今回は沙耶香編その9 後編になります。
前回より一年半空けての投稿となってしまいましたが、今後も執筆を続けて参りますので何卒宜しくお願い致します。(事実上の年一投稿となりましたこと、お詫び申し上げます。)
なお、今話ではライブ会場警備の話が収まりませんでしたので、次話も引き続きの流れとなります。
それでは、どうぞ。
ー日本武道館付近 臨時指揮所ー
あっさりするほど時は早く流れ、翌朝の日本武道館は雲ひとつない快晴であった。
前日よりも観客数が若干増えたようにも感じる、混雑気味のライブ会場の臨時出入口の光景を余所に、彼は再び警備任務に着任する。
「おはようございます、篠塚さん。お早いですね。」
「ああ、○○さん。おはようございます。今日一日乗り切れば多少は気が楽になるかと思いまして、少し早めに来ていたんですよ。」
「そこまで気を張る必要も無いとは思いますが、確かに現状確認は大事ですからね。仕事への姿勢は、私も見習わなければならないところです。」
「そうは言いますが、任務への実直さは○○さんが一番だと僕は思いますけれどね。」
「俺以上に向き合っているのは、特祭隊内なら幾らでもいるとは思いますけど。……それはそうと、まだ刀使や一部の特祭隊は到着してないですよね?」
「ええ。集合時間には、まだ三十分くらいの猶予がありますし。」
「それなら、準備を進めておきますか。」
「警備任務のですか?」
「あ、いえ。昨日篠塚さんが話されていた、刀使達へのお礼の件です。」
「ああ、その件ですか。先方に、私から何かこうして欲しいなどの提案はまだしていませんから、内容の調整は○○さんにお任せします。」
「分かりました。なら、今のうちに少しだけ主催者の方と打ち合わせを進めますね。警備任務に入ると、打ち合わせ時間を作るのも難しくなるでしょうし。」
「すみませんが、お願いします。」
頭を下げる篠塚に対し、彼は大丈夫ですから、と言って武道館の方へと歩き始めていった。
篠塚は、話を持ち込んだのは自分であるにも関わらず、現在自身の指揮下にある彼へ、ほぼ全てを投げることになり申し訳なく思っていた。
ただ、交渉事を進める上で、この場にいる人材のなかで彼ほど適切な人間もいないため、彼に頼らざるを得なかったわけだが。
その後、ある程度主催者側と内容を詰めた彼が臨時指揮所のテントへと戻ってきたのは、沙耶香達が到着した頃合いになってからだった。
「おはよう、沙耶香。よく寝れたか?」
「うん。××はもう仕事をしてるの?」
「さっきちょっとだけ用事を済ませてきてな。それでも、沙耶香より若干早く来たくらいの時間差だ。」
「そうなの?それでも、早い。」
「なーに、短時間でちゃちゃっと終わらせられるなら、先んじて終わらせた方が沙耶香との時間も取れるだろう?」
「……確かに、それもそうかも。」
「まあ、朝の些細な問題はとっくに解決したし、あとは今日一日何も起こらないことを願うばかりだな。」
「そうなれば、いいけれど……。」
起こるかどうかも分からないことに一々気を遣っていられるほど、彼も沙耶香も神経質にはなれなかった。
なお、沙耶香には先程彼がライブ運営と話し合いの場を持っていた、今回のアイドル達から刀使へのお礼企画の件もサラッと伝えた。
彼女自身は少し首を傾げるような素振りを見せたものの、何かを感じ取ってすぐに納得した様子だった。
刀使達が任務に入る前、臨時指揮所では簡単なミーティングが行われた。
ライブ二日目の警備内容や哨戒範囲も前日同様変化はない。が、この日は日曜日ということもあり、日本武道館のみならず、周辺エリアでの人出が多くなっていた。
そのこともあり、荒魂が出現したときの避難や討伐対応に少なからず混乱が生じるのでは、といったことが懸念点として挙げられていた。
篠塚はそのことに触れつつも、異常発生時に際しては隊員の身の安全が第一であることを念頭にしていることをその場の全員には伝えた。
ある種、彼と関わってきた人間であったために、刀使と特祭隊員を優先することが前面に推されてきたことは、彼が今まで死力を尽くしてきた結果であったとも言えるだろう。
ミーティング終了後、再び散開する刀使達。
今日の哨戒に関してだが、午前と午後で組むペアが変わる変則的な配置となった。
これは、普段関わりを持っていない刀使同士であっても荒魂への対処に差が生じないようにするための方策であり、初動と応援が駆けつけるまでの間の実地訓練も兼ねたものであった。
都心のど真ん中であり、いざという時は彼などを含めた一般の特祭隊員もすぐに向かうことができるため、気楽とまでは言わずとも比較的安心して任務にあたることができる環境ではあった。
そんな訳で、午前中の沙耶香との相手は呼吹となった。
「しかしよぉ、なんで度々お前と一緒になるんだ?沙耶香。」
「私に言われても困る。呼吹と私を一緒に割り当てたのは、篠塚だから。」
「まあ、そう言われるとそうなんだがよお……。」
「……もしかして。呼吹、私のことが嫌い?」
「いや、そういうワケじゃねぇよ。……つーか、沙耶香。一昔前はこんなことを聞いてくるような人間じゃなかっただろ?」
「そうかもしれない。呼吹にも、私が変わったように、見える?」
「ああ、まあな。……やっぱ、舞衣と出会ってからなのかぁ。それと、アイツと関わってからなのか。」
「舞衣だけじゃなく、××も?」
「というか、沙耶香、最近はアイツ絡みのことでの機会が多い気がするぞ。ま、あくまでアタシの体感だがな。」
「うーん?具体的には?」
「現場や寮で、アイツとお前が一緒にいる姿を見かける時間が増えた気がする。」
「他には?」
「……時々、鎌府の食堂で一緒に食ってることとかか?以前は他の人間と一緒に食事する事なんて、あまり無かっただろ?ましてや、男と一緒にはなぁ。」
「そうかな?……そうかもしれない。」
ここ一年の間の変化を淡々と語る呼吹。他者からの視点からでは、やはり大きな変化があったということなのだろう。
「そういう呼吹は、今はミルヤにあまり怒られなくなった気がする。」
「アタシだってなあ、何も考えなしに荒魂ちゃんに突っ込むわけじゃ無えんだからよぉ…。そりゃ、ミルヤ達と出会った頃は、気に食わねえこともやる気が起きねえこともあったが、別に今ミルヤ達に対しての不満はあまり無えぞ。むしろ、ミルヤがアタシの戦闘の癖を分析して指示するようになってからは、かなり動きやすくなったみたいだしなあ。」
「そうなの?……でも、確かに
「あの二人ぃ…。まあ、今度みっちり話を聞けばいいか。何を沙耶香に吹き込んだのかは知らねえがな。」
「あまりいじめたら、ダメ。」
「別にそんなつもりはねーよ。……はー、もう一度年の瀬の大災厄みたいな荒魂ちゃんと遊び放題なイベントでも起きねぇかなぁ。あの時ほどの数は要らないがよぉ。」
「……薫が今の話を聞いたら、特別遊撃隊隊長を変わってほしいって言い出すと思う。」
「流石に面倒事は勘弁してくれよ。アタシがやりたいのは荒魂ちゃんと戯れることであって、あれこれ上に立って指揮することじゃねえんだから。」
「……冗談だった。」
「いやお前が言うと冗談に聞こえねえわ!」
まして別に仲が悪いわけではないにせよ、薫と呼吹とでは荒魂に対してのそもそものアプローチが異なる。
その観点から言っても、今の呼吹自身には薫のような立場が務まるとも思えなかった。
最も、そんな話を持ってこられたところで他の人間に任せるだろうことは、彼女自身もよく理解していた。
「ともかく、荒魂ちゃんがいない以上、さっさと見て回って戻るぞ。」
「うん。分かった。」
会話もそこそこに、二人は再度哨戒任務に戻る。
任務に意識を戻す直前、呼吹は冗談を言えるようになった沙耶香の内面の変化から、舞衣達や彼の存在をふと感じ取ったように思えた。
とはいえ、それ自体は彼女が特段気にするようなことでも無かったので、早々に沙耶香を連れて移動を再開した。
それから、あっという間に時刻は正午をまわっていた。
日本武道館の方では、午前中の公演が終わったことで、一部観客の出入りが生じていた。それでも局所的なものだったため、十分程度で混雑は解消した様子だった。
午前中は特にこれといった異常も起こることはなく、ライブ会場の内外も一部の人間を除き一度昼休憩に入っていた。
会場を抑えていた晴海達は、地下アイドルが前身とはいえ武道館内全体に響き渡るほどの歌唱や、激しく魅せるパフォーマンスを披露してみせた。
数多くの観客が彼女達のその姿に熱狂し、興奮冷めやらぬ中でアンコールの嵐が巻き起こった程であった。
そんな熱気溢れる会場から、晴海達は一度控室へと戻ってきていた。
「いや~、それにしても午前中の盛り上がりは凄かったわねー。」
「ホントほんと、見てくれてるファンの人達の熱量には毎度圧されてばかりよ。」
「そんな楽しい時間も、あと一公演かあー。ライブの時は時間が経つのも早いわねぇ。」
「あとは無事、終わってくれるといいなぁ…。」
「そうね。この調子なら、晴海が気に掛けてた刀使さん達の出番も、恐らく無いだろうし。」
「う、うん。そうだね。……。」
(……元は、私の我が儘な要望から刀使さん達に来てもらっているような状況だけど、何も起こらないなら、その方が当然いいよね……。)
晴海は、今のところ異常がないことに安心感を抱きつつも、むしろ何事もないことによって、来てもらっていた刀使達に対して申し訳なさを感じていた。
「晴海〜、そろそろ午後の打ち合わせ始まるよー。」
「あっ、うん。今行くね。」
他のメンバーに呼ばれたことで、晴海は控室から退出していく。
一瞬、何故だか自身のスマホが気になりもしたものの、仲間が待っているということで、急ぎバックヤードへと駆けていった。
それから間を置かず、控室の端に置いていたその端末は、彼女が去った後に一瞬だけ身震いした。
それは、ある通知を知らせるバイブレーション機能だった。
同時に起動した、誰も見ることのないその画面には、『荒魂出現情報』の言葉だけが示されていた。
晴海達が午後の公演を始めた頃、臨時指揮所では少し慌ただしい動きを見せ始めていた。
昼食時の間も監視の目を緩めない彼らが睨みつけるのは、周辺のスペクトラムファインダーからもたらされるノロの反応。
言わずもがな、彼らが配置されている本来の意義によるものである。
「荒魂は、今どの辺りに居ますか?」
「ここから2~3kmほど北側、東京ドームと小石川後楽園の周辺です。現在、九段下方向に向かって南下中。」
「後楽園やその周辺の状況は?」
「現地は避難誘導を開始しているとのことですが、何分、日曜日なうえに東京ドーム周辺の野球の観戦客などで、一部は混乱状態だとのことです。」
「……不味いな。荒魂がもしこっちまで来るとなれば、パニックが更に拡大しかねない。この少ない人手では、武道館内の観客を避難させるのなんてとても無理だ。」
篠塚と彼は、オペレーターからの情報で、頭を悩ますことになる。
幸い、今のところ出現した荒魂のサイズそのものは、少数の刀使でもどうにかなる程度のものではある。だが、今回の問題は、その討伐を行うまでの間に人々の避難が追いつかず、周辺のエリアへ荒魂出現によるパニックが伝播しかねないことであった。
日曜日のため、他地域から来ている人間も多いことから、何処に逃げればいいのかを瞬時に判断出来ない人々が大勢居るのだ。
対処を少しでも間違えれば、荒魂による被害以上に避難による二次被害を引き起こし兼ねない。
「どうされます?会場の人達を避難させますか?」
「……いいや、このまま公演は続けて貰いましょう。これだけの人数が一度パニックを起こしたら最後、絶対に収拾がつかなくなります。」
「……それが最善の策でしょうね。私もその方がいいと思います。」
「個人的には、どっちを取っても難しい選択だとは感じますね。後は、荒魂がこっちに来ないよう祈るしかないですが。」
「何も無ければいいのですが。」
「まあ、何かあった時の俺達ですし。それに、既に沙耶香達にも情報は伝えてありますから。現状、応援が到着するまでの間だけ凌ぐ、という戦術に関しての変更は無いですよね?」
「それは勿論。その点も○○さんと同意見でしたから。」
「ただ、主催者の方々には一報入れた方がいいかとは思います。伝えたか伝えなかったかで、後々にお互い困るようなことはあってはならないでしょうし。」
「すみませんが、連絡役をお願いします。此方は此方で、その間に迎撃準備を進めます。」
「分かりました。何かあれば篠塚さんから連絡をお願いします。すぐに戻りますから。」
そう言って、指揮所を離れる彼。
「……糸見さん達、大丈夫でしょうか。」
荒魂がどう動くか、非常に流動的な情勢になっているなかで、篠塚は彼の想い人達が想定外の惨事に巻き込まれないことを祈るほかなかった。
時を同じくして、哨戒中だった沙耶香達にも、荒魂が出現した情報がスペクトラムファインダーを通じて伝わっていた。
「つぐみ、荒魂が出たみたい。」
「私も今確認しました〜。…どうやら、私達のいる場所からは少し離れた位置のようですね。」
「糸見さん、直ぐにでも現場に向かうべきじゃないかしら。動ける刀使が近場にいるとは限らないし、被害が拡がる前に止める必要があると思うのだけれど。」
沙耶香と共に行動していたつぐみと北斗。沙耶香も一瞬北斗の意見に応じようと考えていた。
だが、その返事をする前にこの状況を彼に聞いてみようと思ったのだ。
唯でさえ人がいないなかで、後方支援も無しで相手の荒魂が分からない中で突っ込むようなほど、彼女も考えなしではない。
昨年中に大災厄級の修羅場を最低でも二度潜り抜け、多くの現場を見て経験してきた彼女の思考は、紛れもなく歴戦の刀使の培ってきたもののそれであった。
「つぐみ、呼吹と栖羽に連絡して。私は××に電話してみる。出なかったら、指揮所に掛けてみるから。」
「りょーかいです。七之里さんに繋いでみますね。」
「北斗、少しだけ時間が欲しい。荒魂を祓うなら、準備は必要だから。」
「分かったわ。ただ、あまりうかうかはしてられないわよ。」
「うん。北斗は直ぐに動ける準備を始めておいてほしい。××から、身体のことは少し聞いてるから。」
「……そうね。余分に準備運動くらいはさせてもらうわ。」
二人が連絡を取っている間、北斗は自身の不調の原因になった脚周りを入念に解す。
(……ほんと、細やかな気遣いは昔から変わらないのね。○○。堅物の獅童真希や十条姫和が一目置く理由も、こういうところなのかもしれないわね。)
沙耶香の言葉に、北斗は彼の姿をふと感じながら、目前に迫る戦闘に備える。
沙耶香が連絡を入れていた頃、臨時指揮所の方では迎撃の準備を始めていた。
ただ、準備こそ進めていたものの、彼と篠塚の間では若干押し問答のような状況になっていたようだ。
「○○さん、せめてもう一部隊は一緒に付き添わせてください。幾らこの場所から人手を割くわけにはいかないとはいえ、もし貴方に何かあったら、私は糸見さんに申し訳が立ちません。」
「いや、それは絶対に駄目です。もし、そんな私情めいた理由でここの人員を減らして被害が出たら、それこそ俺は沙耶香に怒られます。それに、篠塚さんも俺の悪運強さに関してはよく知っているはずでしょうが。」
「そうは言いますが、過去何度も瀕死状態でも帰ってきたから大丈夫と○○さんは言いますけれど、次も生きて帰れるとは限らないんですよ!?――どうか、私の進言を聞き入れては貰えませんか?」
「ご提案は本当に有難いとは思うんですが、やはりここの人員は減らせません。分かって欲しいとは言いませんが、この武道館から万一のときは中の観客達を無理矢理誘導する必要がありますから。人はある程度残すべきでしょう。」
「……分かりました。○○さんの言葉に、こちらも合わせましょう。」
「助かります。では、沙耶香達のもとに急ぎます。」
そう言うと、彼は数人の特祭隊の人間を引き連れ、一部の荒魂制圧用装備と共に沙耶香達のいる方向へ出発した。
「……上空警戒中の偵察用ドローンの一機は○○さん達と一緒に、もう一機は荒魂へ向かわせるんだ。――人間が無理なら、せめてあの人達の目になりたい。」
篠塚はそう言って、飛行中の偵察用ドローンを一度日本武道館方面に呼び戻した。
きっと彼でもこうするのだろうという、不思議な確信があった。必ず、刀使や彼らを無事鎌倉へと帰すために。
現着していた沙耶香達は、出現した荒魂が既に武道館の方向へと進み始めていたことを察する。
「あー、これはマズいですねぇ。少しずつですが、荒魂が日本武道館の方に向かい始めてますね。どうします?七之里さん。」
「どうもこうもねぇよ、アタシは荒魂ちゃんと遊ぶ。そんだけだ。」
「だ、そうですが、糸見さんはどうされます?」
「呼吹、戦闘はまだダメ。」
「……わーってるっての。そこまで見境なしじゃねえ。」
「でも、どうするの?刀使が五人揃っているなら、討伐に動いてもいいんじゃないかしら。」
至近に荒魂がいるため、既に抜刀状態で構えを取る北斗が、沙耶香の制止指示に疑問を投げかけた。
だが、彼女も何の考えもなく呼吹達の動きを止めたわけではない。
「もうすぐ××達が着くから、それまでは待って欲しい。朝比奈北斗。」
「もうすぐって、流石にそろそろ展開を始めないと被害が更に拡大するわよ?」
「……分かってる。でも、だからまだ待ってて欲しい。」
「ほ、北斗さん。糸見様も別に無関心とかそういうわけではないですから、ちょっと待ってみませんか?」
栖羽からも諭された北斗は、幾ばくか目を閉じた後、
「分かったわ。栖羽もこう言っているし、構えだけはしておくわ。」
と、飛び出すような真似は避けた。
(……でも、朝比奈北斗の言う通り、長くは待てない。××達が早く来ることを祈るしかない。)
沙耶香もまた、無表情ではあっても焦りを感じ始めていた。
「よし、あと少しで現場だ!全員、出撃準備!」
「「「了解!!」」」
一方、沙耶香達にも懸念されていた彼含む特祭隊の一般隊員達も、もう間もなく展開と準備が完了する一歩手前まで来ていた。
インカムをセットした彼が、沙耶香の方に繫ぐ。
「沙耶香、頼む出てくれ…。」
『…××?』
「よし繋がった!沙耶香、そっちの現状はどうなってる?」
『こっちはいつでも荒魂に攻撃可能。ただ、××達が来るまでは動かない方がいいと思ってた。』
「待たせて悪い。すぐこっちも配置につく。沙耶香達が動きやすいように位置取りを指示してくれ。」
『了解。』
その後、スペクトラムファインダーに表示された荒魂と特祭隊員達の位置を確認すると、沙耶香は彼を含めて、場の全員に討伐のための包囲陣形を形成するように指示を出した。
万単位の観客が未だ後方に居るというハンデを抱えながらも、遂に彼女達はここで荒魂との戦闘に突入した。
視点は変わって、日本武道館内の控室。
多くのファンを魅了してきたアイドル達だが、本日披露する演目もあと少しというタイミングで、休憩に一度入っていた。
彼女達が控室に戻ってもなお、観客達の歓声は扉を突き抜けるほどに止むことはない。
「いやー、ここまで響いてくるなんて凄いねえ。」
「それだけ私達のパフォーマンスに注目してるってことじゃん!アイドルとしてこれほど嬉しいこともないよ。」
「そうだね。……あれ、晴海?どうかしたの、そんな驚いた顔なんかして。」
「ああ、うん、ゴメンね。少し近くで荒魂が出たって表示が出てたからさ。……刀使さん達、大丈夫かなって。」
「まあ、年末からのあれこれがあったし、正直私らも出現情報とかには慣れっこになっちゃったもんねぇ。」
「そういや、プロデューサーってどこいったんだろ?」
「さっき運営の人達に呼ばれてたから、このまま続けるかどうか話し合うんじゃないかな。」
彼女達はその姿から察して、この先のライブ運営に関しての話し合いの場が持たれたのだろうと予測した。少し不穏な流れが生まれようとしていたなかで、晴海が口を開く。
「……私は、出来れば続けたいな。もちろん、観客の皆にケガが及ばないように対策する必要はあると思うけど、何より刀使さんやその周りの人達が私達のライブが成功するように、ずっと守り続けてくれてたから。私は、私達はそれに応えなきゃいけないと思うんだ。」
「晴海…。」
「元々は、私の我儘のようなお願いで刀使さん達に警備とか事実上頼んでいるような形なのに、ここで中止しますっていうのは、刀使さん達を信用してないような気がして、それは嫌だって思うんだ。……これもきっと、私の我儘なんだと思うけどね。」
もしかすると駄目かもしれない、でも刀使に救われた身であるからこそ、晴海はどんな形であっても彼女達に少しでも報いたいとずっと考えていた。
そんな彼女の言葉に対し、他のメンバーは少しの間をおいて晴海に声を掛けた。
「……大丈夫よ、晴海。刀使さん云々は置いておいて、私達も二度とないかもしれない武道館ライブに全力を尽くしてきたんだから。」
「そうそう。下積みの長かった私達のアイドル人生は、ようやくここから始まるんだよ。そんな記念になるライブがパーになるとか、アタシはマジで勘弁だし。」
「みんな……。」
「私達がこのライブに向けて、視てるものはそれぞれ違うかもしれないけど、最後までやり切りたい気持ちは同じだから。だからさ、晴海。もしプロデューサーに止められそうな時は、皆でまだ続けたいってお願いしよ。」
「――ありがとう、みんな!」
暗がりに落ちかけた晴海が、再び表情に明るさを取り戻した。
他のメンバーからの援護も受け、彼女はその時を待つ。
しばらくして、プロデューサーが晴海達が待機する控室に戻ってくる。
「皆さん、お待たせしました。」
「それでプロデューサー、これからどうなりますか?」
「結論から言えば、続行です。次の曲の準備をお願いします。」
「ほ、本当ですか!?」
「てっきり、そのまま公演中止になるかと思ったんだけど?」
「それなんですが、特別祭祀機動隊の方から混乱を避けるためにこのままライブを続けてほしいと、そうお願いされまして。」
「なーんか意外だね。お役所仕事な感じだったら、中止だ中止、って言いそうな気もするのに。」
「――でもこれで、まだ皆の前に立って私達の姿を見てもらえる。やろう、みんな!」
「もちのろんよ!」
「さあ、晴海に負けずいっちょ派手にやってみせちゃいますかぁ!」
「「おぉーーっ!!」」
一同気持ちを改め、晴海達は再び観客のもとへと踏み出していった。
例え何が起ころうと、最後まで全力疾走する覚悟で進み続ける。会場は、再び色彩を取り戻した。
刀使とアイドル、普通は決して交わることの無い二者。
だが今は、人々が平和な一時を過ごすことができるよう、自身の職責を果たす。
それぞれの場所で、各々が為すべきことを成すために。
ご拝読頂きありがとうございます。
この一年半程の間、筆者の身の上にも色々とございましたが、無事本話の投稿が完了しました。
先日の池袋でのイベントや刀使のグッズ類も好評を頂いているようなので、未だ篝火は絶やしたくないものです。
年末年始には横浜でポップアップストアも催されるとのことですので、是非赴きたいところです。
気が付けば、本作の初投稿から既に6年も経過し、その間にも様々な出来事が過ぎ去っていったように思います。
以前のような投稿頻度は難しいかもしれませんが、少しずつ投稿できるように進めていきたいと考えております。
読者の皆様もよい年末年始をお過ごしください。
それでは、また。