揮者がテントに到着する。年齢的には彼より二、三歳年上だろうか。彼の姿を認めると、その青年は挨拶を交わす。
「○○さん、お疲れ様です。」
「ああ、
「ちょっと渋滞に巻き込まれてね。それにしても、君も大変だね。真庭本部長の無茶振りに対して、文句も言わずどうにかこうにか形にするなんて。」
「今回に関しては篠塚さんが現場指揮の責任者ですし、あまり迷惑は掛けられませんから。」
自身が指揮権を有する現場ならもう少し無理もしただろうが、別の特祭隊員が指揮権を持つ以上、その人に負荷を掛けない努力はするべきだろう。そんな風に、現状の彼個人はそう考えている。
そういう彼の配慮を知ってか知らずか、篠塚は少し渋い顔を浮かべていた。
「本当に、どうして君のような有能な人間がこうして現場まで出てきて、僕らの手伝いをしてくれているのだろうか、とか考え出すと頭が痛くなる思いだよ。君なら、今の管理局の中でも、もう少しいいポジションを選べただろうに。」
「いいんですよ、これはこれで。それに、出世レースは興味ありませんから。刀使や篠塚さん達の待遇改善を図る上では、そりゃ勿論ある程度の発言力も要るでしょうが、俺はそれ以上の力を望みませんし。身に余る力は、いずれ我が身を滅ぼすだけですから。」
「……本当に、後悔してないんだね。昔から、その辺は本当に変わらないんだねぇ……。」
「篠塚さん?」
「ああ、いや。ちょっと思い出したことがあっただけだよ。何でもない。」
篠塚は、彼の姿勢に既視感を覚えていた。もう何年も前に、荒魂被害による不慮の死を遂げたある先輩の存在、それを彼の中から感じるような気がしていた。
(あの人が今も生きていたら、彼はあんなにずっと全部抱え込むような真似はしなかったんじゃないか、そう思ってしまうのは、僕の驕りなのかな。)
皮肉なものだが、彼の存在が大きく認知されるきっかけになったのが、正にその先輩が殉職した際の戦闘*1なのだ。もし生きていたら、恐らくは彼のことをよく可愛がる良き先輩になっていたのだろう。あるいは、静かに鍛え上げてもっと上の地位に就かせることも叶ったのではないのか、そんな既に消滅した幾つもの可能性をつい考えてしまう。
それでも。
(今の○○さんには、多くの刀使や仲間達が味方についている。ご本人はそれを否定するだろうけど、僕達は知っている。それに、今は糸見さんも居る。だからきっと。)
舞草の人間であったと彼が明かして以降も、刀剣類管理局、あるいは特別祭祀機動隊での対外的な過去を知る篠塚は、もし彼に危機が迫った時に協力する者が多いことをよく理解していた。
その鍵の一人である沙耶香にも、篠塚は期待を秘かに寄せていた。常日頃より高確率で起きうる彼の破滅的末路を回避する、低確率のより良き未来を導き出すことを。
そんな篠塚の考えを知る由もない彼は、ふとライブ会場側の映像に目をやる。
「……どうやら、無事に進んでいるみたいですね。」
「ホント、このまま何事もなく終わってほしいものですけれども。」
「ま、何か起きたときはこちらの負けでしょうし。そうならないよう、最大限の注意は怠らないようにしましょうか。」
「「はい!」」
テント内は多少なりとも緩い空気も漂いはしていたものの、警戒厳と為せ、という感じではあった。
視点は変わって、日本武道館内。
二日間の公演を行うアイドル達が、次の曲の準備を進めていた。
彼女達はバックヤードで確認を行いつつ、緊張感を解すために談笑していた。
「いや~、ホントに凄いよね。ファンの皆も盛り上がってきてるし。」
「この日が来ることを目指して今まで頑張ってきた甲斐があったと思えば、これくらいの景色を見たって罰は当たらないでしょ。」
「それにしても、本当にウチのこのライブのために、刀使さん達が見回ってくれてるのかな?」
「あーそれ、マネージャーやスタッフさんが話しているところを見掛けたから、多分本当じゃないかな?」
「……本当に、刀使さん達が守ってくれてるんだね。私達だけでなく、この瞬間を楽しみにしているファンの人達を。」
「
「だってっ、刀使さんが居なかったら、私は今ここに居なかったから。」
晴海と呼ばれた少女は、そう言って過去の体験をふと思い返していた。
ー約一年前 都内某所ー
彼女がその危機に遭遇したのは、鎌倉での御前試合が執り行われる一ヶ月ほど前のこと。
地下ライブを終えて仲間と別れた後の帰り道、それは突然現れた。荒魂だった。
出現して間もないからなのか、その動きは緩慢なようにも見えた。
だがまだ付近には、警察も特別祭祀機動隊も到着しておらず、多くの人が逃げ惑い、ある者は悲鳴を上げ続け、ある者は目前に迫る死に直面してなのか、硬直して身動き一つ取れない様子だった。
(あっ、荒魂っ!!――早く逃げなきゃ!!)
幸い、近場に地下鉄の地上出入口があるのを視界に捉えていた。あそこに逃げ込めば、少なくともあの大きさの荒魂は地下には入って来られない。学校や社会的な常識としての、荒魂に遭遇した時の対処方法を思い出しながら、行動を起こそうとした。
しかし。
ギャアァァァァーーーーッ!!
体を幾重も揺さぶり、腹を突き抜ける咆哮。
瞬きする間さえ与えぬまま、荒魂は地上出入口へ向けて、まるでバレーボールのアタックを繰り出すかのような動作で、無慈悲に尾部を振り下ろす。
悲鳴と絶叫が木霊するなかで、まだそこへ逃げ込む人間を押し潰すように巻き添えにしながら、彼女が逃げようとしていた地下への希望の道は閉ざされた。
動けなかった晴海は、崩壊するその一部始終を目撃していた。不幸中の幸いなのか、出入口の内部は彼女の方向からは見えない位置であったので、内側の惨状を目の当たりにすることは無かった。ただ、もしそれを見てしまっていたならば、生涯に深く残り続ける心の傷となっていたことは避けられなかっただろう。
それでも、未だ彼女が絶体絶命の状況であることは変わりない。
(どうしよう、どこに逃げればいいの!?)
あの尾部が此方に向かってくれば、まず助からないだろう。
周囲を見回しても、潰された地上出入口以外では、ガラスや外壁が容易に降り落ちてきそうなビル群。例え建物に逃げ込もうとした時点で、荒魂は此方目掛けて攻撃をしてくるだろう。どう足掻いても、待っているのはあの死の鎌だった。
まだ無事である他の地下出入口へ向かうにせよ、命懸けの全力疾走で走ったところで、あの攻撃の速さの前ではそこに届かない。
言葉違わず、生存のための選択肢が全て詰んでいた。
(……ああ、私の人生って、こんなところで、こんな呆気なく終わっちゃうんだな。)
遂に死を覚悟し、そっと目を閉じた。心の中で仲間達や家族に、志半ばで現世を離れる申し訳なさを唱えながら。
そして、荒魂は彼女目掛けて、無機質な尻尾を横薙ぎに振り放つ。
「――下がって。」
刹那、白銀の疾風が彼女の横をすり抜けた。
「……え?」
彼女は声を聞いて目をゆっくり見開き、そして驚愕した。
自分よりも幼い少女が、傍若無人に振る舞っていた荒魂を抑え込んでいたのだから。
飛び散る火花、無表情であれど彼女に荒魂の攻撃が向かないように、押し留めていた。それが刀使であることに気付くには、彼女の中の時間が少しばかり動き始めてからだった。
「大丈夫ですか!?」
「はっ、はいぃ……。」
何拍か遅れて、複数の刀使達が自分達のいる現場に到着してきた。無意識に助かったと理解できた彼女は、その場にへたり込むように脱力した。あまりに突然の出来事の連続で、緊張の糸が解れたようだ。
白髪とも銀髪とも見える髪の色をした少女の周囲に、他の刀使達が展開し、荒魂への攻撃を支援する。
晴海は、刀使の後にやって来た特祭隊員に身を預けられると、そのまま救護用のテントへと運ばれていった。
それから数時間後、都内中心のネットニュースでこの荒魂被害が報じられた。晴海は紙一重のところで無事ではあったものの、別れた時間帯や向かっていた方向を知っていた仲間や、その情報を聞きつけた家族からの安否を気遣う電話やメールなどが、一日中送られ、鳴り止まなかった。
この体験から、当の本人は死の恐怖こそ感じたものの、あの幼い刀使のおかげて救われたことにより、刀使や荒魂とずっと向き合い続けている人々に対して、感謝の念を抱いていた。
自身を救ってくれた少女の名が糸見沙耶香だった、というのも、比較的最近になってマスメディアに刀使達の活動が報じられることが多くなってから知った。
きっとあの刀使は自分のことなど知らないだろうが、彼女からすれば、命の恩人であることに変わりないのだ。
今回のライブを行うに際して、やんわりとながら刀剣類管理局に刀使の派遣をお願いした背景の一因には、こうした感謝を直接彼女達に伝えたかったから、という晴海の想いもあったのだ。それも彼女の独断などでなく、事務所の関係者や他の仲間にも話を通した上であるが。
これには、刀使達・特祭隊や管理局へのネガティブな情報が、ワイドショーなどを通じて無責任に報じることで、世間一般に喧伝されている現状があった。
彼女は、『年の瀬の大災厄』などで必死の防衛に当たってきた刀使達への風当たりを弱めたい、世間への風向きを変えたい、という願いがあった。
そして何より、刀使達が居るおかげでこうして自分達は無事にライブを開催することができる、そう強く発信したいのだ。
最も、自身を救ってくれた刀使がこの現場へ派遣されてくるとは、全く考えていなかったが。
そんな彼女の述懐の後、仲間達と共に、再度円陣を組んで気合いを入れ直す。そして、ファン達が待つステージへと駆け上がっていった。
ー日本武道館付近 臨時指揮所ー
そんなこんなで一日目は無事に終わり、多くの観客が最寄の地下鉄駅やバス停などから家路に就いていた。
「今日は、何事もなく終わってくれて良かったですね。」
「そうですね。出現はありましたが、近隣の別部隊がすぐに討伐してくれたようですし。」
沙耶香達が哨戒中にも荒魂の出現はあったが、たまたま他に都内へ派遣されていた刀使達により、沙耶香達の出る幕は無かったのだ。
正直、彼としては助かった部分もあったが。
「まあ問題は明日まであるってことですよねぇ……。ははは。」
「それはもう仕方ありませんよ。……そうそう、○○さん。ライブの主催者の方から、明日のライブのフィナーレの時に、警備を行っている刀使の方を登壇させてほしい、と要望が来てました。」
「登壇?なんか権威付けかなんかの為に、刀使を利用でもするつもりですかね?」
「あ、いえ、彼女達にこの二日間のお礼が言いたいとのことで。出演者の方からもお願いします、と。」
「お礼、ですか。」
これが彼個人に向けられるものであるなら、普段通り断っていただろう。だが、こと刀使達に対してのものとなれば話は別だ。更に言えば、その要望への最終決定権は彼でなく篠塚が持っている。
であれば、彼が口を挟むようなことではない。
「あくまで個人的なものですが、俺はこの要望を受けた方がいいとは思います。ただ、それはあくまで俺個人の考えです。篠塚さんが規則的に不味いとか、刀使に危害が加えられるのでは、と考えるのであれば、これを断ることに何ら責任を感じる必要は無いと思います。」
「……○○さんなら、そう仰るとは思いましたよ。ですが、私もこれを受けたいと思います。向こうの感謝の思いを無下に扱うことは出来ませんから。」
「篠塚さん。」
彼の言葉に少し間を開けた後、篠塚は口を開く。
「何時からでしょうかね。現場の皆さんも、○○さんのように何とかして刀使さん達の力になれれば、って考えるようになったのは。」
「そんな、俺は何もしていませんよ。篠塚さん達、上の世代の方達がそうなるように奮闘している結果だからでしょうし。」
「いいえ。空気って、そんな一個人だけで変えられるようなものじゃないんですよ。紛れもなく、○○さんが今までやってきたことが、今こうして大きく管理局や特祭隊の中で伝播してきているのでしょうし。」
「……それでも、きっと俺は褒められるような人間じゃないですよ。糸崎や中島、水沢達は、俺の下に居ることで、自身の飛躍できる未来を閉ざしかねない。本当なら、俺なんかより、もっと能力を伸ばしてやれる人間がいる筈なんです。刀使の制圧装備の件*2もそう、近衛隊の件だってそう。ぶっちゃけ、他の人間からすれば嫌われる要素しか無い人間なんですよ。」
「……それでも、糸見さんのことを思えば、○○さんが悪い人じゃないことくらい分かるはずじゃあ…。」
「一面的に見ることしかできない状態なら、どうあっても俺は悪人にしか見えませんよ。そうであって俺がボロカスに言われるのは構いません。……でも。もし沙耶香のことまで否定するようなら、ソイツに容赦はしません。紛れもなく沙耶香は、実力であの位置に居るのですから。」
その言葉を聞いた篠塚は、ああやっぱり、この人は変わらず他者に重きを置く人だったな、と再認識した。それと同時に、もっと自身のことを大切にして欲しい、そうも思った。
貴方に何かあった時に悲しむのは、彼女も同じなのだろうから、と。
ただ、それを言葉に出すことはできなかった。
その後、明日の警備・哨戒に関しての打ち合わせを行い、この日の任務は完了した。
打ち合わせ終了後、日本武道館から離れて市ヶ谷方面へと向かおうとした彼。
九段下駅の方に下り始めた時に、業務用携帯が鳴る。
「ん?……ああ、沙耶香からだ。」
交際間もない彼女からの電話に少し驚きつつ、通話ボタンをスワイプする。
哨戒が終わり、沙耶香の方も今日の宿泊先のホテルがある市ヶ谷へと向かおうとしていたようだった。
そこで彼は、彼女とどこかで落ち合おうと話を付けた。
それからしばらくして、二人は合流を果たす。
彼のほうは待ち合わせ時間に遅れそうになったので、少し小走りになったものの、彼女の姿はすぐに見つけることができた。
「沙耶香っ、待たせたか?」
「ううん。私もついさっき着いたところ。それで、どうするの?」
「取り敢えず、移動するか。泊まり先の方向に向かいつつ、道中で店を探そう。」
沙耶香がホテルへ戻る前に、二人で夜食を摂ろうと考えていた彼。彼女もそれに同意し、街中をのんびり歩きながら進む。
道すがら、今日の出来事を互いに話す二人。任務の振り返りも兼ねつつ、時に笑ったり、沙耶香が戸惑いの表情を浮かべたりなど、楽しい時間を重ねる。
そして二人が行き着いた先は、個人で営んでいるであろう広さのラーメン店だった。
何となく歩いていたなかで、風に乗って偶然流れてきた、しょうゆ味のスープの匂いに誘われたようなものだったが、彼は沙耶香に確認を取ったうえで、この店の暖簾をくぐることにした。
来店時間帯的には、休日出勤をしていたサラリーマンなどが食事を終えて、家路に就き始めるタイミングでもあった。そのためか、注文した品が提供されるまでにさほど時間は掛からなかった。
「はい、お待ちどおさま。頼んでいたラーメンになるよ。」
「ありがとうございます。」
「……美味しそう。」
夫婦で営んでいるのか、店の従業員は中年の男性と女性の二人のみであった。そのうち女性が二人への接客に当たっていたのだが、注文から提供までの一連の流れからどこか男勝りな印象を受けた。
男性の方はと言えば、ラーメンや炒飯、餃子などを手慣れた様子で続々と提供している。寡黙そうに見えるが、女性からのオーダー内容をキチンと把握しているように見えた。その証拠に、彼や沙耶香とほぼ同じ時に入店し注文した二組のオーダーも、正確に提供していた。
まあ、そんな些細な事柄は置いておき、目前の料理に向き直る。
「さて、頂くとしようか。」
「うん。何だか今日は少し食べられそう。」
「沙耶香は日頃からもっと食べていいんだから。…まあ、冷めるから早く食べるとしようか。」
「「いただきます。」」
手を合わせた後、二人はそれぞれ頼んだラーメンに箸を進めていく。
彼は、背脂入りのしょうゆラーメンと餃子、沙耶香は塩ラーメンをそれぞれ頼み、二人で分け取る用で半チャーハンも既に出来上がっていた。
(……!――程よい硬さの麺とスープが絡み合って、美味い。チャーシューも長いこと煮詰められていたのか、めちゃくちゃ噛みやすい。)
ラーメンに関してそう思っていると、向かいの沙耶香の方に目が行った。
沙耶香の方も美味しかったのか、頬を緩ませながらもするすると麺を口へ運ぶ。
そんな様子を見て、自身の選択に少し安心した彼。
「あ、沙耶香。この餃子、半分に分けて食べないか?」
「餃子?」
「ああ。何故かラーメン屋に来たときって、餃子も一緒に食べたくなるんだよな。沙耶香はそういう習慣は無いかもしれないが、たまにはどうだ?」
「……分かった、ちょっと貰うね。」
普段小食であるが故に、恐らくこうした機会はそう多くないだろう。そんな貴重な機会だとふと考えた彼は、彼女にちょっとだけ待ってと言い、テーブル脇に備え付けてあった箸入れから未使用の割り箸を取り出す。
餃子の皿から少し離れた上部に手をかざし、熱波を感じないことを確認した後、箸で一つ掴む。
「ほい、沙耶香。熱くはないと思うが、気をつけてな。」
「うん。」
彼が沙耶香の方に少し身を乗り出しつつ、ゆっくりと彼女の方へ差し出す。
沙耶香は普段口を開くことがあまり多くないものの、一部の料理などを食べる時に関しては、大きく口を開けたりすることがある。
個人的には、その一瞬の出来事を間近で堪能できるので、ついつい不審がられそうな表情を浮かべてしまうのだが。
そうは言っても、今となってはこの一時を幸せに感じられるような認識になったのは、過去の彼の心理面から言えば大きな前進を遂げたと断言できるだろう。
「……?××、どうかしたの?」
「いいや、任務の合間とはいえ、こうして沙耶香と一緒に食事を摂れるなんてな、って。」
「確かに最近、××は忙しそうだった。何かしてたの?」
「ちょっとな。まあ、一時の地獄のような日々に比べれば、今の方が穏やかなもんだ。」
ここ数ヶ月、彼の最大の心労になっていた可奈美達の件も解決したことで、メンタルの面において沙耶香にもあまり大きな迷惑を掛けなくて済むようになった点は、今後の交際においては本当にいい要素であった。
とはいえ、無理をし過ぎることを咎められることに関しては、これからも彼が直さなくてはならない点ではあろうが。
「そうそう、今日の哨戒はどうだったんだ?」
「普段よりも荒魂の遭遇は無かった。ただ、明日も同じだとは限らない。」
「……まあ、そうだよなぁ……。」
「でも、私達がやることは変わらない。」
「……そうだな。なんかこう、沙耶香が頼もしく見えるな。」
「そうかな?」
「ああ。……俺も頑張らないとなあ。」
「××はいつも頑張っていると思うけれど。」
「もっと、だな。壊れない程度にはだけど。――さて、そろそろ食べきるか。」
あらかた食は進んでいたものの、会話を弾ませ過ぎたので冷めきってしまう前にラストスパートを掛けた二人。
それからそう時間を掛けずに、二人は完食を果たした。
ラーメン屋の夫妻に支払いとお礼を済ませた二人は、それぞれの宿泊先に向けて歩き始める。
人々の往来が絶えない都心の喧騒の中で、青年と刀使は迫りくる別れの時までずっと手を握り続けていた。
そして、その時は来る。
二人は、沙耶香の宿泊先まで辿り着いたのだ。
「今日はここでお別れかあ。ああ、やり残しの仕事とかしたくねぇ~。」
「××、任務は大事。」
「分かってるんだけどなあ。はあ。」
「……××。明日任務が終わったら、舞衣に教えてもらった連れて行って欲しいところがある。明後日は非番になるから、その時に行きたい。」
「俺も明後日は休みになっているし、沙耶香の行きたいところへ行ってみるか。舞衣の勧めたところなら、外れは無いだろうし。」
「ありがとう。」
「――おっと、沙耶香はそろそろ戻らないと不味そうだな。」
ふと腕時計に目を落とすと、沙耶香達刀使部隊の帰隊時間が迫ってきていた。
防衛省関連の宿泊施設への滞在とはいえ、任務として来ている以上、規律は守らねばならない。
「もうそんな時間?」
「ああ。じゃあ沙耶香、明日も頼む。」
「うん。また明日。」
彼女をホテル前まで送り届けた後、彼は防衛省本庁舎の方へとその身を向ける。
「……そういえば、栖羽に聞いておけばよかったな。今俺らが警備に当たっている人達のことを。」
まあ明日、聞けばいいか。
そんなことを思った彼だが、歩き始めた足を不意に止めた。
「明日も無事に、任務が終わってくれれば良いんだがなあ……。」
ふと沙耶香達の泊まるホテルの方を見やる彼。
既に入口付近に彼女の姿は無かったものの、むしろそれが分ったことで集合時間には間に合ったのだな、と彼が安心する要素になった。
「……なんかつい感傷に浸ってるみたいだな。俺自身、そういう柄でも無いだろうに。」
いつから、自分はそんなことを感じるようになったのだろうか。名残惜しさを覚えたところで、彼女には今日はもう会えないのだから。
「……ま、いいさ。今度の休みにゆっくり時間を作ればいいだけだろうし。明日も何事もありませんように。」
ほぼその願いが叶うことはないが、それでもなお願わずにはいられない。
彼は哀愁漂う背中をホテルに向けながら、多くの自衛官の出入りに紛れて夜の防衛省本庁舎の方へと再び進み始めるのであった。
ご拝読頂きありがとうございました。
本話の執筆中、沙耶香の中の人(木野さん)がご結婚なされたということを聞き、感慨深いなと思うと共に、刀使ノ巫女の放映からもそれほど時間が経過しているのだな、ということを感じさせられました。改めてお祝い申し上げます。
つい先日は薫の誕生日、そして今週末にはとじオンリーが東京にて開催されます。
参加される方達はお気をつけて楽しんで行ってください。
(筆者は事後通販での購入を考えております。)
約半年ぶりの投稿という程の遅筆ではございますが、少しずつ話は前に進めて参ります。
それでは、また。