あれからどうにかこうにか苦戦しながらもなんとかカンポウの旧字体を読めるようになった時には既に2週間が経過していた。
その間近くへの配達をする以外は家に缶詰の日々である。
今日もこれが終わればウバメの森へ行く予定だ。
「ふぅ…おーわりっと!」
今日の課題としていたカンポウの薬草帳の写しを終了すると、ぐっと伸びをしてからすっかりぬるくなってしまった甘いコーヒーを飲み干す。
そういえばイーブイは何処に行ったのだろうと辺りを見回して見ると、何やら奥の棚をゴソゴソと漁っている後ろ姿を発見した。
たまにこうやって部屋の中を嗅ぎ回るのを見るが、イーブイがやると大抵周囲がぐちゃぐちゃになっていくのが多い。今も、前足で色々とものを引きずり出しては後ろ足でぺいっと蹴って邪魔な物をどかしている。
なかなか器用な光景だが、片付ける事を思うと気が滅入る光景だ。
とはいえ、なんだか楽しそうな背中(というよりふさふさの尻尾)なので止めるのも憚られる。
「あー、あんまり汚すなよー」
イーブイのそばへ行き少し後ろでしゃがみこむと、蹴り出してきたもの達が膝に当たる。それを避けて座り直しながら、出したもの達を一つずつ拾い上げていく。
片手がいっぱいになったなと思ったところで転がっていた中に探し物が混じっていた。
「あ、これ」
見覚えのあるそれは少し古くなったポケギアだった。
しまい込んでいたせいか、所々埃を被っている。イーブイは大丈夫だろうかとそちらを見るが、埃が付いている様子はない。
「……すっかり忘れてたなぁ」
カンポウにも先日会ったマツバにも言われていたのに頭から抜けていた。
思い返してみれば最初に一度探したものの、なかなか見つけることが出来ずそのまま諦めてしまったのだった。
イーブイはアッシュがポケギアを弄り始めたのを見て気がそれたようで、ちらりとこちらを見た後で掘り出す手を止めた。前足を突き出すようにグイッと体を伸ばす。
それがすむとそのまま今度は毛繕いを始める。その首元では丸い石がちらちらと揺れていた。
緑のワイヤーでぐるぐると巻いて作ったそれは何となくアクセサリーっぽく見える。
先日虫捕り大会の景品で手に入れたそれをアッシュは考えていた通りネックレスにしてイーブイに渡したのだった。
何の石なのかはよく分かっていなかったが、イーブイはそれからかなりご機嫌である。いつもより嬉しそうな様子なのでよしとしよう。
ちなみにこの穴掘りの様な行動は何度言っても無視されるので諦めている。
しつけしようと思えば出来るのかもしれないがそれもやめた。その分のストレスを解消させるための代案を出せるかも、実行してあげれるかも分からないからだ。
イーブイからすれば家に缶詰状態は暇なのだからお互い様だろう。
それはともかく、とりあえずポケギアを起動してみなくては。壊れてやしないだろうかとやや不安な面持ちでアッシュはポケギアの電源を入れてみた。
「……うわー」
かれこれ二年近くはほったらかしにしていたポケギアにはたくさんの着歴が残っているが、その殆どが弟分二人組からだ。母から来たのは2通だけである。
実の母親よりも多いとは一体どういうことなのだろうか。
そういえば母親自体気がつくとあちこち出歩く性分だった。息子が連絡を寄越さなくてもあまり気にしないのだろう。
以前半年程音信不通になったと思ったら手持ちのゴーリキーを連れてシンオウ地方へと旅に出ていた事があったくらいだ。
しかしとりあえず連絡は入れておくべきだろうと思い通信してみたが、どうやら留守らしく誰も出なかった。
また何処かへ行っているのだろうと思い、あまり気にせず留守電でそのうち帰る旨を伝えると通信を切る。
さて残るは弟分二人――故郷であるマサラタウンでは何かと有名なグリーンとレッドの二人組である。
連絡先を前にアッシュはどうしたものかと暫し考え込んだ。
グリーンの方は今電話を入れると母親以上に何をしてんたんだ今すぐ帰って来いと色々うるさい気がする。
ジムリーダーとは世話焼きな性分なのだろう。昔からよく相手を見ている子だった。
とりあえずグリーンは後回しにして何もせず、レッドにだけ通信をを入れてみることにする。
登録された名前にかけてみて、暫く待った後にようやくポケギアが繋がった。
「……?」
「レッドか?」
「…い……どこ……るの?」
「え、何?聞こえないんだけど」
とりあえず繋がったものの、やたらと電波が悪いのか雑音ばかりでレッドの声は殆ど聞こえない。
今や映像付きの通信機器が主流だが、アッシュのものは年代物なのでそんな大層なものは付いていない。なので声が聞こえない以上相手の様子はさっぱり分からない。
「俺は元気だよ。そのうちそっちにも顔出すから。電波が悪いみたいだからとりあえずまた掛けるな」
「――って……!……っ!!」
何やらまだ叫んでいるようだったが、一応生きているようだしまぁいいかと思い――アッシュは無情にも通信を切った。
多分また山にでもこもっているから電波が悪いのだろう。また下山したら連絡がくるかもしれない。――出るかは分からないが。
とはいえ、そのうち帰ろうと思っているのでどちらにせよ連絡は必要である。とりあえず連絡を入れたので今回はこれでよしとしようと誰に言うでもなく自分に言い聞かせた。
その後、カンポウとマツバの番号を登録し、マツバにも通信を入れるとこちらはすぐに繋がる。
「――はい」
「あ、マツバか?」
「その声はアッシュ君かい?」
そうだと伝えると向こう側で相手が笑ったのが伝わってきた。
「随分遅いから忘れらてれしまったのかと思ったよ」
「……悪い。ポケギアがなかなか見つからなくて」
イーブイが見つけ出すまですっかり忘れていたとは言えない。苦し紛れにそう言うと知ってか知らずか「気にしていないから」と笑われる。
なんだがいたたまれない。
後ろではポケモンが話を嗅ぎつけたらしく、誰だ誰だと寄ってきている声も聞こえてきた。多分この前会ったゴースだろう。
それをに対しマツバが「アッシュ君だよ」と伝えるとゴースは嬉しそうな声を上げた。
我がことながら何故そんなに好かれているのかよく分からない。
ゴースは一生懸命その後も話しかけてきていたが、マツバがやんわりと遮る。
「アッシュ君はこれからまたバイトかい?」
「あぁ。これからウバメの森にキノコと薬草を取りに行ってくる予定だ」
「そうか。じゃあ、気をつけてね」
またエンジュに来る時は連絡してよと言われたので分かったと伝えるとそこで電話は切れた。
これでやっておかなければならないことは終わった。
肩の荷が降りたアッシュはもう一度伸びをすると未だ向かい側で毛繕いしているイーブイを見やった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
そう言うと、フンと鼻を鳴らしたイーブイがアッシュの横を通って玄関へと歩いて行く。
アッシュもまたいつもの鞄を持つと、ウバメの森へと向かう為玄関へと向かったのだった。