「時にアッシュや。お前さんバイトは入っとるのかい?」
「いや、しばらくは入ってないよ。店長が店休みたいって」
バイト先であるコガネ唯一の自転車店は現在、臨時休業となっていた。
というのも、今までよりも軽くて頑丈なフレームパーツが出来そうだという電話を受けていてもたってもいられなくなった店長がレアコイルを連れて飛び出して行ってしまったのだ。
その電話を横で聞いていたアッシュに「アッシュ君!鍵はポストへ入れておいてくれ!」とだけ言い残し、店長は本当に文字通り部品製造会社へと飛び出して行った。
さすがにいつ帰ってくるのかも分からない為ポストには入れず、パソコンへと預けている旨をメモした紙のみ入れている。
そんなわけで自転車店唯一の従業員であるアッシュは暫しの休暇をもらい、言ってみれば暇を持て余していたのだった。
「ついでじゃから、このままイーブイを連れて配達を頼もうかのぅ」
「……いや、それは」
さすがにまだ早いと思うと言う前に、カンポウはちゃぶ台の下からそそくさと配達リストと商品を取り出し、若草色のリュックに入れた。なかなか渋い色のリュックである。
それを「配達セットとでも言おうかのぅ」と遠足前の子供のようにウキウキした様子で言いながら、流れる様な動作でアッシュへと渡してくる。
何と用意周到な事だろうかと、アッシュはそっとため息を吐きながらも思わずそれを受け取った。
ニコニコとした笑顔を前にしてしまえば、受け取るしか選択肢が思いつかなかったのだ。
ちらりとイーブイを見れば、勝手にしろとばかりにそっぽを向いていた。態度はともかく、咎める声がないので承諾と受け取ろう。
さて、ちゃっかりとお使いを頼まれてしまったアッシュは、カンポウ宅を出たあと仕方なく手元にあるリストに視線を落とした。
住所を見るに、どうやら今回の行き先はエンジュシティのようだ。
エンジュシティに行くにはあの深いウバメの森を抜ける必要はないが、トレーナーの多い森沿いの道を延々歩かなければならない。
勿論森を抜けるよりは早いだろうが早朝に出かけたこの前とは違い、お昼過ぎの今から行ったのでは帰ってくるのは夜になってしまうだろう。
途中までは平気だろうがエンジュの手前の道はあまりよく覚えていない為、行きなれない分迷うかもしれない。
「確かあそこって焼けた塔とかスズの塔があるとこだよな」
そもそもエンジュシティにもあまり行ったことがないので、良く雑誌で紹介される神聖なそれをアッシュはきちんと見学したことがなかった。
この際だからポケモンセンターに一日泊まってゆっくり見学してくるのも良いかもしれない。
成り行きとはいえ、ポケモンセンターに泊まれるという初体験が出来る事だしと、カンポウが聞いたら喜びそうな事を思いながらアッシュは歩き始めた。
お金を払えば一般人でもセンターに泊まる事が出来るのだが、トレーナーカードを見せれば宿泊は無料になる上、センター内にある食堂も格安で食べる事が出来るのだ。
そうと決まれば早速準備するかと決意したアッシュは一度自宅へと戻り、途中のデパートで傷薬やら何やらと簡単な必要品を買い込むとそのまま35番道路へと繰り出したのだった。