漢方配達する青年と無愛想なイーブイの話   作:ノクス*。

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旅の縁は人の縁

ポケモンセンターに入ると、カウンターに立っていたジョーイにトレーナーカードを見せながらイーブイの回復と今日の宿泊を頼む。

コガネシティのジョーイとそっくりなジョーイはパソコンで手続きをした後、一室のキーをその場で渡してくれた。

個人情報は全てカードに入っているのであとは帰りに支払いを済ませればそれだけで良いらしい。

逆に言えばこれさえあれば個人情報が漏れてしまう可能性もあるわけだ。まぁ、写真付きなので余程そっくりでなければ使えないだろうが、髪を切ったりしたら意外と分からないのではと思う。

その辺りどうなのだろうかと疑問に思ったものの、財布は別なのだからまあいいかと呑気に思っただけで終わるのがアッシュである。

礼を述べて鍵を受け取ると、とりあえずイーブイのことは後で迎えにくることを告げる。回復している間暇になるので先に配達を済ませてしまおうと一度センターを出ることにした。

カンポウに貰った住所を見比べつつ、町の中を歩いていく。ヒワダタウンの時とは違い、直ぐに目当ての家を見つけたアッシュは立派な瓦屋根を見上げながらインターホンを押した。

エンジュシティの家々は皆重厚な作りで趣がある家ばかりだ。

 

「すいません、漢方屋です」

 

玄関に向かって声を掛けるものの、うんともすんとも返事がない。その後インターホンを何度か押してみたものの、相手方が現れる気配はなかった。

庭先をちらりと覗いてみたが、窓もカーテンも閉め切られており、いる様子はない。

何処に出かけたのかも分からない為、これは一度出直すしかあるまい。そう思いアッシュがくるりと後ろを向くと、軽い衝撃と共に金の髪が視界で揺れる。それが人間の頭部で、金色は髪の毛で、それが自分とそう変わらない背丈なので男性だ、ということを動揺しながらも頭の片隅ではじき出した。

そこまで理解出来た自分を褒めたいくらいであったが、頭は働いても体は咄嗟に言うことを聞かない。

かなりの至近距離に人が立っていた、という事実に目を見開きながら一拍遅れてから慌てて数歩下がることで距離を取る。向かいでは相手も同じように一歩下がるのが見えた。

 

「……すいません!」

「此方こそすまない。声を掛けようとしたんだけれどタイミングを見失ってしまってね。それより、そこの家がどうかした?」

 

「何だか困ってるみたいだったから」と言う青年を改めて見ると、頭に紫のバンダナを付けた垂れ目の青年――所謂イケメンが佇んていた。

何と無く相手方を観察しつつ、隠すこともなかろうとここへ来た理由を告げる。無意識に敬語が抜けたのは同い年くらいだなと思っていたせいだろうか。

 

「いや、ここのお婆さんに荷物を届けに来たんだけどいないみたいで…」

「あぁ、歌舞練場にいるよ」

「かぶれんじょう?」

「この先にある踊り場だ」

 

やけにハッキリと言い切った彼が指差した先は先ほどいたポケモンセンターの更に奥、青い屋根瓦の大きな建物を示していた。

言葉の意味が分からないのを察したのか、踊り場と言い直してくれて成る程、カブレンジョウとは踊り場の事だったのかと一人納得して頷く。

そちらにいるらしいことは分かったのでとりあえずそのカブレンジョウとやらに行ってみることにする。

 

「ありがとうございました」

 

気をつけてと手を振る青年へぺこりと頭を下げると、アッシュは言われた通り街の奥へと向かうことにした。

 

 

近づいて見るとポケモンセンターより大きいその建物は二階部分に橙に近い朱色の提灯が掛かっており、中から僅かに和風な音楽が流れていた。

ふと建物前に建てられていた看板を見やると、「ここはエンジュ踊り場。正しい呼び方は歌舞練場」と書かれている。そこで初めて言葉と漢字が一致し、ようやく先程の会話がしっくりと当てはまった。それだけで何だかスッキリした気持ちになる。

 

扉の前でもう一度上を見上げるようにして建物を確認すると、アッシュは場内に続く扉を開いた。

中に入ると一層大きくなる音楽に合わせ、ステージ上で舞妓が舞うのが見える。

畳が敷き詰められた部屋に座布団が幾つも置かれているが、練習場だからかあまり人は居らず若い男性が一人とポケモンを連れた高齢の男性、舞妓を見つめる高齢の女性がいるだけだった。

配達先は確か一人暮らしの女性だと聞いている為恐らくあの人だろうと的を絞り、アッシュはそっと近づく。

相手は本当に真剣な眼差して舞を見つめていた為、一瞬声をかける事が躊躇われ斜め後ろに控えるだけに留める。

しかし彼女の方はすぐ此方に気づいたらしく、ステージ上をみたまま独り言のように呟いた。

 

「舞妓はん、綺麗やの…。しかし人前に出るには厳しい仕来たりや修行を熟さないといかん!……まぁ、好きなら何でも出来るがな」

 

最後はにっこりと此方を向き、そしてまた視線はステージに立つ舞妓へと戻っていく。

この人は昔芸者だったのだろうか、それとも芸者になりたかったけれどなれなかったのだろうかと何と無く気になった。しかし、それはこちらが考えたところで羨望にも似た眼差しの本当の意味は本人にしか分からないだろう。

しばしの間、アッシュもまた彼女に習って座ると真っ白な白粉を叩いた少女が優雅に、そして可憐に舞う姿をそっと見やった。

 

 


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