「キュレム! こごえるせかいです!」
ゲーチスがキュレムに指示を出す。
無数の、そして巨大な氷の柱がキョウヘイに襲い掛かる。
「ゼクロム! クロスサンダー!」
「レシラム! クロスフレイム!」
それを、二匹のドラゴンが現れて食い止めた。
「来ましたか、N。人の心を持たぬバケモノよ。それと、もう一人の英雄様もいらっしゃったようですね」
「父さん」
「ゲーチス」
「……」
弱り切ったゲーチスを見て悲しそうな顔をするN。
かつての宿敵に出会い、警戒するトウヤ。
頭数に含められずにふてくされる私。
スルーしてんじぇねぇよオラ。
「心がない? 笑わせてくれますね。Nの顔見て同じこと言えるの? それとも盲目なの? モノクルとかつけて目悪そうですもんね、ウケるんですけど―」
「その声、その口調! やはりあなたでしたか!」
「ルッコちゃん!」
判断基準! それでいいのか!
キョウヘイは何が起きたか分からないという顔だったのに私を視認したとたん顔を綻ばせやがった。
く、そんなのでときめいたりなんかしないからな!
「Nはあなたと分かり合える日が来ると、そんな日を夢見ていた」
「そんなものは無い。私はこの化け物を利用してイッシュを支配しようと思っただけ。そこに愛情などというあいまいな存在が介在する余地なんてない!」
「……たとえ物だと思っていたとしても、長く一緒にいれば愛着が湧くものじゃないの?」
「はっ、あなたのような小娘にはわからないでしょうね」
ゲーチスが嘲笑う。
ああ、そうだね。
分かんないよ。
あんたの考えなんて。
でもね、分かったこともあるよ。
「はっきりしたね。人の心を持たないのはNじゃない。ゲーチス、あんただ」
「ふ、ふふふ、ふはははは」
人差し指を突き刺し、宣告する。
人を指さすんじゃありません?
大丈夫大丈夫、こいつ人で無しだから。
というか笑い出したんだけど。
壊れた? ねぇ壊れた?
怖いんだけど。
「私が、人でない。くはは、これは傑作です! そう、私はこのイッシュを支配する帝王。私はその辺の俗物どもとは違う!」
「ちっ、狂ってやがる」
「父さん、話を聞いてください」
無駄だ、こいつは狂ってる。
話が通じる相手じゃない。
「僕はこのイッシュが好きです。ポケモンと人がともにいることで奏でるハーモニー。異なる考えを受け入れあい、そうして未来は切り開かれていく。だからこそ世界は美しいんです」
「……素晴らしい。さすがは私が手掛けた王の素質を持つもの。ハルモニアの名を持つもの。だがN、私はお前を許しません。二年前、お前が勝っていればこんな暴力的な手段に出る必要はなかった。すべてあなたのせいです。そこで指をくわえて私がこのイッシュを支配するのを見ていなさい」
「……美しくない数式です。僕は認めない」
「認めさせますとも、この! いでんしのくさびを使って!」
ほらね。
結局こうなるのさ。
ゲーチスが遺伝子の楔を天に掲げる。
しかし当然、何も起きなかった。
「バカな、何故、なぜ何も起きないのですか!」
「ふふふ」
Nとトウヤのさらに後ろ。
ラスボス的立ち位置から、私は笑い声をあげる。
ぶっちゃけンバーニンガガッとババリバリッシュで笑いそうになった。
我慢した私を褒めてくれ。
「すり替えておいたのさ!」
左手を腰に当て、右手を突き出して指さしながらそういう。
超気持ちいい。
古っ。
気温が下がった気がするけど気のせいだ。
キュレムがいるから仕方ないね。
私が高笑いをしようとすると、リュックが持ち上がった。
「え、え? え!?」
リュックに連れられて、宙に浮く。
リュックの中が光り、輝きを増す。
「ルッコちゃん!」
キョウヘイが手を伸ばす。
けれどその手が届くことは無く。
遺伝子の楔は、元あった場所に巻き戻っていくかのように。
伝説の氷竜に取り込まれた。
私ごと、だ。
「く、くく、くはははは! これは傑作だ! 散々私の計画を妨害してきたこと、決して許さないと思っていました。しかし、しかしです! 最後の最後にこのような喜劇を見せてくれるならば! 許して差し上げようではありませんか!」
ゲーチスが高笑いを上げる。
そんな様子を私は、キュレムの中から知覚していた。
(あーまずいなぁ)
取り込まれたことは当然予想外の事だ。
だが、まずいことは他にある。
私がブラックシティで買ったもの、覚えているだろうか。
そう、遺伝子の楔ともう一つ、別のアイテム買ったじゃないですか。
私が取り込まれたということは、それも取り込まれているわけで。
それは世界の終焉を告げることになる。
キュレムの暴走が始まる。
どうしようもない結末に悲観して、こう零した。
「破壊の遺伝子が、猛威を振るう」
ジャイアントホールが姿を変える。
虚空を表すような殺風景から、氷獄の停止世界に。
「な、制御が効かない? まだ吸収合体もしていないのに何故!」
「まさか、彼女自身が伝説のドラゴンと同等の能力を持っているというのか?!」
おい誰だ今失礼なこと言ったやつは。
怒らないから出て来い。
いや、謝るんで出してください。
キュレムに取り込まれたことで、キュレムの考えが流れ込んでくる。
この後の展開が視える。
はぁ、最悪のパターンだ。
これも私が介入したことによるバタフライエフェクトだろうか。
「ヒュララララ!」
キュレムの翼を覆う氷が砕ける。
そこから紫電の二重螺旋が放たれる。
レシラムとゼクロム、両方に向かってだ。
「レシラム!」
「ゼクロム!」
二体のドラゴンが、伝説の竜がライトストーンとダークストーンに姿を変える。
その二つの宝珠を取り込む。
トクンと。
心臓が跳ねる音が聞こえた。
満たされていく。
空っぽの器に、中身が補填される。
すべてを失った虚空が、すべてを取り戻し原点に戻ろうとしている。
これが、イッシュを作り上げた伝説のドラゴンの真の姿。
「オリジンキュレム……ッ!」
絶対的強者が目を覚ました。
元々は用意した遺伝子の楔も実は本物で『遺伝子の楔が一つしかないと誰が言った?』ってやりたかったんですよね。
で、二つ使うことでオリジンキュレムに。
それの対抗策に破壊の遺伝子持ってきたんですけど、それ誰に使うの? っていう話になってこういう形になりました。
ちなみに名前候補として、
オリジンキュレム、カオスキュレム、ゲンシキュレムがあった。
ゲンシキュレムでもよかったなぁと思う今日この頃。