今回は薫編 その5をお届け致します。
時系列は波瀾編前、八月末頃になります。
それでは、どうぞ。
ー熊本駅ー
九州にある七県の中で、唯一全ての県と隣接している熊本県。
ここ熊本駅は、県都最大のターミナルとして、福岡や鹿児島方面を繋ぐ九州新幹線や鹿児島本線の中間駅であり、阿蘇・大分方面へと向かう豊肥本線の始発駅でもある。
福岡空港から地下鉄と新幹線を乗り継いで、この地に降り立った薫とねねと彼。薫から滲み出る疲労感を気にしながら、彼女の荷物を運ぶ彼。
頭上で眠りっ放しのねねを少し撫でつつ、不満を漏らす薫。
「あのおばさん*1、絶対にオレに恨みでもあるだろ…。」
「まあ、そう言ってやるな。真庭本部長も、別に嫌っているわけじゃないんだろうし。…士気の低い部隊ほど碌な目に遭わないのは、古今東西どこも変わらないしな。そういう点で言や、薫のことを信頼している証左だろうよ。」
「だけどよお、ここまであちこち飛ばされるのも、オレくらいじゃねぇか?」
「…否定はしない。」
彼も、薫の派遣頻度については、思うところがあるらしい。
今回、二人が派遣された目的は、熊本城の修復工事に携わる人々の、荒魂からの防衛である。
熊本城は2016年に発生した熊本地震により、鉄筋コンクリート製の天守閣を含め、数多くの城郭施設に甚大な被害を受けた。特に、日本の城の特徴の一つである石垣は、完全な修復がなされるまでに二十年とも三十年ともいう、途方もない時間が掛かると言われている。
熊本地震への補正予算が組まれていた当時、『いっそのこと、修復を諦めた方が良いのでは?』だの、『石垣ごときに使われる前に、被災者の生活再建に税金を使え!』だの、一時期では熊本城の復旧工事への税金使用に対して、批判的な意見が投げかけられることもあった。
だが、その意見を沈静化させたのも、被災当事者だった熊本県民であった。熊本の人々にとって、熊本市街を見下ろす熊本城は、この土地のランドマークであり、精神的拠りどころの一つであった。それが痛々しい姿を見せていることによって生じ得る精神的な損害は、目に見える物的損害よりも深刻な場合がある。
また、熊本を訪れたことのある観光客や全国から、さらには海外の人々からの応援や後押しもその追い風となり、熊本城への修復予算が組まれるに至った。
あれから二年*2。荒魂対処で九州を管轄している長船女学園も、当時は被災者の救援にあたったものの、刀使達の力を持ってしてでも、大自然の脅威の前には無力であった。
だが、人々は『いつも通り』の日常を取り戻すため、前に進んでいった。本格的な復興にはまだまだ時間を要するが、彼や薫はそうした人々を支えるべく、この地に入る。
熊本市電に乗り込んだ二人と一匹は、なるべく一般の人の迷惑にならないように、前の車両で立つ。
「…カーブが多いな。《祢々切丸》を持つのが、クソ面倒くさいぞ…。」
「我慢してくれ…。屋根に載せるわけにもいかないんだし。…おっ、見えてきた。だいぶ変わったなあ。」
「おお、あれが清正公の根城か。…ビルでも建ててんのか、ありゃ?」
「いや、復旧工事用の足場だ。ただ、天守閣は高いから、どうやってもビル並みにはなるよな。」
「…改めて、城のデカさを感じさせられるな。」
「その工事に携わる人達を守るのが、俺達の役割だ。」
その後、市電を降りて熊本城の方へと向かう。
ー熊本県熊本市 熊本城ー
熊本地震発災当時に比べ、工事車両が通れるほどに瓦礫や土砂が撤去された城内。
「ここまで修復するのに、かなりの時間を要したことを考えると、完全修復までは気の遠くなるような行程を超えて行かにゃならないのか…。」
「つか、オレ達がおばさんくらいになった時に、工事が終わるんだろ?」
「ああ。…福島*3に比べれば、ある程度修復までの時間が分かっているからいいが、それでも大変なことには変わりない。でも、俺達はその工事を円滑に進めるために、ここにきたわけだしな。」
「…ま、任務はきちんと果たすぞ。」
彼からの言葉に、こう返す薫。
とはいえ、彼も折角二人で任務に赴いたというのに、交わす言葉数は意外と多くはなかったりする。
(久々に二人きりになれると思っていたんだが、薫が疲れているのに話し合ったりするのは流石に、な。)
あちこち飛ばされている彼女を気遣いつつも、彼氏としての彼は、どうにも複雑な気持ちになる。とはいえ、元々頭が固い方の彼。疲れている薫の同意なしに、あれこれ語りかけるのもどうかと考える。
「…どうかしたのか?」
「いや、なんでも。…警備中に荒魂が来ないといいよな。」
「待て。お前、それはフラグだ。」
「…すまん。」
どうも普段の彼にしては、よそよそしい態度を取っているのが気になった彼女。
「…何か、元気が無さそうだが、どうかしたのか?」
「…こうして、二人、いやねねもいるから二人と一匹か。こんな感じで過ごすのも、最近はなかなか難しいよな、とか色々考えてた。」
「……はあ。お前って男は…。」
難儀な性格だな、と続ける彼女。
「…一応、オレはお前にとっては彼女なんだろ?別に遠慮する必要なんて、無いと思うけどな。」
「…逆に薫へ聞くが、疲れて今にも眠りたい時に電話とかかけられたら、どう思う?」
「―内容にもよるが、イラっとくるな。」
「だろ?…なら、少しでも休んでもらう方が、俺にとっても薫にとっても、絶対メリットになるしな。」
彼女の精神衛生面まで気にする彼。
「だけどよ、お前はオレと話したいとか思わないのか?」
「そりゃ話したいわな。」
「即答かよ…。」
「でも、あくまでそれは俺の意思であって、薫との意思では無い。…彼氏なら、尚更彼女のことを気遣わないと、関係は絶対長続きしないだろうし。」
「度が過ぎるのも考えようだがな。…取り敢えず、嫌われているわけじゃないことは分かった。」
飛行機や新幹線の中で全然話しかけてこなかったので、てっきり自分は愛想を尽かされたのかと勘違いしていた。だが実際は真逆だったというのも、彼女にとってみれば安心材料であった。
(…まー、よくよく考えると電話してくる時って、任務やら事務的なことで掛けてくることが多かったよな。メッセージのやり取りはやるが、それにちょっと寂しさがあったのは、オレも同じか…。)
内心、そんなことを考える薫。
ふと、一案を思い至る。
「なあ。」
「ん?どうした?」
「関東の混乱が収まったら、どっかオレと一緒にバカンスにでも行かないか?」
「…意外だな。薫がそんな提案をしてくるなんて。一緒にだらだらしないか、とかならまあ分かるんだが。」
「それも悪くないけどな。やろうと思えば、いつでも出来るだろうし。…ただ、たまには刀使の役目から離れても罰は当たらないと思うぞ。オレは…。」
「…うん。しかしバカンスねえ…。行先は沖縄か?」
「それはお前に任せるわ。飯が美味くて、ゆったり過ごせるところがいいぞ。ああ、あとねねもくつろげる空間がある場所がいいな。」
「ねー!」
名前を呼ばれたからか、声を上げるねね。
「頑張って探してみます…。それと、時期は春以降がいいのか?」
「なるべくな。…あー、荒魂達も、もう少し大人しくしておいて貰いたいもんだぞ。」
「確かにな。…ねねみたいな個体が出てくれば、もうちょっとどうにかやりようがあるんだがなあ…。」
「ねぇ?」
首を傾げるねね。
「お前さんみたいな穢れの無い荒魂が、見つかるといいな。」
そう言って、ねねの頭を撫でる彼。
三十秒ほど撫で続けていただろうか。
「…おい、ねねばかり撫でるなよ。」
少しむすっとしていた薫。
「…はいよ。ゴメンな、全然構わなくて。」
ねねを薫の頭に戻すと、《祢々切丸》を背負った彼女をそのまま抱き締める。そして、彼女の後頭部を髪を梳かすように優しく撫でる。
「んっ…。」
「…やっぱり、薫は可愛いなあ。」
「よせ…。…でも、悪くないな。」
あんまり長くこうしていると色々言われそうなので、べったりするのも程々にして、警備に戻る。
ー熊本城 天守閣下ー
朝に福岡を発ち、着いて早々に荒魂への警戒を強めていたが、腹が減っては戦は出来ぬ、ということで昼食の時間がやってくる。
二人は腰掛けられそうな場所を見つけ、並んで座る。
「折角だから熊本ラーメン…、は無理か。」
「お前、ここまで出前の人を呼び寄せる気かよ!」
「いや、流石にそこまで大変なことはしない。ただ、熊本城に来る前に、駅弁買ってきといて正解だったわな。」
彼はそう言うと、鞄から熊本駅で買っておいた二つの駅弁を取り出す。
「かんぴょう巻きじゃないのは、勘弁してくれよ。」
「いや、たまにはご当地グルメも悪くないもんだ。」
彼が買っていた駅弁は、阿蘇の牧場で育てられたあか牛を使用した、肉たっぷりのものであった。
「…これ、意外にしたんじゃねえのか…。」
「ん?熊本まで来たんだから、地元で作られたものを買うのは、復興支援としても食の楽しみとしても理に叶っているだろ?ラーメンを食べるだけじゃなくてな。」
「まあ、美味そうなのには変わりないしな。じゃ、箸を持って…。」
「「いただきます。」」
箸を駅弁の中へ下ろし、それぞれの食べ方で進めていく。
空は快晴。残暑は厳しいが、外で食べるには気持ちの良い環境であった。
「ね~。」
「ん?どうした?ねね。」
薫と彼の間に居たねねが、薫のスカートを少し引っ張る。
「…もしかして、ちょっと食べたいんじゃないのか?」
「本来は荒魂が人様の食べ物を食べるって、あんまり聞かないけどな。」
荒魂自体、彼らを構成しているノロそのものは無機物であるため、動物と異なり栄養素を摂る必要性はなかったりする。人との距離が近い存在のねねは、薫の先祖代々で食べ物をもらっていたりするため、意外に食べる。
「要るのか?」
「ね!」
「…しゃーねぇな。」
そう言うと、タレ漬けになったあか牛を箸で掴み、ねねの口元まで持ってくる。
「ほら、ねね。」
「ね!…ねぇ~♪」
あか牛の肉切れを薫からもらい、口に含むと、リスやハムスターがもきゅもきゅと食べるように、頬のあたりを風船状に膨らませる。
「…幸せそうだな。」
「そうだな。」
「そんな心優しい薫に、ほい。」
ねねを見ていた彼女が、彼の方を見ると、逆さ箸にして自分のところの肉切れを浮かせていた。逆さ箸は本来マナー違反だが、取り分け用の箸が無いならば、こうした手段もやむを得なかったのだろう。
「…いいのか?」
「元々少食なんでな。それに、俺がこうしたいと思っただけなんだけどな。どうだ?」
「…じゃあ、頂くぞ。」
彼女が、あーんと言うのを聞きながら、ゆっくり箸を口の中へと入れていく彼。入れ過ぎないよう、慎重に箸を扱う。彼女の舌に肉切れがのったことを確認すると、ゆっくり箸を引き抜く。
カップルなどでは、よくあるシチュエーションではあったが、やり終えて自身を客観的かつ冷静に見る彼。
「…なんか、実際にやってみると緊張するもんだな。」
決して悪いとは思わなかった。だが、うっかり箸が彼女の喉に刺さったらどうしようとか、彼の中ではシチュエーション云々以前の問題だったようである。
その後、肉切れをよく噛んで、食道に流した薫が声を出す。
「だからか。口の中が、少し震えたぞ。」
「悪い…。俺も初めてやったからな。次からは気をつける。」
「…次から、か。」
ふっ、と吹き出す彼女。
「次と言わず、今からやってもいいんだぞ。」
「いやいや、それは薫に悪いって。」
「…オレじゃあ、嫌なのか?」
急に上目遣いになる彼女。
「っ!…反則だぞ、その顔は。」
「やるならよし。」
「くっそ、周囲の目線が刺さるな…。」
今更のことながら、工事関係者らがチラチラ此方を見てくるので、彼は小恥ずかしく感じながらも、彼女自身がこう甘えてくることもそう多くないため、腹を括って薫に食べさせることを続けた。
「ふ~っ。食ったくった。」
「そりゃ良かった。…って、食い始めてから一時間経ってるし!嘘だろ!」
「…あっ、やべ。まあ、バレなきゃ大丈夫大丈夫…。」
「薫、それフラグ…」
彼がそう言った途端、彼女のスマホに着信音が響く。
発信者名は紗南だった。
「…出なきゃダメか?」
「ダメです。」
「はぁ…。面倒くせぇ…。」
着信に出る彼女。
「もしもし。何だ、学長?」
『今は本部長だ。んんっ…、で、薫。キチンと警備任務はこなしているんだろうな?』
「そりゃあ、もう。荒魂は今のところ来てないけどな。」
『そうかそうか。それはよかった。』
(よし、そのまま終われ!)
そう願った彼女だが、会話はまだ続く。
『ところで、薫。◯◯(彼の苗字)とは、仲良くやっているようだな?』
「あっ、ああ。そうだな。」
『イチャイチャしている様子が、SNSに上がっているくらいには、関係が進展しているじゃないか。』
「…はっ!?…なん、だと。」
『甘々なのは良い傾向だが、刀使の任務はしっかり全うしろよ。ではな。』
そう言われて、電話は切られた。
「本部長、何だって?」
「イチャイチャするのも程々にな、と。あと、SNSにオレ達の姿が載ってたらしいぞ。」
「…周囲に気をつけよっと。」
「まあ、そこまで怒られなかったようだし、もう少しのんびりするか?」
「いや、警備は最後まできっちりやり遂げるか。…ホテルの部屋は一緒になってたっけな?」
「さあな。…ま、益子さんもやる時はやるぜい。」
「任務期限の午後7時までは、お互いに頑張るとしますか。後はホテルでのんびり、だな。」
「という訳で、ねね、行くぞ。」
「ねっ?ねー!」
長い休憩時間も程々に、薫と彼は熊本城内に散っていく。任務後のお互いの一時を楽しみにしながら、今日も職責を果たしていく。
穏やかに時の流れる、秋前の出来事だった。
ご拝読いただき、ありがとうございました。
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次回はエレン編になります。
それでは、また。