ルリった!   作:HDアロー

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鬱ボット@さん、琳璋さん、木端妖精さん、啓也さん誤字報告ありがとうございます!

19日まで毎日更新します。

22:29追記
明日の分間違って投稿していました。
まだ読んでない方いられましたら大変恐縮ですが再読お願いいたします。


三話 「海の王者I」

 キョウヘイとの共演が終わった後、船長さんは今の自分では銀幕のスターに成れないと自覚した。

 今は船長という仕事に集中して、いつかまたポケウッドに戻ることを決意した。

 キョウヘイはヒウンシティに渡航するらしい。

 そのわずかな距離を見送りしないのはどうかと思い、船着き場まで共にすることにした。

 

(……?)

 

 船着き場の物陰に、黒い何かが動いた気がした。

 ……そうだ。

 船に乗る前にプラズマ団が邪魔してくるんだ。

 あんまりプラズマ団と顔を合わせたくないんだよなー。

 戦闘が始まったらこっそり抜け出すかー。

 

「お、キョウヘイじゃねえか。お前もヒウンシティに行くのか?」

 

「ヒュウ!」

 

 あ、あれ?

 プラズマ団のイベントはこの後だったっけ?

 あんまり細かいところのストーリーは覚えてないんだけどさ。

 

「で、そっちの女の子は?」

 

「え、マジで言ってるの?」

 

「あはは……。舞台とかだと髪を掻き上げてるから……」

 

「髪をって……まさかルッコ!?」

 

「あはは……」

 

 芸能界とかに疎そうなヒュウにまで知られているのかー。

 一番のバタフライエフェクトは私本人だったりね。

 そんなわけないか。

 

「PWT見ました! サイン貰ってもいいですか!?」

 

「普通そっちじゃないよねッ?!」

 

「あはは……、トレーナーとしての私も私だよ。サインだったね。いいよ」

 

「俺はチケットを買ってくるよ」

 

 ヒュウがサインを強請り、キョウヘイがチケットを買いに行った。

 お金渡してないけど持っているのかな?

 と思ったけどポケウッドで出演料貰っているか。

 ならありがたく奢ってもらおう。

 

 ちなみにPWTにはレンタルポケモンで戦うトーナメントに参加した。

 ポケウッドでレンタルポケモンの扱いを習熟した私は見事優勝を果たした。

 ついでに言えばそのトーナメントが第一回で、つまり私は初代レンタルトーナメントチャンピオンだったりする。

 まあヒュウが芸能界に詳しいのはおかしいと思ったよ。

 

 ヒュウが取り出したプレミアボールにサインを入れる。

 球体にサインするのは難しい。

 書きなれた文字だが少し時間がかかる。

 私が苦戦していると、ヒュウが口を開いた。

 

「どうしたら、強くなれますか……?」

 

 ……そういえば、チョロネコがプラズマ団に奪われて、取り返しに旅に出ているんだっけか。

 サインを一度止めて、ヒュウの顔を見つめる。

 大事な話には、真剣に向き合う。

 

「どうして強くなりたいの……?」

 

「俺は……」

 

 質問を質問で返した。

 そう見えるかもしれない。

 けれど、どうして強くなりたいのか。

 これが強くなるための結論だと思っている。

 

 何のために強くなるのか。

 その強さを以て、何をなすのか。

 その後、その強さをどうするのか。

 強さとはこれを追求するものだと、私は思う。

 

 だからヒュウに問いかける。

 何のために強くなりたいのかと。

 無知であることを知る。

 そうすればあとは、未知を追い求める道が続くだけ。

 

「妹のチョロネコが、プラズマ団に奪われたんです。あいつら、ポケモンを解放するとか言いながら、その実態はただの泥棒だったんです。俺は、俺はチョロネコを取り返したい……ッ!」

 

 ハリーセンのような髪で顔が隠れる。

 けれど歯を食いしばっているのは、震える拳を見れば分かる。

 けれど、怒りに任せるだけが強さではない。

 

「その後は?」

 

「その後……?」

 

「そう、チョロネコを救い出した後。チョロネコを救った後、身に付けた力はどう扱うの?」

 

「……俺のように、ポケモンと別れ離れになって悲しむ人がいなくなるようにしたい」

 

「そういうことだよ」

 

 私はフッと笑って、ボールに視線を戻す。

 ヒュウはポカンとしているのだろう。

 見なくても分かる。

 

「あなたは目先の事にとらわれて、大局的な判断が出来なくなっている。先を見据えること、過去を見つめなおすこと、それらも強くなるために大事な要因なんだよ?」

 

「俺は、今すぐにでも強くならなきゃいけないんだ」

 

「強いっていうのは何かな。レベルが高い事? 指示が的確であること? 作戦を練る力の事?」

 

「全部必要なんじゃねえか?」

 

「そうだね」

 

 キュっとサインを終えて、ヒュウに返す。

 世界に一つだけの私のサイン入りのプレミアボールだ。

 

「誰かを思うことも、曲げられない信念も、折れることない心も、強さに必要なんだよ。そしてそれらを伸ばすためには、幅広い視野が必要なんだよ」

 

「……」

 

「今の君は焦って周りが見えてないんじゃないかな。立ち止まる必要はない。でも、削ぎ落しちゃいけない部分を見失っちゃいけない」

 

 なんてね、と。

 笑顔を向ける。

 ヒュウが赤くなり、顔をそむけた。

 かわいいやつめ。

 

「……礼は言っとく。ありがとな」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

「チケット買ってきたよ! ヒュウ、なんでそんなに顔赤いの!?」

 

「うるせぇ! 怒るぞッ!?」

 

「もう怒ってるよね?!」

 

 仲睦まじい様子を微笑ましく眺める。

 ……あれ?

 私は船で移動する必要ないじゃん。

 その事キョウヘイに伝えるの忘れてたな。

 んー、これ船の中でプラズマ団が襲ってくるんだっけ?

 ならさっさと抜け出したいんだけどなぁ。

 いや、スケジュールの関係で乗れないって伝えればいいか。

 

「キョウヘイ、ごめんなんだけど私……」

 

「あ、もう出発の時間だ! 急ごう」

 

「あ、ちょ……」

 

 そう言って私の手を取り駆け出すキョウヘイ。

 顔が沸騰しそうだ。

 駄目だ駄目だ、落ち着け私。

 結局、船でヒウンシティまで行くことにした。

 まあ、ファイアローで移動しても船で移動してもあんまり時間は変わんないからいっか。

 

 そんな私たちを追いかける影があった。

 

 海は好きだ。

 とくにこっちの海は潮風にあてられてもべたつかない。

 だから渡航も楽しい。

 

(あいつらがいなければなぁ)

 

 ゆったりとした動作で振り返る。

 よくある船だ。

 

(バレてないと思っているのかなぁ)

 

 超有名人の私にはストーカーも存在する。

 それもかなりの量だ。

 そういう人たちを対処しているうちに、人の気配に敏感になってしまった。

 転生前のボッチによる気配察知スキルに、転生後の視線察知スキルが合わさり最強に見える。

 まあ、ようするに、さっきから物陰でこそこそしてるやつらがいて不愉快なわけだ。

 

(どこかのタイミングで仕掛けてくるつもりなのかしらね。そうでないなら見張ってないで隠れておけばいいものね)

 

 まあ分かった上で放っておこう。

 ルッコとしてあまり彼らと関わるべきではない。

 

「ルッコちゃん! 向こうに面白そうな部屋があったんだ! 探検しに行こう!」

 

「主人公だねぇ」

 

「……?」

 

「なんでもないよ」

 

 キョウヘイが連れてきたのは食堂。

 ゴミ箱がたくさん並んでいる。

 どこかのゴミ箱にはスイッチが隠れているかもね。

 私はアイドルだからそんなことしないけど。

 

 と、その時、耳をつんざく爆音が轟いた。

 船が大きく揺れ、体を空中に放り出される。

 

「ルッコちゃん!」

 

 手を伸ばすキョウヘイを華麗にスルー。

 空中で半回転して地に足を付ける。

 キョウヘイが呆気に取られているがこちとら何年も殺陣をやってるんだ。

 この程度日常茶飯なんだよ。

 

 その後地面を蹴り甲板へと駆け抜ける。

 空に向けて、黒い煙をこくこくと噴出していた。

 そして、アナウンスが鳴り響く。

 

『エンジンルームに何者かが侵入しました。犯人はエンジンを爆破したようで、推進力を失いました。沈むことはありませんが、犯人は船内に隠れている模様です。みなさま、甲板にお集まりください』

 

 ……なんだろう、この違和感は。

 アナウンスに矛盾はない、はず。

 この煙と、先ほどの揺れ。

 エンジンルームがやられたというのは本当だろう。

 なら、何がおかしい?

 

 推進力を失ったが沈まない……。

 これは多分問題ない。

 しいて言うなら海流に流されるのが怖いが、位置情報は送れるから問題ない。

 別の何か、何かが違和感を起こしている。

 

 自室にいたのであろう老若男女が、一斉に甲板に飛び出してきた。

 我先にと、他人を退ける姿は人の醜さを表すようだった。

 いや、そんな事考えてる暇はないんだ。

 先の違和感は何だ、私の考えすぎか?

 

『えー皆様、お集まりいただきありがとうございます。この船は我々がジャックさせていただきました。生きて帰りたければ私たちの要求を聞いてください』

 

 ああ、そうか。

 情報を開示したこと、公表の仕方。

 それが違和感だったのか。

 

 私はひとり、頷いた。




年上に教えを説くルリちゃん十歳。

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