ルリった!   作:HDアロー

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どうもこんにちは。
ストックなんてないです。
ですが少しずつ更新するつもりなので緩く見守っていただければ嬉しく思います。
よろしくお願いします。


八話 「シードラゴン」

 レンガ造りの橋を行く。

 二百年も昔、イッシュができたころに作られた橋だ。

 人々とドテッコツ達が協力して築き上げた巨大な村。

 名をビレッジブリッジといった。

 

「こんな感じになっていたんだ……」

 

 橋の中央に立ち、そんな感想を抱く。

 町のあちこちから楽器の音色や歌が響き渡る。

 画面越しに見ていた世界に自分が立っていると思うと何とも不思議な気分になる。

 

「こんないいところだったんだ」

 

 瞼を閉じて耳をすませば暗闇に広がる世界。

 色とりどりに彩られた現実がどこまでも輝いている。

 そんな中に、胸を締め付けるような異音が混じっていた。

 

 衝動に駆られて走り出した。

 橋を越え、橋を潜り、上へ上へ。

 川の流れに逆らう様に、抗う様に駆け上がる。

 

 やがてそれは姿を現した。

 海のように蒼い体を岸に預けている。

 その体には切り傷が無数にあり、ワインのような赤色を零している。

 

「くぅ……ん」

 

「ラプラス!」

 

 川を唐紅に染め上げるような惨状に声を張り上げる。

 そんな私に気づいたラプラスはこちらをキッと睨みつけた。

 敵意、悪意、害意。

 そんな負の気持ちを警戒している、心を閉ざした瞳だ。

 

「落ち着いて、私は敵じゃないよ」

 

「くぅーん!」

 

 手を挙げ、害する意思がないことを示して一歩ずつ歩み寄った。

 そんな私をラプラスは拒絶した。

 冷凍ビームが足元に放たれ、氷柱が天に伸びる。

 

「お、いたいた。探したぜぇ?」

 

 川上から、足音が聞こえる。

 私からはラプラスが壁になって見えない。

 嫌な予感がした私はフードで顔を隠した。

 

「シードラゴンとも呼ばれる海の王者。我々の崇高さを思い知らせるのにお前ほど適した奴はいない。大人しく従うことだ」

 

「クゥーアァー!」

 

「キリキザン、ふいうち」

 

 攻撃しようとしたラプラスに、不意の一撃が決まる。

 首元から吹き出した赤が、私の頬に飛び散った。

 目玉が飛び出るのではないかと思う程目を見開いた。

 ガラスのような瞳には、倒れ行くラプラスが映っていた。

 

「おらよ! ダイブボール!」

 

「ファイアロー! ファストガード!」

 

 間一髪というのは、こういうことを言うのだろう。

 ラプラスに向かって放たれたボールは、ファイアローによって何とか防がれた。

 

「おいおい、人のポケモンを取ったら泥棒だって知らねえのかよ」

 

「このラプラスは野生のポケモンでしょ? 誰のものでもないわ」

 

「俺が先に目を付けてたんだよ、あとから来て掻っ攫って行こうとしてんじゃねえよ」

 

 ラプラスをかばうように前に躍り出る。

 視界が赤に染まる。

 紅の世界に相対する彼は、プラズマ団の団服を着ていた。

 

「……ポケモンの解放を謳っているあなたが、何故ポケモンを傷つけているのかしら?」

 

「より多くのポケモンを幸せにするために決まっているだろう?」

 

「……千匹のポケモンを助けるためなら、九百九十九匹のポケモンがどうなろうと知ったことではないと?」

 

「けっ、ガキはすっこんでろ」

 

 奥歯が奥歯を押し込む。

 フードから覗く瞳はきっと、赤く紅く燃え上がっているだろう。

 

「そんなの、私は絶対に認めない! ファイアロー、おにび!」

 

「チィッ、キリキザン! つるぎのまい!」

 

「ファイアロー! 続けてちょうはつ!」

 

 ファイアローの放った鬼火がキリキザンを火傷させる。

 火傷によるデメリットには攻撃力が下がるというものがある。

 それを打ち消すために剣の舞を選択したようだが、それは許さない。

 挑発をすることで剣の舞をキャンセルする。

 

「だぁ、めんどくせえなぁッ!」

 

 キリキザンにつじぎりを命令するプラズマ団。

 ちまちまと削っていくつもりかもしれない。

 それをかまいたちで迎え撃つ。

 不意に発生する斬撃で、互いにしのぎを削り合う。

 

「くぅーん」

 

「大丈夫だよ」

 

 背後から聞こえたラプラスの声に、振り返らずにそう返す。

 視界を外すことは許されない。

 一瞬のスキが、勝敗を決する。

 それほどまでに、互いの実力は拮抗していた。

 

「大丈夫。私があなたを守るから。安心していて」

 

 鬼火を受けていることを感じさせない。

 その強さはきっと、相手のキリキザンの方がレベルが高いことを意味している。

 はねやすめによる回復が間に合っていない。

 一度引いて立て直そう。

 

「ファイアロー、引いて!」

 

 私は、忘れていたのだ。

 ラティオスが環境から消え、それでもなお個体数を増やしたキリキザン。

 全抜きエースとしての役割を与えられた彼が、五世代においてどんなポケモンだったのかを。

 命を刈り取る技。

 

「今だキリキザン! おいうち!」

 

 本来、交換際に二倍のダメージを与えるわざ、おいうち。

 ゲームの世界ではそうだったが、こちらの世界では例によって仕様が変わっていた。

 撤退行動に出た際に、馬鹿げた火力を出す技。

 それがこの世界の追い打ちだった。

 

 後退しようとするファイアローの喉仏にキリキザンの爪が襲い掛かる。

 それは火傷を負ってなお、ファイアローに致命傷を負わせた。

 

「くぅ……ぅん!」

 

 突然の事だった。

 ラプラスが援護射撃をしてくれたのだ。

 ただし、波乗りである。

 全体攻撃である。

 

「ッ! ファイアロー! そらをとぶ!」

 

「キリキザン、ハサミギロチン」

 

 回避行動をとったファイアローに対し、キリキザンは正面から切り伏せた。

 波が真っ二つに裂ける。

 

「ファイアロー! 待機!」

 

 キリキザンがふいうちの構えをしていた。

 無策に飛び込めば、ファイアローは戦闘不能。

 ラプラスがいて、地震が使えないガバイトとフェアリータイプのミミッキュで戦わなければいけない。

 羽休めを挟もうにも宙空では使えない。

 

(どうするっ、どうすれば……)

 

 キリキザンの間合いの外からキリキザンを倒す。

 火傷による定数ダメージなんて微々たるものだ。

 普通に考えて火傷になったからって瀕死になったりしない。

 つまり、粘り勝つという手段は選べない。

 

 ふっと、脳に閃光が奔った。

 勝ちへとつながる方程式。

 

「ファイアロー!」

 

 私が伝達手段に選んだのはハンドシグナル。

 敵に作戦を悟られたくない場合を考慮して、手持ちのポケモンには叩き込んでいる。

 ファイアローは頷くと、じっとその機会を待った。

 

 膠着状態。

 緊張感が肌を突き刺す。

 いつか覚えた怒りさえ忘れて、ポケモンバトルにのめりこむ。

 

「今!」

 

「ぴょえええええええ」

 

 ファイアローが使った技。

 それは荒波を呼び出した。

 炎タイプのポケモンが水技を使う。

 プラズマ団としても意識の外側からの攻撃だったのだろう。

 ハサミギロチンではなく守るで対応する。

 

 守ったのは流石である。

 すべてのプラズマ団員がこれほどの手練れだというのなら、イッシュ地方は絶望だ。

 だけど、ことこの勝負に関しては私の勝ちだ。

 

「は? 第二波……だと?」

 

「それはラプラスの分だよ」

 

 波乗りの多段攻撃。

 そんな埒外の攻撃を遂に捌ききれず、キリキザンに大ダメージが入る。

 

「ファイアロー!」

 

「させるか! ふいうち!」

 

 さすがは高レベルというか、波乗りを耐えた上で反撃してきた。

 低速ポケモンとは思えぬほどの俊敏さを見せ、ファイアローの攻撃よりも先に打ち抜く――

 

 ――なんてことはさせない。

 

 ファイアローの攻撃が先に入ったことでキリキザンは不意打ちに失敗した。

 ファイアローの特性ははやてのつばさ。

 優先度なんて言う概念の無い世界だが、攻撃の速度にバフがかかる。

 

 キリキザンが最大限警戒し、万全の態勢で迎え撃とうとしていた少し前なら結果はどうなっていたか分からなかった。

 けれど、ラプラスの攻撃に体勢を崩された今なら別だ。

 

「ファイアロー! もう一度空へ!」

 

「キリキザン! 先にラプラスにとどめを刺すんだ」

 

 一巡前の攻防から反省し、ラプラスを先に片付けようとするプラズマ団。

 命中安定のおいうちをラプラスに放つ。

 既に息も切れ切れだったラプラスだ。

 威力の低い追い打ちでも倒せる。

 

「とでも、考えていたのかな?」

 

「なに!?」

 

「ラプラス!」

 

「くぅぅん!」

 

 ラプラスから吹雪が放たれた。

 川が凍り付き、空気中にダイヤモンドダストが巻き上がる。

 至近距離で放たれたそれを、キリキザンが避けるすべはない。

 

「そんな、さっきまで瀕死寸前だったのに……」

 

「ラプラスの特性は貯水でね、ファイアローの波乗りで回復したんだよ」

 

「! そうだ……貴様のその鳥! なぜ波乗りを使える!」

 

「波乗りなんて使えるわけないじゃん。ファイアローが使ったのは『さきどり』だよ」

 

 さきどり。

 相手が使おうとしている技を先に放つ技。

 それをラプラスに向けて放ち、ラプラスとキリキザンの両方に攻撃。

 ラプラスは特性により回復した。

 ということだ。

 

「さて、少しばかり痛い目に遭ってもらおうかな。おいで、ミミッキュ」

 

「ミミッキュッ!」

 

「ま、まて。待ってくれ!」

 

 そう後ずさるプラズマ団員に、一歩、また一歩と距離を詰めていく。

 

「悪かった! そいつはお前に譲る! だから見逃してくれ!」

 

「ミミッキュ……」

 

 ミミッキュと一度目を合わせる。

 私が話の通じる相手だと思ったのか、訳のわからないことをのたまうプラズマ団。

 何を言っているんだか。

 命乞い?

 受け入れるわけがないだろう。

 

「やれ」

 

「ミミッキュッ!」

 

 ミミッキュがプラズマ団を飲み込んだ。

 布越しに断末魔が起こる。

 ビレッジブリッジに楽器が一つ増えた瞬間である。

 

「あんたみたいなの、許すわけないじゃん」

 

 気を失ったプラズマ団員から賞金をむしり取った私はその場を後にした。

 

 ラプラスの鳴き声が、響き渡っていた。

 その日のビレッジブリッジの音は、いつもよりも悲しげだったという。




ラプラス?
食費がかかりそうだからパーティに入れられないよ。
なんでこんなに怒っていたかっていうと必要以上に傷ついていたから。
戦闘不能と瀕死と重傷は違って、ただラプラスを倒すのではなく無意味に傷つけるプラズマ団を許せなかった。
そんな感じです。

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