ルリった!   作:HDアロー

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一章 BW編
一話 「ルリになった」


 ルリった。

 

 何を言っているか分からないと思うが私にもわからない。

 7年前、一度死んだ私はルリとしてポケモンの世界に生を受けた。

 初めは困惑した。

 けれど今はこの世界にも馴染んで、うまく生きて行っていると思う。

 

 さて、ルリという少女の事を知っているだろうか。

 彼女はポケットモンスターBW2に登場するキャラクターである。

 一見すると、しおらしい少女だ。

 しかし実は売り出し中のアイドルという意外性も兼ね備えたキャラクター。

 

「だからこそ、直面している問題は早急に解決しないといけないんだよね」

 

「ん? ルリちゃん、何か言った?」

 

「ううん、なんでもないよ!」

 

 この少女、作中では主人公に恋することになる。

 まぁ、そこは問題ない。

 主人公はチャンピオンで町長でトップ俳優だ。

 まったく申し分ない。

 

 問題があるのはこの少女、ルリ。

 主人公が連絡を入れるだけで勝手に好感度が上がっていく。

 それだけでもヤバいのに、かなり主人公に依存している節もある。

 一部のプレイヤーからは『重い』や『ヤンデレ』と言われるレベルだ。

 

(さすがにその未来は回避したい……ッ)

 

 自分がヤンデレになると分かっていて素直に運命を享受する人がいるだろうか。

 否、いない。

 その為、私は主人公と出会う未来を拒否することに決めた。

 

(そのための分岐ポイントは大きく三つ)

 

 一つ、アイドルにならない。

 そもそも主人公はこのイッシュ地方で一番の有名人といっても差し支えないレベルの人物になる。

 それに対し、なまじアイドルなんて立場があるから主人公の横を歩けるんじゃないかと期待してしまうのだ。

 加えて付け加えると、アイドル業に対する悩みを主人公に打ち明けることで心を許してしまうというのもウィークポイントだ。

 

「でもこの選択肢は選ぶことができなかったんだよね」

 

「どうしたの? ルリちゃん」

 

「何でもないよ、続けよ!」

 

「うん!」

 

 隣の少女に心配されるが気にしないでと言ってレッスンを続ける。

 なんのレッスンかって?

 ダンスのだよ。

 そう、なぜか既にアイドル路線が確定しかけている。

 

 きっかけは、母親が出した一枚の書類。

 普通の七歳なら、決してアイドルになんてなれない。

 なら母親が出したの何の書類だったのか。

 そう、子役である。

 

 普通の幼児として生きて行くには私は大人び過ぎていた。

 小さい子供はすぐにぐずる。

 だから大人しくできるだけでも重宝される。

 

 加えて、感情というものを私は知っている。

 例えば二歳の子供が羞恥心を知っているだろうか、絶望を知っているだろうか。

 人見知り、恥ずかしいと思うことはあるかもしれないが、羞恥心とは少し違うだろう。

 思い通りにならなくて拗ねる事やぐずることがあっても、絶望とはまた異なるだろう。

 感情というのは成長とともに発達していくものだからだ。

 

 だが転生者の私は、「どういう心の状態がどういう名前の感情なのかを知っている」のだ。

 とうぜん、天才子役として囃し立てられた。

 

 当時からアイドルになるとヤバイことに気づいていた私は、それを知った上で役者としての人生を歩むことにした。

 役者になれば感情のコントロールもうまくなるだろうし、そう簡単にコロっと恋に落ちることもないだろうと思ったからだ。

 加えて理由を上げるとすればライブキャスターのイベントが発生しなくなるかもしれないからだ。

 これはまた後で述べる。

 

 問題はこの後、役者として大人気を得た私にアイドル会社が目を付けたことだ。

 

 この世界の俳優は、ポケウッドと呼ばれるところでポケモンを駆使して演技するのが一般だ。

 つまり、優秀なポケモントレーナーでなければ重要な役はもらえない場合が多い。

 まあ? 私は? 替えが効かないほどの天才子役だったから重要な役も結構演じたけれど。

 子役でなくなればこの業界から捨てられる可能性があったわけだ。

 

 そこに一手投じてきたのがアイドル会社。

 母は私に相談することなく二つ返事で了承。

 あえなく私は子供アイドルとして活躍することになった。

 

 ダンスに歌に、殺陣に演技。

 本当に時間が足りない。

 人生というのは何事もなさぬにはあまりに長く、何かを成すにはあまりに短いとはこのことか。

 とにかく時間が欲しい。

 休みを、私に休みを!

 

(まぁ、早い話、アイドルにならないって考えは失敗した)

 

 それでもまだ分岐ポイントは二つあるわけだが。

 

 一つはライブキャスターを落とさないこと。

 このライブキャスターを主人公が拾うことで縁ができる。

 ならば落とさないように気を付ければいい。

 

 最後の選択肢は、落とした場合にはチャチャっと回収してしまうことだ。

 回収した後にまた話し相手になってほしいなんて言うから恋に落ちることになるんだ。

 返してもらったらお礼を渡してさっさと手を切る。

 

(とはいえ、どちらも失敗する気がするんだよね)

 

 この世界、どうにもゲームで起きるイベントはある程度起きるようになっている。

 つい最近、カントー地方のマフィア、ロケット団が一人の少年に潰されたと聞いた。

 おそらくこの世界のレッドさんの仕業だろう。

 となれば観測される事象は収束すると考えた方がいい。

 

「もし、本気で運命から逃れようとするのなら、何か決定的に違う行動を選ばなければならない。そんな気がする」

 

「ルリちゃんカッコいい!」

 

「え、あ、あはは! そうでしょ!」

 

 わわわ、私だって何年も役者やってるんだ!

 このくらいで動じたりなんてしてない。

 してないったらしてない!

 

「何か、何か決定的な一手はないかな」

 

 隣で練習する女の子には聞こえないように、小声でつぶやいた。

 誰の耳に入るでもなく、弱々しく消えて行った。

 

「「お姉ちゃんおかえりー!」」

 

「うん、ただいま」

 

「ご飯できてるわよー」

 

「はーい」

 

 帰宅して、母が作ってくれた料理を口に運ぶ。

 うん、おいしい。

 

「ルリ、最近疲れてない?」

 

「え、うーん、どうだろう。寝たら元気になってるし」

 

 母には疲れているように見えたんだろうか。

 そんな自覚は全くなかったんだけれど。

 さすが子供というべきか、一日寝るだけで嘘のように疲労が吹き飛ぶ。

 だから毎日ダンスに歌にと練習しても生きていけてるわけだけど。

 

 でもさ、やっぱり思ってしまうわけですよ。

 休日をソファの上でダラダラ過ごしたいと。

 さんざん頑張ってきたんだ。

 少しくらい足を止めたって許されるさ。

 

「でもやっぱり、たまには休日が欲しいなとは思うかな?」

 

「うんうん。なるほどなるほど」

 

 満足げに頷いた母はこう切り出した。

 

「今度の一週間、アローラに旅行に行きましょう!」

 

「一週間!?」

 

 何ということだ。

 一週間も休んでもいいのだろうか。

 

「え、ええと、もしかして嫌だった?」

 

「そんなことないよ! ありがとうお母さん! 大好き!」

 

 まさか一週間も休みがもらえるなんて考えてもいなかった。

 まさかまさかだ。

 

 ん?

 学校?

 トレーナーズスクールだよ?

 ゲームで散々知識を付けた私には必要ないね!

 

 そういうわけだから、思いっきり羽を伸ばすぞ!

 アローラ!


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