つまり黄色い悪魔。
ファイアローのロアが放った自然の恵み。
これは持っている木の実によって威力とタイプが決まる技だ。
変則的な目覚めるパワーだと思ってくれていい。
こっちは物理技という点と、木の実を消費する一度きりの技という違いはあるけれど。
今回ロアに持たせていたのはウイの実。
体力が四分の一を切ると半分回復する木の実だ。
これは自然の恵みで岩タイプになる。
リザードンのタイプは炎飛行タイプ。
四倍弱点をあの距離で受けたリザードンは大ダメージを受けていた。
そしてそれだけダメージを負ってくれれば問題ない。
ロアがもう一度攻める。
引いて来れば次に出てくるときには機動力を失っており、つっぱって来ればこっちが先に削り切れる。
私がファイアローから繰り出した理由。
それはリザードンを逃がさずに狩るためだった。
ガブリアスから出した場合、岩技を嫌って後続に引く場合がある。
しかし、ファイアローであれば?
通常ならば、お互いに決定打を持たない同士。
そうなれば必ず、正面からぶつかってくると信じていた。
「リザードン、戦闘不能!」
結局レッドはリザードンを切ることを選択した。
そしてすぐさま次のポケモンを繰り出す。
くぅ、アデクみたいにのんびりしてくれればまた剣の舞でイージーウィンだったのに。
ボールエフェクトが切れて現れたのはカメックス。
「ここまでは考えていた中で一番理想的な展開」
初手がピカチュウだったら一度ガブリアスに引いて立て直すつもりだった。
水タイプから入ってきたらお手上げだった。
考えうる限り、一番理想的に事が運んでいる。
「だのに、この不安、この悪寒、この恐怖……!」
これが、王者か。
「カメックス」
レッドが指示を出し、カメックスが攻撃モーションに入る。
「ロア! ブレイブバード!」
ロアが一文字にカメックスへと向かう。
今まさに、攻撃をしようとしている、カメックスに向かってだ。
だからこそのブレイブバード。
それゆえに勇猛果敢なる翼。
カメックスの砲台から勢いよく水流が発射される。
ギリギリまで引きつけてから、私は指示を出した。
「ロア! アクロバット!」
ブレイブバードを強制的にキャンセルし、技を切り替える。
水流が当たる軌道を避けてカメックスのどてっぱらに一撃をかます。
アクロバットは持ち物を持っていなければ威力を増す技。
自然の恵みを使用したことで、真価を発揮するようになっていた。
少しだけ水を被ったが、許容範囲内だ。
フィールドは、リザードンが残した日照りが続いている。
日照り中は水技の威力が半減する。
だからこその理想的な展開だ。
「ロア、ブレイブバード!」
「カメックス」
ファイアローがカメックスに突撃しに行く。
迷いのない、全身全霊を賭した一撃。
カメックスが迎え撃つ準備をしている間に一撃を入れる。
それでも、まだ足りず、カメックスの水砲を食らいロアは倒れた。
「ありがとうロア」
ボールに戻してすぐに次を繰り出す。
カメックスにある補助技なんてあまり考えてないけど、不要な危険は負う必要がない。
雨乞い雨受け皿型とかあるかもしれないじゃん?
「思いを繋ぐよ! ガブ!」
ガブリアスがカメックス、あるいはラプラスと対面する可能性は十分考えていた。
だからこの二匹の場合のみ、前もって指示を出している。
ガブリアスは正面からカメックスに向かって走り出す。
「れいとうビーム」
「ガブ!」
レッドがカメックスに指示を出す。
それを躱し、カメックスの裏を取らせる。
散々ファイアローで正面からぶつかっていったのはこの時のための布石よ!
カメックスのメインウェポンは、だいたい前方向を向いている。
大体の攻撃手段が大砲か、口から放たれるのだから仕方ない。
アクアテールなどの尻尾を使う技はレンジが狭く、扱いづらいという特徴があるのだ。
だから、後ろから攻め立てる。
私のそんな思いは、一瞬で崩れ去った。
眼前に立つ最強が私に問いかける。
お前の実力はその程度かと。
「こうそくスピン」
刀を振り抜くように。
氷柱が地面から生え、ガブリアスを貫いた。
「ガブ!」
「ガブリアス、戦闘不能!」
(まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいっ!)
得意のポーカーフェイスで神妙な面して臆する自分を隠してみたものの、内心では焦りまくっていた。
連結技について考慮していなかった……!
連結技というのはポケモン不思議のダンジョンシリーズで登場する技能だ。
正確には違うが、仕様が似ているため私はこう呼んでいる。
冷凍ビームを使用しながら高速スピンを使う。
そんな戦い方は考慮していなかった。
先に断っておくと、私のせいじゃないと主張したい。
私はこの世界に来て、技と技の連携や、効果的な使い方を調べてきた。
多分ククイ博士のところで働けるくらいには詳しいはずだ。
だが、私のように技の連結を考えているプレイヤーは今まで見なかったのだ。
だから思考から抜け落ちていた。
(相手をだれだと思っていたの! 原点にして頂点よ? 私ごときが到達できる場所なんて、とうの昔に通り過ぎていることくらい予想できたじゃない!)
「ごめんね、ガブ」
ガブリアスをボールに戻す。
結局、ただの一撃も入れることなく、戦闘不能にしてしまった。
強者が実力者を倒すとき、大きく二通りの戦い方が存在する。
一つ目は、相手の得意分野で戦わないこと。
例えば相手が技巧派ならば力技で、パワータイプならテクニックで翻弄する。
そうして相手が全力を出せないままに完封する戦い方。
そしてもう一つは、相手の全力を叩き潰す方法。
私はトリックプレーやコンボ技を得意とするトレーナーだ。
そんな私に意表を突く一手を投じてきたということは、敢えて私の得意分野で切り伏せるつもりなのだ、この頂点は。
……。
できればミーは出したくなかった。
だけど、そうも言ってられないみたいだ。
かつて憧れた頂点が、真剣に自分と向き合ってくれている。
そんな最高のフィールドを放り捨てて、どこでこの高揚感を味わえるというのか!
「行くよ! ミー!」
「ミミッキュッ!」
ボールから出すと同時に影打ちを放たせる。
この技はそこまで技後硬直がないので打ち得なのだ。
そしてロアが削ってくれたカメックスなら倒せると踏んだ。
そして目論見通りカメックスは倒れ、想定外なことにミミッキュの化けの皮がやぶれた。
「え?」
ミミッキュにはボールから出た瞬間に技を使うように指示した。
つまりあの頂点は、こちらが先制技でカメックスを落としに来ることを読んだ上で、ボールから出てくる前にアクアジェットを放ったと……?
「か、カメックス、戦闘不能!」
『おい、あれって……』
『今、何が起こったんだ?』
会場がざわめく。
だからミーは出したくなかったんだよ。
悲しいかな。
これがゴーストタイプに対する当たりだ。
特性のばけのかわも、私の化けの皮も剥がれる。
それでも、ミーを仲間外れにするようなことはできない。
私たちは、みんなでひとつだ。
会場がざわめいている理由はおそらくもう一つある。
それはミミッキュが出た瞬間にカメックスが倒れたこと。
おまけにミミッキュのばけたすがたについての知識を持っているものも少ないだろう。
観客から見れば、技を放ったはずのカメックスが倒れた形になる。
そこかしこからゴーストタイプの呪いだという声が聞こえてくる。
「ミー」
心配しないで、と声を掛けるつもりだった。
だけど、ミーがあまりにも力強くこちらを見つめるものだから、その言葉を飲み込んだ。
勝つんだ、勝って、認めてもらうんだ。
「そうだね。行くよ!」
遠い向こうに見える、紅色の頂点が、フッと笑った。
「ピカチュウ」
レッドさんの三体目はピカチュウ。
電気袋から溢れた雷がパリパリと弾ける。
「ミミッキュ! トリック!」
まず相手の電気玉を奪う。
そうすれば火力は半減。
勝機を追うならそこからだ。
私に残された勝ち筋は。
か細い勝利への軌跡は。
またも崩れ去った。
「失敗……?」
ミミッキュの持ち物に変動はなかった。
つまり、トリックは決まらなかったということ。
トリックが成功しないパターンはいくつかある。
お互いに道具を持っていない場合、相手の特性がねんちゃくの場合、相手が身代わりを使っている場合、叩き落とす状態の場合。
だが、ピカチュウは上記のいずれにも該当しない、はず。
だとすると……。
一つの考えに至る。
「メールピカチュウ!?」
メールを持たせておけば『すり替え』、『トリック』が効かなくなる。
これを利用したハピナスがいたと聞いたことがある。
……そんなん考慮しとらんよ。
だが、そんな考えすらも打ち砕かれる。
「1000万ボルト!」
ドーム内に黒雲が立ち込める。
七色の稲妻が迸り、その一条一条がミミッキュに牙をむく。
過剰なオーバーキル。
ああ、これが『本物』の実力か。
「ミミッキュ! 戦闘不能! よって勝者、カントー地方のレッド!」
ミミッキュのもとへ歩み寄る。
ごめんね。
完全な実力負けだったよ。
上手くいったのは最初の奇襲だけ。
それ以降は完全に手の平の上だったよ。
「ごめん、ごめんねぇ……ッ」
ミミッキュを強く抱きしめる。
零れ落ちた涙が、ミミッキュの布を濡らしていく。
そんな私の腕の中から。
ミミッキュは。
するりと抜けて、どこかへ走り去っていった。
ルリちゃんが際限なく強くなっていくから最強のトレーナーに出向いてもらった。
ピカチュウに憧れた偽物のミミッキュと本物のピカチュウっていう構図はいつか出したかった。そしたらなんかZ技使ってきた。さすがの私もびっくりだ。