百貨店へ行ってすぐキズ薬や穴抜けのヒモなど、念の為必要なものを取り揃えていく。
特にイーブイはいつ自分でバトルをしにいくか分からないのでキズ薬類は必須だ。ついでに少なくなっていた簡易食糧を買い足す。
その辺りで人混みに嫌気がさしたイーブイは自分からボールへと戻って行った。
「あとは…」
何かあっただろうかと考え込んでいると、本コーナーのところでジム協会が監修するポケモントレーナー入門編という本が目に留まった。
つい立ち止まり、何となくパラパラとめくってみる。
「あ、」
めくった先はちょうどマツバの紹介が出ていたところだった。
紹介には、千里眼を持つ修験者というロゴが大きく書かれ、「ミステリアス」「美青年」など賞賛の言葉が並んでいる。
本当にジムリーダーだったんだなと改めて思うと同時に、ついでにマツバに顔を出そうと思い立ち手土産に美味しそうな菓子を買っていくことにする。
適当にコガネおススメナンバーワンとポップが貼られたものを手に取ると、会計へと向かった。
家に帰ると、早速イーブイはボールから出てきて自身のテリトリーであるベッド脇へと駆けていく。
ふんふんとタオルケットの匂いを確認し、座り込むといつもの毛づくろいが始まる。
その間にアッシュは旅仕度の為靴専用の収納ボックスを開ける事にした。
長旅とは言っても持ち物はいつもとそう変わらない。色の違うTシャツを幾つかと、乾きやすいメリープ綿毛素材のズボンを一本詰めるだけである。
メリープの綿毛は通気性が程よくある上に乾きやすいので旅行に適しているらしい。確かに乾きは早いのでとりあえず替え1つがあれば足りるだろう。ついでに同じメリープ綿毛のズボンへと着替えも済ませておく。
次に最近開けていない靴の収納箱を開け、目当ての靴を探すことにした。
アッシュは服には頓着がなく、どちらかというと靴の方が多いくらいだ。
母親が旅好きだったこともあり、子供の頃から如何に靴が重要であるか教え込まれて育っている。
1つの靴を履き潰すより、その場に応じた靴を選んで履く方がうんと長持ちする。普段から靴は少しずつ履き替えるようにしているが、それでもなかなか履かない靴というのもある。
というわけで今回は最近なかなか履かなくなった履きやすい靴を引っ張り出してくることにした。
これは幅がやや広めに作られており履き心地が良い。なのにしっかりと足底を固定してくれるので疲れにくいとおススメされた靴だ。
それから防寒というには少々心許ないいつもの上着を羽織れば家の中での準備は完了だ。
さて、時計を確認するとまだまだ時間がある。どうせ準備も出来たことだし、イーブイを連れて早速エンジュの方へ向かうことにした。
道中特に何事もなく順調に進み、途中であの双子の姉妹トレーナーと二人の女性トレーナーに会い、軽く談笑した後にエンジュシティへと到着する。
まだまだ日が高かった為、ポケモンセンターへの宿泊予約は別に後でも大丈夫だろうと後回しにし、マツバに会いに行くことにした。
「すいません、」
「おや、漢方屋の坊じゃないか」
アッシュの声がけにひょっこりと顔を出したのはジムトレーナーの一人であるイタコだ。
24歳にもなって坊扱いかと思わんでもないが、ベテランの彼女にとってはトレーナーとしても人間としてもまだまだ坊扱いなのであろう。
マツバはいるかと問うと今日はバトルがないので事務所でお前さんを待っているよと言われ、疑問に思いながらもアッシュはそちらに回ることにした。
「やぁアッシュ君、久しぶりだね」
「……久しぶり。よく分かったな」
突然行って驚くかと思っていたアッシュだったが、予想とは違ってマツバはアッシュが来ることが分かっていたかのように座って待っていた。
何だか逆に驚かされてしまった。
「千里眼と言って、時折遠くのことや未来が視えることがあるんだよ」と言われたアッシュは、そういえば本にも書いてあったなとデパートで見た内容を思い返す。
そんな事もあるのかとあっさり受け入れたアッシュはへぇー、と感心したようにほうけた顔をした。
その間にマツバのゲンガーがふよふよと此方へ寄ってきて、ケケケッと笑いかけてくる。
どうやら久しぶりと挨拶したらしいので、アッシュもコクリと頷いて反応を返した。
マツバもイーブイに久しぶりと挨拶していたが、イーブイは眉間にシワを寄せたままプイとそっぽを向いている。
「こら、イーブイ。ごめんな。――そうそう、土産を持ってきたぞ」
コガネで一番美味いらしいと告げると、ありがとうと言いながらマツバはお菓子を受け取る。
「そうだ、僕はもう今日の分はおしまいなんだけど、良かったらうちへ来ないかい?」
「いいのか?」
マツバはコクリと頷く。
「今日は置いてきているんだけれど、ゴースが君に随分会いたがっていてね。もし良かったら会ってやって欲しいんだ」
色々話も聞きたいしね、とマツバは付け足した。
成る程、そういえば通信の時もあれやこれや話しかけてきていたなと思い出す。
イーブイの方をちらりと見ると、少し顔をしかめはしたもののそこまで強く嫌がるそぶりはない。
むしろ気にしたのが伝わったのか態とらしく欠伸までしてどうでもいい
ですをアピールしている。これは別に行ってやっても良いぞということだろう。
「じゃあ、お邪魔しようかな」
「ありがとう」
せっかくイーブイがそこまでしてくれた事だしと、アッシュはマツバの誘いに頷いた。その後マツバの簡単な身支度を待った後、一行はマツバ宅に向かうこととなったのだった。