声が聞こえる。
どこか懐かしい、心温まる声だ。
記憶の波に揺蕩い、弛緩した筋肉に力を加える。
瞳を開けばそこは真っ白の空間。
何もない。
ああそうか。
そうだった。
(私は、キュレムに取り込まれたんだった)
あたりを見渡そうとする。
すると首筋から、鎖のようなものが伸びていた。
なるほど、これが遺伝子の楔か。
ゼクロムとレシラムも、ここと似たような世界で同じようにとらわれているのだろうか。
「うわぁ、これはヒドい」
キュレムと神経、あるいはもっと深い部分でつながっているからか、外の世界を知ることができる。
そこには、ゲーチスを含めて満身創痍でボロボロになったみんなの姿があった。
既に瀕死であるにもかかわらず、無謀にも果敢に攻め立てるみんな。
だけど、どれもこれも致命的な一撃となるような技はない。
それどころか、一撃一撃に躊躇いが窺える。
「もしかして、私のせい?」
視覚情報だけでなく、聴覚まで接続する。
私を呼ぶ声が聞こえた。
キョウヘイの、Nの、トウヤの、私を呼ぶ声がする。
全身の毛が逆立った。
私の事を、必要としてくれている。
私は何もないこの世界で、一人涙をこぼした。
感情が制御できない。
嬉しいのか、悲しいのか、辛いのか、苦しいのか。
いろんな感情がないまぜになって、それを吐き出すように、私は声を上げた。
「あああああああああああああ!」
*
「ヒュララララ!」
キュレムが天に吼えた。
すると、奇妙なことが起きた。
先ほどまで暴れ狂っていたこの暴君が、急に動きを止めたのだ。
「ウインディ! かぎわける!」
なんとなく、予感がした。
このチャンスはルッコちゃんが作り出してくれたものだと。
「続けてとぎすます! 行け! ウインディ!」
千載一遇。
その好機を、決して逃がさない!
「どろぼう!」
ウインディがキュレムに突き刺さった遺伝子の楔に食らいつき、奪い去った。
「ヒュララララァッ!」
大雨の日のマンホールのように。
遺伝子の楔という栓を抜かれたオリジンキュレムからとめどない光があふれ出した。
キュレムは苦しそうにのたうち回る。
「ヒュララララ! ヒュララララァ!」
頭をぶんぶんと振り回し、自分で作り上げた氷山に何度となくぶつける。
砕ける事の無い氷を砕き割り、炎と雷をでたらめに放つ。
そうしている間も輝きは増していき、一人の少女が現れた。
「ルッコちゃん!」
憧れ、恋い焦がれた少女がそこにいた。
*
「キョウヘイ……?」
まばゆい光に包まれて、瞼を閉じて、また開いたら見知った顔があった。
今にも泣きだしそうな、そんな顔だった。
安心して力を抜きそうになるのを押しとどめて、起き上がる。
「ヒュララララ!!」
目の前にいるのは白と黒をつぎはぎに繋ぎ止めたオリジンキュレム。
「キョウヘイ、今まで食い止めてくれてたんだね。ありがとう」
ボールからエーフィを繰り出し指示を出す。
「Nとトウヤも、ありがとね。助かったよ」
二人にお礼を言って、もう一度キョウヘイの方に向き直る。
……表情を作れ、セリフを言え。
私に任せておけば大丈夫だと、安心できるように。
そんなの、そんなのできるわけ……。
それでもやらなきゃいけない。
くしゃくしゃの、だけど精一杯の笑顔でさよならを言う。
「ルッコちゃん、何を言って……何をするつもりなの」
嫌だと、涙を堪えられなくなったキョウヘイ。
首を振り、一歩私に歩み寄る。
私が何をするつもりなのか気づいたのかもしれない。
でももう、これ以上君たちが傷つく様子を、私は見たくないんだ。
「そんな顔しないでよ。最初で最後のわがままだからさ。見送って」
エーフィにテレキネシスを指示する。
人が動くためには、抵抗が必要だ。
地面を歩くなら、大地を押すときに現れる反作用。
水を泳ぐなら、水をかき分ける推進力。
空気にも抵抗は存在するが、人ひとりが動くには密度がスカスカすぎる。
キョウヘイ、N、トウヤが空中でもがく。
私が悪かったって。
あやまるからさ、最後は笑って見送ってよ。
私自身が、上手く笑えてはいないけれど。
「ありがとう、みんなと出会えて本当に楽しかった。一緒に戦えて本当によかった」
エーフィに指示を出す。
予定とは違うが、こういうことを想定して改良に改良を重ねた技。
「エーフィ、マジックルーム」
私とキュレムだけが、空間から切り離された。
*
実世界から切り離された世界で、絶対的強者を前にする。
極彩色をグレースケールに変換したような世界で、私とキュレムが向かい合っていた。
最後の戦いが幕を上げる。
私はボールを取り出すとミミッキュを繰り出した。
「テラボルテージなのかターボブレイズなのか知らないけど、化けの皮を当てにするのはやめた方がいい。ミー、身代わり!」
ミーに説明をしながら指示を出す。
先にあげた二つは、相手の特性を無視して攻撃できるという特性だ。
言ってしまえば型破り。
そんな相手を前にして、まずは防衛手段を確保する。
「ミー、次いでのろい、その後いたみわけ!」
私が今回キュレムに対してぶつける戦術は『呪いループ』。
ミミッキュが壊れ性能と言われる要因の一つとなった最強戦術だ。
呪いで減った体力をキュレムと分かち合い回復する。
「遅延行為は得意なんだよ!」
二年前、天才と囃し立てられた映画。
格上を相手に、耐え凌ぐ。
そんなのは慣れっこだ。
伝説のドラゴン?
原始回帰?
知ったこっちゃない。
「私を必要としてくれる人がいるというのなら、私は、全力でその人たちを守り抜く!」
痺れを切らしたオリジンキュレムが行動に出る。
クロスフレイムとクロスサンダーを掛け合わせた凍える世界。
本来持っていた、オリジンキュレムの必殺技。
名付けるなら三千世界とでも呼ぼうか。
正面から、右から、左から。
氷が、炎が、雷が襲い来る。
このままだと身代わりなんて貫通するだろう。
そう、ミミッキュ以外ならね。
「ミー、ものまね!」
ミミッキュからも三千世界が展開される。
けれど、流石は伝説のポケモンというべきか。
(押し負ける!)
単純なスペックの問題。
種族としての性能差。
それらが如実に表れていた。
「くぅ、エーフィ! キュレムの右足だけにテレキネシス!」
ほんの僅かだけ、キュレムの足が浮いた。
バランスを崩したキュレムが、技の制御を失う。
「ミー!」
そのわずかな差を。
最高で最強の相棒が、私とぴったり呼吸を合わすように押し返す。
三千世界でオリジンキュレムを飲み込む。
私がキュレムから出てきたときのように、光り輝き。
白黒の極彩色が砕け散った。
ここに終焉へのカウントダウンは終止符を打たれたのだった。
*
「プラズマ団からキュレムを救ったんだろ? お前すげーよな!」
ハリーセン頭が、サンバイザートップスターに話しかける。
サンバイザートップスターはこう返す。
「俺は何もしてないよ。彼女が一人で場を荒らして、一人でおさめたんだ」
「なにやってんの?」
ヒュウはキョウヘイを変なものを見るように見つめ、キョウヘイは苦笑いを零す。
「まあいいや。俺はチョロネコを妹に渡してくるよ。随分時間が掛かっちまったけど。お前はどうする?」
「俺は……」
視線を落とす。
手持ちのポケモンに囲まれてすやすやと眠る少女。
ピンク色の髪に、白を基調としたワンピース。
左目にある泣き黒子がほんのりとかわいらしさを醸し出している。
「俺は、彼女の前に堂々と立てるようになる」
ずっと憧れだった。
初めて会ったときは、ただポケモンを連れてる同い年くらいの女の子というイメージだった。
でも、彼女を深く知って行けば、俳優やアイドルとして一線級の実力を有していて。
背中を追いかけてるうちに声優やトレーナーとしても大成していて。
自分では追いつけないんじゃないかと思うこともあった。
でも、彼女がいたから、今の自分がいる。
憧れだって構わない。
いつか追いつき、共に歩みたい。
「そうか、ならポケモンリーグにでも行ってみたらどうだ?」
「ポケモンリーグか」
彼女の隣を歩くなら、それくらいしないといけないかもしれない。
手持ちのポケモンを確認する。
みんながみんな、俺を信じていてくれている。
一緒に頂点に立とうと言ってくれている。
「よし、最初の一歩だ! 待ってろ、ポケモンリーグ!」
ゲーチスがダークトリニティに連れられて。
Nがトウヤと立ち去り、
キョウヘイがポケモンリーグに向かい。
ヒュウがヒオウギシティに帰っていく。
この戯曲の首謀者は。
この物語の綴り手は。
冷たい洞窟に放置された。
マジックルーム:アイテムの効果を無効にする→別空間に切り離す
ちゃうねん。
本当はこらえるとミラーコートの連結技で止めさそうと思ってたんよ。
それなのにエーフィミラーコート覚えないの。
特性マジックミラーでマジックコート覚えるならミラーコート覚えてもいいでしょ(暴論)。