「みんなー! 今日は集まってくれてありがとー!」
私がそう言うと、会場の熱量が一段と増す。
マイクを通した私の声が消し飛ぶほどの声量。
主人公と邂逅してからおよそ一年。
私はアイドルとして大成していた。
次はジョウト地方で一世を風靡した『ラプラスに乗った少年』のカバーだ。
(おかしくない?)
この熱量からあんなしんみりした曲とか。
絶対曲順間違っていると思う。
いや、違う。
そうじゃない。
おかしいのはこの会場の規模だ。
(ヤマブキドームより規模が大きい……?)
BW2時点でルッコやテンマは売り出し中だったはずだ。
ロケット団が壊滅した時期から考えて、まだ二年間は売れないと思っていたのに。
(どうしてこうなった)
そんな考えを思考の隅に追いやり、最高のパフォーマンスを見せつけた。
*
「夢?」
ライブも終わって自宅に帰る途中、マネージャーがそんなことを言い出した。
「はい。なぜかポケモンを手放さなければいけない。そんな夢を見るのです」
「ふーん」
「つまらない話でしたね。申し訳ございません」
「いいよ、私が何か話してって言ったわけだし」
と、言いながら私は少し焦っていた。
「ところでさ、他にもそういう夢を見た人っているの?」
「えぇ、どうにも増えているらしいです。集団的な新しい病気ですかね」
「怖いこと言うのは止めてよねー」
うん。
間違いないね。
トウヤ君かトウコちゃんか知らないけれど、しくじったな。
いや、悪いのは私なんだけどさ。
少し前、ゆめのけむりを手に入れに行った時の事を覚えているだろうか。
本来ならあれは、BW主人公が取りに行くはずのものだった。
たしかジムから出てくる主人公がマコモに見つかってお使いさせられるとかそんな感じ。
その際、ゆめのけむりを悪用しようとするプラズマ団と接触。
戦闘の末に撃退するという展開だった。
正史においては。
けれどこの世界では既にゲームシンクが完成しており、マコモはゆめのけむりを必要としていなかった。
その結果、主人公は夢の跡地を訪れず、プラズマ団と接敵せず、ムシャーナも追い返すのに失敗したということだろう。
「はあ」
「どうされました?」
「世の中上手くいかないなぁって」
「その年でこれだけ人々から必要とされている天才少女の発言とは思えないですね」
天才少女にだって悩みの一つや二つくらいあるのさ。
*
そんなこんなで自宅まで送り返してもらった。
いつものように抱き着いてくる弟と妹にただいまして、夕飯を頂いて眠る。
そして夜中に抜け出す。
クローゼットから全身を覆う程のローブを取り出すと上からはおる。
前にスラム街の子役を行ったときの衣装だ。
頂戴といえばくれた。
子供って得だわ。
とと、思い出に耽っている場合じゃないんだった。
「出てきて、ファイアロー」
「ぴょええええええ」
窓からファイアローを繰り出す。
次いで私が窓から身を乗り出し、そのかぎ爪を掴む。
「夢の跡地までお願い」
ファイアローは分かったと大きく翼をはためかせると夢の跡地まで飛び立った。
風景が後方へ流れていく。
この光景が私は大好きだった。
しばらくすると、夢の跡地についた。
確信はない。
けれど、悪さをたくらむならここなんじゃないかと思っていた。
夢の跡地には殿堂入り後のみ入ることができる場所がある。
そこに立てこもる。
これ以上ないくらいの隠れ家になるだろう。
怪力岩の向こう側に降り立つと裏側からお邪魔することにした。
卑怯?
何とでも言うがいい。
そもそも空を飛ぶが秘伝マシンが無いと使えなかったり降り立つ地点が決まっているのがおかしいんだよ。
「ファイアロー、おにび」
「ぴょえええええええ」
この鬼火は光源として使う。
万が一見つかったとしてもこれならお化けの仕業になる。
すまんゴーストタイプ達よ。
地下への階段の前で耳を澄ます。
わずかに人の声が聞こえる。
話している内容は分からない。
けれど、聞こえてくるのはゲスのような淀んだ声で、私はここがアジトだと確信する。
「でてきてガバイト、ミミッキュ」
アイコンタクトでガバイトに合図を出す。
やれ、と。
ガバイトは頷くとその技を繰り出した。
15番道路で回収してきた、威力100、命中100の地面技。
『じしん』だ。
どたばたと、研究員が階段を駆け上がってくるのが分かる。
そんな優しく済むわけがないだろう?
「ミミッキュ、かげうち」
地震によって照明は落ちた。
階段に伸びる影を伝って、ミミッキュの攻撃が研究員たちの意識を刈り取っていく。
研究員たちからしたら怪奇現象以外の何物でもないだろう。
しばらくして、物音が聞こえなくなったので侵入を開始することにした。
念のため、足音を立てずに階段を降りる。
羽音が響きそうなファイアロー、足音を消せなさそうなガバイトはボールに戻し、ミミッキュだけを出した状態にしておく。
足元に散らばる研究員たちを蔑視しながら下へ下へと進む。
「ッ!」
あったのは吐き気を催すような光景。
透明なカプセルに閉じ込められたムンナやムシャーナ。
吐き出したゆめのけむりは機械上部の装置から回収されている。
すぐにでも助けに行きたくなる気持ちを抑え、本当に人がいないかを確認する。
床に耳を付けて足音を探る。
……多分大丈夫。
行動は迅速にだ。
カプセルに向かって駆け出す。
非常電源が動いているのか、タッチパネルだけは稼働していた。
それっぽいボタンを適当に押していく。
プシュー、という音ともに、カプセルが開いた。
ムンナやムシャーナはおびえたように逃げて行った。
私が悪いわけじゃないんだけどな。
まあそんなのは分からないよね。
実際、野生のポケモンを助けるために悪人という人間を攻撃する狂人だ。
私は私で危険性をはらんでいるので彼らの行動は正しい。
「さて、残っているサンプルと思しき試験管。これらは壊しておきましょう。ミミッキュ、きりさく」
「ミミッキュッ!」
試験管が全て割れる。
あとはこの装置を壊してひとまずは終わりかな。
マネさんの様子を見る限り、それほど強い効果が出ていたわけではないみたいだし、もう一度同じことを繰り返そうとはしないだろう。
「ミミッキュ、ウッドハンマー」
CPUやHDD、メモリなどがありそうな場所を重点的に破壊させる。
さすがに復元できないだろうというレベルまでぶっ壊した後、私もその場を後にすることにした。
*
後日の話。
プラズマ団には、一つの噂が流れたらしい。
曰く、この世界には悪魔、あるいは死神、それに類するものがいる。
曰く、それは無機質な声をしており、泥のように濁ったひとみでこちらを見ていた。
曰く、足音はなく、布のこすれる音だけが響いた。
そんな恐ろしい存在が居ると、広まっていった。
その噂が真実で、その正体が八歳の子供であることなど、誰も知らない。
彼女は今日も化けの皮でルリを演じる。
ルリという少女の皮を被った転生者。
ミミッキュを出そうと思ったのはそういう経緯があるとか。