ルリった!   作:HDアロー

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2018/9/25
ちょっと修正。大筋は大体一緒です。


十話 「最も新しい神話」

 雷炎相対す。

 

 青い稲妻を放つのは黒色の竜。

 名前をゼクロムという。

 

 また、朱い炎を纏う白い竜が対立する。

 名前をレシラムという。

 

 元は一体のポケモンであったが、理想と真実の間に分かたれた彼ら。

 英雄とともにある二体。

 ならばこそ、従える英雄も二人。

 

 一人は緑色の髪を後ろで束ねた少年。

 ナチュラル・ハルモニア・グロピウス。

 Nと呼ばれるプラズマ団の王だ。

 

 もう一人はぼさぼさの茶髪の少年。

 トウヤというカノコタウンの少年。

 アララギ博士からポケモン図鑑を託された、図鑑所有者。

 

 これから始まるのはイッシュの命運を握る戦い。

 永遠に語り継がれる、最も新しい神話。

 割って入るものの介在しない、最終決戦にして最初の幕開け。

 それを観測するものが存在した。

 

 フード付きのローブで顔を隠し、城のさらに上から戦いの行く末を見守る。

 プラズマ団にて悪魔、あるいは死神と呼ばれる存在。

 フードからは綺麗なピンク色の髪をのぞかせ、吹き荒れる風にたなびかせている。

 

 そんな観測者の存在に気づくことなく、戦いの火蓋は落とされた。

 炎が雷を飲み込み、雷が炎を穿つ。

 イッシュを創設し、焼き尽くした、伝説と呼ばれる二体。

 彼らの一撃一撃が、地を焼き天を焦がす。

 

「私は、どうしたいんだろう」

 

 そもそも、私はなぜこの場にいるのか。

 Nもトウヤも、己の信念に基づいて行動している。

 自分というものを持ち、気持ちをぶつけ合う。

 そんな場に、私は不似合いだ。

 

 自分が何者かも知らない。

 何をなしたいのかも分からない。

 空っぽの自分。

 どうして私は、ここにいるのだろう。

 

 何かが心を打った。

 居ても立ってもいられずに、ここまで来た。

 だけどいざその場に立つと、自分の無力さを思い知るだけで。

 何もなく、何も望まなかった。

 

 二頭の竜が相打ちになり、それでも彼らは止まらなかった。

 残った手持ちを総動員して戦いあう。

 吹雪が舞い、稲妻が迸り、岩が突き刺さる。

 だのに、誰一人として、その目に宿す闘志を消すことは無かった。

 

 口の中に、鉄の味が広がった。

 そして自分の右手が、硬く握りしめられていることを知った。

 

「……?」

 

 自分というものが分からなくなる。

 自身を俯瞰することで感情を分析する。

 これは怒り? それとも哀しみ?

 いや、もっとこう、なんというか、そう。

 

「悔しい……?」

 

 口にしてみて納得した。

 しっくりした。

 けれど、何についてかは分からない。

 

(悔しがっている? 何に? 彼らに? この戦いに?)

 

 答えを手繰ろうと紐をほどこうとした。

 けれども結果は余計に絡まっただけ。

 何を悔しがっているのか。

 自分を探す自分は迷子になるばかり。

 

 エンブオーのもろはのずつきがアーケオスに突き刺さった。

 満身創痍になりながらも、最後に立っていたのはエンブオーとトウヤだった。

 ゲーム同様、英雄たちの戦いは、ポケモンと人の共存に収束して終焉を迎えた。

 

「それでもワタクシと同じ、ハルモニアの名前をもつ人間なのか?」

 

 というほど世界は単純じゃなくて、奴が現れた。

 Nの親にして、Nの傀儡子にして、プラズマ団を裏から支配する黒幕。

 名をゲーチスといった。

 彼の言はめちゃくちゃであった。

 

 曰く、Nは飾りの王様で自分が裏から支配するために作り上げた人形である。

 曰く、ポケモンの解放などただのお題目で、本心は自分だけがポケモンを支配することであると。

 曰く、その障害となるトウヤは邪魔であるためここで敗れてもらうと。

 

 トウヤのポケモン達は既にエンブオーを残して瀕死状態。

 そのエンブオーも重傷で、立っているのも不思議な状態だ。

 後ろから手持ちの全滅した元チャンピオンアデクと、トウヤの幼馴染のチェレンがやってくる。

 やってきただけであるが。

 

(チェレンに至っては戦いなさいよ)

 

 ゲーチスの一人舞台が始まった。

 この場に、彼と向き合えるものはもう存在しない。

 イッシュの未来はゲーチスが握ることになった。

 

(……それはなんか、嫌だな)

 

 ポケモンを解放する未来を想像する。

 ミミッキュに、ファイアローに、進化したガブリアス。

 いつか別れるかもしれない。

 そう思ってニックネームは付けなかった。

 別れが、苦しくならないように。

 だけど、いざ離別するという状況になると……。

 

「嫌だ」

 

 別れたくない。

 みんなと一緒にいたい。

 ずっと一緒に、いつまでもそばにいたい。

 

「ファイアロー」

 

「ぴょえええええええ」

 

 傍観を決め込んだ私が、決戦の場に踏み込んだ。

 

 ファイアローから飛び降り着地する。

 着地に合わせて間接を曲げて衝撃を逃がす。

 静寂に、私という存在が音を立てた。

 

 きっと後になって、愚策だったと後悔するだろう。

 作戦をことごとく潰されたゲーチスが伏兵を用意している可能性は大いにあるし、この場に降り立つこと自体がメリットに対してリスクが大きすぎる。

 それでも。

 

(今ここに、私はいる)

 

 これまで、主体的に動いたことがなかった。

 いままで、何をしたいのか分からなかった。

 ずっと、自分の存在理由を探し求めていた。

 

(みんなと一緒にいたい。みんなと生きて行く。その報酬のためなら、どんなリスクでも背負っていける!)

 

 曲げた関節を伸ばす。

 ゆっくりと立ち上がる。

 空からファイアローが徐々に下降してそばで空中浮揚する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「何者ですか。この神聖なる地を汚すのは」

 

「神聖なる地を、汚すものね……。それはあなたの方でしょう? ねぇ、ゲーチス・ハルモニア・グロピウス」

 

「ッ! キサマ!」

 

「フフ、そんなにお顔を真っ赤にして、お体に障りますよ?」

 

 手下を隠しているのかは分からない。

 ならば、煽り、冷静さを失わせ、正面から叩き潰す。

 回り出した時の歯車。

 もう後戻りはできないし、しない。

 それがこの場についてきてくれたみんなへの誠意、そして、私自身の決意表明だ!

 

「行きなさい! デスカーン」

 

「ファイアロー、ちょうはつ」

 

 最終決戦、第二部が始まった。

 

 切り裂き、叩きつけ、弾き合う。

 研ぎ澄ました信念の刃で切りつけ合う。

 あんな歪んだ思想に屈するわけにはいかない。

 思いの全てを、心の強さを技に乗せて穿つ。

 

 パーティ相性は私が有利。

 デスカーン、バッフロン、キリキザンがファイアローで止まり、サザンドラはミミッキュ、シビルドンはガブリアスで止まる。

 ガマゲロゲだけは明確に有利を取れるポケモンはいないが別に対面不利なポケモンがいるわけでもない。

 HDアローはスイクンやサンダーすら鴨にする。

 ガマゲロゲごときが敵う相手じゃない。

 

「すげぇ」

 

 トウヤが後ろでそう呟く。

 本来お前の仕事だからな?

 けど、まあ、感謝するよ。

 

(みんなと一緒にいたい。そう思う私は確かにここにある。共に生きることが私の存在理由であり、共に歩むことが私の信念だ)

 

 気づかせてくれたことに感謝しよう。

 私が私を見つめなおす機会をくれたことをありがたく思おう。

 一歩踏み出す勇気をくれたことにお礼を言おう。

 

「ミミッキュ! じゃれつく!」

 

「ミミッキュッ!」

 

 ひゅーんぽこぽこぽこにゃーん、と、ミミッキュがサザンドラにじゃれていき戦闘不能に落とす。

 

「馬鹿なッ! この私がッ、ただのトレーナーごときに!」

 

「馬鹿はあなたでしょ。二人の英雄が決めた勝敗に水を差す? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 ガブリアスの爪をゲーチスの喉元に突き付ける。

 少し皮が切れ、血がチロチロと流れだす。

 

「待てッ! それ以上は」

 

 アデクに止められる。

 

 何をこんなに熱くなっているんだろう。

 熱源を見失い、むなしさだけが残った。

 冷めてしまった。

 

「戻って」

 

 ファイアローを残してガブリアスとミミッキュをボールに戻す。

 立ち去ろう。

 邪魔者は退けた。

 残る異物は、私だけだ。

 

「待て! お前は一体……」

 

 呼び止められて足を止める。

 けれど、アデクの口から先が紡がれることは無かった。

 私は待つのをやめて、再び歩を進めた。

 

 そうして、伝説のドラゴンが貫いた壁からファイアローとともに飛び立った。




チャンピオンを超えたNを下したトウヤを倒したゲーチスを完封したルリちゃん。

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