ヒュンと風斬り音が一つ。
足払いが土ぼこりを巻き上げる。
時に緩やかに、時に俊敏に。
私は華麗に舞い続けた。
また次の日曜日、近くの道路の、林の奥の、開けた草原に私たちはいた。
アイドルとして練習したダンスと、役者として身に付けた殺陣の技術を惜しみなく使った最高の演技。
演者は私。
観客はポケモン。
「っていう感じ。ほら、やってみて!」
何をしているかって?
つるぎのまいを教えているんだよ。
教え技の人とかいるじゃん。
私にもできないかなって思ったんだよ。
みんなが成長したときの手持ち、ミミッキュ、ガブリアス、ファイアロー。
全員有効なワザだからね。
覚えられるなら覚えておいて損はない。
「あ、フカマルはこっちね」
フカマルの段階では剣の舞を覚えられない。
ガブリアスまで成長したらその時また教えようと思う。
ミミッキュとヤヤコマに適当に躍らせながらフカマルと一緒に技の確認を行うことにする。
図鑑所有者はポケモンが覚えている技が分かるとかめっちゃアドバンテージだなぁ。
図鑑所有者以外が主人公に成れないのはワザに対する知識量かもしれない。
ポケモンが新しい技を覚えても、指示することができないからね。
宝の持ち腐れってやつだ。
近くの木から伸びる枝に、ロープで的を吊るす。
うん。
なかなかいい感じだ。
「よし! フカマル! たいあたり!」
「フカッ!」
的に向かって一直線に向かっていくフカマル。
カァーン、と乾いた音が一つ。
思い切り弾き飛ばしてなお有り余る勢いを、フカマルは地面で殺して止まる。
的は振り子のようにプランプランしている。
「うんいいね! 天才!」
「フカッ!」
子供は褒めて育てるに限る。
結局子供が努力する理由なんて承認欲求が一番なのだ。
そこをくすぐるのが一番有効に決まっているでしょう?
「じゃあ、次はすなかけ!」
フカマルは体を一回転すると左足で砂を巻き上げて的にぶつける。
宙を舞う砂は的の中央を正確にとらえる。
「いいねいいね! じゃあ次はりゅうのいかり! できるかな?」
「フッカァ!」
フカマルは小さな体を、転げるのではないかと思う程反らすと、バネの力と一緒に一撃を繰り出した。
中央ではなかったものの、しっかりと的を捕らえていた。
「さっすが! じゃあ次は難しいよ?」
何でも来いと言わんばかりのフカマルに、ちょっと待っておいてもらってミミッキュを呼びに行く。
大丈夫だと思うけど、念のためだ。
私と、フカマルや的の間にミミッキュを配置して準備完了だ。
「行くよ! フカマル! げきりん!」
「ガァアァァァァ!」
瞳が赤く光る。
バキリと、鈍い音が響く。
弾丸のように飛び出し、的を粉々に粉砕した。
フカマルは雄たけびを上げるとそのままミミッキュにとびかかった。
「ッ! ミミッキュ! つぶらなひとみ!」
ミミッキュがフカマルを見つめると、フカマルの瞳から狂気が抜け行く。
けれど勢いを殺しきれず、そのままミミッキュに飛び込むことになった。
ノーマルタイプの技もドラゴンタイプの技もミミッキュには無効なので安心して任せられる。
ぽふりとやわらかくミミッキュに受け止められたフカマルは、恐る恐るといった様子でこちらを窺っていた。
考えていることは分かる。
上手くできなかったことに対して、私がどう対応するのか。
その事に不安を抱いているのだろう。
私はあらかじめこの状況を予想していたので、優しく微笑んだ。
「ごめんね、フカマル。私がまだ未熟なのにあなたに無理させちゃった」
「フカ……」
フカマルを抱きしめる。
夢特性のさめはだが肌に擦り傷を付ける。
それでも私は、腕の中から離さなかった。
「ごめん、ごめんね……」
「フカ」
フカマルの短い手が私の服を引っ張った。
フカマルの背中をさすり、頭をなでて、向きなおす。
くりくりとした、かわいらしい二つの瞳が私を覗いていた。
「わたしと一緒にいてくれるのね。ありがとう」
「フッカ!」
「きっと、あなた達にふさわしいトレーナーになるから」
もう無理な指示は出さない。
*
あのあと、フカマルには休んでもらっておいて、ヤヤコマとミミッキュにつるぎのまいを教えた。
いつかはあなたにも覚えてもらうからと言って、フカマルには見ておくように指示を出しておく。
結果から言うと、二匹ともしっかりものにしていた。
私の教え方が上手かったんだね!
けれども、一つ問題があった。
それは、攻撃力が倍になったかと言われるとうーん? となることだ。
ゲームだと能力が一段階上昇する度に、実数値に50%の補正が掛かって言っていた。
だからつるぎのまいを一回使うと攻撃が二倍、二回使うと三倍、三回で四倍といった風にステータスに補正がかかるはずなのだ。
ちなみに下がるときはその逆数だね。
「もしかして、技の効果もゲームとは少し違う?」
先ほどのフカマルの練習風景を思い返す。
たとえば、りゅうのいかり。
明らかに溜めの時間があった。
ゲームであればターン性で、素早さに応じて行動が行われていた。
けれど、この世界では?
りゅうのいかりの溜め時間にスピードスターやソニックブームなどを受ければ?
素早さの遅い敵の方が先に動くという可能性も十分にある。
それどころかきあいパンチのように技がキャンセルされるかもしれない。
また、げきりんの事を思い返す。
ゲームだと敵を倒したら戦闘終了。
あばれる状態が解除されることになっている。
先ほどの例なら、的を壊した時点で理性を取り戻していておかしくないのだ。
けれど、実際には次の標的を探し、見つけ、襲い掛かった。
明らかにゲームとは違う動き。
「もっと言えば、ミミッキュのつぶらなひとみ」
「ミミ?」
ミミッキュが呼んだ? といった風に首をかしげるが、何でもないよと微笑み返す。
先ほど、ミミッキュのつぶらなひとみを受けたフカマルは、明らかに理性を取り戻していた。
つまり、あばれる状態が解除されたということだ。
ゲームでいえばげきりんを使っている相手につぶらなひとみを使ったら攻撃をキャンセル出来たという状況だ。
「この世界はゲームほどやさしくできていないってことね」
つまり、原作知識に縛られない柔軟な立ち回り。
それが要求されるということだ。
波乗りを冷凍ビームで凍らせるとか、宿木の種を火炎車で焼き切るとか、そういったことができるんだろう。
(今、私どんな表情してた?)
役者という仕事は、自分がどう映っているかを常に意識するものだ。
カメラの位置を把握し、より輝ける立ち位置、角度で演技する。
そういう仕事上、自分の表情、仕草はいつも意識していた。
けれど、今の自分の表情が分からなかった。
どうして私は、こんなにも楽しそうに笑っているのだろう。
(ああ、そうだ。なるほどね)
それを自覚する。
引きつったような笑顔は、口角を上げた獰猛な笑みに変わった。
ポケモン達には見られないように、右手で覆い隠しながらだ。
(この世界には、私が知らない世界が広がっている。私はその世界を探求したいと望んでいる)
いままで、ポケモンの世界とか楽勝だろ、そう、少なからず思っている私がいた。
けれど、私はスタートラインに少し早めについたに過ぎなかったのだと、気づいた。
まだまだ先がある。
その事がたまらなくうれしい。
沸き上がる高揚感に蓋をして、歪な笑みを消す。
「よーし、みんな! 次は実践だよ!」
三者三様、けれどもやる気に満ちた声を上げた。
おそらく、ゲームでいえば全員レベル10程度。
経験値が圧倒的に足りていないのだ。
模擬戦をしてレベリングを行うことにする。
「わー! すげー! ポケモンだ! お前ポケモントレーナーなのか!?」
私と同じくらいの子供の、邪気の無い声が響き渡った。