漢方配達する青年と無愛想なイーブイの話   作:ノクス*。

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気は長く余裕を持て

 

結局イーブイが入ったモンスターボールと新たに作ったトレーナーカードを渋々受け取った後、ポケモンセンターを後にした。

その帰りに、とりあえず何か買わなければと思い途中でショップへと立ち寄る。

夜でも明るいそこは昼間ほどではないが思っていたよりも沢山のお客で賑わっており、内心戸惑い通しなアッシュを気にする人ような人は勿論いない。そのことに幾分かホッとしつつ、ポケモン専用のコーナーを探した。

普段は行かないコーナーの為か少しだけカゴを持ったままうろうろとさ迷った後に、アッシュはポケモンフーズの棚を見つけ出す。

棚にはマルチタイプと書かれたどんなポケモンにも対応したものから水タイプ、炎タイプといったタイプ別にされたフーズまで様々なフーズが揃っていた。

 

「イーブイって確かノーマルタイプだったよな?」

 

ノーマルタイプの代表なのか、コラッタとラッタの絵が描かれた専用フーズを手にしながら一覧を確認する。

目が痛くなりそうな程細かいそこには表紙に載っているラッタは勿論、イーブイの名前もしっかりと書かれている。

間違えていない事を何度か目で追って確認し、アッシュはそこでようやく手にしたフーズをカゴの中へと入れた。

 

さて他に何が必要だろうかとその場で暫し考えてみるがフーズや水の皿は使っていない深皿でも良いだろうし、そんなに寒くないから寝床は適当にタオルケットでも大丈夫だろうと当たりをつける。

陳列棚にはポケモン専用のおやつも置いてあるが、何を食べるのか分からない。

幼体ポケモン用にだろうか、振り回したり出来そうな物から積み木のようなものまで様々なオモチャも置いてある。しかし果たしてこのイーブイは幼体なのか成体なのかアッシュにはそれすら危うい。

結局遊ぶのか分からないからとりあえず今日はこれだけで良いだろうと思い、フーズしか入っていないカゴを持ってレジへと向かう事にした。

 

 

 

自宅へ戻って電気をつけると、いつも通りのフローリングが広がっていて何と無くホッとした気分になる。

簡易キッチンを抜けると部屋の中には大きな本棚とベッド、それから小さなテーブルが置いてある。逆に言えばそのくらいしか置いていなかった。

色々問答しているとあれ、結局要らないのでは?となりなかなかものを買うに至らない。そんなわけでアッシュの部屋の中は必要最低限のものばかりの至ってシンプルな部屋なのである。

そんな部屋でも日常を過ごす憩いの場であることには変わりない。ホッとしたと同時に腹が減り、何か食べようと思い立つ。

とりあえずイーブイの入ったモンスターボールをテーブルの上に置き、朝作り置きしておいたご飯とおかずを冷蔵庫から取り出して来てレンジにかけた。

 

 

温めている間に一通り部屋の中を見回してアッシュの視界からは隠れられる、けれどアッシュを確認することが出来るような配置を探した。

あの少年の言うことが本当ならばイーブイは人をかなり警戒しているらしい節がある。恐らくアッシュに対しても警戒するであろうイーブイの為、安心出来る場所を作る必要があった。

部屋の中に適当な場所が無かったので部屋の奥に壁を背にして設置してある本棚を移動することにした。本棚を90度動かし、壁から垂直になるよう設置して死角を作る。そこに普段は使っていないタオルケットを用意した。

置く前に匂いがしない事を確認し、鳥ポケモンの巣を想像して適当に丸く敷くととりあえず寝床は完成である。

その後その近くにエサと水をスタンバイしてから、アッシュはテーブルに置いたモンスターボールを手にとって軽く投げた。

 

眩い光が小さなポケモン状に型取り、あっという間にあの茶色い毛並みのイーブイが出てくる。

不機嫌そうな顔をしたイーブイは一瞬自分が何処にいるのか分からないというような顔をしたが、すぐにまた警戒の表情へと戻った。

 

「イーブイ」

 

声をかけてもプイとそっぽを向いて此方を見向きもしないが、動揺しないその仕草はイーブイが自分の状況を全て分かっていることを示していた。

自分がトレーナーに手放されたのだとちゃんと分かっている。これでイーブイがたらい回しにされたのは景品として受け取られたことを含め3回だ。そりゃ人間不信にもなるだろう。

 

「そこが当分の間、お前の寝床だ。これがエサと水な」

 

そう言ってエサと水の皿をイーブイの目の前に置くが、先程と変わらず全く見向きもしない。

しかしアッシュは気にした風もなく、イーブイから見えるようにフーズを一つ摘み取るとひょいと自分の口へと放り込んだ。

クッキーよりも硬い食感とほんのりと甘い粉っぽさが口いっぱいに広がり思わず顔をしかめそうになる。

何とかそれ我慢しながら、そのまま隣の器に軽く指を入れるとそれも口に含んだ。

念の為の毒味というか、何も入ってないことのアピールである。

ここまでする必要があるのかと聞かれると甚だ疑問だが、念には念を入れるに越したことはない。

 

一連の動作をイーブイが横目で見ているのを確認した後、アッシュはゆっくりと立ち上がってそのまま背中を向けずに後ろへと下がった。イーブイが顔を動かさずにこちらの気配を追っているようだったが、見えないところまで来るとそれも止んだ。

そこまで行ってから、アッシュはやや冷め始めたおかずとご飯をレンジから取り出してそのまま簡単な夕飯にした。

アッシュが食事をしている間もイーブイは全く身動きをしている様子はなく、ただただ本棚の裏からそっと気配だけでアッシュの動きを確認していた。

息をひそめるという行為はひそめられる側にも何かしら感じ取れるものがあるのだと、この時になって初めてわかった。

しかしかといってそれに対しアッシュも何かアクションを起こすわけでもなく、普通に食事を食べ終え、いつも通りの時間に風呂へ入り、いつも通り身支度を整えて就寝したのだった。

 


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