ダークエルフの弓使いにショタな弟子ができました   作:あじぽんぽん

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アルテさんは月が出ているときだけサテライトキャノンが撃てます
今回もシリアス多めなんだ……許して

またまた一部改稿しました


第4話

 それは、エルフの国におとずれた危機であった。

 

 エルフとは弓術に優れ、精霊との親和性も高く、地に降り立った神の末裔たち。

 世界樹を中心として繁栄を築きあげてきた彼らは、魔王との戦いにおいては人々に知を授け魔法をもって先頭に立ち、生きとし生ける者を導いてきた賢者の種族である。

 その偉大なる彼らが神代の頃から受け継ぎ、長い歳月をかけて作りあげてきた英知や神秘ですら厄災に対してはまったくの無力でしかなかった。

 

 現れたのは小山のような巨体の怪物。

 

 前触れもなくエルフの国に出現した漆黒の怪物は咆哮と共に火炎を吐き散らし、目につくすべてを踏みつぶし蹂躙しながら進んでいた。

 恐るべき魔獣である。それでもエルフの英知と神秘の力をもってすれば、この不遜な侵略者を討伐することは容易に思えた。しかし怪物の強さはエルフたちの想像を遥かに超えていた。

 

 魔王の兵団と互角の戦いができるエルフの国の騎士団が一刻も保たずに壊滅したのだ。

 

 怪物の強靭な鱗の前に、刃や矢では効果的な攻撃は望めず魔法も弾かれて意味をなさない。

 いかなる攻撃も受けつけない巨大な怪物には、聖剣のような高い切断力をもつ魔法武器で厚い外皮を切り裂いて、体内に直接魔力をぶつける以外に有効な手段がなかった。

 エルフの国にはそこまで強力な兵器はなく、また聖剣に頼ろうにも保管されているのは遥か遠い人族の国であり、力を引きだせる使い手も不在であった。

 

 エルフの知恵者たちが集まり、幾つかの手段が講じられたが怪物を止めることはできなかった。

 ことここに至って怪物の侵攻を止めるためエルフの国に総動員がかかる。

 エルフたちは誇りを捨て、エルフの国に滞在していた様々な種族の戦士たちにも協力を頼んだ。

 その要請に様々な種族の様々な攻撃が怪物に対して試されるも、怪物の体表を貫くことはできず微かな傷をつけることすらもできなかった。

 

 万策尽きた絶望的な状況である。だがエルフたちは逃げだすことができなかった。

 

 なぜなら、巨大な怪物の進む方角にはエルフに加護を与える世界樹が存在したからだ。

 聖なる大樹を破壊されればエルフの出生率は下がり、ゆるやかな滅びを迎えるだろう。種族の存亡がかかっている。例え勝ち目の薄い戦いでも引くわけにはいかなかった。

 怪物の悠々とした歩みはそんな決死の彼らを嘲笑っているかのようであった。

 怪物という厄災、しかも不運なことにエルフの国に襲いかかる脅威はそれだけではなかった。

 同時期に、まるで申し合わせたかのように悪魔の目が大量に出現し、魔界から魔物の大軍勢が現れたのだ。

 この難局に近隣の国々も軍を動かして支援をしたが、魔物の数はあまりにも多すぎた。

 

 エルフの国で好き放題と暴れまわる邪悪な魔物たち。

 いくつもの砦が無残に破壊された。

 いくつもの町や村が残酷に滅ぼされた。

 多くの力なきエルフたちが野に引き出され……虐殺された。

 

 慈悲深きエルフの王が逃げ遅れた者たちを救うために、その身に宿した高位精霊を開放して怪物を食い止めようとした。しかし力が弱ったところを魔物の群に狙われ命を落としてしまう。

 成すことのすべてが悪い方向へと向かった。

 怪物と魔物たちの前にエルフの国は風前の灯であったのだ。

 

 

 最終防衛線。世界樹の周辺を囲う城壁の上にエルフの王族である幼きリオンがいた。

 怪物との戦いが始まってすでに一ヶ月が過ぎている。

 その日は、空は雲でおおわれ月どころか星一つもでていない夜であった。

 リオンは引き留める家臣を振り切って兵士たちと運命を共にしていた。

 まだ幼ないとはいえ王族の端くれで精霊の力を使える。少しでも皆の力になりたい……そんな思いがリオンを突き動かしていたのだ。

 だが炎に照らされた怪物の姿を見た瞬間に、予見の力を持つリオンは理解してしまう。

 

 あの怪物は半神である、ただ群れるだけの人の身では絶対に勝つことのできぬ存在だと。

 

 遠くから、爆発する魔力が散発的に見えた。

 エルフの森へ迎撃に向かった者たちの命を賭けた最後の抵抗の光であった。

 それでも怪物の進みは一向に止まらない。大地を揺らす咆哮と木々が折られる悲鳴だけが響く。

 攻撃する者たちを歯牙にもかけず、怪物は世界樹を目指してゆっくりと近づいてくる。

 何度も何度も、五月蠅い小虫でも追い払うかのように怪物の口から火球が放たれた。

 炎……あちらこちらで業火が広がりエルフの森が燃えていく。

 焼かれる者たち……絶叫と共に消える命……失意の叫びと呻き声……。

 死の炎は激しい渦となってリオンのいる城壁までも流れこんでくる。

 すべて薙ぎ払い、地形を大きく変え、地獄を作りだし、爆炎と共に暴君が全身を現した。

 

 恐るべき異形、それは一頭のドラゴン。

 エルフの森の千年樹の木々すらも超える、巨大なエルダードラゴンであった。

 

 かつて、神代の神々の戦いにおいて邪神の先兵として猛威を振るった邪竜。

 そして、この世界においてもっとも神に近いとされる古竜種。

 幼きリオンは声をあげながら膝をつき涙を流す。予見の力があるゆえに視えてしまったのだ。

 怪物に焼かれて無残に折られる世界樹……放浪の民となり、魔物に襲われて失意のうちに滅びを迎えるエルフたちの過酷な定めを。

 今まで魔王の台頭を邪魔してきたエルフ族に対しての邪神の報復……あれはエルフを滅ぼすためだけに遣わされた邪悪な神の眷属であると。

 そのとてつもない悪意に幼き決意は呆気なく砕かれる。

 リオンは自らの力のなさを、勝てぬと分かっていても戦いにおもむいた王たる父の想いと覚悟に涙することしかできなかった。

 

 漆黒のエルダードラゴンが咆える。その体から神の力が灼熱の蒸気となってあふれだしていた。

 大樹のように太い脚が一歩踏みだすたびに周囲の草木が枯れて大地が砕け陥没する。

 すべてを蹂躙して破壊して食らい尽くす邪悪な生命体。

 誰もかもが明確に分かる終焉であった。絶対の死と滅びを前にして、一人、また一人、リオンと同じように絶望して膝をついた。

 

 だがそのとき、リオンは月の音色を聞いた。

 

 兵士たちから騒めきが起きる。高い城壁から難なく大地に飛び降りて、まるで散歩でもするかのようにエルダードラゴンの正面へと歩みでる者がいたのだ。

 正気の沙汰ではない。リオンは城壁に取りつき兵士たちが指さす方に視線を向けた。

 そこに見えたのは、裸に近い褐色の体とねじれた木の弓を持つ女だった。

 リオンは彼女を知っていた。つい先ほど、エルフ族のために一番最後にやって来た者だ。

 自分たちと似ているのにまったく違う、野を駆ける獣のしなやかさと神秘的な美しさを持ちあわせた女であった。

 

 エルフが崇める神と争っていたとされる月の女神の眷属。

 エルフと同じ神の直系で、エルフ以上に弓を使うとされる狩猟の一族。

 その豊満な体をわずかに隠す鎧。防具としてほぼ意味をなしていないそれは『如何なる者も我らに触れること叶わず』という彼女たちの傲慢な自信の表れだという。

 

 彼女はここに現れたときから言葉多くなかった。

 家臣たちに罵られ敵意を向けられても表情をまったく変えず、月の女神の眷属に相応しい気高さと孤高さでたたずんでいた。

 このようなときでさえ古き確執に囚われ、彼女を追い返そうとする家臣をリオンは咎めた。

 そしてリオンは彼女の助力に礼を言った。すると今まで無言だった彼女が微かに笑みを浮かべて自らの名前を名乗ったのだ。

 

 ――ダークエルフのアルテ、と。

 

 リオンは再びアルテを見る。やはりなにも語らぬ後ろ姿だ。

 しかし幼きリオンの胸は熱くなった。

 例え無謀や愚かしいと評されたとしても、自分を含めてすべての者たちが諦める中で、ただ一人、エルフ族のために邪竜と対峙する勇者がいたのだから。

 

 アルテは竜の前で止まると矢を一本だけ抜き矢筒を地面に落とした。

 長い剥きだしの脚を肩幅ほどに広げて構えた。

 弓と矢を持つ手は下がったままである。だが彼女は確かに構えを作った。

 

 立っている……それだけのなにげない姿。

 

 だからこそリオンは息を飲んだ。いやリオンだけではない、優れた弓の使い手であるエルフたち、そして武に欠片でも関わったことのある者たちは例外なく息を止めた。

 それほどにアルテの立ち姿は美しく完成されていたのだ。

 彼らは見ただけで悟る。厳しい修練を行い時間を費やせば得られる類のものではない、神に愛された才ある者たちの中でも、さらに一部の選ばれた者だけが辿りつける境地であると。

 

 リオンには、アルテはまるで天と地をつなぐ世界樹のようだと思えた。

 

 だが力なき者だけが理解する感動など、生まれつきの強者である邪竜には無縁のものであった。

 エルダードラゴンはアルテの姿を認識したと同時に無造作に火球を放った。彼にとってアルテは自らに五月蠅くたかる虫となんら変わることのない有象無象であったから。

 火球は直撃する。美しきダークエルフの女は炎につつまれて一瞬で燃えあがる。エルダードラゴンの炎はアルテごと大地を舐め尽くし地獄のような光景を作りだした。

 

 微かに灯ったエルフたちの希望は儚くも消されてしまう。

 幼きリオンは悲鳴をあげ、兵士たちからは悲痛な嘆きがこぼれた。

 

 だが、

 

 リ――ンっ。

 

 だが、音がした。

 

 リ――ンっ。

 

 風が爆発した。

 

 次の瞬間、清浄な風が吹き荒れて炎はわずかな欠片も残らずに消え去った。

 兵士たちは目を見張る。それはダークエルフのアルテの仕業である。

 どのようにしてかは不明だが、彼女はあれほどの炎を矢の一振りでかき消してしまったのだ。

 

 さらにアルテは、ねじれた弓を天にかざす。

 

 月光のように澄んだ声が広く広く響きわたる。途端に空間が震え、小さな体と透明な羽もつ風の精霊が次々と虚空から出現する。

 千を超える精霊の風羽が光り、夜の闇を、大地を星々のように瞬く照らしだした。

 アルテは城壁の前で、エルフの王が使役できる数以上の精霊を召喚したのだ。

 呼びだされた精霊たちは軽やかに踊り舞い、笑いながらエルダードラゴンの横をすり抜けて、エルフの森を焼き尽くそうとする業火をその風羽で吹き消しあっという間に鎮火してしまう。

 

 役目を終え消えていく精霊たちを見送り、再びアルテが矢を振るう。

 

 すると空の暗雲が一片も残らずに消え、煌く星と美しい満月がその姿を現した。

 信じられない奇跡に見守っている者たちから大きなどよめきがあがる。

 偉業を成し遂げたアルテはやはり無言で、火球を受ける前となんら変らぬ体で立っていた。

 

 そして彼らが見る真の奇跡はこれからであった。

 

 アルテが持つ弓の両端から、月光で編んだような二枚の長い羽衣が生じて宙をたゆたった。

 彼女の腕が、その指が、無駄一つない滑らかな動きで弓に矢をつがえて垂直に構える。

 舞う羽衣は弓をおおう翼と化し、矢には魔力の輪が形成され光を宿した。天地をつなぐ一本の線、一点の集中、氷の双眼を細めて狙う矢先は邪竜エルダードラゴン。

 

 月の弓を持つ美しき狩人――見る者は連想する。それは月の女神。

 

 兵士たちがアルテを指さして月の女神が降臨したと次々口にした。

 すべての者が高揚し歓喜の声をあげ、持つ弓を掲げ、持つ槍を掲げ、手を足を打ち鳴らした。

 荒々しい音はやがて原始の曲へと転じ、それはまるで月の女神へと捧げる賛美の歌のようだった。

 幼きリオンはアルテの姿だけを見つめた。

 天から降り注ぐ淡い月光に照らされて弓を構える彼女は、まさしく月から降り立った穢れなき女神であった。

 

 エルダードラゴンはアルテに、周囲の空気に、小さき者たちの猛りに驚愕し身じろぎする。

 彼は邪神の眷属として神々の戦いを生き抜いた力もつ邪竜である。それが虫けらでしかないはずの存在に危機感を覚えた。

 悠久の昔に自らの額に消えぬ傷を負わした者と同じ重圧(におい)を感じたのだ。

 

 グギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!

 

 記憶に刻まれた屈辱にエルダードラゴンは咆える。

 大きく息を吸うと前脚で大地を抉りながら先ほどよりも強い火球を生み出した。

 その熱量と小神にも匹敵する魔力は、アルテを百回殺しても足りうる炎であった。

 そう、唯の(・・)アルテであればだ。

 あるいは彼がそのときに全力で攻撃を仕掛けていれば、今のアルテとはいえ殺すことができたのかもしれない。しかしそこまでが邪竜の限界だった。

 害する者が皆無の長い生ゆえに本能の警告には従わず、所詮は虫けらとアルテを侮る慢心。

 そして自らに傷を負わした者が月の女神であったことを忘却した老いがあったのだ。

 

 エルダードラゴンから放たれる灼熱の火球。

 大地に小さい太陽が生じた。

 夜を昼のごとく赤く染めあげ、離れているリオンたちにまで伝わってくる絶死の炎。

 それを目前にしてもアルテはやはり動じない。

 

「ナム ハチ マン ダイ ボサツ」

 

 異界の言葉を、女神がつむぐ言霊(ウタ)をすべての生きとし生けるものが聞いた。

 アルテは迫る火球と輝きを増す光の中、氷の双眼をカッと見開き月弓の弦しぼる指を離した。

 

 リィィィィィィィィィィィィン――!!

 

 高まる月の音色。エルダードラゴンの放った火球とアルテが撃った光の矢は真正面から衝突し、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ拮抗した。

 

「逃げ足だけは速い臆病な邪竜(えもの)よ、次は逃さぬと私は(・・)言ったはずだ」

 

 弓を構えたままの月の狩人がエルダードラゴンにささやく。

 全てのものを射抜く、黄金(・・)の月光の瞳で。

 竜の若き頃の記憶が甦る。そして目の前に立つ存在が何者であるかにようやく気がつき、古竜は久しく忘れていた感情を思いだした。

 

 ……彼の感じたそれは紛れもない恐怖であった。

 

 アルテの矢は火球を貫き崩壊させ、逃げようともがく鈍重なエルダードラゴンの額に直撃する。

 奇しくもそれは神々の戦いの際に月の女神が邪竜に傷をつけた箇所。

 脆くなっていた鱗を砕き、硬い頭蓋すらも貫いて、矢に宿った莫大な月の魔力がエルダードラゴンの逃げ場のない頭部で開放された。

 

 ――――!!

 

 幕引きである。

 月の女神の化身は舞うように手を広げ緩やかに回転し、低い姿勢で残心すると大地に弓を置く。

 そのまま膝をついて動きを止め、静かにまぶたを閉じた。

 頭を吹き飛ばされて重たい地響きをあげながら横倒しになるエルダードラゴンを背に、彼女は戦いの終わりを告げたのだ。

 

 

 凄まじい振動と舞いあがる大量の土煙のあと、静寂だけがあった。

 その場にいた者たちは目の前の出来事を信じられず、口を開くどころか身動きすらできない。

 あれほどの恐怖と絶望の地獄をエルフの国で作りだしたエルダードラゴンが、あの恐るべき怪物が、呆気なく大地に倒れ伏しているのだ。

 誰もがダークエルフの女だけを見つめていた。

 幼きリオンも同じである。笑うことも叫ぶことも……喜ぶこともできなかった。

 ただ月明かりに照らされた美しい女神に見惚れ、夢なら永遠に覚めないでほしいと願った。

 やがて獲物への鎮魂を終えたのかアルテが立ちあがる。

 城壁にいたすべての兵士が彼女の動きに注目した。

 アルテの顔は無表情であった……しかし城壁の上から見つめる多くの者の視線に気がつき、わずかな動揺を見せ、そして溜息をつくと短く一言だけ声にだす。

 

「倒しましたよ」

 

 爆発したような大歓声が起こった。

 

 

 ◇

 

 

 リオンは寝室で目を覚ました。

 それは夢、二百と七十年前に実際起きた出来事を夢として見ていたのだ。

 

「ふふ、私はあのときから……」

 

 リオンがエルフの国の王となり二百と七十年である。

 思い出すのはリオンの一度目となった魔王の討伐戦。そこで月弓のアルテと再会した。

 アルテはリオンの成長した姿に城壁で出会った幼子とは気がつかなかったようだ。

 再会の感動。リオンは自分の中にあったアルテへの想いを再認識した。

 彼女と共に戦い交友を深めた。そのあと反対する家臣たちを押しきり、アルテをエルフの国に招こうとしたが当の彼女に断られてしまう。

 そこで親友のアドバイスに従い、アルテの心象を良くするため贈り物をすることにした。

 それには家臣たちも内心はどうあれ文句を言わなかった。

 本来なら邪竜の亡骸から得た莫大な富はすべて彼女のものだからだ。

 宝石やドレスから始まって武器や防具、アルテが喜び気に入りそうな物ならなんでも、近隣だけではなく遠方からも様々な貴重品を取り寄せた。

 しかしどのような贈り物もアルテには断られてしまう……旅には重くなるからと。

 ただ、エルダードラゴンの皮膜で作られたグローブとブーツだけは未だに着けているので、気に入ってもらえたようだが。

 

 二度目の魔王討伐でも再び一緒のときをすごした。

 魔物どもを片手間で捻りつぶす合間の至福の時間であった。

 そしてつい十数年前の三度目の討伐である……だがそのとき、そのあと彼女は……。

 

 リオンはアルテの強さに並ぶまではこの気持ちは秘めていようと思っている。

 そう、今はまだそのときではないのだから。

 

「アルテ、いずれ君を迎えに行くよ……君にはこの国の……私の妃になってもらう……ふふ、ふふふふふふ」

 

 エルフの王リオンは、王の寝室で誰にも聞かれずに呟いたのだ。

 

 

 ◇

 

 

「く、くしゅんっ!?」

 

 アルテはくしゃみをした。

 伝説とまでうたわれた英雄にしてはずいぶんと可愛らしいくしゃみである。

 

「風邪ですかお師匠さま?」

 

 日もだいぶ落ちた時間、アルテとマオの師弟コンビは深い森の中で野営をしていた。

 防寒も兼ねるマントに包まり、火の番をしていたマオは心配してたずねる。

 

「分かりません……分かりませんが体がゾクゾクします」

 

 アルテの体はマオきゅんでいつもムラムラと発情……発熱していたが。

 

「薬茶でも沸かしますか?」

「あ、あれは苦いのでちょっと……」

 

 マオはアルテの見た目に似合わぬ幼い発言に微笑んでしまう。

 彼女は子供舌らしく、極端に辛いモノや苦いモノは苦手なのだ。

 

「でも、風邪は予防が肝心と言いますし」

「う、うーん……あ、そうだっ!!」

 

 焚き火を挟んでマオの対面に座る美しい養母(アルテ)がニッコリと微笑み、いいアイディアとばかりに手の平を合わせてペチンと打ち鳴らした。

 マオは非常に嫌な予感がした。アルテがこのような顔と仕草をするときはマオの男心を打ち砕く無慈悲な提案をするからだ。

 

「マオ、今夜は私のマントに包まって一緒に寝ることにしましょう」

「え……ええぇぇ!?」

 

 マオは素っ頓狂な悲鳴をあげた。

 だがアルテは止まらない。

 

「それにマオの小さい体ではこの寒さはきついでしょう? 私もマオの体温を感じられて嬉し……暖を取れますし一石二鳥です」

「い、いやいや、お師匠さま、それはちょっと不味いというか、その、あの……」

「ほらほら、マオきゅ……マオきなさい、この母の許に。私は無駄に贅肉(・・)があるから体温だけは高いのですよ?」

 

 包まっていたマントの前を開いて子供みたいにパタパタするアルテ。

 フクロウ並の夜目を持つマオは、豪快に揺れるアルテの乳肉(・・)に目を奪われしまう。

 少年の喉がゴクリと鳴る。褐色の双丘にうつる炎の照り返しの陰影がなんとも淫靡だ。

 そして……。

 

「……お師匠さま、今夜はお願いします」

「はーい♡」

 

 マオ少年は敗北した。

 彼はアルテの熱と張りのある柔らかさを感じながら眠れない夜をすごすのであった。




 数日後、アルテさんがハッスルすることになるがまた別の話である

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