ルリった!   作:HDアロー

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十二話 「遺伝子」

「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまい」

 

 レッドさんに頭を下げた。

 

「大丈夫だよ。それより、お礼が言いたくてね」

 

「お礼……ですか?」

 

 はて、何かしただろうか。

 

「うん。君の出た映画、見せてもらったんだよ。最初は二年前だったかな。驚いたよ。僕よりも小さな女の子が、僕よりも優れた指示を出す姿に」

 

 レッドさんはからからと笑う。

 無表情な人だと思っていたけど、存外笑顔が似合う人だ。

 

「世界の広さを知ったよ。そして思った。まだ見ぬ強敵たちと戦いたいって」

 

 なるほど。

 レッドさんの強さはここにあるんだろう。

 どこまで行っても満ちる事の無い戦闘欲。

 いつまでも上を追い続ける姿勢。

 果てなき強さを問い続ける。

 

「君とも戦いたいって思っていた。何回も、何回も何回も、君とのポケモンバトルを思い描いた。君はどんなポケモンを使うのか。どんな立ち回りをしてくるのか」

 

 きらきらとした瞳が眩しかった。

 私のような、泥闇に濁った瞳とは違う、純粋な穢れ無き白。

 

「君は想像以上のトレーナーだった。どんな相手が来ても戦えるようにしていた。確かに後半は上手く作戦が噛み合ってくれたけど、ファイアロー一体にあんなに苦戦を強いられるとは思わなかった」

 

 この人もまた、ポケモンが好きなんだろう。

 そしてポケモンバトルも。

 だけど圧倒的な強さと、圧倒的なつまらなさは並行して訪れる。

 彼は自分を負かすトレーナーを夢見て、これからも戦い続けるのだろう。

 

「わくわくした。君と戦えてよかったよ」

 

「いつか」

 

 レッドさんの目を見据えて声を掛ける。

 勝負の時の威圧感はないけれど、とても大きく見える。

 

「いつか私があなたを倒します。その時までお礼は受け取りません」

 

 

 レッドさんが目を見開いた。

 そのあと、フッと笑ってみせて、楽しそうに笑って、こう言ったんだ。

 

 

「うん、そうだね。その時を楽しみにしているよ。イッシュまで来て良かった」

 

 レッドさんはベルトからボールを一つ取り出すと、私に手渡した。

 

「ラッキーポケモンだ。こいつが君の所へ行きたがっている」

 

 モンスターボールに入っているのは、さっきのイーブイ。

 

「次に会う時を楽しみにしているよ」

 

 そういって彼はリザードンに乗ってどこかへ飛んでいった。

 そんな生きる伝説を、姿が見えなくなるまで追いかけて。

 その後私は、思ったことをそのまま呟いた。

 

「遊戯王かよ」

 

 PWTはレッドさんが優勝したらしい。

 三位決定戦は私の不戦敗という結果になった。

 ちなみに私の対戦相手はあのシロナさんだったらしい。

 ガブリアスをガブでねじ伏せたかったなぁ。

 

 もう表彰式は終わっていた。

 レッドさんが去って行ったんだから当然か。

 

 覚えてもらえるのは三位まで。

 四位からは人々の記憶から消えていく。

 某素人が言っていたから間違いない。

 ここまで来ればもう少し頑張ってミミッキュを受け入れてもらえるまで頑張りたかったな。

 

 そういえば、レッドさんはミミッキュの事も普通に受け入れていたなぁ。

 

「遠く、高い壁だなぁ」

 

 それでも追いかけ続ける。

 たったの三歳差なんだ。

 いつか追い越してみせる。

 

 そう思っているとNから連絡が入った。

 まったく、あの大事な時に何をしていたんだか。

 文句を言ってやろうと思いながらライブキャスターに出る。

 そんな私の思いは、すぐに吹き飛ぶことになった。

 

「はろー?」

 

「トウヤに出会えた」

 

 今、なんて言った?

 トウヤに出会えた?

 

「本当に?」

 

「ああ、さっきは連絡に出られなくてすまなかった」

 

「……いいよ、謝ったし」

 

 怒る気も失せてしまった。

 

「それで、協力は取り付けられたの?」

 

「ああ、一緒に戦ってくれると言った。これなら父さんもきっと」

 

 Nが妄想の世界に入ってしまった。

 一人遊びばっかりしてたもんね。

 想像力が鍛えられたんだろう、悲しきかな。

 

 しかし、やっておいてなんだがトウヤが出てきてもいいのだろうか。

 この場合、キュレムはゼクロムと合体するの? レシラムと合体するの?

 ……そうか、遺伝子の楔を先に私が頂いちゃえばいいのか。

 

「なら私はすることができたからここを発とうと思うけど、あなたはどうするの?」

 

「そうだね、僕は僕の出来る事をしようと思うよ」

 

「分かったわ。また何かあったら連絡して」

 

 私はライブキャスターを切った。

 目指すはソウリュウシティだ。

 

 ブラックシティに降り立つ。

 ソウリュウシティはどうしたって?

 昼間は目立つからね、隠密に適さない。

 ただ盗むよりすり替えておいた方が有効そうだ。

 その為の偽物を用意する。

 

 ブラックシティはお金さえあれば何でも手に入る。

 今こそ稼ぎに稼いだお金を消費するとき。

 

 何件か店を巡り遺伝子の楔を探す。

 まあ本物はソウリュウシティにあるんだから、あっても贋作なんだけど。

 私の目的はレプリカを用意することなのでそれで問題ない。

 

「とは言ったもののさすがにないかー。特注品を作るかー?」

 

 一応その筋の腕のいい職人は知っている。

 あと一件回ってなかったらそっちに行くか。

 そう思った矢先だった。

 路地裏から、なんか電波を受信したんだよ。

 

 その謎の確信に連れられて、私は黒の町のさらに暗い部分へと足を運んでいった。

 

「おや、お嬢ちゃん。ここはあんたのような子が来る場所じゃないよ」

 

「へぇ、いろんなものを取り扱っているのね」

 

 商品棚を見渡す。

 見たことあるような骨董品がごろごろと存在する。

 紅色の珠っぽいやつとか藍色の珠っぽいやつとかね。

 これ全部偽物なのか、すごいなー。

 

 そしてお目当ての商品を見つけ出した。

 

「これ頂戴」

 

「話を聞かない子だねぇ。まぁこの町に来るんだからそれもそうか」

 

 ブラックシティの人たちは大体頭がおかしい。

 お金で何でもできると思ってる……のはまあ分かる。

 分かるけども、どこもかしこも物価の高いこの町で過ごせる経済力。

 そんな頭のおかしい人たちばかりの中で生きて行く異常性。

 この街にまともな人なんていないだろう。

 

 そんな街に来ようという人は、大まかに三択に分けられる。

 この町に住んでいたことがある人、狂人の中に紛れ込める狂人、そしてどうしても手にしなければいけないものがあるほど切羽詰まった人。

 普通に生きていればこの街に来ることは無い。

 だからこそ、この人は先ほどのような発言をしたのだ。

 

 遺伝子の楔(レプリカ)を購入する。

 クレジットカードで一括払いだ。

 満足して店から立ち去ろうとしたとき、その商品を見つけてしまった。

 

 ゲーム内の知識を総動員しても、そのアイテムと合致するアイコンは浮かばない。

 だけど分かってしまった。

 そのアイテムが何なのかを。

 

 もしかすると、私が察知したのは、遺伝子の楔ではなく、こっちだったのかもしれない。

 

「こっちもお願い」

 

 願わくは、使うことが無いことを。

 だけどなんとなく、なんとなくなんだけど。

 これが消費されることを私は予感していた。

 

 ブラックシティを後にする。

 町の外も既に夜の帳が落ち、宵闇が世界を覆っていた。

 

「さて、それじゃ動き出しますか」

 

 どっかのかませ犬が言ってた。

 策は二重三重に張り巡らせて初めて功を奏す。

 これはその第一段階。

 

 そこまでする必要があるのかって?

 あるんだよ、これが。

 

 二年前の事だ。

 あの場に私がいたから、結果的にプラズマ団が破れるという正史を辿ることになった。

 だけど私が居なければ?

 たったそれだけの事で歴史が大きく変わる可能性はあった。

 

 これだけならまだ、歴史は収束するように出来ていると考えられるかもしれない。

 が、今回、トウヤの参戦が確定している。

 未来が脆く、不安定であることが証明されてしまった。

 ならば万全を期す。

 一抹の不安も残さない。

 

 二年前同様に、黒いローブに身を包み、私はソウリュウシティへと忍び込んだ。




レッドさんは強さに憧憬を覚えた無邪気な少年が精神的に大人びたくらいのイメージ。
カントーとイッシュで言葉通じるのか疑問に思ったけど転生者のルリちゃんならきっと日本語くらいマスターしてるでしょ。

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