「いやぁ、スイクンの素晴らしさを知ってもらえて良かった!アッシュ、また会おうぜ!」
一方的なスイクン語りと美味しい食事に舌鼓を打ち、元気を取り戻したミナキはそう言って颯爽と去って行く。
「凄い人だな」
「昔からあんな感じだよ」
幼馴染みってやつになるのかなと言われ、先日久しぶりに声を聞いた自分の故郷の馴染み達の事を思い出す。
「俺も幼馴染みとは違うけど弟みたいなのが二人いるんだ。全然連絡してなかったんだけどこの前久しぶりに連絡したよ」
「それはいい事だね」
そう言ってマツバは笑いながら食後のお茶を差し出してきた。
イーブイ達はというと、とっくに食べ終え今は毛繕いをしたり追いかけっこをしたりと思い思いに過ごしている。
「それにしても、まさかジムでマツバが待っているとは思ってなかったよ」
世間話程度にそう言うとマツバは急に思い出したのか、そうそうそれなんだけれどと話を切り出した。
「君を待っていたのには理由があってね。ジムで僕には千里眼があると言ったのを覚えてるかい?」
「あぁ、覚えてる。本にもそう書かれてたな」
アッシュの言葉にこくりとマツバは頷く。
「いつも唐突に見えることが多いんだけど……先日、君が出先で誰かと揉める姿が見えたんだ。いつになるのかまでは分からないんだが、気をつけた方が良いと思ってね。一応伝えておこうと」
そうしたら今日になって君がここに来るのが見えたんだよとことの詳細を語った。
何とも不思議な話である。しかしアッシュもまた一般的とは外れた能力の持ち主と言えるかもしれない。
ポケモンの言葉が分かるなど夢のような話だが、誰しもが出来ないと分かっていることだ。それが出来ると声を大にしていえば最悪病気を疑われかねない。
未来が見える――まぁそんな事もあるだろうと案外すんなり受け入れたアッシュは素直に頷いた。気をつけるようにするよと了承の意を返すと、マツバも心なしかホッとしたようだった。
それから風呂を借りた後1度は部屋に入ったアッシュだったが、そこには布団の真ん中を占領してぐっすりと眠るイーブイがいた。
「おーい、イーブイ。お前はこっちだろう」
いつものタオルケットの方へと移動しようとするが、触られるのが嫌なのかげしげしと後ろ足で蹴られる。
そのうち無意識に噛み付いてこようとしたので移動させることは諦め、アッシュはそのまま縁側へと出る事にした。
もう既に外は真っ暗であるはずだが、思いの外明るいなとアッシュは上を見上げる。
弓のような形をした美しい月が浮かんでいるのが目に映り、アッシュはは近くの柱を背もたれにして腰掛けた。
時折吹く風はさらりとしていて気持ちが良い。
そういえばまだ野宿はした事がないが、こんなに良い風が吹く日ならそれもありだろうなと内心思った。
そうして暫く外の景色を楽しんでいると廊下の隅から足音が近づいてきた。
何だろうとそちらを向くと酒瓶と盆を持ったマツバが来るところだった。
「アッシュ君は飲めるかい?」
どうやら縁側を借りているのに気づいてわざわざ持ってきたらしい。大丈夫だと頷くとニコニコしながら猪口を渡されたので素直に受け取った。
マツバがそこへ並々と酒を注ぐと、鼻腔をくすぐる芳醇な香りがアッシュの周りを包んだ。
「いい香りだな。結構良いヤツなんじゃないか」
「シンオウ地方で作ってるお酒だよ」
あそこは寒い地方だから酒造りには持ってこいらしいからねと良いつつ、マツバは自分の分の猪口にも酒を注いでいる。
そうなのかと思いつつ口を付けると、あまり辛味はない。さっぱりとした味わいで飲みやすいが、他と比べてやはり香りが段違いだ。
飲み込んだ瞬間に鼻を突き抜ける香りはとても心地よい。
さり気なく飲みやすい酒を持ってくる辺り、食事の時に甘い煮物にばかり手をつけていたのを見られたのだろう。何だか悪いことをしたわけでもないのに首をすくめたくなる。
とはいえ、美味しい酒に罪などない。
喜んで付き合おうではないかと促されたアッシュは猪口を差し出した。
途中までは静かに月見を楽しみながら飲んでいたのだが、酒が入ったこともあってかアッシュは静かに口を開いた。
「……なぁ、ポケモンってのは死んだモノを蘇らせることが出来るのか?」
アッシュの疑問を聞いて、猪口に口を付けようとしていたマツバは付けずに顔を上げる。
「焼けた塔の伝説だね。僕も見たわけじゃないから肯定出来ない。けど、そう思えてしまうくらいに神々しいポケモンってのは確かに存在するんだ」
「それがホウオウだよ」と告げたマツバの瞳は、スイクンについて語る時のミナキにそっくりだった。
そこでようやくマツバとミナキが何故友人なのが分かった気がした。彼らは似た者同士というわけか。
そのままホウオウや伝説のポケモン達について話してもらう。
ホウオウの他にも三鳥、三聖獣、海の神、そして遠い地では湖の三神、海の化身、大地の化身、伝説のドラゴンポケモンというのもいるらしく、どうやらアッシュが知らないだけでポケモンにまつわる伝説というのはたくさんあるらしい。
「ポケモンって凄いんだなぁ。俺は正直、ポケモンと殆ど関わって来なかったから全然知らなかった」
「そうなんだ?随分珍しいね?」
「ポケモン育てられるような器量ないしな」
「でもイーブイと一緒にいるじゃないか」
「それは……」
そこからはアッシュがイーブイと出会うまでの経緯を話した。
マツバは猪口を傾けながら静かに、時折笑いながらもそれを黙って聞いている。
「……そんなわけでエンジュに来たんだ。そんで、マツバに会ったってわけ」
「へぇ、そうだったのか。てっきりポケモンに慣れてるものだと思ってたよ」
まさかそんな風に思われているとは思いもしなかったアッシュは思わず顔を上げる。ラッタには無視されたり、イーブイには噛まれたり体当たりされたり文句を言われたりなどなどいろんな事が頭に浮かぶ。
あれ、全然慣れてなくないか。
疑問が顔に出ていたらしく、マツバは言葉を探してうーん、と唸った。
「なんだが、ポケモンと意思疎通出来てるような感じがしてたから」
「そうか?」
「うん」
現にうちのゴースが懐いてるしね、とマツバは続ける。
「さっきもゴースの言葉に何か頷いてたように見えたし」と言うマツバの言葉をアッシュは考えた振りをすることで誤魔化す。
言いたくない壮大な理由がある訳ではないが、単純に面倒くさかったのだ。
ポケモンの言葉が分かるなど、面倒事しか舞い込む気配がない。
だからアッシュは今まで人前でそんな素振りを見せぬようにしてきたし、これからもそうするつもりである。
とはいえ、イーブイと配達する事になった今では大分助かっている部分は大きいのだが。
「ま、話はこれくらいにして。明日も早いだろうから」
誤魔化す気配を察したのかどうかは分からないが、マツバがそう言ったことで小さな酒盛りはお開きとなったのだった。