まず、お詫びとして昨年中の投稿が間に合わず、申し訳ございませんでした。今年は少なくとも数話分の投稿が進められるよう、執筆速度を上げていきたく思っております。
今回は沙耶香編その10 前編、前回からの続きとなります。
それでは、どうぞ。
ー水道橋駅北側 荒魂討伐現場ー
晴海達が日本武道館での公演を再開したほぼ同時間帯、荒魂との戦端を開いた現場では、濃い弾幕と甲高い金属音が場を支配する。沙耶香達刀使と後方支援に回る一般の特祭隊員達は、神田川と水道橋駅を背にして東京ドーム側から迫る荒魂の侵攻を抑える。
「はあっ!!」
「ぐっ!?」
「てりゃあっ!!」
手練れの刀使複数人でも中々仕留めきれないうえに、後方から火力・指揮誘導支援を行っている彼らでさえ討伐への決定打に欠けていた。
ただそれは、無理のない話であった。こんな都心のど真ん中、しかも野球観戦客が多数いた東京ドームが目前のこの場所で、高火力の攻撃をしようものならば悪戯に周辺の被害を拡大させかねないのだ。そんな状況では、ミサイルや戦車の砲弾のような代物を相手へ撃ち込むことなど、現時点ではまず無理であった。
頼みの火力の一つである対物ライフルによる援護射撃も、民間の避難者が多数居るなかではそう何発も連射できるものではなかった。この状況では思い切った作戦行動が採りにくいことで、弾薬や刀使・隊員達の体力の消耗だけが早まっていたのだ。
「ああっ!?くそ、弾が逸れる!」
「落ち着け!刀使に当たらないように攻撃を続けろ!」
「こっちは冷凍弾のストックが切れました!」
「対物ライフル弾の残りは!?」
「あと十数発しかありません!」
「弾切れした奴は急いで後退!直ぐ小銃に持ち替えて応射を続けろ!弾幕を張り続けるんだ!!」
「「りょ、了解!!」」
「……不味い、沙耶香達との連携も取れなくなり始めた。かと言って、これ以上防衛線を下げるのは危険過ぎる……。」
「○○さん、追加の部隊と弾薬補給が来るまでは一時撤退すべきです!このままだと荒魂に突破されます!」
「そうしたいが、この状況で撤退戦なんてしようものなら、混乱のなか避難中の民間人が荒魂の攻撃に晒されてしまう!やむを得ないが、今の残弾と人員で何としてもあの荒魂を仕留める!!」
必死に対応している隊員達へのとんだ無茶振りであることは百も承知のこの発言だったが、できるものなら彼もこんなことは言いたくなかった。
場を預かる身として、かつてない緊張感が全身を包み込んでいた。彼とて過去に数百数千もの過酷な現場を経験してきたからこそ、嫌な冷や汗が顔や背中に流れ落ちる。
今回ばかりは、全員無事に帰すという点では本当にどうにもならないかもしれない。攻撃手順をたった一手指し誤った瞬間、高確率で死人が出る個体だということを肌で感じる。
彼も本音では刀使と特祭隊員達を一旦下げて、崩れかけの防衛線を立て直したかった。しかし、そんな時間を与えてくれるほど、どうやらあの荒魂の集団は甘くないらしい。
撤退の隙を作らせないほど、荒魂の攻撃の手数が多いのだ。数こそ一桁程度とはいえ、凶悪さ凶暴さに関しては、正直過去戦ってきたなかでも指折りなレベルのものであった。
ただ、それでも事態が好転する兆しはあった。
ほんの数分前だが、特祭隊本部にはS装備の使用許可要請を送りつけていた。決裁が下りれば、あとは到着を待つばかりだ。それでもなお、今の戦闘状況をこの人員だけで押し返せるかは微妙であるほどの、ほんの僅かな光明ではあるが。
「…S装備の到着までどれくらい稼げる?」
「あと三…、いえ五分は持ち堪えさせます。」
「了解。前線が総崩れになる前に、増援の現状確認と戦力の集中配備に切り替える。皆、泣き喚きたいかもしれないが、到着までどうにか踏ん張ってくれ!」
「「はっ!!」」
「沙耶香、皆、無事でいてくれよ…。」
タブレット型端末から味方の位置を把握しつつ、どうにか隊員達が死中に活路を見出せるよう、戦力配置を切り替えようと努める。
まずは、戦線が崩れかけた水道橋駅及び白山通り側の戦力を、分散配置からユニット単位の集中配置に転換する。そのすぐ後に、最前線である外堀通りと首都高速5号線側の刀使支援部隊を、横並び状態から横二列の重層形態に配置変更指示を飛ばす。
彼個人もこんな荒魂の戦闘真っ只中の戦力配置変更など、現場の混乱や状況の悪化に拍車をかけかねないことから、あまりやりたくないものだった。
だが、刀使も一般隊員達もどちらともを失う事態は絶対に避けねばならなかった。
取り得る選択の余地が無い以上、取り返しがまだつくうちに判断は下しておく必要に駆られる。
日本武道館で控えていた篠塚は彼と連絡を取り合っていたが、臨時指揮所のディスプレイではリアルタイムの現場の戦況が表示し切れないほど、情報処理が間に合わない混沌とした状態になっていた。上空からの航空映像でも、緊迫した現地の状況を無音でも伝えてきた。最早、これは指揮所にいる自分の手に負えるものではないと判断し、篠塚は彼へ一般隊員の現場指揮権を全て委ねる、とこの時点で彼に伝達した。
このこともあり、刀使以外への指揮制約が無くなった彼は、自身もまた沙耶香達の支援に向けて最前線へと駆け出した。
なかなか荒魂を仕留めきれない沙耶香は、徐々に押されつつある戦況から旗色の悪さを感じ始めていた。
「はあっ、はあっ…。」
「ぐっ、このっ!?」
「北斗さんっ!大丈夫ですか!?」
「ま、まだやれるわ!」
「あぁっ!いくらアタシが荒魂ちゃんと遊びたいからって、この攻撃量はナシだろうが!?」
「七之里さん、深入りし過ぎです。このままじゃ微塵切りにされちゃいますよ?」
「つぐみ、分かってんならカバーくらいしろよぉ!?」
「そうしたいところですが、私も私で手一杯なんですよ!」
繰り返すようだが、刀使としては沙耶香達も決して弱くない。
だが、それ以上に荒魂が狡猾な攻撃と位置取りをしてくるおかげで、彼女達は体力的にも精神的にもだいぶ削られる状況にあった。
元々の編成上、応援が来るまでの間だけ耐えるという戦術を取っていたことが、結果として泥沼の戦局に繋がってしまった。
(――どうすればいい?どうすれば、呼吹や栖羽達の状況を変えられる?)
沙耶香は荒魂の数多の斬撃をいなして迎撃しつつ、次の一手を模索していた。
後方の特祭隊員達と連携が取れないなか、応援が来ない以上はこの五人でこの荒魂を斬り祓うしかない。
だが、防戦一方のなかではその次の一手が出せなかった。
そんな時だった。
『沙耶香、聞こえるか?』
「…××?」
彼女の意図しないタイミングで、彼の声がインカムから発せられる。
沙耶香が返答する前に、続けざまに彼から後方部隊の状況が伝えられる。
『今、沙耶香達を支援している部隊が、さっきまでの攻撃で戦線を維持できず崩れかかっている状態だ。部隊の再配置はもう少しで終わりそうだが、まだ救援と火力支援に移れてない。そっちは皆無事か!?』
「うん、皆まだ戦える。でも、そう長くは保たないと思う。」
『分かった。S装備がもうすぐ到着するとは思うが、戦闘続行が危険だと思ったら直ぐにでも下がってくれ。沙耶香達は、あくまでも応援部隊到着までの時間稼ぎをすることが主目的なんだ。形勢不利な現状で討伐しようとするのは、絶対に良くないから。』
「……そうだった。危うく、このまま突っ込むところだった。××、ありがとう。」
あまりの乱戦で冷静さを欠きかけていたが、彼の言葉で自分達の本来の役割を思い出す。討つことではない、耐えて退くことだと。
とはいえ、刀使の増援がない今の状況では荒魂に対して退くも征くもできないため、 結局戦況の現状維持が最適な選択として上がってきている。
楽観はできないが、それでも彼、もっと言えば後方の支援部隊とやり取りが出来る状況であるのは、沙耶香達にとって少なくない光明であった。
荒魂と斬り合う乱戦状態のなかで、呼吹が沙耶香に今後の指示を乞う。
「沙耶香、結局アタシらはどうすりゃいいんだよ?このままだと、アタシもこれ以上荒魂ちゃん達と遊ぶには限度があるぞ。」
「…呼吹、私達が一旦下がるために先陣を切ってほしい。できる?」
「まあ、やれねえことはねえがよお…。それなら、栖羽も一緒に露払いに徹してもらった方がアタシは助かるぞ。」
「え、私もですか!?」
唐突に巻き込まれる栖羽。とはいえ、何も呼吹も彼女を虐めたいがために指名したわけではない。
ちゃんとした理由はあった。
「仕方ねえだろ!?まだ動けるつぐみはともかく、そこの北斗は顔からして明らかに無理だろうが。沙耶香が指揮してんなら、どのみち逃げ道を作れる人間なんか決まってくるぞ。」
「…それはまあ、その通りですけれど…。」
「ご、ごめんなさい、栖羽。そこの七之里呼吹の言うとおり、どうやら足がもう厳しいみたいね…。」
北斗も無理をするつもりは無かったが、それでもこの長時間に渡る戦闘で、自身の弱点である膝周りがついに限界に達してしまった。彼女としても不本意だが、このままではこの先の戦闘で周囲の足を引っ張ってしまうことが容易に想像できた。
そんな中で、つぐみが口を開いた。
「糸見さん。私が朝比奈さんの離脱を支援しますので、S装備が到着するまでの間、殿をお願いします。幸い、七之里さんと伊南さんがいれば、退路は切り拓けるでしょうから。」
「つぐみ……。」
「うう〜っ、分かりました!北斗さんも限界ですし、皆さんが覚悟を決められてる以上、私も腹を括ります!行きましょう、七之里さん!!」
方策が決まった以上、もうこれ以上の消耗戦は不要である。
S装備到着までの撤退戦に切り替えて、暴れ続ける荒魂から距離を取り始める。
事前の打ち合わせ通り、先陣を呼吹と栖羽、中堅につぐみと北斗、最後に沙耶香が連なる。
刀使部隊は、遂に一時撤退へ舵を切った。
沙耶香達が撤退に動き出したタイミングで、彼含めた後方部隊もようやく再配置を完了させつつあった。
彼は持ち合わせていたタブレット端末を取り出し、現状の戦況把握と沙耶香達の状況を確認していた。
「……刀使の増援とS装備の到着はほぼ同時になりそうだな。沙耶香達はこちらに退き始めた。――よし。」
次の戦闘指揮を指示すべく、インカムから後方部隊の各隊員へ通信を繋ぐ。
「射撃中の特祭隊員へ、間もなく刀使と装備の増援が到着する。誤射を避けつつ、撤退に移った刀使部隊の支援攻撃を開始せよ。ともかく、今退こうとする刀使達への荒魂の攻撃を此方へ逸らすんだ!また、上空からのS装備到着には注意するように!」
『『『了解!!』』』
応答する各人の声が耳に入る。
指揮する人数の関係上、沙耶香達刀使部隊との間の通信は周波数を変えてある。まだ続けての通信は流れてきていないが、彼女、いや彼女達が無事に下がって来ることを待ちながら、弾幕を張り続ける。
野放図に打ち込んでくる荒魂の全方位攻撃を、数多の銃火器やレーザー誘導式の小型ミサイルで迎撃しながら、その時が来るまで耐え続ける。
「S装備は!?」
「もう終末誘導段階の筈です!――あっ、間もなく来ます!到着十五秒前!!」
「総員、撃ち方止め!急ぎ対衝撃姿勢を取れ!!」
『『『了解!!』』』
S装備そのものは、発射の段階で目的の着地地点に誘導されるようにプログラムされている。
とはいえ、場合によっては減速が間に合わずに到着することもある。特にこうした乱戦時は一分一秒も惜しいため、到着時の衝撃に関しては此方でも備える必要があるのだ。
彼もできることなら、全員が退避完了した時点で指示を出したかったが、そんな余裕は無い。隊員個々人が行動に移っていることを祈りながら、即座に襲う衝撃に身構えた。
ドドーン!!
複数のS装備が、その到着と同時に固く舗装されたアスファルトを容易く打ち砕く。
「――攻撃再開!S装備を取りに来る刀使部隊へ弾を絶対当てないように!フリじゃないからな!」
『『『了解!!』』』
到着前後、ほんの僅かな間隙が生じた。荒魂はその間も攻撃を続けていたが、特祭隊員には幸いにも当たらず済んだ。そして、その一瞬の静止時間を突いて、沙耶香達が砂煙の中から姿を現す。
『××、待たせてごめん。』
「沙耶香、良かった。他の刀使も無事か?」
『私は大丈夫ですよ〜。七之里さんと伊南さんが頑張ってましたのでー。』
『つぐみ、お前後で覚えてろよ〜!』
『あっ、それより早く北斗さんを!北斗さん、もう身体が限界なんです!』
『栖羽、まだ私は平気よ。後方まで自力で下がるくらいはできるわ。』
「医療班、朝比奈北斗を至急医療テントへ運ぶように。可能なら担架の使用を許可する。」
『医療班了解!すく向かいます!』
『◯◯さん、三人ほど医療班の防護に付けます。搬送中に防御出来ないのは流石に危険ですので。』
「お願いします。盾持ちを先行させつつ、彼女の保護を頼みます。」
沙耶香達の無事を確認しつつ、戦闘継続が困難な北斗を回収する。
ちょうどこのタイミングで応援の刀使部隊も到着し始めた。早苗をはじめとする、平城の刀使が中心の部隊だった。
『○○さん、糸見さん、遅くなりました!岩倉早苗ほか六名、只今現着しました!!』
「岩倉、助かった!済まないが、沙耶香達がS装備を装着するまでの間、時間稼ぎを頼む!」
『早苗、お願い。』
『分かりました!みんな、到着早々だけど頑張ろう!!』
『『『はい(了解)!!』』』
長かった戦いも、あと少しで決着するところまで来た。
散々彼や沙耶香達を苦しめてきた相手が、漸く祓える段階へ達したのだ。
今まで積んできた数々の討伐経験は、この瞬間早苗達を迅速に展開させる基礎を作り出した。これによって、背中を気にせざるを得なかった沙耶香達は、反撃の手段を手に入れられた。
S装備装着後、沙耶香がバイザー越しに他の三人へ指示を出す。
「私と栖羽が前に出る。呼吹とつぐみは援護をお願い。」
「えっ、私が前ですか!?」
「頼みますね、伊南さん。糸見さんも。」
「ケッ、しゃーねぇな。まぁ、散々遊んだことだし、後はお前らに任せるわ。」
「ええっ…、…まあ北斗さんが今動けなくなっている原因はあの荒魂のせいですから、やりますけど…。」
「…うん。じゃあ、行こう。早苗達が頑張ってくれている間に。」
一瞬驚いた表情になった栖羽だったが、離脱した北斗のことを想い、今回の元凶を叩くことを腹に決めた。沙耶香はS装備を纏い、再度荒魂に対峙する。
「××、こっちの準備はできた。」
『分かった!岩倉、今から沙耶香達がそっちに突っ込む!荒魂の注意を引き付けつつ、沙耶香達の動きを悟られないよう攻撃を続けてくれ!』
『了解です!みんな、聞いた通り糸見さん達の攻撃支援と囮を続けるよ!』
『『はい!(分かりました!)』』
早苗率いる平城の刀使部隊は、非常に統率の取れた行動で荒魂を翻弄する。
あれほど沙耶香達を手こずらせた荒魂は、平城の部隊の動きからまんまと誘い出され、後方への攻撃が疎かになる。
少しでも人手が増えただけで、格段に戦術の幅が広がる。それだけでとても助かった反面、もっと人が欲しくなってしまうと考えてしまった。
一瞬そんな魔が差したようなこの思考が、彼にとってはあまり良くない方向性になってしまうように感じた。
技術だけではカバー出来ない部分の人手不足の現状をどうにかしたい、という普段からの苦境が無意識に擦り込まれた結果なのかもしれなかったが。
それでも、今はただこの好転した状況に感謝した。
彼の愛しき人達が、泥沼の戦況に終止符を打つため踏み出したからだ。
沙耶香達がS装備を装着して再度討伐現場に戻っている最中、早苗から沙耶香に通信が入る。
『糸見さん!今荒魂をこっちに釘付けにしてるよ!ただ、そんなに長くは保たないと思う!』
「分かった。ありがとう、早苗。皆、行くよ。」
『はー、やっとこの暴れん坊な荒魂ちゃんと対等に遊べるってのかよ。』
『そうは言いますが七之里さん、先程まで遊んでいるような動きでは無かったと思いますけれども。』
『だーっ!言うなつぐみ!アタシだって愚痴の一つくらい言いたくなるっての!』
『まあまあ、取り敢えず早く目の前の荒魂を倒しちゃいましょうよ。私だって、長い時間痛い目に遭うのは嫌なんですから。あっ、糸見さん、指示をお願いします。』
「うん。……全員、散開。」
各々が沙耶香の号令と共に、揃って前に踏み出した。
まず駆けだしたのは、呼吹とつぐみの二人。
先行した呼吹に合わせるようにつぐみが追走しつつ、ツーマンセルで一番手前にいた荒魂に対処する。
「さっきまでアタシらを散々振り回してくれた、そのお返しくらいはさせてもらうぞ!荒魂ちゃん!!」
「七之里さん、突出し過ぎないようお願いしますね!」
「分かってるっての!行くぞつぐみ!」
「…本当、退屈しない人ですね。七之里さんは。――私が右側から荒魂を誘い出しますから、左側からめった打ちにしちゃってください!」
「サンキュー!んじゃ、やるか!」
長いこと一緒にやってきた二人だからこそできる連携。
ある種の信頼関係が構築されているから、一見無茶苦茶な動きでも対応できるのだ。
呼吹達が進撃後、後続から沙耶香と栖羽が別の荒魂への攻撃に移っていた。
此方もツーマンセルでの対応だが、栖羽がいわばタンク役に徹して、沙耶香への攻撃も全て引き受けるように御刀を荒魂の動きに合わせていた。
その動きを無駄にしないよう、沙耶香は自身の能力である無念無想を発動する。
改良型S装備を装着している間の沙耶香達は、刀使の基礎的な能力が底上げされているため、攻守両面で力の消耗量を抑えられていた。それでも、先に戦闘していた分、バッテリー稼働時間よりも彼女達が動ける限界の方が恐らく先に来てしまうだろう。
ならば、出し惜しみは無しだ。
応援も装備も整い、戦闘の制約が無くなった今だから、彼女はより荒魂へ向き合った。
無念無想による迅移の連続発動と沙耶香自身の持つ身体能力により、先程までの守勢が信じられないほど一方的に荒魂の各部位を斬り結んでいく。
戦闘の支援に回る早苗達も、沙耶香のその速さに圧倒され始めていた。
「凄い…、これが糸見さんの力…!」
「こっちもぼやっとしないで、糸見さんや伊南さんの援護を続けるよ!」
「「はっ、はい!!」」
荒魂が少しずつ削れていくなかで、沙耶香はようやくこの荒魂へ引導を渡す。
「…ごめん、そろそろお休みして。」
その別れの言葉とともに、彼女は度重なる攻撃で脆くなった箇所から、荒魂を一気に両断した。
「さっ、流石です、糸見様!!」
「いや、栖羽が引き付けてくれていたおかげ。お礼を言うべきなのは、私の方。それに、まだ闘う相手は残っているから。」
「そっ、そうですね。行きましょう!」
そしてまた、二人は残る荒魂の討伐に動いた。
なお、呼吹とつぐみも同様に、最初に攻撃へ掛かった荒魂を斬り祓い終えていた。
応援の刀使達も側面から攻撃支援に徹しつつ、周囲の安全確保に努めた。
沙耶香達が最後の荒魂と対峙するなか、後方部隊を指揮する彼もまた、仕上げの段階に入っていた。
「ノロ回収部隊は戦闘終了まで待機、安全確認が完了次第直ちにノロの回収作業を行うように!まだ弾数が残っている者は、包囲陣を狭めつつ刀使の援護射撃を継続するぞ!」
「○○さん、残りの荒魂があと一体になりました。糸見隊と岩倉隊、いずれも攻撃に転じています。」
「分かった。負傷した刀使や隊員がいれば、すぐ離脱させられるように展開を。…最後まで、気を抜かないようにしないとな。」
まして、今回は都心の市街地戦であるが故に、応援が来なければ前線崩壊を避けるため撤退の選択が入るレベルの、非常に難儀する相手だったのだ。
彼や沙耶香達が慢心していた訳では無いにせよ、万単位の民間人に被害が拡大しないようにしながらの戦闘は、相当に神経を使うものであった。
こんな状況でふと警戒を解いた途端に大惨事など起きようものなら、悔いても悔いきれないものにしかならない。その結果が血で綴られた事例は、過去幾度となく存在する。
幸い、この現場に展開した刀使や特祭隊員達は、討伐の完了まで彼同様緊張感を維持したままであったが。
「……○○さん、ご自身は糸見さんの方には向かわなくて良いのですか?」
「ああ、大丈夫だ。前に出ることも時には必要だが、今はその時じゃない。それに、俺は沙耶香が全力を振るえるよう、この状況を良くする方に力を注ぎ続ける。俺の存在と動きが沙耶香の足を引っ張るようなことだけは、なるべく避けたいからな。」
「……○○さん、少し変わられましたね。糸見さんのおかげかもしれませんが。」
隣に立つ特祭隊員がそう呟いた。
特祭隊員もまた、彼が以前よりも自身と沙耶香という彼女の身を顧みるようになったのだと思うと、彼を慕う人間の心持ちが多少なりとも楽になりそうだとも思えた。
彼がそれってどういう意味だ、と返そうとしたタイミングで通信が入る。
『現場の全部隊に通達、本現場での荒魂の討伐完了!繰り返す、荒魂討伐完了!』
沙耶香達の応援に入っていた部隊からの通信だった。
東京ドーム周辺を荒らし回った荒魂達は、ようやくここで全て討ち取られた。
「了解。全部隊、ノロの回収作業及び撤収作業に入る。負傷した者はすぐ医療テントへ向かうように!負傷具合は問わずだ。些細なケガであっても必ず診てもらうように!」
『『了解!!』』
これにより、現場のフェーズは戦闘から後始末に移った。
彼の号令が発せられてからの隊員達の動きは、先程までの酷くピリついた空気から少し穏やかな雰囲気へと変わり始めていた。
今回の水道橋駅前の現場では、負傷者こそ北斗を含め多数出たものの、殉職者は発生しなかった。
そのこともあってか、現場には明るさが戻りつつあったのだろう。
指令発令から少し経った頃。
ノロの回収作業と並行して、各部隊の機材や装備等の撤収作業が進められていた。
一部に関しては日本武道館の臨時指揮所へと引き上げ、それ以外は各部隊がそれぞれ持ち帰っていく。
各作業の監督を進めつつ、彼は彼女達の帰還を待っていた。全ての戦いを終えたその彼女達が、まさに今のタイミングで戻ってきたのだ。
「××、皆今戻った。」
「○○さん、お疲れ様でした。」
「沙耶香に岩倉、お疲れ様。他の皆も無事なのか?」
「うん。呼吹が少しかすり傷を付けたけど、他の人は大丈夫。」
「そうか。北斗は今医療テントで処置を受けてる。少ししたら動けるようになるだろう。」
「なら、良かった。」
「○○さん、改めて応援が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。糸見さん達が耐えてくださったおかげですが、間に合わなかったらどうなっていたことか……。」
「気にするな、とは言わないが、今回は岩倉達応援の刀使達のおかげで本当に助かった。お礼を言うのは此方であって、来てくれたものに文句を言うのは違うと思うからな。」
「○○さん…。ありがとうございます。」
「いいってことよ。他の刀使の娘達にもお礼を伝えておいてくれないか。此方はまだ暫く動けそうにはないからな。」
「分かりました。必ず、伝えますね。」
早苗はそう言って会釈すると、応援に来た刀使達のもとへと戻っていった。
その後早苗達は、休憩と再度の出撃準備に備えるため、先んじて都内の特祭隊の拠点へと向かっていった。
この場に残った沙耶香も、彼と話を続ける。とはいえ、次に出てきた彼女の言葉は謝罪からであったが。
「××、ごめん。私の判断が遅かったせいで、朝比奈北斗は戦闘継続が出来なくなったうえに、荒魂を倒すのに時間が掛かりすぎた。」
「……いや、沙耶香達が無事で良かった。北斗に関しても、元々抱えていた爆弾が最悪の時に
爆発する手前で搬送できたから、結果オーライだ。これで、日本武道館にいる篠塚さんにも安全が確保できたと胸張って伝えられるしな。」
まあ、少なからず負傷者が出た件は反省しないといけないが、と彼は少し苦い顔を浮かべた。
彼も彼で、今回の戦闘は頭を抱える結果となった以上、今後への改善点を洗い出す必要がありそうだ。
それでも、表情にはあまり出さなかったものの、目前の彼女が無事だったことは内心かなり安堵していたわけだが。
そんな彼の内心を知ってか知らずか、話し始めの時は少し距離を空けていた沙耶香が彼に近寄る。
「…××、少しだけいい?」
「ん?沙耶香、もしかして身体に異常でもあるのか?」
気付かないうちに、まさか彼女の身に何かあったのではと思った彼だが、そうではないことはすぐに分かった。
沙耶香が、スッと彼の身体に正面から抱きついたのだ。
流石の彼も、その行動にただ驚いた。そのため、声を出すのもかなり遅れた。
「さっ、沙耶香!?」
「ごめん、××。少し不安そうな顔をしていて、私も少し落ち着かなかったから。前にも私から抱きしめにいったことがあったけど、今日も私は大丈夫だって分かってもらいたくて。……少し前に、私が暴走した時にはこうすることができなかったから。」
「——そうだな。ありがとう、沙耶香。」
暴走した時、と聞いて自身が生きているのが不思議なレベルの被弾をした、あの手酷い怪我の時のことか*1と思い返した彼。
むしろ、安心させる行動を取るべきだったのは自分の方からなのにな、と自身のことを反省しつつ、彼女を抱き返しながらそっと頭を撫でた。
戦闘の余波で少しボサボサになってしまった彼女の髪の毛を、元の綺麗な髪型になるよう優しく扱う。
沙耶香のほうも彼の動きに少し驚いたものの、その手の動かし方から安心したかのように、顔を隠すように彼の方へと頭を埋めた。
時間にするとそれ程経過はしていなかったと思うが、彼が沙耶香を撫でるのを止めるとほぼ同時に、彼女も彼に回していた両腕を解いていた。
「ありがとう、××。ちょっと嬉しかった。」
「こっちこそ、また元気を貰えたから助かった。……まだ二人きりになるのは、しばらく無理そうだけどな。」
現場の撤収作業が完了しても、報告書やら装備の状態確認やらでやる仕事の数が膨らんでいくのだ。
嘆きたくはなっても仕事量は減ってくれないのだから、こういう立場の辛さは何処でも同じなのだと思い知らされる。
「…頑張って、××。私は呼吹達と一緒に、日本武道館へ戻ってる。」
「俺も早めに戻るようにするから、沙耶香達は先に向こうでゆっくり休んでいてくれ。多分、今日はもう大丈夫だと思うから。」
「うん。じゃあ、また後で。」
彼は、既に待っているであろう呼吹達のもとへと向かう彼女の背中を、目で追うように静かに見送った。
多少の寂しさはあれど、常に一緒にいる訳にはいかないのだから、こればかりは致し方ないだろうと己を納得させていた。
ともかく、溜まりだした書類仕事の山を捌き始めつつ、彼も早めに休息が取れるように努力しようと思った。
それからだいたい一時間ほどで、ノロの回収及び水道橋駅周辺の現場から撤退と復旧工事の目処が立ったため、ようやく彼も日本武道館の臨時指揮所へ帰る事ができた。
日中長らく続いたここでの荒魂との死闘は、この瞬間を以て完全に打ち止めとなった。
そして、臨時指揮所に戻った彼を待ち受けていたのは、先程まで戦闘があったことを忘れさせてくれるような、思いがけない光景であった。
どうやら、今回の任務を終えるにはまだ気が早すぎたようだ。
晩春の夜に灯る日本武道館の照明は、会場内から溢れ出る目に見えぬ熱意を纏い、未だ煌々と輝いていた。
ご拝読頂き、ありがとうございました。
投稿当日は智恵の誕生日となります。振り返ってみれば、女子大生になっても刀使を続けられるという点では、彼女の存在が創作する上での自由度は広がったような気も致します。(紫などの例外はありますが。)
2025年もあっという間に過ぎてしまいましたが、横浜マルイでのポップアップストア及び刀使ノ巫女展、いずれも訪問することが叶ったのは個人的に喜ばしいものではありました。
企画展示の場を提供して下さったその横浜マルイも、投稿したこの2月末には閉店してしまうというのも寂しい限りではありますが。
亀更新となってしまっていますが、書きたい話もまだまだ有りますので投稿は今後も続けていく予定です。
次の話を投稿するその時まで、またお待ち頂けましたら幸いです。なるべく早い投稿を目指します。
遅くなりましたが読者の皆様方、今年も宜しくお願い致します。
それでは、また。