刀使の幕間   作:くろしお

9 / 235
どうも、くろしおです。

今回は可奈美編その6 後編です。
前編が終わったあたりから始まります。

それでは、どうぞ。


⑨ 激務下の湯治 後編

 ー神奈川県湯河原町 某温泉旅館 浴場ー

 

 のんびりと任務終わりの一風呂に興じようとしていた彼。

 その彼が露天風呂に向かった際に目にしたのは、温泉に浸っていた可奈美の姿だった。

 

 

 

 

 双方固まっていたものの、先に口を開いたのは彼だった。

「…どういうことだ。看板の案内どおりなら、露天風呂のはずなんだが…。」

「お、落ち着いてください!わ、私にも何が何だかさっぱりでぇ。」

「可奈美、深呼吸して!パニックになるのは分かるけど!」

 彼も、彼女が慌てたことで逆に冷静さを取り戻す。

 それと共に、彼女へ背を向ける。

「それに、俺がこうすれば可奈美に何もしないっていう証拠になるだろ?…これが、君にとって信用に値するかまでは分からないがね。」

「はっ、はい。」

 取り敢えず、彼が彼女に対して何かするわけでは無いということは、混乱していた可奈美の頭でも理解できた。

 運良く、彼はタオルを巻いていたことと、視界に彼女を捉えた際には肩くらいまでしか姿が見えなかったため、そこまで気まずい空気にはならずに済んだ。

 

 

 彼自身はこの場で彼女と会うことが嫌だとか、そういうわけではなかった。あまりに手を出そうとしないので誤解されがちだが、彼も年頃の男子なので女性に対してのそうした性的欲求そのものはある。

 …だが、あまりにその欲求を抑制、どころか自分自身がその気を起こさせないように、心理的なブレーキを日頃から掛け続け過ぎた結果、逆に緩めることが出来なくなっていた。刀使をはじめ、多くの女性に囲まれている環境に置かれている現状なら、それを解除する事は不可能に等しいだろう。

 

 

 彼は男湯の方に戻ろうかとも思ったのだが、酷い湯煙と足元の視界の悪さで、事実上退路が断たれていた。そのため、諦めて露天風呂の岩場あたりに留まっていたのである。

 

 出会ってから時間が経ち、ヒュ~ッと冷たい夜風が彼の体をすり抜ける。

「へっくしょん!」

 思わず寒気がした彼。やはり、この時期の風は身に応える。

「◯◯(彼の苗字)さん、このままだと風邪を引いてしまいますよ?…お湯に浸かった方がいいんじゃないですか?」

「それはマズいだろ。…どうやらここは混浴風呂みたいだが、女の子と肌を合わせるのは、俺の社会的生命にも関わってくるし、…第一、男と一緒なのは嫌じゃないか?」

「でも、小さい頃はお兄ちゃんと一緒に入ってた時だって、ありますよ。」

「可奈美、その当時と今の年齢を考えてくれ。しかも中学生の女の子だぞ。ましてや、家族でもない男なら、尚更気を付けないといけないだろ?…幾ら顔が知れた人間とはいえ、な?」

「それは…、そうですね…。」

 自分のことよりも他人の心配をするあたり、よく言えば他人思い、悪く言えば自分勝手ともとれる。

 

 

「…でも、折角ですから、温泉に浸かっていってください。◯◯さんが何もしてこないことは分かっていますから。」

 落ち着きを取り戻した彼女はゆっくりと、優しい声音で彼に語りかける。

「しかしなあ…。」

「……分かりました。聞いてくれないなら、今後一切、◯◯さんには剣術を教えたりしませんから。」

「ちょ、それは」「あ~あ、折角◯◯さんとの打ち合いがどんどん楽しくなってきてたのになぁ…。」

 

 ここにきて、普段の彼女なら絶対に口にしないであろう『剣を合わせることを拒む』ということの、その言葉の意味に、幾ら鈍感の彼でも深刻に捉える。

 

「ま、待ってくれ!幾ら何でもそれは。」

「もう知りませ~ん。…入ってきてって、さっきからず~っと言ってるのに…。

 可奈美なりに、彼のことを思っての発言だったのだが、想定以上にそれは彼にとって堪えたらしい。

「わ、分かったから!すぐ入る!」

 効果覿面だった。

「…最初から入ってくれれば良かったのに。でも、◯◯さん、やっと入ってくれた。」

 彼が聞こえない程度の声で、そう呟いた彼女。

 当然というか、彼の浸かった場所は可奈美から離れていた。

 

 

 ようやく湯船に浸かったものの、彼女に背は向けたままだった。本当はマナー違反であることを承知しているのだが、腰のあたりにタオルを巻いて股間周辺を覆う。

「…あったけぇ。」

「この温泉、やっぱり気持ちいいですよね?」

「ああ。…ただ、外の景色が見えないのは残念だな。これだけ湯煙が酷いなら、仕方もないさ。」

「こんな感じで姫和ちゃんや舞衣ちゃん達と、一緒に温泉行けたらいいなぁ…。」

 荒魂の高頻度出現により、なかなか六人揃ってというのが難しくなっているなかで、可奈美がそう思うのは当たり前であった。

「…放出されたノロが鎌府一校でも対処できるくらいまで減ってきたら、その時間も取れるだろうから、それまでの辛抱だ。…楽しいことは後で取っておいた方が、色々と捗っていくしな。」

「はい。…それと、いつもありがとうございます。」

「何がだい?」

「私達を助けてくださっていることです。…さっきみたいに、私のことを気遣ってくださっているように、皆に対して色々な手助けや気回しをしてくださってますよね?」

 

 ここまで距離が近く、肌を見せ合うような状況ならば、こうしたことも言えると思った彼女。

 彼からすると、今の生活の中で感謝される要素は無いと考えているため、こう返す。

 

「…お礼を言われるようなことじゃないよ。以前から言っているが、こっちは結局後ろで控えることしかできないわけで。荒魂を祓うまでの、その前段階が俺らの勝負になるわけだ。…可奈美達はじめ、刀使やサポート要員には感謝しかないが。」

「…○○さんって、結構損な性格をしてますよね。」

「いいんだ。むしろ、自分一人だけで損害が済む程度のことなら、それに越したことはない。」

「なんで、そこまで人のために頑張れるんですか?」

「…何でなんだろうな。……自分がそうしなきゃならない、また誰かが傷つく姿を見たくはない。そう思って、つい動いちまうんだろうな。…可奈美だってそう、姫和や舞衣達、本部の同僚や伍箇伝の生徒達、死線に身を投じる特祭隊員たち。俺にとって、みな『大切な仲間であり戦友』なんだよ。」

「それって強迫観念、なんですかね?」

「分からん。ただ、同僚からは無茶は止めろとどやされることは多いがね。」

「あはは…。…でも、その同僚さんの気持ち、分かる気がします。」

「えっ。」

「実は以前、お父さんに○○さんのことを話したことがあるんです。その時に『放っておいたら、どこかに行ってしまいそうな男の子だな。』なんて言われてたんですよ。……その『どこか』が、本当に遠いところへ行ってしまいそうで、私は少し心配してます。」

「…おいおい、そんなことを言い出したら、紫様共ども隠世の彼方まで加速していく状態だった姫和を、現世に引き上げたのは可奈美当人じゃないか。俺から言わせると、その方がよっぽど無茶していると思うけどな。」

「……そう言われると、そうですね。」

「納得してしまうのかよ、そこは。」

 早い合点にズコッとなったものの、彼女の言わんとしていることは何となく分かる。

「…まー、死なない程度には頑張るさ。」

 正直、こう返すほか可奈美を納得させるのは難しいだろうとも思った。

 

 

 

 

 雨量が少し落ち着いてきたこともあり、湯煙も少し晴れてきた露天風呂周辺。

「そろそろ戻らないと、夕食に間に合わなくなりそうだな。」

「そうですね。…○○さん、戻る前に一つお願いしてもいいですか?」

「何だ?」

「私と、手を繋いでもらえませんか?」

「風呂の中でか?」

「はい。」

「…ちょっと待ってくれ。」

 

 これ以上、可奈美にあれこれ言いたくはなかった彼。

 視界が少し開けた際に、露天風呂脇の岩に彼女が持ってきたであろうバスタオルが畳まれてあったのを確認したため、余計に彼女の方を見るのは避けていたのである。

 無意識でのお願いなのか、誘ってきたのかは分からない。だが、どちらであっても彼が取れる選択肢は絞られていた。腰に巻いたタオルは絶対に外せない。今、頭上にはフェイスタオルを畳んで置いている。これを使わない手はない。

 最初にここへ来た時に一瞬だけ目にした、可奈美と露天風呂の配置。それを頭で思い描き、目を隠した状態で彼女の近くまで寄れるのかを計算する。多少は移動しているだろうが、それは耳を頼りにすればさしたる問題ではない。彼女の声を辿ればいいからだ。

 

「よし。」

 手早く、そして揺れてもタオルがずり落ちないように固く締める。

 普通の男子なら羨むであろう千載一遇の機会も、彼にとっては如何に相手を傷つけないように、かつ嫌がらないようにするかという細心の注意を払いながらの、緊張感漂う爆弾処理作業へと変わるだけであった。

 

 

 可奈美が彼の方を見ると、目のあたりにタオルを回して此方へ近づいてくるのが分かる。傍目から見ると、かなりシュールな光景である。

「○○さ~ん。大丈夫ですか~?」

「なんとか。…見えなくても案外どうにかなるもんだな。」

「そのまま真っ直ぐ来てください。私はそこに居ますから。」

(…この行動一つで、凄く葛藤されてたのが分かる…。…普通の男の人はここまでするのかな?)

 この行動だけでも彼の特異性を説明するには十分だが、できる限りの手段を講じてやってくるあたり、彼女への配慮を怠らない姿勢は、その人の思いやりが滲み出ている証でもあろう。

 

 

 えっちらおっちらと温泉を掻き分けながら、可奈美の近くまでやってくる。

「○○さん、私はここです。」

 彼の手をとった彼女。

 それを流れるように自身の指を絡め合わせ、恋人繋ぎへと変える。

「そのまま、腰を下ろしてください。」

「ん、ああ。」

 言われるまま、彼は足を曲げて体育座りをする。

 座った際に生じた二つの波紋が、露天風呂の中で揺らめく。

 

 

 

 

 タオルで目を覆っている関係で、聴覚が普段より鋭敏になっているように感じた彼。

 その隣で、口を開く彼女。

「…やっと、傍まで来てくださいましたね。」

「…そう、だな。」

「○○さん。私はあなたと手を繋ぐこと、嫌いじゃないんです。」

「そうなのか?…というか、今まさに繋いでいるから、嫌というわけではないよな…。」

「…昔、お兄ちゃんに手を引かれて買い物に行ったりとかしたんですけど、何だかそれに近い感覚なんですよね。…正確には、ちょっと違うのかもしれませんけれど。」

「そうか。…可奈美のお兄さん、どんな人なのかねぇ。妹が居る者同士、何か親近感が湧いてきそうだな。」

「えっ、○○さんって妹さんがいらっしゃったんですか!?」

「ああ。可奈美達に会う機会があればいいがね。」

「一体、どんな妹さんなんでしょうか?会う時がスゴく楽しみです!」

「多分、会うとしても相当先だろうな。…まあ、期待はしないでくれ。」

 一つ下の妹のことを思い出す彼。ここ数年はまともに帰れていないので、普段の生活がどうなっているのかなどは分からない、という家族としてそれはいいのか、というところを思わなくはなかった。

 

 

 

 

 改めて、ゆっくり静かな時が二人に流れる。

「…何か、こうした時間が出来るなんて、舞草の里に着いた頃には思いもしませんでしたね。」

「そうだな。あの頃はごたごたしてたからなぁ。」

「…こんな時間が、もっと続いたらいいのに。」

「どんなことにも終わりは来る。残念ながら、な。」

「○○さんにとって、私と一緒に過ごしている時間はどう感じますか?」

 若干の間があったが、今までの出来事を述懐したうえで言葉を発する。

「……楽しい、だな。端的に言えばだが。可奈美と竹刀を交えて打ち合っている時もそう、ちょっと前に二人で出かけに行った時だってそう。君が笑顔でいると、不思議と此方も笑みが零れるみたいだ。って、かなり気持ち悪いことを口走っているみたいだな…。これだと。」

「そんなことはないですよ。…そっか。楽しい、ですか…。」

「逆に、可奈美はこんな人間と一緒に居て、つまらない奴だな、とか思わないのか?」

「―つ、つまらないってどういうことですか!?」

「そ、そんな大声出すようなことなの?」

 彼女の声が驚きのものであったことは、耳から伝わってくる。

「むしろ、私からすれば○○さんのことはとっても頼りになる人だし、何も言わず私の剣術の話を聞いて、あまつさえそれを自分のノートに書き込んでくださっているじゃないですか!」

「…えっ、だって可奈美の話ってタメになるし、剣術のことがよく分からない俺からすれば、凄く役に立つ事ばかりなんだが。」

 

 姫和や薫などからは呆れられることもある、長時間にわたる彼女の剣術に関する話だが、全くの専門外である彼からすれば、知らないからこそどんな違いがあるのか、その流派の特徴は何なのかなど、それを説明できる人間が身近に居ることは非常に貴重なことであった。…彼自身の持つ傾聴力や、長時間のやり取りにも耐えうる精神力は、それを可能にした一因もあるのだろうが。

 

「…剣術のことが本当に好きなんだろうな、っていうのはいつ話を聞いても分かるし、そんな楽しく話している姿を見ていると、こっちも何というか和むんだよ。俺がただ、ボケーっと聞いているだけかもしれないけれど。」

「それでも、○○さんがつまらない人間っていうのは、おかしいと思いますよ。…本当にそんな人だったら、ここからとっとと引き上げていたでしょうし。」

「………。」

 

 

 思わず無言になる彼。意識していなかったのだろうが、この場に残った意味というのはそれ相応に重い意味を持つ。まして、ここは混浴風呂。本当に嫌ならば、可奈美とエンカウントした段階で無理矢理に湯煙を掻き分けてでも、即座に後退すればよかったはずなのだ。なのに、それはしなかった。

 

 

「○○さん、あなたがいつも他の人のために色々頑張ってくださっていることは、私も含めて皆知ってます。だから、せめて今だけでもその頑張りをご自身のために回してください。」

 彼女に握られていた右手が、ギュッと握りしめられる。

「…善処はしよう。」

 そうするとは言わないところが彼らしいと云えばそうなのだが、可奈美を安心させるためなのか、逆に此方も握り返したのである。

 彼女は少し驚いていたが、その直後にすっと頬を緩め、一度繋いでいた手を離す。

 彼の耳には、彼女が立ち上がる際に生じた、ザバーッ、という水音が聞こえてくる。

 

「あれ、可奈美?」

「ちょっと待っててくださいね。」

「あっ、ああ。」

 一体、彼女は何をする気なのだろうかと思った彼。

 

 

 

 

 それから二、三十秒ほど経った時、不意に視界が明るくなる。

「うおっ、眩しっ。」

「これなら、目を開けた状態でも大丈夫ですよ。」

 

 

 声がした方を見ると、バスタオルを胸から下に巻いた可奈美が立っていた。

 年相応に引き締まった脚や、身体の方も制服の時では分からなかったが、出るところは出たメリハリのある体つきであることが、タオルに覆われていても分かった。

 その彼女の手には、彼が巻いていたはずのフェイスタオルが掴まれてあった。

 

「可奈美…。」

「そろそろ上がらないと、皆心配する頃ですし、それに○○さんの目もそろそろ限界だったんじゃないですか?」

「それはまあ、そうなんだが。」

「…さっきは我が儘を聞いてくれて、ありがとうございました。…御飯が終わった後で、○○さんのお部屋に立ち寄ってもいいですか?」

「あ、…ああ。構わないぞ。」

「じゃあ、また後でね!」

 彼のフェイスタオルを持ったまま、女湯の方へと急ぐように戻っていった彼女。

 

 

「…何か、普段の彼女からは想像つかない事ばっかだったような気が…。」

 一人残された彼は、扇情的だった彼女に対して変な気を起こさなかった自分自身に感謝しつつも、改めて異性に対しての、呪縛ともとれるレベルでの心理的抵抗感の強力さに、ただただ恐怖するしかなかった。

 露天風呂の外で降り続く雨は、止む気配が無かった。

 

 

 

 

 一波乱あった浴場から上がり、一行で夕食を食べ終えた後、部屋で一息つく彼。

「しっかし、可奈美は一体なぜあんな事を…。」

 冷静な思考になってあの場を検証する彼だったが、彼女がどうして強硬手段を取ってでも一緒に入るように言ってきたのか、分からなかったのである。

 

 

 コンコン

『失礼しま~す。○○さん、いらっしゃいますか?』

 

 

 部屋の扉の方から、可奈美の声が通る。

「ああ、ちょっと待ってくれ。すぐ開ける。」

 先ほどの露天風呂での別れ際に、彼女が言っていたことを思い出す彼。

 

 ガチャッ

 

「お邪魔しま~す。」

 温泉旅館の薄青い浴衣と、茶色の帯に身を包んだ彼女。彼の服装も、今は浴衣である。

「大したものは置いてないけどな。…今、お茶を淹れる。」

「はい。ありがとうございます。」

 手慣れたように二人分のお茶を出す彼。

 二つの湯呑みからは、もわもわとした湯気がたつ。

 

 

「それで、露天風呂でここに来るって言っていたけど、その用件は何だい?」

「……今晩だけ、この部屋に泊めさせていただけませんか?」

 小手先の回りくどさもない、素直な直球のお願いだった。

「他の三人と一緒には寝られないのか?もしかして、嫌われているとか…?」

「いえ、そうじゃないんです。皆さん、良い人たちばかりですから、そんなことは決してないです。」

「じゃあ、なんでまた…。」

 彼は、可奈美の思考が読めなかった。男の部屋で寝るというのは、当然ながらリスクを背負っていることに他ならない。彼女とて分かっていない筈が無かった。

 

 そのまま、言葉を紡ぐ彼女。

「…舞草の里の時から今に至るまでの、あなたのことを思い返してみました。最初の頃は、何か凄い人が来たなぁっていう印象が強かったんです。でも、話していくうちにあなたの優しさが伝わってきたんです。」

「…うん。」

 黙って彼女の言っていることを聞く彼。

「私に立ち合いを頼み込んでくださった時は驚きましたけれど、今思えば初めてあなたと美濃関で剣を合わせた時と変わらない、強い意志が伝わってきました。それが、○○さんの信念に繋がっていることも。」

「俺には、それは分からないけどな。」

「…今日のお風呂でのことで、私の気持ちは、はっきり固まりました。」

 そこで一度、言葉を止めて深呼吸をする可奈美。遂に、その時はやってくる。

 

 

 

 

 

 

「――私、○○さんのことが好きみたいです。」

 

 

 

 

 

 

 彼の目を真っ直ぐ捉えつつも、その顔はいつもと変わらない、微笑んだものであった。

 

 

 

 

(……あれ?…もしかして、今のって告白になるのか?)

 しかしながら、恋愛面での感性が非常に疎い彼には、可奈美の言葉へ判断をつけることが、すぐには出来なかった。

「…えーっと、その…。…大変、非常に聞き返しづらいんだが、…可奈美は俺に、好意があるということでいいんだよな?」

 もし仮に認識の齟齬があった場合、取り返しのつかないような事態になることを恐れ、敢えて退路無き聞き返しを行った。

 

 

「そう、ですよ。…やっと、届きましたね。」

 

 

 彼女はその反応も織り込み済みだったように、声を荒げることもなく、優しく返した。

 

 

「…可奈美、言ってくれてありがとう。…正直驚いた。とてもじゃないが君に釣り合わないし、何より俺が舞草に入るきっかけになった人の娘さんが、こんな男を好いてくれたことに、恐縮するほかないよ。…本当に俺でいいのかい?」

「姫和ちゃん達以外で、真っ向から私に教えてほしいって言ってくれた男の人を、嫌いになんかなれませんよ。」

「…ありがとう。」

 

 

 そして、話は今晩どうするのかということに戻ってくる。

「明日はちゃんと他の人たちと寝ます。…今日だけでいいので、どうでしょうか?」

「…まあ、一晩中カメラ回しておけば、仮に嫌疑が降っ掛ってきても大丈夫か。」

 彼の手元には、赤外線カメラがあった。

「布団は二つでいいよな?」

「あっ、はい。…それと寝る前に…。」

「寝る前に?」

「ギューッと抱きしめてもらってから、眠ってもいいですか?」

「…分かった。好きな娘の頼みは無下にはせんさ。」

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

 ようやく、二人の歩みは本格的なものに変わりかけていた。

 だが、その時間が断たれるのもまた、目前に迫ろうとしていた。




ご拝読いただき、ありがとうございました。

色々と解釈は分かれるとは思いますが、今話はあくまでも一つの可能性として、という点をご理解頂ければと思います。

これが本編百話目の投稿になりますが、まだまだ熱を保ちつつ執筆の方を続けていこうと思っています。



話は逸れますが、先日発生致しました京都アニメーション第一スタジオでの放火殺人事件におきまして、亡くなられた数多のクリエーターの方々にご冥福をお祈りさせていただくとともに、未だに火傷や熱傷に苦しんでおられる方々の回復を願ってやみません。

この一報がもたらされた際、日本をはじめ世界中の人々が京都アニメーションへの支援や祈りを捧げている姿を見て、改めて貴社が感動や喜びを多くの人々に与えていたことを知ることになりました。

Pray for Kyoani.

悪逆非道な行動により、これから生まれてきたであろう数々のアニメやそれに携わる人々を奪った犯人が、回復した後に司法の場において、然るべき裁きを受けることを望んでいます。
犯人を治療している医療従事者の葛藤や、残された遺族や被害者の苦しみは筆者には想像もつきません。

書きたいことは山ほどありますが、このあたりで失礼させていただきます。




戻りまして、次回は姫和編になります。

それでは、また。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。