投稿開始から一年を越えた、初めての話は薫編になります。
薫編その6 後編をお送りいたします。
それでは、どうぞ。
ー翌日 刀剣類管理局本部 駐車場ー
前日のエレンのやり取りから、善は急げと言わんばかりに彼女が手を打ったらしく、紗南から本日の業務を休んでよいという連絡が入った。タギツヒメの一連の事態に加え、ずっと仕事詰めなのも良くないという、最近の状況も影響したのだろうが。
車の準備をしていると、私服姿の薫とねねの姿を捉える。
《祢々切丸》は整備に出したのか、薫は持っていなかった。
「おーい。今日はエレンから休みになったって聞いたんだが、ホントか?」
「あ、薫。おはよう。最近の薫の頑張りに対して、エレンが真庭本部長に休みをくれるよう、掛け合ったらしいぞ。」
「そうだったのか。…ありがとな、エレン。」
「まあ、そういうことだ。俺も今日は、仕事のことを考えないようにするわな。」
「ん?お前も休み貰えたんだな。」
「ここでずっと軟禁状態なのも、精神衛生上良くないだろ?今のところ、近衛隊もわざわざ本部まで来て、俺の首を取りにくるような無茶はやってこない*1みたいだし。」
「…すっかり忘れてたが、お前は命狙われてたんだよな。」
「まあ、行先は都内じゃないから大丈夫だろうが。」
「で、オレ達を一体どこに連れて行くつもりなんだ?」
「買い物ついでに俺の実家へ、一度薫を連れて行っておこうと思ってな。」
「じっ、実家だと!?」
驚いた表情をする彼女。彼はそのまま言葉を続ける。
「…いや、俺が実家へ転送している荷物の整理に人手が居るし、…何より家族に話をしておきたいんだよ。下手すりゃ、荒魂じゃなくて、刀使によってあの世行きになる可能性もあるからな。万一に備えて、家族に遺言を残しておきたいんだよ。」
「…そこまでやるのかよ。……ちょっと待て。だったら、お前の家族に会うのなら、もう少し着飾ってきた方が」
「別に大丈夫だろ。それに、今の薫の格好も可愛いし。」
「なっ…!?」
「寒いだろうし、早く車に乗ってくれ。」
「おっ、おう。」
(…オレの、心の準備の方がまだできてないんだが。本当に大丈夫なのか?)
恋人関係になって以降、隙あらば褒めてくる彼のペースに未だ慣れないものの、今回の行き先が彼の実家とあっては、余計に緊張するものがあった。
そんな薫の胸中に気付かない彼。
二人の乗るミニバンは、一路北へと向かうのであった。
車中では、カーナビに取り込んでいた音楽ファイルを流しながら、彼と薫とで話を続ける。
「圏央道が埼玉と神奈川の行き来を楽にしてくれるから、帰りやすくはなったなあ。一時間半くらいで着くし。…帰る頻度は全然だけども。」
「そういえば、お前の実家ってどんなところだ?」
「郊外型の二階建て一軒家だな。以前は家族四人で暮らしていたんだが、ずっと住み続けているのは妹だけになるな。」
「妹?」
「ああ。…そう考えたら、もう実家で生活しなくなって結構なるな。」
時間の経過に改めて驚きつつ、このごたついた状況下で両親や妹に会うことに少し迷っていた。
「はあ…。両親はともかく、
「それよりお前、妹が居たのか?オレは初耳だぞ。」
「だって、特に話す理由がなかったし。ほぼ実家に帰らないんだから、会いもしない人間の話をしたところで、な。」
「ま、まあな。…それにしても、お前の妹か…。お前と同じで、生真面目な奴だったりしてな。」
「う~ん。どうなんだろうな、そこは。たまに連絡はしてくるんだけどな。いつも電話口で、伍箇伝のどっかの学校に入れてくれ、って頼みこんでくるんだよなぁ…。冗談なのかもしれないけど。」
「伍箇伝にか?…こんなブラックな環境に進んで入りたいとか、兄貴同様、変わっているじゃないか。」
「俺が説得し続けて向こうが何とか折れる、というのがザラだったしなぁ。…流石に今の情勢で入るとは、言わないだろうし。」
この段階では、まだ彼は麻美がひっそりと荒魂と戦っていた事実*3を知らない。
「意外と大変なんだな。お前も。」
「ま、もし聞かれたら薫からも説得してくれよ。…麻美は怒るだろうが、それでもアイツには、安全な場所で日常を送ってもらいたいんだよ。…身内贔屓かもしれないけどな。」
本部で忙しく動き回るいつもの姿と打って変わって、そこにあったのは家族の身の安全を願う彼だった。
(…何というか、意外だったな。妹にも入れと言っているものだと思っていたんだが、…アイツの中でも線引きはしているのか。)
薫の場合は、元々の家系が刀使の名家ということもあり、選択の余地があまりなかったという事情もあったのだが、身内に対する彼のスタンスも少し理解はできた。
「あ、そういえば。ねねは、お前の実家に居る間どうするんだ?」
「適当に、ぬいぐるみとか言ってごまかしておけばいいさ。…と、言いたいところだが何かあっても大変だし、家族がいる間、ねねは薫の頭の上で隠れてた方がいいな。」
「あいよ。…だそうだ、ねね。」
「ね~。」
彼の妹に飛びつきたかったのだろうが、残念ながら彼からストップが掛けられた。露骨にしょんぼりしているが、こればかりは仕方ない。
鎌倉から車を飛ばすこと、約一時間半。
実家に近い、圏央道入間ICへの誘導案内が、道路とカーナビで示される。
「お、そろそろ出口か。」
ウインカーを左に照らし、減速を始める。
「あー、良かった。平日だから、車が少なくて速い。」
「ん?これ、普通じゃないのか?」
「平日はな。休日は、車が山のようにやってきてこの辺も渋滞起こすから、ある意味交通量の差が激しいんだよ。」
「ほえー、なるほど。」
「やっと、久しぶりの我が家に、帰ってこられたんだな。」
料金所を降りると、一旦接続している国道に車を出し、入間市内を走り抜ける。
ー埼玉県入間市 彼の実家ー
航空自衛隊入間基地も一部所在している当市。日本三大銘茶の一つ、狭山茶の最大生産地であり、市内のあちこち、どころか市役所の敷地内にも茶畑があるという、本当にお茶の街でもある。近年では、大型ショッピングモールが開業するなど、人の賑わいも多くなってきている。
そんな市内の某所にある、彼の実家。
買い物を済ませた後、車を家の前に停めるべく、薫を先に降ろす。
「悪い、薫。ちょっと車を停めるから、後ろで誘導してくれ。」
「おいさー。…面倒くせぇ。」
口ではそう言ったものの、いざ彼が駐車場へ車を入れようとした際には、手で誘導をかける。
「おい、いいぞ。」
「助かった、薫。」
車から降りる彼。薫は、彼の実家を見上げる。
「…で、ここがお前の実家か。」
「人を連れてくること自体、結構稀なんだけどな。」
車にロックをかけ、家のシリンダー錠に自宅の鍵を挿す。
「ただいまー。」
「お邪魔するぞ~。」
「ねねー。」
二人と一匹が、玄関口で声を上げる。…が、誰かが居る気配はない。
「誰も居ないみたいだな。」
「ま、仕方ないか。家族一同揃うことの方が少なかったんだし。平日だから、麻美も学校に行っているんだろう。」
「じゃ、上がらせてもらうぞ。」
彼と薫は靴を揃え、リビングへと入る。
「薫、ちょっとソファーに掛けててくれ。飲み物出すから。」
「おう、悪いな。」
「お茶とコーヒー、どっちがいい?」
「コーヒーをくれ。砂糖とミルクも頼む。」
「はいよ。」
キッチンに向かった彼を見た後、リビング内を見回す彼女。
ねねに至っては、自分の家のようにソファー上でゴロゴロしている様子だった。
「よく掃除されてるな。…?あれは、写真か?」
リビング内の壁に立て掛けられた、一際目立つコルクボードが視界に入る。それに近づいてみると、彼や彼の家族があちこちに行った時のものが写っていた。
「結構楽しそうな雰囲気だな。…おー、この茶髪の女がアイツの妹か。スタイルいいじゃねえか。ヒヨヨンが見たら、嫉妬しそうな雰囲気があるな。」
「ほい、薫。コーヒー。」
「おっ、サンキューな。この写真、××(彼の名前)も写っているってことはお前の家族のだろ?」
「家族旅行で撮った時のやつか。こんな風に飾っているとはなあ…。これがハワイへ行った時の、こっちが北海道でスキーをしに行った時の、これは台湾へ行った時のやつだな。」
「昔からあちこちへ行くのは変わらないんだな。」
「両親が忙しい身だし、家族旅行が年一回のゆっくりできる機会だったしな。最も、俺が美濃関から本部に移って以降は、それもなくなったし。」
「…まさか。」
その次に続く言葉が、容易に想像できた彼女。
「お察しの通り、舞草や本部での活動が超大変だったもんだから、時間の折り合いがつかなくなったんだよ。」
「…お前もたまには肩の力を抜いたり、家族に愚痴を言ったっていいんじゃないか?」
「薫も薫で、無理はするなよ。…身体壊したんじゃ、目も当てられないし。」
「それはそっくり、お前にもお返しさせてもらうぞ、××。…由依や葉菜が近衛隊に行ったって聞いた時から、あのおばさん(真庭本部長)から無理に休み与えられるまで、更にワーカーホリックになってたじゃねえか。」
彼女の顔をふと見ると、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「…多分、今何かしないと絶対に後悔しそうで嫌だ、って気持ちもあるんだろうな。特に葉菜は、大事な後輩だし。…何も行動を起こさないで、二人や他の近衛隊に巻き込まれた綾小路の生徒を亡くすなんて事態、俺は引き起こさせたくない。彼女達も刀使である前に、人間だ。」
「…そんなところだろうと思ったよ。タギツヒメには、オレもねねをボコボコにされた借りがあるしな。…だから、お前も気負い過ぎるな。」
彼の手をギュッと握りにくる彼女。その力は、強くも思いの込められたものだった。
「…なあ、オレはお前の彼女なんだろ?…嬉しいことも、辛いことも、というか、お前は何でもかんでも抱え込み過ぎなんだよ!少しくらい、オレにその感情を共有してくれたっていいじゃねえか!」
「…悪い。薫も薫で、防衛省で長船の仲間が負傷したこともあって、ナーバスになってただろうし。あんまり、俺の個人的に抱えている問題を、精神的にも大変な薫に言うのは避けたかったんだよ。」
「……はあ~。全く、お人好しも度が過ぎると考えようだぞ。」
「うっ。」
「××、そこに横になれ。」
薫が指差した先にあるのは、先ほどまで彼女が座っていたソファーであった。
「え。」
「いいから。早く。」
「…わーった。」
ゴロンと仰向けになる彼。
「そのままにしてろよ。」
「はいよ。」
(…何をするんだろうか、薫は。)
実家に上がって以降、ずっと立ちっ放しだった彼は、ようやく身体を休めることができた。
「よっと。ちょっと頭を借りるぞー。」
その後に隣へ座った彼女は、彼の頭部を自身の太ももの上に乗せる。
「えっ、薫、この姿勢って。」
「どうだ、薫さんの膝枕は。…最も、エレンと違って胸と脚でお前の頭を挟むようなことは、できないけどな。」
「…薫が、デカく見える。」
「おー、そうかいそうかい…っておい!」
「冗談だ。…でも、この姿勢は落ち着くな。もうちょっと、こうしてたい。」
「いいぞ。今日は時間もあるし、お前の要望にトコトン付き合ってやろう。」
「頭の向きをうつ伏せにするのは?」
「そのまま沈めてやろうか?」
「…何でもありません。…こうしていると、幼い頃、遊び疲れて横になっていたら、母親にあやされて眠った時を思い出すな。」
「……なあ、××。一分くらい、目を瞑ってもらってもいいか?」
「どうしたんだ、急に。」
「いいだろ?別に、お前に危害を加えるわけじゃないしな。」
「…分かった。じゃ、今から目を閉じるぞ。」
いつもの彼女は、こんな風に彼にあれこれしてくることが多くはないため、少し珍しいとも思った彼。
(何だろな、何かあったのか……?)
そう思った直後だった。
薫は彼の頭が乗る太ももを押し上げ、上体を彼の方に寄せると、二人の唇同士を重ね合わせあう。
普段からは想像できない行動に驚いた彼だったが、負けじと薫の口を自分の舌でこじ開けて、彼女の舌とを絡ませあう。
「んっ…、ふっ…、んんっ!」
目を瞑っているため、彼女の顔を見ることは叶わなかったが、引き剥がそうとしなかったあたり、彼女も嫌ではなかったのだろう。
どれほどの時間が経過したのだろうか。
薫が彼の頭を離す際、口同士を一つに結んだ糸が引かれていった。彼女が離れた後に、目を開けた彼。
「…いつになく、積極的だな。薫。」
「お前もな。…舌を絡ませてくるとは、流石に思わなかったが。」
「断りなくいきなりキスしてくるような娘には、お仕置きしないと、だろ?」
「ふっ、よく言うぜ。……なあ、もう一回もいいか?」
「?…ああ、構わないぞ。」
(今日は、えらく甘えてくるな。…ねねは何も見ていないふりをしているみたいだが。)
ねねの方は、ダイニングテーブル上にあったみかんでヘディングをしていた。空気は読んでくれているようである。
そして、再び彼と薫の顔が近づく。
そんな二人の唇同士が重なりあう寸前、玄関からドアチャイムが鳴る。
ピーンポーン
「「!?」」
狙いすましたかのようなタイミングでいい雰囲気をぶち壊されたわけだが、その余韻もさながらに二人は玄関へと向かう。
「ただいま~。お兄ちゃん、居るんでしょ~?」
玄関へ向かうと、長い茶髪をポニーテールで纏めた少女が立っていた。妹の麻美が帰ってきたのである。
「お帰り、麻美。」
「もう、受験勉強が大変でさあ……。―お兄ちゃん!その女の子、まさか攫ってきたの!?」
「へ?…あっ、この娘はだな…」
「お兄ちゃんが、こんな小さな娘を誘拐してくるなんて思わなかった!…小学生くらいの女の子を連れてこないといけないくらい、仕事で精神的に追い詰められていたんだね…。…動かないで。今すぐ警察に連絡を入れるから。」
「―はっ?…おい待て、そこの茶髪ポニテ女。今オレのことを何と言った?」
(…あ。麻美、薫へ言ってはいけない地雷を踏んだな。…強く生きろ。)
瞬時に、彼女の容姿に対してのタブーに触れたことを察し、介入を放棄した彼。
「えっ…、だって小学生くらいの背丈だから、小学生の娘かなって…。」
「オレは高一だ!!―だいたい、人を見かけだけで判断するとはなあ。いくら××の妹だからといって、オレは容赦しないぞ。」
「ええっ…。」
その後、麻美からすれば見ず知らずの少女から、くどくど言われることとなった。
薫の怒りも収まり、ダイニングテーブルに腰かけた三人。
「…大変失礼いたしました。薫さん。…まさか、兄の知り合いだったとは思わなくて…。」
「いいって。…やっぱり、コイツの妹だな。」
麻美が比較的早期に薫へ詫びてきたところから、本質的なところでは優しい人物であることを見抜いた薫。それとは別に、麻美へ見た目だけで判断することへの危険性も説いた。
「まあ、無理もないか。制服を着ているならともかく、私服だとな。時間帯もちょうど下校時間と重なってたし。…ただ、麻美も今回のことで懲りただろうし、薫もあんまりこれ以上は言ってやるな。」
「分かってるぞ。…はっきり言っておきたかっただけだ。」
「それで、薫さん。貴方は刀使なんですか?」
「ああ。…最も、使っている御刀がデカすぎて、今日は鎌府に置いてきているがな。」
「そうなんですか。…見かけによらず、力持ちってことなのかな。」
自分より低身長ではあっても、彼女の刀使としての実力の片鱗を見た気がした麻美。
「…で、お兄ちゃん。薫さんがウチの家に居る理由は、話してもらえるよね?」
「ああ。…まあ、お前のことだ。おおかた察しはついているんだろ?」
「うん。…薫さんは、お兄ちゃんの彼女さん、ですよね。××、なんて名前で呼ぶ人はそう居ませんから。」
「とはいえ、付き合い始めたの自体は、本当にここ数ヶ月以内の話なんだがな。」
「この朴念仁を揺さぶるのには、本当に苦労したぞ…。ちょっとやそっとじゃ、女に靡くような奴ではなかったしな。」
その頃のことを思い出し、溜め息を吐いた薫。それを見た麻美は、少し驚いていた。
「お兄ちゃんの言っていたことって、本当だったんだ…。色んな女の子とイチャイチャしているのだとばかり…。」
「あー、麻美で呼んでもいいか?」
「あっ、はい。どうぞ、薫さん。」
「今だからぶっちゃけるが、この男を気に掛けていた連中は確かに居た。…だが、どういう訳か知らんが、コイツから刀使やその取り巻きにいる女に手を出したことは、オレの知る限りほぼなかったぞ。」
「え、薫。それ、初めて聞いたぞ。」
「…お前は一度、そいつらにボコボコにされてこい。話を戻すとだな、麻美、お前の言っていることも、あながち間違いではなかっただろうよ。…コイツの鈍感具合が異常だっただけだ。」
「やっぱり…。でも、そんな中でどうして薫さんを選んだの?お兄ちゃんは。」
「色々あるが、薫とは結構長い付き合いになる。刀使としてだけではなく、
「……二人の交際が衝動的な恋愛ってわけではない、って聞けただけ充分です。」
遊び半分での恋愛だったら、麻美は彼に説教をするつもりだったが、二人の様子を見る限り、それは必要ないと分かった。
話に一区切りついたところで、彼が今日の帰宅理由を麻美に話す。
「今日薫を連れてきたのは、俺が転送していた荷物の整理と、お前や親父、母さんに薫を紹介するため、それと……万一の時の遺言を、残しておこうという話になってな。」
「最初のはともかく、遺言って…。」
「正確には今の状況がな。…お前も知っているだろ。防衛省のあたりで発生した荒魂のことを。」
「あっ、うん。」
「機密に触れるから詳しくは話せないが、今、この国は結構マズい状況に進もうとしている。それに絡んで、俺の命も狙われている。」
「えっ、なんで?」
「…一つ言えるなら、刀使に殺されることもあり得る、ということか。あ、別に俺は何もしてないからな。」
「その点については、オレが保証する。××は、完全に被害者だ。」
「…まさか、お兄ちゃん。遺言はそのために…?」
「麻美。元々俺は、あの秩父での戦いの時*4に死んでいたはずの身だ。それが今やってきたと思えば、そういうものなんだろうよ。」
「……いや、だよ。…嫌、絶対に嫌だ!お兄ちゃんが死んじゃうなんて、私嫌だよ!」
ボロボロと涙を流し始める麻美。
彼は椅子から立ち上がり、彼女を落ち着かせるため抱き締める。
「麻美…。大丈夫、あくまで可能性の話だし。数ヶ月何もなければ、また帰ってくるさ。」
「ホント…?」
「ああ。約束だ、麻美。」
「嘘、吐かないでね。」
「指切りするか?」
「うん!」
そう言うと、互いの小指を組み合わせ、指切りをした。
「じゃ、親父や母さんが帰ってくるまで、部屋で荷物整理しておくぞ。」
「分かったよ。夕飯、作るね。薫さんも、ご一緒にどうぞ。」
「悪いな…。じゃあ、遠慮なくいただこうか。」
「頑張って腕を振るいますから!」
その後、彼と薫は二階に上がり、彼の部屋へと入っていった。
部屋で作業しながら、彼に麻美とのやり取りに対して話す薫。ねねは麻美が帰ってきて以降、薫の頭上で隠れている。
「…なあ、××。麻美に吐いた言葉、嘘にはするなよ。」
「そのつもりではいる。…なに、薫を残したままくたばるつもりもねぇよ。不可抗力以外は。」
「…お前は最後に不穏なワードを入れてくるから、油断ならないんだよ…。ねねの護衛でも付けるか?」
「いや。薫とねねは一緒であるからこそ、力を発揮する。…自分の身は自分で守らないとな。」
「無理するんじゃねえぞ。」
「勿論。」
その後、両親も帰り着き、薫を含めた家族会議が始まることになる。嵐の前の静けさが、自身の中にあるように感じた彼であった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
次回はエレン編になります。
感想等ございましたら、お気軽に感想欄・活動報告にご投稿いただければと思います。
それでは、また。