ルリった!   作:HDアロー

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六話 「恋する乙女かッ! 私はッ!」

 私は気を抜いていたのだと思う。

 この広くも小さい世界で。

 十歳までは会うことがないなど、どうして思えたのか。

 後悔は尽きない。

 目の前が暗くなる。

 

「すげー! 見たことないポケモンばっかりだ!」

 

「え、うん。そうだね。イッシュ地方にはいないポケモンばかりかな」

 

「スッゲー!」

 

 パーソナルスペースなど知ったこともないと言ったように押し寄ってくる少年。

 一歩後ずさると一歩詰め寄ってくる。

 同じくらいの背丈の子供の威圧感にやられているというのか!?

 

「なぁなぁ! 触ってみていいか?」

 

「あ、うん。ちゃんと許可を取ったらね」

 

 分かった! と元気よく返事するとミミッキュの方に駆け寄っていく少年。

 けれどミミッキュは少年を忌避する。

 いいぞミミッキュ。もっとやれ。

 

「だー! どうして逃げるんだよ!」

 

「この子昔、大人たちに追いかけまわされて怖い目に遭ったの。それから他の人も怖がっちゃてるの」

 

「そんなことが……」

 

 ポケモンも人も、距離感を掴むのは大事なことなんだよ。

 と、すこし大人びた意見を押し付けて距離を取る。

 私が彼を避ける理由?

 分かるでしょ?

 

「なるほど。あ、なあ! お前、名前は?」

 

「そういうのは、自己紹介してから聞くものなのよ」

 

「そうなのか! 俺の名前は……」

 

 振り返り、今一度彼の容姿を見直す。

 青いランニングウェアにゆったりとした白のハーフパンツ。

 ぼさぼさとした髪にサンバイザーを付けた彼は。

 

「俺の名前はキョウヘイ! ヒオウギシティから来た!」

 

 そう。

 未来の初恋の相手だった。

 

 もーやだー!

 こいつと会いたくないからトレーナーになってライブキャスターを買い替えるくらいの財力を築こうと思ったのに!

 なんで出会っちゃうのさ!

 

 というのはおくびにも出さずに振る舞う。

 子役として私を育ててくれたすべての先生方に感謝だ。

 

「えっと、私はルリ。キョウヘイ君、お父さんかお母さんはどこにいるのかな?」

 

「…………アレッ!? ここどこ!?」

 

 血管が切れる音を聞いた気がする。

 ぷっつーんって。ぷってーんって。

 キョウヘイは涙目になっている。

 今にも泣きだしそうなのに、歯を食いしばって、必死に涙を押しとどめる。

 

(かわいい)

 

 ってちっがーう!

 落ち着け私!

 私はヤンデレにはならない。

 そう決めたはずだろう。

 こんなのでコロっと行ってしまってどうする。

 

「ルリちゃん……お母さんはどこぉ……」

 

「ッ!」

 

(あああああ! 一生の不覚! なんで名前呼ばれただけでときめいちゃってるのよ! どんだけちょろいのよ私!)

 

 訓練用に使っていた木に向かってヘッドバットをかます。

 降ってきたバチュルが大急ぎで去って行った。

 頭突きは金銀仕様なのか。

 ふぅ。だいぶ冷静な思考を取り戻してきた。

 

「お母さん捜すの手伝って……」

 

 木を両手で捕まえる私の裾を掴んで、彼が言う。

 

「もう、しょうがないなー」

 

 私はもうだめかもしれない。

 

「本当にありがとうございました!」

 

「ルリちゃんありがとー!」

 

「いえいえ、困ったときはお互い様です」

 

 結局あの後、キョウヘイ君と手を繋いでキョウヘイ君のお母さんを探すことになった。

 観覧車から探そうとか言いだしたけどそれは最期の理性でやめさせた。

 豆粒くらいにしか見えないからわからないよって。

 そのかわり、遊園地の迷子センターに連れて行って放送してもらった。

 

 その後すぐ母親はやってきて今に至る。

 変に意識してしまうせいで動悸が激しくなるという悪循環だった。

 長く苦しい戦いだった。

 

「そうだ! 連絡先交換しようぜ!」

 

「わ、わたしライブキャスター持ってないから……」

 

「あれ? 手首に付けてるのは?」

 

「こ、これは壊れてて……」

 

 まずいまずいまずいまずい。

 失敗した失敗した失敗した失敗した。

 さっさと帰ってしまうんだった。

 とにかく連絡先を知られるのはまずい。

 そんなことしたらヤンデレルート一直線だ。

 

「プルルルル プルルルル」

 

 絶望を告げる鐘が鳴る。

 だれだよ! このタイミングで連絡入れてくるとか!!

 

「なんだ、壊れてないじゃん! じゃあ……」

 

「うおらぁ!」

 

 ライブキャスターを付けた左手首に向かって右拳を振り抜く。

 マッハパンチもかくやという威力。

 ライブキャスターの通知音は止み、液晶にひびが入った。

 

「ね? 壊れてるでしょ?」

 

「え、いや、いま」

 

「壊れてるよね?」

 

「はい」

 

 乗り切った!

 私は乗り切ったぞ!

 想定外の事はたくさんあったが、私は自分の未来を切り開いたんだ!

 

「あらあら。じゃあこの子を見つけてくれたお礼に新しいのを買わせて頂戴」

 

「え、いや、その」

 

「うふふ、遠慮しなくていいのよ」

 

 なんなんだこの親子は!

 そんなに私をダークサイドに落としたいのか!

 

「いえ! そんなもの買っていただくようなことはしておりませんので! 私はこれで!」

 

 迷子センターから駆け出し、林に向かう。

 後ろからキョウヘイ親子がかけてくるが森は私のフィールドだ。

 殺陣の練習といってフリーランニングをしてきたのだ。

 もはや庭のようなものだ。

 

 木の根っこが飛び出し、整地されていない地面を最速で走り抜ける。

 キョウヘイ君は子供だし、母親は足を取られていて全然速度が出ていない。

 適当なところで九十度旋回し、どうにか撒くことに成功した。

 

「ああ、疲れたよ」

 

 まさかイベントが前倒しされてキョウヘイ君とは会うとは。

 しかしこれはバタフライエフェクトが起こったということ。

 未来は変えることができるという証拠だ。

 ならばあとはキョウヘイ君と会わないように意識するだけだ。

 

 そこまで考えて、気づいた。

 

「何がキョウヘイ『君』だよ! 恋する乙女かッ! 私はッ!」

 

 もう一度木に向かって頭突きをかました。

 今度はヤナップが落ちてきた。

 そのサル面にしてアホ面が異様に腹立たしかった。

 

「ヤヤコマ、つつく」

 

「ヤコマ!」

 

 ヤヤコマはヤナップの頭のブロッコリーみたいなところに突っ込んだ。

 それつつくやない。ついばむや。

 ヤナップはたまらないとばかりに逃げ回っている。

 まあいい。

 こっそりミミッキュをボールから出すとつるぎのまいを指示する。

 

「ヤナプー!」

 

「ヤヤコマ! でんこうせっかで回避!」

 

「ヤコッ!」

 

 反撃しようとしたヤナップに対してヤヤコマに回避するように言う。

 自由性の高い現実なんだ。

 攻撃技だからって補助技として使っていけないという縛りはないだろう?

 

 回避され、悔しそうにヤヤコマに向き直るヤナップ。

 けれど、もう終わりだ。

 

「ミミッキュ、かげうち」

 

「ミミッキュッ!」

 

「ヤナプー!」

 

 つるぎのまいを舞い続けたミミッキュのタイプ一致かげうち。

 無慈悲なる一撃がエテ公を打ち抜く。

 影は体力を削り切り、ヤナップは戦闘不能になった。

 

「ヤヤコマ、ミミッキュ、おつかれ! ナイスバトルだったよ!」

 

 そう言ってヤヤコマとミミッキュをボールに戻した。




ルリちゃんがちょろいのは本編と違って最初から意識してしまっているから。
本編だとライブキャスターを拾ってくれた人から話してて楽しい人になるまでに時間がありましたがその辺飛ばしている感じ。
ふと異性を意識してしまうと一挙手一投足が気になってしまうようなものですかね。

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