漢方配達する青年と無愛想なイーブイの話   作:ノクス*。

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イーブイと共にアッシュのアパートから5分程歩いた先にあるカンポウのところへと行く。

初めて訪れた時にはまさかこんな近くに住んでいるとは思わず驚いたものだ。

大通りからは離れているが、それなりに家賃は高いあたりコガネは都会なのだと感じさせられる。勿論、もっともっと栄えたところもあるのだろうが、生憎アッシュは地元の他にここくらいしか知らなかった。

さて、着いたのは小さな一軒家で庭先には様々な植物が植えてある。ぎゅうぎゅうに敷き詰めたといった印象の庭は見て楽しむ為のものではなく漢方薬に使うものばかりなのだろう。地植えのものだけでなく鉢植えのものが所狭しと並んでいる。

そんな庭をちらちら確認しつつも玄関でインターホンを鳴らすが、カンポウが出てくる様子はない。しかし不在ではないらしく、何か聞こえるとアッシュは耳をすませた。

 

「……あが…て……」

 

よく聞き取れずもう一度インターホンを押してみると、ようやく「上がってきてくれー」というか細い声を聞き取ることが出来た。

上がってこいということは鍵は開いているのだろうと思いカラカラと玄関を開けて入る。不用心だと思わないでもないが、高レベルのラッタがいるのでそうそう危険な目にあうこともないだろう。とはいえ、やはり不用心なのは確かなのできちんと閉めてほしいものだ。

玄関を開けてすぐにコガネでは珍しい襖戸があり、そこを開けると部屋へと続く様になっている。段差が高い為か、上がり框にはしっかりとした踏み台が置いてある。

襖を開けるといつもと同じ独特の漢方臭が鼻をつく。奥には大小様々な棚が敷き詰められており、いつか地震で倒れるのではといつも気が気でない。その上空いたところにはこれでもかと言うほど薬草やら何やらが置かれているのだ。

それだけでも窮屈な印象だというのに、今日はその部屋の中央に布団が敷かれカンポウが横になっていた。

その隣では困ったような表情のラッタがカンポウの顔を覗き込んでいる。

確か奥にきちんとした寝室があったはずだが、どうしたのだとアッシュは驚いて声をかける。

 

「どうしたんだ爺さん、風邪か?」

 

靴を脱ぎ、布団の中でもぞもぞと動くカンポウの近くへと座ると違うと首を横に振られた。

 

「いやぁ、ぎっくりやってしもうてなぁ」

「ぎっくり腰か!」

 

「そうなんじゃよー」とカンポウは案外元気そうに軽くため息を吐いて見せた。しかし痛いらしくモゾモゾと動くだけで起き上がる気配はない。

なんでも棚の上に釣ってある薬草の束を取ろうと無理をした際にぐぎっとやってしまったらしい。ベッドへ上がるのもしんどいので布団を敷いたのだとか。ちなみに敷いてくれたのはラッタらしい。

そういえば床だけでなく上にも色々干してあったなぁと思いながら改めて上を見上げると、確かに薬草が幾つか吊るし干ししてあった。

こうして改めて見てみると何だかこの部屋だけが別世界のようだ。

イーブイも薬草が気になるのか、ヒクヒクと鼻を動かしているのが見える。

 

「いつからなんだ?」

「二日前じゃったかのぉー」

 

腰が悪いなら言ってくれれば買い物だってしたのにとアッシュが告げると、「連絡も何も、お前さんポケギアは持っとるのかい?」と聞かれそういえば何処にやったっけと部屋の中を思い浮かべた。

弟分達が旅だった後、連絡が取れないからと押し付けられたものがあったのだが何処にやったのか思い出せない。

実家から持ってきたことは確かなので部屋のどこかにはあるはずだ。

ウンウン唸るアッシュを見てカンポウは呆れたようにため息を吐いた。

 

「そんなことだろうと思ったんじゃよ。ヒワダに使いを頼んだ時もポケモンセンターから連絡してきたからのぅ」

「あぁ、そういえばそうかも」

 

確かに連絡先を渡されたのに、普段使わないからその存在をすっかり綺麗さっぱり忘れてセンターのテレビ電話から連絡したような気がする。

 

「まぁ、そんなことはあとでも良い。ちと頼みたいことがあってな」

「またお使い?」

「いや、ぎっくりやった時に探してた薬草が切れてての、それを採ってきて欲しいんじゃよ」

 

得意先でのぅ。いつでもいいとは言っとったが乾燥させんと使えないんじゃよと言いつつ、その指はエンジュに行く際に持たされたカバンを指差している。

優秀なカンポウのパートナーであるラッタは素早くそれを持つと、こちらへ寄越してきた。

確かにバイトが休みなので時間だけは有り余っているが、あまりだらだらしていると自分の生活が危ないのも事実だ。

カンポウの容体を見るという名目で断ってしまおうかとアッシュが思案していると図ったように、

 

「自転車屋は休みらしいからの、今回はちゃんとしたバイトじゃよ。わしはラッタ達がいればなんとかなるからの」

 

安心しなさいと言いつつも、こちらを向いたことで腰が痛んだのかカンポウは小さく痛たたと呟いた。

 

「いや…、でも採ってこいって言われても薬草なんて区別つかないんだが」

「おぉ!ならこれを持って行くと良い!」

 

カンポウはラッタに指示して文机の引き出しを開けさせ何かを持ってこさせると、それをアッシュに手渡す。

紙の束を紐で括ったそれはかなり年季の入ったものらしく、長い年月が経った古い紙の感触と匂いを纏っていた。

 

「何だこれ?」

「ワシが若い頃使っとった薬草帳じゃ」

 

必要なものはそこに殆ど載っとるはずじゃよ、と言われて好奇心からそれをパラリとめくってみる。

 

「……爺さん、達筆すぎ」

 

筆のようなもので書かれたそれは古い続き文字な上に癖で崩されているせいでとてもじゃないが筆記体しか知らないアッシュには読めなかった。

ミミズののたうち回った様な、とまではいかないが文字と呼ぶには解読不可能なので読むのは難しい。

 

「なんじゃ、最近の若いもんは読めんのか!」

 

何とか目で追いながら考えてみたがやっぱり分からず、読めないと告げると「仕方ないのぅ。ほれ、教えるからペンを持ちんしゃい!」と起き上がってくる。

おいおい腰が痛かったんじゃないのかとツッコミしかけたが、その前にノートと筆箱らしきものを持ってきたラッタに遮られてしまい、大人しくカンポウに従うことになってしまった。

 


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