今回は薫編 その3です。
時系列としては、防衛省襲撃後、タギツヒメのメディア登場前の時期です。
今回の基盤は、過労と労働災害、ダメ絶対です。
それでは、どうぞ。
ー茨城県つくば市 筑波山ー
国や大学の研究機関が集まる筑波研究学園都市から、北に向かった薫達荒魂討伐部隊一行。
戻ってきた親衛隊第一席なら、『山狩りだ!』とか言って嬉々として荒魂狩りに向かっただろうが、今回の薫達はそうではない。
「おい、お前。オレが《祢々切丸》を背負っていると知った上で、この山を登らせようと考えたのか?」
「その文句は俺でなく、本部長に言ってくれ。…一応言っておくが反対はしたぞ。」
なぜ一行が筑波山を登っているのかというと、荒魂によって破壊された登山道が無いか、被害が増えていないかなどを地元自治体から確認してもらうように依頼されたことが発端だ。
無防備な自治体職員が確認するよりは、餅は餅屋ということでこちらにお鉢を回された訳である。
彼も薫も激務続きであったが、指示を受けた以上文句を垂れている場合でもないため、やむなく現地に飛んだ。
「ね~。Zzz…。」
薫の頭上で鼻提灯をたてるねね。
「ねねが寝てるということは、荒魂は近くに居ないってことだからまだ大丈夫か。」
「だろうな。ただ、こっちは正直疲労困憊だぞ。…あの学長、ホントに休ませる気あるのか?」
愚痴る薫。無理もない。彼女自身、既に十連勤を越えている。
「そう本部長を責めてやるな。ただでさえ漏出問題で頭抱えている時に、タギツヒメの急襲だぞ。当分は胃が痛いんじゃ無かろうか。」
防衛省でのタキリヒメ保護は、一度目はタギツヒメ単体、二度目はタギツヒメと同じ仲間であった筈の綾小路の刀使達による急襲で、多くの自衛官や刀使達を負傷させられ失敗に終わった。
これに加え、近衛隊以外の綾小路の生徒は相楽学長の命令のもと、綾小路への帰還命令が出された。結果、ただでさえ人手が足らないのに、更に荒魂対処への人員を削られる事態となった*1。
タキリヒメとようやく互いを分かり合った気がした可奈美も、かなりショックを受けていたが、薫も自身どころか、ねねもボコボコにされた事でタギツヒメに対して相当苛立っていた。
(…恐らく、本部長も薫の頭を冷やしてやりたいのかもな。)
薫は感情のコントロールが出来る方ではあるものの、こうも嫌なこと続きでは誰でも陰鬱な雰囲気になるだろう。
「なあ、薫。」
「なんだ。」
「…山頂の景色、綺麗だといいな。」
「…?おっ、おお。」
こういう時では、彼女の気を紛らわすことしかできない。
正直、彼は自分が情けなく思えた。
調査開始から約二時間。
「隊長!前方!」
隊員の一人が前に向けて指を差した。
「!?全員、止まれ!」
薫が残りの隊員たちに進行停止を指示する。
今回は薫と彼を含めて六人しか居ないため、すんなり止まる。
「俺が確認してくる。」
「分かった。無理だったら、戻ってこいよ。」
彼は薫に相槌を打つと、登山道の状態を確認しに行く。
「あちゃー…。完全に崩れているな。」
荒魂が原因…ではなく、最近の大雨の関係で一部崩落したようだ。
地滑り状に崩れているため、仮設橋を渡すなりの対策は必要そうだ。
彼は一旦、薫達のもとへと戻る。
「どうだった?」
「完全に崩れ落ちていた。一般の登山客が通るのは無理だろうな。」
「そうか…。」
「取り敢えず、地図に崩落場所の印をつけておこう。」
隊員の中で、地図を持つ女子のサポート要員に、崩落場所を指差しチェックをしてもらう。
「これでいいですか?」
「ああ。ありがとう。」
サポート要員に微笑みかける彼。
「いっ、いえ。」
少し顔を赤らめる彼女。
彼はちょっと首を捻ったが、大したことはないだろうと思ってすぐに薫のもとに戻る。
「…お前は相変わらず、だな。」
どこか不満げな顔を浮かべる薫。
「ん?何がだ?」
「…いや、何でもない。行くぞ。」
(……駄目だな、オレは。危うく八つ当たりするところだった。…アイツは何も悪くないのにな。)
先程のやり取りに思わず嫉妬してしまった彼女。
「ねぇ?」
「ねね、起きたのか。」
肩に降りてくるねね。
どこか不安げな顔を薫に向ける。
「…大丈夫だ。」
強張った表情から微笑みかけるような表情をねねに向け、頭を撫でる。
「ね~。」
「全く。…ゴメンな。」
頭に血が上ることもあり、最近はなかなか撫でる機会が無かった。ねねも嬉しそうにしていた。
「さて、飛び越えるか。」
崩落した登山道の前に立ち、屈伸する薫。
「益子隊長、大丈夫ですか?」
隊員の一人が薫を気にかける。
「大丈夫だ。」
「でも…。」
薫の足元の若干のふらつきに気付いた隊員。
だが、それは薫に届かなかった。
「じゃ、跳ぶぞ。」
八幡力を使い、崩落箇所を飛び越えようとする。
…しかし、
(!?ダメだ、届かない!)
極度の疲労から、力を思うように発揮出来ず御刀とねね諸共、木々の生い茂る崖下へと落下する。
「薫!」
彼の叫びも虚しく、物理の投射実験の玉のようにキレイな放物線を描いた後、ゴロゴロと転がっていった彼女。
(あっ、オレはここでくたばるのか…。)
回転により、頭が揺さぶられたことで薫の意識が段々と遠のいていった。
「薫!薫!クソッ!」
彼女の落下を目撃した彼だったが、自身はすぐには動けなかった。
(何か、何か打つ手はあるはずだ。でなきゃ薫が!)
目の前で愛しい人を見失った彼だが、ふと後ろを振り返る。
そこには、同様に彼女の身を思う隊員達の姿があった。
「本部の方、益子隊長はどうしますか!?」
「もちろん助けに…いや、少し待ってくれ。」
狼狽していた彼の頭が、冷静さを取り戻す。
(登山用具は全員持っているが、俺ほど重装備じゃない。…この木にロープをくくりつけて降りれそうだ。)
そして、指示を出す。
「皆、聞いてくれ。これから俺は薫のもとに向かう。役割分担をするから、それに従ってくれるか?」
「大丈夫なんですか!?」
「……もし駄目な時は、ねねと《祢々切丸》だけでも引き上げる。無線を起動させておいてくれ。」
「「「「りょ、了解!」」」」
(待ってろ薫。今お前のもとに向かう。)
登山道に残る四人に、通信役、彼のロープの補助役二人、薫の治療役とそれぞれ役割を割り振る。
「ロープの準備、出来ました!」
「ありがとう。」
所持していた全てのロープを繋ぎ、降下のための手袋をはめる彼。
「ロープがヤバいと思ったら、すぐに無線で言ってくれ!」
「「はい!」」
彼はロープを支える二人に、タイミングを知らせる相槌をすると、懸垂降下で登山道下へと降る。
(薫、無事でいてくれ!)
彼の今の願いは、ただそれだけであった。
一方、崖下の薫。気絶していたが、少しずつ目を開いていく。
「……痛つつ…。一体、オレは…。」
距離にして約数百mも滑落した彼女。
「!ねね!」
「ねぇ~。」
彼女のそばには巨大化したねねの姿があった。
どうやら自らクッション代わりとなって、薫の怪我を抑えたようである。
「ありがとうな。ねね。……痛っ!」
流石にねねでも、大量の草木が接触したことによる擦り傷・切り傷を防ぐことはできなかった。
「…あちこち切っているみたいだな。重傷で無さそうなのは安心したけどな。」
冷静に自身の傷を確認し、体についた土埃を払う。
「さて、…どうするか。」
ねねも小さなサイズに戻って今は薫の頭に上っていた。
どのみち、あちこち打っている関係で容易に動けないうえ、過労からきていた体の疲労感は誤魔化せるものではなかった。
(《祢々切丸》は…無事だな。ただ、重てぇ…。)
普段なら気にならないのだが、実質刀使としての力を失っている今の彼女にとっては、御刀は単なる重石に等しい存在となっていた。
「…アイツは、来るだろうか。」
ねねが居るので寂しさは無いが、少し前まで一緒だった少年の姿を思い浮かべる。
「…合理的なアイツなら、オレを見捨ててでも残りの奴を無事に生かそうとするか。」
こんなことなら、さっき嫉妬の念が沸いた時に彼に悪態の一つや二つ言っておくべきだったか、と思った彼女。
「……やっぱり、オレ以外の女の方がアイツには似合っているんだろうな。」
半ば自嘲気味になる薫。
確かに彼が好きではある。だが、果たしてそれは向こうにとって堅いものなのかは、正直彼女自身には分からない。
「……ダメだ、どうも悪い方に考えちまう。」
メンタルブレイクを起こしかけている彼女。
一人山中に残されれば、こんなことを考えてしまうのも無理ないだろう。
「………来てくれるだろうか、アイツは。」
「ね~。」
ともかく、薫は救助が来るまで静かに待とうと思った。
ガツッ ガツッ ドスッ
順調に懸垂降下を行う彼。
『こちら登山道、隊長は見えましたか?』
無線から通信役の隊員の声が入る。
「こちらシールド1*2、未だ薫の姿は確認出来ず。取り敢えず、降りられるところまで降りようと思う。」
『了解。無理はしないでくださいね。』
「そっちも本部との連絡、頼んだ。一回切るぞ。」
少しずつ降下してはいるが、思った以上に薫は滑落していたようだ。
「落下方向と今の位置を逆算して…。あっちか?」
薫の滑り落ちた方向の見当をつけ、その方向に降りようとする…が。
ガッ
「!?…マジかよ。」
ロープが限界の長さに達していた。つかさず無線機に手を伸ばす。
「登山道へ。こちらシールド1。ロープが限界に達した。ここから先、徒歩で捜索しようと思う。」
『足元の状態は?』
「まあまあな斜度はあるが、歩くことは可能だ。…もしもの時は、《祢々切丸》とねねを先に引き上げてもらうがいいか?」
『了解です。先端にビーコンをつけてもらえると、後で簡単に下ろせますので取り付けお願いします。』
「了解。…行ってくる。」
『ご多幸を。』
その後、ビーコンをロープの先端に括り付けた彼は、降下地点から紐によるマーキングを施しながら、想い人を探す。
(どこだ。どこに居るんだ。薫!)
逸る気持ちを抑えながら、足元に細心の注意を払い斜面を下る。
滑落から四十分。
「……携帯が壊れてなけりゃ、もう少し早く位置を知らせられるのにな。」
薫の携帯は、滑落した際の衝撃で画面が破損し起動しなくなっていた。位置を知らせるビーコンも、運悪く彼に渡したままだった。
「ねね?」
「…おう、すまねえな。こんなに弱気じゃ駄目だよな。」
「ね~。」
ねねが彼女を励まそうとするのが伝わる。
「オレも、そろそろ動くかな。」
しかし、立ち上がる時に生じたのは、彼女の体中の傷口から走る痛み。
いくら刀使とて、重傷と軽傷の際どいラインの怪我でこの急斜面を移動するには、あまりに無茶である。まして大太刀タイプの《祢々切丸》を持つ彼女では、過労で足元フラフラの状態なら、尚更再滑落する危険性が上がる。
これは不味いと感じた薫。
「……大人しく待つか。」
彼女は諦めて再びその場に座り込む。
「アイツは、無事に山を下り降りられただろうか。」
彼の性格を知っているが故に、敢えて自身を助けに向かうことは無いと考えた。
「…エレンと離れていると、ついアイツの顔が浮かんできちまう。……待っても仕方ないってのに、な。」
だが、それでも願ってしまう。
愛しき人が自身の前に立っていることを。
「薫!」
その願いは、現実となって訪れる。
数刻前。
「薫は、一体どこまで転げ落ちていったんだ?」
滑落した彼女を追う彼。
「まさか……。」
ここまで手掛かり無しの状況では、最悪の結末が頭をよぎる彼。
「どこかで、一度足を休めるか─」
そう言いかけた彼は、思わず口を閉じる。
彼は、視界に入った摩擦痕に近づく。
「…もしかして。」
彼は、痕跡を辿る。
そして、愛しき人を捜し出した。
「…薫!薫!」
彼女に抱きつく彼。
「痛い痛い!馬鹿野郎!もうちょっと加減を考えろ!」
傷だらけの彼女にとっては、嬉しくも痛みの伴うものとなった。…生きているという実感も同時に湧いてきたが。
「あっ、すまない。つい、嬉しくて…。その。」
「…はぁ…。悪気が無いのは分かったが、次からは気をつけてくれ。」
彼に自重を促す薫。だが、次の言葉は彼女からのお礼であった。
「それと、ありがとうな。…まさか、オレを助けに来るのがお前だとは思わなかったけどな。」
彼氏が助けに向かうというのは、口で言うのは簡単だが実際にやるのは困難に等しい。
それは彼が、自衛隊などで訓練を積んだ賜物とも言えるが。
「ともかく、薫が無事で良かった。…本当に、良かった。」
「それもこれも、ねねのおかげだ。…全く、ウチのペットは。」
「ねねぇ~!」
えっへん、と言いたそうなねね。
「ありがとうな。ねね。薫を助けてくれて。」
彼がねねの頭を撫でると、それを喜んだのか尻尾の部分を振っているように見えた。
「さっ、帰るぞ。隊長が戻らないと、隊員達は心配するからな。」
「ああ。」
「それと薫、《祢々切丸》を貸してもらえるか。今の状態じゃ、運ぶのが大変だろ?」
「いや、大丈夫だ。……その代わり、しっかりオレの手を繋いでおいてくれよ。」
一応、再滑落を防止するため彼と薫は紐で繋がっている上、彼の片手には斜面に突き刺せるようにアンカーを持っていた。
「…絶対、離すものか。」
二人の手は、ロープを垂らし終えた場所まで固く繋がれていた。
「登山道、こちらシールド1。薫を無事発見、救出に成功。ねねと《祢々切丸》も無事だ。」
『こちら登山道。…良かったです。』
無線からは、安堵する隊員達の声が入る。
「先にねねと《祢々切丸》を引き上げてくれ。俺と薫はその後に頼む。」
『了解しました。ねねちゃんを救助用リングに引っ掛けてください。《祢々切丸》は、斜面と縦向きにロープへ結んでもらえればそのまま引き上げます。』
「分かった。準備が終わったら、三回ロープを引っ張る。それが引き上げ合図だ。」
『ありがとうございます。』
そして、無線が切られる。
「上の奴らにも、随分迷惑をかけちまったな。」
「人間生きてりゃ、誰にだって迷惑をかけるさ。死んじまったら、元も子もない。…お礼の一つくらい、後で考えてやれや。」
「それもそうだな。」
そうこうするうち、ねねをリングに通す時が来る。
「ねね、少しの間だけ我慢してくれ。」
「ねー。」
「大丈夫だ、ねね。後でオレも追いつく。先に上で待っていてくれ。」
「ねっ!」
了解という意味を示した様子のねね。
「よし、準備が出来た。」
ロープを三回引っ張り、ねねと《祢々切丸》は徐々に上方へと引き揚げられていった。
それから十五分後。再び二人の前にロープが下ろされる。
「さて、今度は俺達か。…薫、少しいいか?」
「?何だ?」
「少し俺に体を預けてくれないか?」
「…いかがわしいことでもする気か?」
「こんな時になんでそう取る。…そうじゃなく、薫の身体は今傷だらけだろ。薫の負担を減らしたいんだよ。」
この発言に他意は無い。純粋に薫のことを考えての判断だったからだ。
「…まあ、いいぞ。」
無抵抗に彼に向けて手を伸ばす目の前の女子高生は、どこか期待するような態度を見せる。
「すまん、薫。」
救助用ロープを括り付けた彼は手早い動作で、自身の右腕を彼女の両膝に、左腕を彼女を背中を通して左脇に手を回す。…そう、言わずと知れたお姫様抱っこの体勢だ。
「おっ、お前。これはちょっと…その、恥ずかしいぞ。」
恥ずかしがる薫。一方、内心かなり申し訳なく思う彼。
「少しの間だけ我慢していてくれ。…こちら、シールド1。吊り上げをお願いする。」
『こちら登山道。了解しました。今から吊り上げを始めます。』
そして、ついに二人は元の登山道へと戻され始める。
上で動く刀使達の力を使って持ち上げられる二人の体。正確には、木を介して滑車の要領で引いているので、そこまで強力な力で引くまでも無いのだが、それでも引く側が大変であることに変わりは無い。
「まあ、やっと戻れるな。」
「そうだな。…早いところ、治療してもらいたいもんだ。」
至って普通の会話をし合う二人。
「…すまねえ。お前に一つ謝っておきたいことがある。」
「何だ、薫。」
「…お前が、オレよりも他の奴に目移りした方がいいんじゃないかって、ふと思っちまったことだ。」
「…バーカ。…少なくとも現状、俺は薫一筋だぞ。それにな。」
「それに?」
「益子流の考え、俺は好きなんだよ。まして、こんな可愛い娘をほったらかして行くほど、俺の目もそこまで腐っちゃいねぇよ。」
「…お前は本当に、変わり者だな。」
「お互い様だ。薫。」
筑波に木霊する、二人の笑い声。
知らず知らずのうちに、決戦の時は迫る。
今後訪れる過酷な試練は、彼や彼女に何をもたらすのか。それはまだ、分かる者は居ない。
ご拝読頂きありがとうございました。
本年も残すところあと僅かですが、気を引き締めて終えたいと思うところです。
新年明けてからのみにとじが楽しみです。
本年中、あと一話投稿出来るかどうか…。
なんとか間に合わせます。
それでは、また。
追記
どうにも本年中にもう一話投稿するのは、間に合いそうにありません。
今年中では本作が最終話となります。
みにとじも始まる2019年、どんな年になるか楽しみです。
来年もまた、よろしくお願いいたします。